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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
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289、翼を取り戻す方法 21(サプライズ治療)



 穏やかな春の空の下、アルベラは平原を馬で駆けていた。護衛にはエリー、ガルカ、タイガー、ガイアン。そして皮鎧を纏ったラフな出で立ちの城の騎士達―――と、今回の旅の主催者であるこの国の第五王子ラツィラスと癒しの聖女。

 聖女は馬車に乗せられており姿は見えない。馬車には厚いカーテンがかかっており中も一切見えないので、アルベラは本当に居るのか彼の人の存在をあまり実感できずにいた。彼等と合流した際「あの馬車は?」と尋ねた所「聖女が乗っている」と言われたので多分そうなのだろうという「認識」でしかない。

 


 ***



 時は三日遡り、アルベラが癒しの教会でユリへの謝罪を済ませた夜の事だ。

 癒しの教会に用があるからと冒険者や騎士達と出かけていった娘のため、父ラーゼンは王都の高級ホテルを手配してくれていた。

 冒険者達とは教会にて一先ず解散し、アルベラはエリー、ガルカ、タイガー、ガイアンとそのホテルに泊まっていた。

(三人は明日も教会で治療を受ければ完治か。良かった……けど……怪我が半分治ってない状態で駆けつけてくれたなんて……―――そうまでしてくれたって思うと更に姉さんの酒盛り逃げ辛くなるなぁ……)

 素直に感謝したいのに、それ以上に不安と恐怖が迫りくる。窓の外を眺めていたアルベラはぶるりと身を震わせた。

 そこに一羽の鳥が飛んできた。鳥は窓を嘴で叩き開けるよう催促する。

 窓を開け鳥を招き入れ、足に括られた手紙を見てアルベラは曖昧な表情を浮かべた。

 ―――お友達の治療について、明々後日ちょっと付き合ってもらいたいんだけどいいかな?

 手紙はラツィラスからだ。

 手紙にも城や王族の紋章があるわけでもなく彼の名前の方の頭文字が一つ書かれているだけだったが地の癖から分かった。伝書に使われた鳥は民間的にもよく使われるフクロウのような鳥でほどほどに自衛力のある無難なもの。

(一国の王子様が何てラフな方法を……)

 一見はてしなく無防備にも思えるが、一週回って徹底しているようにも思える。

(手紙の内容は誰に見られても問題のないものだし、鳥自体幾らでもいて目立たないし……もしかしたらこの鳥が凄い優秀とかどこかに凄い魔術がかけてるってのもあり得るもんな……。まあ私の心配は無用か。―――どっかにペンあったよな……)

 部屋の机のに視線を向ければ簡単に筆記用具は見つけられた。

 アルベラは「イエス」の返答を書き鳥に持たせる。鳥は窓から発つと送り主の元に戻って行き、同じ王都内でのやり取りな事もありすぐに戻ってきた。

 ―――じゃあ身軽な格好で、少し馬を走らせるからそのつもりでよろしく。場所は東北の関門前、時間は午前十時に。

(了解、と)

 その返答を持って飛んでいった鳥はもう戻ってくることはなかった。

(良い話だと良いけど……。明々後日か。明日は三人は治療に専念してもらうとして……私はどう潰すかな……)

 アルベラはどさりとベットに倒れ込む。

 そのまま眠気を感じ布団に潜り込めば一瞬で眠りについていた。ボイの靄も無くなりピリの治療も約束され、その夜彼女は久しぶりになんの夢も見る事も無く安心して深い眠りにつけたのだった。



 ***



 そして三日後の約束の時間。つまりは今日のつい一時間前の事。

 王都の東北の関門前に着いたアルベラは予想していたよりも多い人数に体を僅かに強張らせた。

『やあ、』

 と関門前で手を振るのは勿論ラツィラス。そして当然一緒であろうと予想していたジーンの姿―――と、傭兵風の人々が十人前後に馬車が一台。

(傭兵……なわけないか。王子様と一緒なんだから騎士だよな。……けどそれにしてもあからさまに人が多いな。人選も無骨だし……)

 近寄ったらただじゃおかないという空気が露骨に感じる団体にアルベラは「いつももっと身軽なのに?」と疑問の答えを探していた。

 不思議そうに護衛や馬車を眺めている彼女にラツィラスは悪戯っぽく笑う。

『はい、じゃあ今からお友達の治療に行きまーす』

(……は?)

 アルベラは他の人間もいる手前、猫を被った上品な反応で返す。ほんのりと笑み、頬に手を当てて見せた。

『それなりに驚いてるみたいだね』

『勿論です。お話が読めません』

『大丈夫、今言ったとおりだよ』

(おい)

 と内心イラつくアルベラ。その様子にラツィラスは満足げにクスクス笑った。



 門を通過し、ラツィラスは馬を走らせながらアルベラに説明した。

 ピリの治療の件でちょっとした裏技を使い治療の時期を早められた事。聖女と時期を話合い、聖女のスケジュール的にも今日が都合が良かった事―――。

『城の手配で彼等も僕らと同じころに目的地に着くはずだよ。入国の手配も済ませてあるから着いたらすぐ治療を始められる手はずになってる』

『こちらから行くのに一週間前後は掛かるのにもう? 一体いつからそうんな話が……』とアルベラ。

 ラツィラスは自慢げに『三日前だよ』と返した。

『三日前って……』

『彼等の翼でも流石に無理だね。だから転移を使って。城には幾つかの主要な聖域につなげた陣や道具が保管してあってね。それを持っていったわけ。聖女様との話がまとまったらすぐ連絡を送って彼等には指定の場所に向かって貰った。城からは陣を持ってドラゴンを飛ばして合流、ってね』

(連絡をって……普通に手紙を出しても絶対に二日以上は掛かるのに。高性能の通信機だってエイヴィの里に媒体を送っておかなきゃやり取りでいないし……お城の優秀な人材様ってわけか……)

 何にも専門家というのは居るものだ。城にはそういう者が集まり、城が彼等のような技術者や貴重な技術を抱えているのは公然の事実。道具か人か、どちらにしても羨ましいものだとアルベラは考える。

『聖域なら聖女様とも相性がいいしね。神聖な気が多ければ多い程治療もスムーズだ。こちらの国が管理している場所だし安全面でも保証できる』

『……』

『―――何かな?』

 アルベラの表情を見てラツィラスはニコリと尋ねる。彼女にとっては喜ばしい事だろうに、彼女は何が腑に落ちないのか曖昧な表情を浮かべていた。

『……私がお話しした聖女様との約束はちゃんと果たせましたので、後は治療の時期を待つだけだったんです。その事は聖女様からは何か伺っていますか?』

『うん。その事なら僕も知ってるよ。レストランで会った時、君からは瘴気が消えていたし、もう一つの条件の内容は知らないけど聖女様からそれも済んだって聞いてた』

『では、殿下は治療の時期をわざわざ早めて下さったという事で?』

『そうだね。もう一個の条件がいつ終わるかは知らなかったけど、終わり次第こんな流れにしたらスムーズなんじゃないかって考えてて、それを聖女様に提案しに行ったんだ。そしたら君の方の要件は終わったって聞いて、』

『早速そのスムーズな手段と言うのを行使してくださったと……』

『そう。君はもっとゆっくり進めたかったかな』

『……そんな事はないです。早いに越したことはないと思っていましたが……』

(何でここまで……)

 自分は彼にとってそこまで親しい友人なのだろうか。それとも魅力的な女性……?

 思い浮かんだ後半の言葉に即あり得ないという否定を入れて、なら前半の方がまだあり得るとアルベラは頭を悩ませる。

(……別に本人に聞くほどでもないか。ここで『友達だからだよ』とか『気まぐれだよ』とか、聞いたところでそれはそれで返答に困るし)

 視線を感じたアルベラは顔をあげ「なんです?」と不機嫌に問う。何もかもを見透かしたような透明な赤い瞳が自分を見つめ悪戯に細められていた

『なんでこんな事を、とか考えてる?』

『……いいえ。別に思ってないです』

『“友達"だからね。これくらいなら容易いかなって思っただけだよ』

『だから思ってないですってば!!』

『照れないでよ』

『照れてません!』

『ふふふ……この理由が気に食わないなら適当に借りを返したと思って貰えればいいよ』

『借りですか?』

『うん。今までの諸々の感謝の気持ち。それかこれを今後の貸しにしてくれてもいいし。―――あ、そうだね。もし貸しにするならお返しは今回の件の詳しい内容が良いな。この間は旅先での事大分端折られちゃったから』

(『感謝』に『借り』ねぇ……)

 アルベラがここ最近の物で思い浮かべたのは雪山の事だったが、それは何かで返済されなかっただろうかと記憶をたどりながら返す。

『そんな事、ここまでして頂かなくったって話します』

『そうかもしれないけど、これくらい手を尽くしたら君だって今後色々と、今までよりもっと断りにくくなるでしょ?』

『良い性格ですこと』

 魔術により二人の会話は他の人間に聞こえない。無邪気な笑みを浮かべ悪質なことを言う王子様に、アルベラは隠す事なく皮肉を返す。



 ***



 馬を走らせ小さな林の中に入ると目的の場所についた。

 先頭を走っていた第二騎士団の団長が馬を降りて準備されたテントの中に入っていく。

 周りの空気に倣いアルベラも馬を降る。

「お嬢様、馬を」

「ありがと」

 エリーがアルベラの馬を預かり自分の馬と共に適当な場所に繋いでくれる。

 アルベラは目の前の大き目のテントから人の降りてくる様子の無い馬車へと視線を移した。丁度ラツィラスが様子を見に来たのか、馬車をノックし扉が開かれたところだった。

 もしかしてなかなか見られないという癒しの聖女の姿が見られるのだろうか、とアルベラが熱心に視線を向けていると彼女の視界の端から赤色が入り込む。

 鮮やかな色に釣られ、アルベラは彼へと目を向けた。

「移動は問題なかったか」とジーン。

「ええ。大分ペースを抑えて貰ってたみたいだし気を遣わせてたかしら」

「物足りなかったか?」

「少しね。正直乗馬なら貴方達にも負けない自信があるし」

 随分と強気なお嬢様の返しにジーンはくつりと笑った。

「じゃあ帰りは『普通にとばして良い』って伝えておく。けど俺達にも負けないって言うのは少し心外だ」

「あら、白黒つけたことなんて無いじゃない。ハイパーホースなら私も結構お手のものよ」

「騎士団の馬を甘く見てるのか?」

「いいえ。けどうちの馬も負けてないって邸の馬の世話係がいつも自信満々に言ってるから」

「その世話係の言葉を信じてるのか?」

「勿論。お父様とお母様が認める人材よ。私も長いことお世話になってるから彼の腕も目も信用してるわ」

「なら近々白黒つけさせて貰いたいな」

「ええ、受けて断とうじゃない」

 言っておきながらアルベラは「賭けは無しでただの競争なら幾らでも」と負けた時の事を考え保身の言葉を付け足す。

「急に逃げ腰だな」

「言った後に少し不安になったの。……ところであの馬車、本当に聖女様が乗ってるの?」

「……? ああ」

 馬車の中の誰かと言葉を交わしているラツィラスを共に眺めジーンは頷いた。

「聖女様がこうも簡単に外に出てくれるなんて。本当に良かったのかしら」

「あの人よく気まぐれに外に出てるし気まぐれに出先で治療をしてるから。今回も『その気まぐれ』の範囲にするんだってよ」

「そう。けどその言い方だとこんなに護衛に囲まれての外出じゃないんでしょ」

「そうだな。普段は一人でふらっと出歩いてるから」

「じゃあ『公爵ご令嬢のわがままで聖女様がひっぱりだされた』って噂が流れる日も近そうね」

「大丈夫だろ。全員口留めされてるし、今回は()()()の我儘って事になってる。俺達の共通の友人だからお前も呼ばれたってな。だから人に何か言われたらそう返せばいい」

「そう」

「どうした?」

「……今回のこれは少し手厚すぎる気がして。相応の品が思い浮かばないわ」

 アルベラは帰ったら礼の品を探しておかないとと考えていた。

(聖女様にも何か……形だけでも必要だよなぁ……。しこりがあるから余計に)

「あいつは出来る事があったからしただけだろ。そこまでの労力とも本人は思ってなさそうだし」

「そう……。確かに一国の王子様なら出来る事も多いでしょうけど……こんな施しをただ黙って受け取れだなんて落ち着かないでしょ。聖女様と城の魔術具引っ張り出してきたのよ。エイヴィの方にまで手配済みだなんて。大きすぎる借りは今後が怖いってば……」

「そうか。けど今回のこれは気にしなくていいと思うぞ。あいつ『日頃の感謝とピクニックで一石二鳥』でどうの言ってたし」

 ピクニックと言う言葉にアルベラは「ああそう……」と呆れる。

「日頃の感謝の辺りは食事をしたりお茶飲んだりそこら辺散歩したりの何にって感じだけど……あぁ、フライのお詫びって考えれば相応ね……」

 アルベラは今までに何度かフライ乗り場まで連れ出され、そのたびに嫌いだと言いながらつい「今回は大丈夫かも」と試すように乗りその度にやはりだめで「次は絶対に乗らない」と口に出して誓っていた。ラツィラスはとは言えば彼女には「無理して乗らなくてもいいから。手が鈍ってないか軽く乗って、直にここは出るから待ってて」と言うものの見せつけるように楽しそうにフライを飛ばすのだ。そしてその気持ちよさそうな光景に、アルベラもまんまと釣られてしまう。

 ジーンはその一連を思い出し小さく吹き出した。

 笑いながら「ならそれで良いんじゃないか」と返す。



『僕は君達に会えたことが幸運だと思ってる。ジーンにも会えなくてアルベラにも会えてなかったら、きっと今の僕は全く違う考え方をして、全く違う世界を見てたと思うから。―――僕、今の自分の見え方結構きにいってるんだ』



 これを聞いたのは去年のラツィラスの誕生日の時だった。ジーンは「何を突然改まって」と聞いていて少しむずがゆかったのだが、彼のこの言葉には共感していた。

 自分も、あの王子様や彼女と会っていなければきっと今より暗い世界を見ていただろうと考える事があったから。

 だから今回のあの王子様の行動は言ってしまえばただの気まぐれで自己満足なのだ。

 彼女が困っていた。だから力になりたいと思った。思いつく手があったから実行した。それに過ぎない。感謝されたり借りを背負わせたりなど本人はどうでもいい筈だ。

 ただの食事にしろお茶にしろ散歩にしろ、対等な立場で付き合ってくれる誰かがいる事自体があの王子様の救いになっていた。

「あいつも楽しんでるしそんなに深く考えなくても大丈夫だ」

 ジーンの呟きのような言葉。

「と、いわれてもねー……」

 納得しかねる様子でアルベラは返し、「聖女様ってどんな物が好きか知ってる?」と早速返礼品のリサーチを始める。



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