281、翼を取り戻す方法 13(瘴気の回収、コントンの解放)
「お〜い、こっちはもう終わったか〜?」
能天気な男の声が階段の上から聞こえてきた。
鞄に玉を納めていたいたアルベラは新手の登場に顔を上げる。が、階段を見たはずの彼女の視界は人影により阻まれていた。
「……ガルカ?」
アルベラはその人物の名を疑問まじりに口にする。
いつの間にか八郎から解放されていたガルカはうかない表情で彼女を見下ろしていた。先程まで爛々としていた瞳の光は失われすっかり落ち着きを取り戻ているようだ。
ガルカの手が無言で伸ばされアルベラの腕を掴んだ。
「ちょっと、」
とアルベラが不服の声を上げるが彼はそれを無視し彼女の手首を見て目を細める。
包帯の下がどうなっている事か。先程の彼はこの腕を本気で握りつぶしてやろうかと思っていたのだ。その証拠に彼の中では縛りの魔術が動き出していた。身の危険を感じてもなお、ガルカの意識は愚を優先しようとしていた。
「悪かった……」
「……」
「さっきは……自分でもおかしいと思う位気が昂っていた……。こんな事今までなかったんだ。まさか愚の完成品を前に魔族が……俺が……あんなみっともない程正常さを欠いて……知っていればこんな……」
「分かってる」
「……」
「あんたが正常じゃなかったのはなんとなく分かってた。だから許すってば」
「……」
視線をおとして黙りの魔族。
アルベラは息をついた。
(柄にもない顔を……)
「貴方は私の手を少し強めに握っただけ。ほら、ちゃんと動くし問題ないでしょ。はい終わり。手離して」
アルベラはぷらぷらと掴まれた手首を振ってみせると、空いてる方の手でガルカの手を取って離させる。アルベラと目があったガルカだったが、眉を寄せ不貞腐れてるようにも居心地が悪そうにもとれる顔をし視線をそらす。
アルベラは「ほら、」とデコピンの手で彼の体を弾いた。
「いつまでもくよくよしてない。悪く思うなら今後の仕事ぶりで弁解して。私からは以上よ」
そう言って彼女はガルカの横を通りすぎていった。
階段の方へ行き、彼女は新たな訪問者と言葉を交わしていた。そのやり取りを聞きながらガルカの頭の片隅に懐かしい感覚が沸き上がった。
遠い昔に交わされたどこかの誰かとのやり取り……。その時の安心感や居心地の良さがぼんやりと思い出される。
(人間というのは……どいつもこいつもお人好しな……)
足元を見ればいつかの木陰と木洩れ陽の光がそこにかかって見えた気がした。
ガルカは生き物の体から聞こえる音やそれらの周囲の魔力の流れや濃度、時に体臭等から感情や思考を予測している。
だから彼には分かるのだ。
先ほどの彼女は見た目の態度や表情こそ自分に呆れているようだったが、その音や魔力の気配は彼女が誰かを気遣う時などに発するものだった。彼女が発していた「あれはわざとでは無かった」という全く疑いのない音や気配は彼の胸を妙に締め付けた。
(以前の俺は多分呆れる程生ぬるい奴だった)
他人事にガルカは「ガルカ」である前の自分の事を考える。
アルベラや八郎達が交わす声を聞きながら、彼は迷子になった気分で息をついた。
(前程とはいかずとも俺も随分生ぬるくなった……)
***
「オ~。まさか本当に片付けちまうとはナ」
階段に腰かけた男の元にアルベラが行くと、その横に座っていたマンセンが「感心感心」と声を上げた。
「半信半疑だった?」
「私個人に対してならそう思う気持ちは十分分かるけど」とアルベラは思ったのだが、マンセンは意外な言葉を返す。
「いんヤ。別に全くできねーとは思ってなかったゼ。俺らだってあの玉の凄さは知ってたからナ。それにやけに濃い匂いのドガァ・マ・ンラが二人。どっちかっつうと何かしらの収穫はあるんじゃねーかと思ってタ」
「あら」とアルベラは目を丸くする。
「お前は相変わらず勘がいい。俺は半信半疑だった」
と根暗な男が返し、先ほど階段を降りてきた新手のウサギ男がケラケラと笑った。
「はははっ、俺も俺も~」
「……」
アルベラは彼をじっと見て困惑を隠さず尋ねる。
「それでそちらはどちら様で」
兎の頭に二足歩行、全身を真っ白な体毛に包まれた彼は紛れもなくラビッタ族だ。毛の色や体躯は個体によってさまざまだとアルベラは知識として知っていた。ウサギの彼はローブの男―――ヌーダの身長で言えばかなりの高身長である方なのだが、その彼よりもさらに高い。
「ラーノウィーだ。あ、俺らの名前は人に言うなよ。拷問されても教えるな。言った瞬間殺しに行く。わかったか?」
アルベラは思わず「うわ……」と零す。
(そういうタイプか……)
お調子者のごろつき兼冒険者の「お姉さま」がふと頭に浮かび片手で顔を覆うアルベラ。ラーノウィーはケラケラと笑い「聞いて後悔したか? 人に名前を聞くときは聞いて良い相手かどうかよく見定めろよお嬢様」とおちょくる口調で忠告した。
(『お嬢様』ね。やっぱり木霊から筒抜けか……。現状、完全な味方ではないんだろうけど『敵』でもない……んだよな、たぶん)
アルベラ的には木霊やローブの男は全くこちらを警戒していないように感じられた。ラビッタの男はまだあったばかりでよく分からないが、何かあれば八郎とガルカがいるし何とかなるだろうとアルベラは安心して普段通りでいられた。
(ガルカも落ち着いたみたいだし一対二……いや一応一対三だし、負けないでしょ)
「けどまあ、数年経てば流石に成長しるよな。村で見た時より少しでかくなってるし、魔力も少し上がったみたいだし? けどまだまだだよなー。つか瘴気とのバランスおかしくね? 本当にこいつ頭まともか?」
(少し少しって『少し』で悪かったな。魔力の方はこれでもそれなりに頑張ってるっていうのに……って、それはともかく……)
「あの時ってもしかして村の、」
アルベラは緑の玉を回収した後、コントンがウサギや木霊追いかけたと話していたのを思い出す。そこからコントン自身の事を思い出し彼女は「あ、」と零して言葉を切った。
「そうそう。そっちの魔族は変わってねーみたいだけど、こっちの肉団子はなんだ? 新顔じゃ―――」
「―――あの!」
「な、なんだ?」
「コントン、それと靄を」
「アー、ハイハイ。話はいいから先ずはそっちをってカ」
「ええ。話は道中でも用が終わってからでも」
アルベラの言葉にローブの男は腰を持ち上げ服を叩く。木霊もぴょんと飛び跳ね、ラーノウィーの体を登って耳の間に着地した。
「ラーノウィーの話つまんねーってヨ」
「はぁ!?」
「否定はしないけど何より急いでいるので」
「あぁ!?」
怒り交じりに視線が向けられ、アルベラは肩をすくませて返しローブの男の後を追って階段を登った。
堂々とした彼女の態度に、「貴族ってのは本当怖いもの知らずなのな」とラーノウィーが呆れる。
「まぁそれもあんだろうけど、俺らはあの真ん丸の片鱗みせつけられちまったからナ」
「あのデブやばかったのか?」
「うーン……そうだナ……。ア、お前試しに手だしてみロ」
「お前がそう言う事言う時って絶対裏があんだよな。ごめんだ」
「残念だな。あの中がどうなってるのか聞かせて欲しかった」とローブの男。
「俺もそれきになル。ラーノウィーやれヨ。治療ならしてやるッテ」
「おい、『あの中』ってなんだよ。お前等またそうやって俺を仲間外れか? 泣くぞ!? ウサギは寂しがりやって知んねーのか!?」
「いい歳こいて何言ってんだカ」
「わーーーー!」
雑なウソ泣きを後方に、アルベラと八郎は両手で耳を塞ぐ。
(うるさい)
(仲いいでござるな)
***
―――清めの教会を出てからの流れは拍子抜けするほどにあっけなく、アルベラは実感を持てずにいた。
アルベラの隣には解放されたコントンが居り、これでもかと言うほど尾を振りアルベラに身を寄せていた。
正面には八郎。
彼はアルベラの顔の焼け跡の治療をしながらラビッタや木霊、ヌーダの男と言葉を交わしていた。
アルベラの背後には魔族から「アスタッテの墓」と呼ばれている塔が鎮座している。前世の海外旅行で見た仏塔に似た石造りの塔だ。
そしてその塔の根元に転がる二つの頭。ダークエルフの姉弟のそれには、そこら辺から集めた木の葉を被せて精神衛生に悪い部分を隠していた。それをやったのは勿論アルベラだ。八郎も手伝ってくれたが、このメンバーの中に目隠しを必要とする者は彼女以外いなかった。
ここは王都とストーレムの間に広がる平原だ。こんもりとし木の繁った小さな森の中、アルベラは以前も何度か町から王都に向かう際、木々の間にこの塔があるのを目にしていた。
どういう訳か自分とガルカ、エリーはこの塔を見つける事が出来るのだが、他の者達には木が生い茂っているようにしか見えない場所なのだ。来てみれば魔術が張られているとかで、魔族やアスタッテの気のある人間以外には認知できないようになっているようだと八郎がアルベラに教えた。
(まさかアスタッテの塔 (墓)に触れるだけで靄が手放せるなんて……)
アルベラは先ほどの、体の内側から靄が抜けていき寂しくなる感覚を思い出す。
(人一人自分の中からいなくなった感覚。いままで二人いたとかそういう感覚もなかったってのに……。愚といいこの瘴気といい……)
アルベラはいつだったか、ガルカと愚について話した時のことを思い出す。
―――『そういえば雷炎の魔徒が、愚はアスタッテに授けられたものらしい……とか言っていた。アスタッテが現れるもっと昔にも愚らしいものはいたらしいし本当か嘘か曖昧な話だがな』
(あの話が本当なら、失うのが惜しくなるように作られてるって感じがあの『賢者様』の性格を物語ってるんだよな。魔族に関しては愚を守ろうと意識が働くみたいだし……当時の『世界を出来る限りめちゃくちゃにしてやろう』って怨念がよく伝わる……)
横からグイっと腕が押され、アルベラは正面を向いたままそちらに視線だけを向ける。
八郎からの治療の為に全く動かず、自分を構ってもくれずのアルベラにコントンが鼻を押し付けていた。
『アルベラ ナデテ ギュッテシテ』
地の底から響くような沢山の人の声が重なり、紡いだ台詞はそんな甘えた要求だった。彼の額には縦に避けるように眼が開き、ぎょろりとアルベラを見つめていた。一見おどろおどろしい黒く大きなお化け犬だが、彼のシンプルな欲求にアルベラの胸が愛おしさで締め付けられる。
(なんて可愛らしいワンコ!!)
「コントン……! よしよし、お疲れ様。助けてくれてありがとうね。本当感謝してる。ありがとう、すっごい有難う」
ぎゅっとアルベラがコントンの頭に抱き着けば、コントンは嬉しそうに「バウ!!」と吠えて尾を振った。
「アルベラ氏、動かないでほしいでござる」
治療を施していた八郎の苦言に「はい……」とアルベラは大人しく正面を向き口を閉じる。
***
さて、コントンとの再会をどうやって果たしたのかだが、それは全てマンセンの都合とラーノウィーの働きのお陰だった。
ラーノウィーとしては因縁のあるダークエルフの姉弟、その姉を叩く絶好のチャンスとしてアルベラ達を利用していた。アルベラ達と衝突し消耗し、厄介な魔術具類も失った姉に止めを刺せたのは上手く事が運びすぎて本人も少々裏の裏などを疑い警戒したそうだ。
しかし絶命した証明とばかりに姉の体からは黒い靄があふれ出て近くにいた器となるラーノウィーへと流れ込んでいった。
彼は速やかに近くの塔へと姉の遺体を抱えながら向かい、塔に触れる事で大した精神への障害も受ける事無く目的を果たせた……と言う事だ。
ラーノウィーは少々切れやすく根に持つタイプで、以前からあのダークエルフとは顔を合わすたびにいざこざを起こしていた。いざこざの内容はお互い様なのだが、機会があればいつでも息の根をとめてやろうと思っていたわけだ。
だが単純にやり合えば一対二である。数的に不利なうえ、相手は魔術を得意とし魔術具も多く抱えるダークエルフ。以前から何かあればダタやマンセン、他の知り合いなどにあの姉弟を潰さないかと声を掛けていたいたそうだが、何の得にもならないうえ相手の厄介さもあり周りから良い返事は得られなかったのだという。
それがあの事件だ。マンセンの宝物庫からの窃盗。
防犯が働き被害は一つで済んだが、マンセンはそのたった一つにでもお怒りだった。
アルベラ達とダークエルフ達の動向を見届けるのを条件にラーノウィーは木霊の協力を得て、その末あの姉弟を潰し満足感を得るに至ったのだ。
ダタ―――ローブを被ったヌーダの男も協力の同意はあったが、予想以上のダークエルフ側の負傷にラーノウィー一人で十分だったそうだ。
彼は姉が腰に下げていた瓶を回収しマンセンに連絡した。
手に入れた新鮮な死体―――ユドラの体から首を取り、塔に捧げ「知識の神」に祈った。
これは魔族も知る知識を得る方法のひとつなのだが、木霊のマンセンも沢山の意識と繋がる中でその方法を知っており、ドガァ・マ・ンラもその術を使える事も前例を見て知っていた。
ここでいう「知識の神」とは勿論アスタッテでありあの賢者を示す。
マンセンが知識の神と呼んでいる事でラーノウィーやダタもそう呼んでいるのだそうだ。
『なんで頭を捧げると知識をくれるの?』
魔族が頭を捧げる理由については、以前魔徒から「知識の詰まった場所だから」「アスタッテ様は知識を重んじる、知識を重んじる彼には知識の詰まった頭が捧げものにベスト」と聞いていた。ならばとアルベラは、魔族でない彼等の解釈、又はそれについて知るところが気になって尋ねた。
『捧げられた頭からその記憶や知識を収集してるって俺は聞いたゾ。つまり知識の物々交換だナ。相手は内容や質を選べないが人一人の記憶から知識を得られル。俺らはピンポイントで知りたい事を聞けル。―――そんな所ダ』
ダメもとだったのだが以外にも答えは返ってきた。しかも「知識」が焦点になっている辺り魔徒の話と一致すると言って良いだろう。寧ろ魔徒の話よりも「物々交換」という言葉に腑に落ちる物があった。
『流石……』
(流石『賢者様』。どういう状況でも知識に貪欲ね)
アルベラの流石を自身への誉め言葉ととらえマンセンは胸を張った。
塔から知識を得たラーノウィーが瓶の説明するに、どうやらアルベラがボイの靄を持っていたことで、ボイの死が完全にカウントされていなかったらしい。
靄には長く宿っていた人物の魔力や魂の一部が溶け込んでいるそうで、それを塔に「還し」ようやくこの世界から完璧にボイは死んだ者と認識された。
持ち主を失った瓶は新たな契約をすることで中身を次の持ち主に引き継がせる事が可能らしいのだが、空の瓶が欲しかったマンセンの都合によりコントンは解放され無事自由の身となった―――と言う事である。
***
アルベラは八郎の後ろに目をやり、地べたや岩の上に腰かけてこちらを眺めている面々を眺める。
ダタと仲間から呼ばれているローブの男は岩の上、ラビッタ族のラーノウィーは地べたに足を伸ばして座っていた。
「俺の二十一番……もう絶対離さねェ……」
マンセンはラーノウィーの頭の上、ひしっとエリオルニエの瓶とやらに抱き着いている。
ガルカの姿はそこにはない。彼は眠りについた玉を運ぶべく雷炎の魔徒のいる魔族の里へと発っていた。彼曰く―――
『コントンもいるのだし護衛は足りるだろう。あいつらにこちらを襲う気はないようだし……―――それに、あの肉団子が残れば傷を癒す事が出来る』
―――との事。
アルベラは彼の提案にのり、玉はガルカに預けその間八郎に顔の傷優先で治療してもらう事にしたのだった。





