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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
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290、翼を取り戻す方法 22(公平な治療)



 テントの奥には光の糸が揺らめきながらアーチを描いていた。アーチの向こうには当然テントの反対側が見えているが、たまに膜のようなものが揺らめいて水面の様に光を反射して景色を揺らめかせていた。

 確認をするように騎士の一人がアーチの下に腕を伸ばすとその指先が切り落とされた様に綺麗に消えた。

(どこでもドア、アーチバージョン。―――惜しいな。原作は向こうの景色がドアの向こうに広がってたから)

 テントの中に通され椅子に座ってお茶を飲んでいたアルベラはその様子を興味深く眺めていた。

「便利ですね。公爵家にもああいうの、探したら一つくらいあるんじゃないです?」

 共にお茶を飲んでいたエリーが訪ねる。

「どうかしら、歴史の古い家なら代々伝わる何かは有りそうだけど。ブルガリー邸やディオール伯爵邸の方ならあるかもね」

 転移の魔術具はかなり貴重なのだ。公爵家と言えどもその技術者とのつながりをつくるのは難しく、流通している品自体も少ない。今回ダークエルフの双子が持っていた転移の魔術具といい、聖域と繋がっているという目の前の術といい目にできる機会も稀なのだ。

(感覚おかしくなりそう)

 転移という便利技術を短期間に二回も目にし、実は簡単に手に入る品なのではと思い始めてしまっている自分の感覚に訂正を入れる。

「ゴシュジンサマよアレが欲しいのか。なら奪ってやってもいい。ついでに聖域を一つ腐らせても楽しそうだ」とガルカ。

「要らない楽しくない余計な事言わない。お願いだから治療が終わるまで静かにしてて」

 アルベラがじとりとガルカを睨みつけると、ガルカは肩をすくめて嘲た笑みを浮かべる。

「だからあの馬は俺じゃないと言っただろ。こんな場所だ。小動物か何かに驚いただけだ」

「それが偶然三頭に起きて、しかもその三頭が偶然一人に向かって突撃したって?」

「赤い色に興奮したんだろ。それか腹をすかせて人参と見間違えてたんじゃないか」

「馬が赤色に反応する何て初耳ね。―――コントンがあんたが馬に何か囁いてるのを見たって言ってるの。頼むからもう何もしないで。騎士の人達が寛大なお陰で助かったけど、でなくても魔族な時点で余計な警戒されてるんだから」

「お嬢様、『余計な』でなく『妥当な』警戒よ」とエリー。

「そうね、言い間違えた」

「貴様らそんな態度でいいのか? 俺に大人しくしてほしいなら発言と行動に気を付ける事だな」とガルカは飄々と言い放つ。

 「奴隷が偉そうにするな」「次何かしたら頭潰すわよ」とアルベラとエリーから不平の野次が飛ぶ。



 アルベラの後ろで騎士らしく背筋を伸ばし静かに待機していたタイガーとガイアンは、テントの外からやって来た人物に気が付いた。

 「お嬢様」という小さな呼びかけにアルベラは視線を上げ目に入った人物に表情を引き締める。

 カップを置き他の室内の者達同様頭を下げる。

「整ってるわね」

 テントに入ってきた人物は真っすぐに光のアーチを見てそう言った。

 その声は紛れもなくアルベラが今までに聞いてきた癒しの聖女の物だ。アルベラより幾らか背の低い彼女は真っ白な衣装を着ていた。腰まである長い白のベールで覆われており顔は見えない。手や耳元しか肌が見えないため成人しているだろうという事しか分からない。赤味の強い金髪は編み込まれ後ろでハーフアップにされている。小さな花が沢山重なった金銀の髪飾りが彼女の背後から入り込む日の光に輝いていた。

「あちらはどう?」

 聖女の問いに騎士団長が答える。

「エイヴィ達の準備は整っています」

 ピリがもういる。―――そしてもしかしたら彼女の家族も……。

 ―――『貴女の今の状態は、尚更彼らを刺激してしまう……―――興奮した者達が感情をぶつける相手を間違えるのはよくある事です。彼等が貴女に謂れもない攻撃的な言葉を―――不要な消耗を避けるため、双方のため……』

 里長とのやり取りを思い出し彼等と顔を合わして良いのか迷いが生まれる。

(靄は消えてたって……)

 アルベラの表情が曇る。

「安心しろ。どうせ俺達は入れない」

 頭を下げて表情も見えないというのに、アルベラの不安を感じとったガルカが小さく言った。

 アルベラが彼を横目に見れば、皆が頭を下げている中彼だけは自分は関係ないと言わんばかりに堂々と頭をあげ、足を組み紅茶のカップを手にしている。

 聖女はそんな魔族の様子は視界にも入れずだ。

 アーチの前に行き魔術が安定していることを一目で確認する。

「皆顔を上げていいわよ。今日はオフなんだし気軽にお願い。―――貴女達は先に行って」

 聖女の言葉に皆頭を上げ、彼女の後からテントに現れた三人のうちの二人のシスターが「はい」と頷いた。この三人は聖女と共に馬車に乗ってきた者達だ。

 二人のシスターがアーチの中に入っていき一人が残る。

「騎士の皆さんも先に行って」

 聖女の言葉に聖域に行く者とテントで待機の者とで騎士達が分かれる。騎士団長は「私は一緒に行きますので」と言って聖女の側に待機する。

「ほら、貴女達も先におい来なさい。今日はとことんこき使われてくれるって言ってたものね」

 「はーい」とラツィラスは返事をし、アルベラへひらりと手を振ってアーチを潜っていく。それに続いてジーンも潜る。彼は一見無表情の目をガルカへ向けた。先ほど興奮した馬が三頭、自分目掛け突撃をしてきた件で思う所があるのだろう。

 赤い瞳の奥に隠された「よくも……」という僅かな念を組み取りガルカは「ふん」と満足気な笑みを浮かべて返す。

「貴女はこちらに残るんだったわね」と聖女。

 彼女はテントに残るのであろう一人のシスターを振り返った。

「はい。何かあればお手伝いさせて頂きますのでお呼びください」

 恭しく頭を下げたシスターの胸には白光の印であるペンダントが揺れていた。その様子を見ながらアルベラはぼんやりと、以前世話になったパンジーというシスターは連れてきていないんだなと何となく思う。彼女の聖女に対する様子から親しいのは確かだろうし、きっと教会でも聖女の補佐的な立場なのだろう。……ならば、もしかしたら今聖女不在の教会で聖女様の変わりに仕事に駆け回ってるのではと思いあたる。

 想像上の彼女を憐れに思うと同時に「どうせ俺達は入れない」というガルカの言葉も気になった。

「さて、ディオール様」

 癒しの聖女がアルベラ達の方へとやってくる。

「貴女はここで待ちなさい。その魔族はとくにだめ。聖域の空気が乱れて治療に支障が出るわ」

 「はい」とアルベラは頭を下げる。

「今日はオフよ。過度な礼儀作法はおやめなさい」

「はい」

「それと、」

 と聖女は他の者達に聞こえないよう声を潜める。

「貴女も。咎人は聖域が拒むわ。神の恩恵が一切ないその妙な体も聖域がどう反応するか分からない」

(そういうことか)

 魔族や魔獣は神聖な空気に満ちた聖域を嫌うがその逆もあるのだ。場所が人や物を拒むとはどういうことかと疑問だが、もしかしたら聖堂に立ち入った時のような体調不良が起きるかもしれないと思い当たった。

(ていうかもしかしてあれが場所に拒まれてるって奴?)

「承知いたしました、ではこちらで待機してます。彼女は行っても問題ないでしょうか?」

 アルベラはエリーを示し、聖女は「ええ」と頷いた。エリーには魔族の血が入っているが聖女の見解ではどうやらOKらしい。

(よし、エリーセーフ!)

 頼んだ、とアルベラはエリーに視線を送りエリーは笑顔で応える。そしてエリーは勝ち誇ったような笑みをガルカに向け、ガルカは「くらだん」とばかりに目を逸らした。

「タイガー、ガイアン。私はここで待つことになったから片方を護衛に片方は見届け人としてエリーと聖域へお願い」

「承知いたしました」

「承知いたしました」

 アルベラに言われ二人は視線を交わす。ガイアンが頷いてみせ言葉を交わす事もなく速やかに彼が聖域へ行く事が決まる。

「じゃあ私達も行きましょう」

 聖女がアーチ前の騎士団長に声を掛け、するりとアルベラの前から立ち去った。

「安心なさい。この私が皆元気にしてきてあげるから」

 アーチを潜る聖女を見送り、アルベラは「よろしくお願いします」と頭を下げた。

(皆?)

「ではお嬢様私達も」

 エリーがそう言い、ガイアンがゆるりと笑む。

「二人共よろしくね」

「はい」

「行ってきまーす」

 手を振りアーチを潜るエリーとその後に静かに続くガイアン。

 二人を見届けたアルベラは椅子に座り、タイガーを見上げ「一緒にどう?」と椅子をすすめる。ガルカは言うまでもなくずっと座ったままだ。

 タイガーはニッと笑み「ではお言葉に甘えて」と椅子を引いた。

「―――ディオール様、ご一緒してもよろしいでしょうか」

「……?」

 アルベラはいつの間にか側に来ていた白い影を見上げ少々戸惑う。声を掛けてきたのは一人残ったシスターだった。

 テントの入り口の左右には二人の騎士。確か外にも二人待機し馬や辺りを見張っている。

 騎士達の任務は警戒しこの場所の安全を守る事だ。ではこのシスターが残った理由は?

「ええ、どうぞ」

 と落ち着いた風を装いアルベラは答える。タイガーは椅子を一つずれアルベラの隣を開けた。シスターは「感謝いたします」とその椅子に座りそこに残った面々に視線を向け頭を下げた。

「始めまして。清めの教会から参りましたファーズと申します。以後お見知りおきを」



 ***



 聖域に立ち入ったメイクは中を見渡す。

 一面に柔らかい緑のコケが茂り、大きな古木に囲われた地。水が湧き小川が流れている。高い木々の合間から日が差し込み辺りを柔らかく照らしていた。

(ここに来たのは久々ね。―――ああ、やっぱり。舞ってる舞ってる)

 彼女の視線の先では小虫のような光が大量に集まって柱のような状態になっていた。その光は踊る様に、嬉しさに舞い上がるかのように見えない波を感じてはふわりと浮き上がったり沈んだりとして遊んでいるかのようにも見える。

(……精霊の気持ちや感情だなんて聖女の私にも正しくは分かりかねるのに……アレは喜んでるって自信を持って言えるわね)

 小さな光―――精霊が群がっているのはラツィラスとジーンだ。

 光の粒に覆われノイズがかかってるように見える二人の姿にメイクは吹き出しそうになりながら、このままじゃいけないと視界のピントを調節する。魔力に意識を向け見るものの優先順位を整える。精霊は後回しに人や物の形がしっかり捉えられるように。

(治療には響かないけど人の顔はちゃんと見たいものね―――うん。程よく精霊も見えるしこれで)

 整った視界、エイヴィ達は騎士達が準備していたシートの上に腰かけていた。

 片脚の無い者。視力を失ったもの。嘴が割れてしまった者……―――翼を失ってしまった者。

 あれは治療を希望する者達だ。

 そうでないエイヴィ達はシートの周りにたたずみ見守っていた。見た所健常者は兵士が殆どのようだ。自分では歩けない者や補助の必要な者達には家族の付き添いがいるようだが思ったよりも少ない。

(翼を失ってるのは四人。完全に失ってはいないけど飛ぶのに支障がありそうな怪我をしている子達が七人。思ったより少ないわね。翼を失うほどの事故が予想より少なかったか、翼を失った子達の()()()()割合が予想よりも少なかったのか―――)

 飛べる種族の者達が飛べる手段を失った時、深い絶望が彼等を襲い耐えきれず自殺する者たちが多い事をメイクも良く知っていた。

(あそこにいるのが全員だと思いたいものね)

 シートに座るエイヴィ達は先に訪れていたシスター達の治療を受けている最中だった。ラツィラスとジーンと他に治療の魔術が出来るという騎士が二人、シスターの指示のもと彼女達を手伝っている。

(難しい治療に関しては私達がやるし、負って日の浅い怪我なんかは騎士達でも十分そうね)

 体の機能が失われてしまっている者達なら今日来ているシスター達でも治療は可能だ。部位が失われている者達は聖女の領域となる。翼以外に自分が担当する患者がどれほどいるのかと、彼等の元に行きメイクはじっくりと面々を観察する。

「―――クランスティエルの聖女様ですね」

 彼女の元にエイヴィの里長がやって来て頭を下げた。

「本日は里の者達の治療……心から感謝いたします」

「いいえ。こちらも一人だけ特別扱いだなんて体裁が悪いと思っただけよ。今回は特別だからそこはご理解いただければ嬉しいけど。―――貴方、ホロククの血縁?」

 聖女の問いに里長の眉毛のようなふさふさの羽毛が持ち上げられる。

「ホロククは私の曽祖父です」

「そうだったのね。そっくりだから驚いたわ。お爺様の色は貴方より地味だったけど……本人が聞いたら怒りそうね」

 聖女は片手を口元にあて肩を小さく揺らす。

「曾祖父とお知り合いとは……私も驚きました」

「あ、年については聞かないでね。まだレディを捨ててはいないから」

 里長は静かに頷き、目の前の彼女が自分の知るヌーダよりもはるかに長生きな事に呆気にとられていた。これも聖女の御業というものか……、と心の内で納得する。

「いい出会いね。これも神のお導きかしら。―――後で改めて良いかしら。貴方のお婆様のお話を聞かせて欲しいの。前にそちらの国へ出かけた時、貴方の曾祖父様は幼いお婆様と一緒にいて……ああそうだったわね、世間話は後にしなきゃ」

 額に手を当て首を振る聖女に、里長は緊張を解き表情を崩す。

「ええ、是非また後程お声をおかけください。私共も改めてお礼をさせていただきたいですから」

「そう、有難う。じゃあ私も治療に取り掛かるとしましょう」と聖女は長い袖を払って約束の患者の元に向かった。



「貴女がピリね?」

 声を掛けられピリは顔を上げた。自分の名前を呼んだのは先ほどまで里長と話していた純白の衣装をまとった女性だ。衣装には光沢のある白い糸で刺繍が施されており、それが木漏れ日を受けて白い布地にキラキラと光の花を咲かせていた。

「聖女様?」

 首をかしげるピリに「ええ」とメイクは答える。

 聖女の後ろに金髪と真っ赤な口紅と、見覚えのある水色の短髪にピリは「あ、」と声を零した。

「エリー……と、騎士の人……」

 聖女の邪魔にならない距離を保ちエリーは手を振った。「騎士の人」という呟きを拾っていたガイアンは苦笑し礼儀正しく頭を下げた。

「エリー……騎士の人……元気になってる。良かった」

 真ん丸な目で後ろの二人を見つめる少女の前、メイクは腰を折り彼女の顔を覗き込んだ。

「貴女も元気になる番よ。さあ背中を見せて。少し熱や痛みを感じるでしょうけど我慢してね」

 長い布地が隠しピリからは聖女の表情は全く見えない。顔が見えないコミュニケーションは不安を誘う事が多いというのに、聖女の発する声は不思議とピリの心を落ち着かせた。

 ピリは思い出したようにコクリと頷き、立ち上がって「よろしくお願いします」と頭を下げた。



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