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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
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276、翼を取り戻す方法 7(手短な土産話)



「騎士様がなんて姑息な脅しを……」

 ラツィラスとジーンが馬車に乗りきるとアルベラは恨みがましくとも呆れ混じりにともいったふうに呟いた。

 思わぬ伏兵って感じで少し驚いたな、等と彼女が思っているとジーンは罰が悪そうに視線をそらす。

「悪い、軽率だった……」

「……?」

「……まさか簡単に折れると思わなかったんだ。無理なら無理ではっきり断るだろうと思って……本当に公爵や夫人に言ったりしない。嫌なら断ってくれ。……その……悪かった……」

 この言葉は事実だ。そしてもう一つの言わなかった理由はこうだ。

 久々に合った彼女はあんな怪我までして疲れた顔をして、なのに弱みを隠すように貴族然とした振る舞いを自分達へしたのだ。言ってしまえばそれが気に入らなかった。疲れたなら疲れたと、辛いなら辛いと、手が必要なら手が必要なりと言って欲しかった。自分達はもっと信用、信頼してもらえていると思っていた。だからあれは、そう言った苛立ちから起きた突発的で癇癪的な発言でもあったのだ。

 普段人から人に不愛想に思われるくらい面の皮が厚い彼が、自分の発言を気にしどことなくしょげて見える。

 アルベラは言葉に詰まり、頭の中で「今更それはずるい」と抗議する。

 彼女の正面ではラツィラスが「えー、ここまで来てご無体ー」などと笑っていた。

 生真面目とヘラヘラ。相変わらず良いバランスだななどとアルベラは他人事に目を据わらせ逸れた思考を会話に戻す。

「つまり勢いで言ったって? 別にもう話す流れだったし……そんなに気にされても……」

「……」

「はぁ……急にしょぼくれないでよ……」

「しょぼくれてない」

 ジーンはムキになったように返し顔を上げた。

「ただ、公爵や夫人を出したのはずるかったかもって……少し思っただけだ」

(やっぱりしょぼくれてる……。こういう所は年相応か……)

 彼が自分の発言を恥じている事はアルベラにもラツィラスにも十分伝わった。

「ジーンは意気地なしだなぁ」

 ラツィラスが揶揄うが、その冷やかしはあっさり無視されてしまう。

 ジーンはアルベラの頬―――お嬢様には不似合いな傷痕に目を向ける。

「で、どうするんだ」

 問われたアルベラはじとりと彼を見た。無言の間が流れガタゴトと馬車が揺れる音だけが聞こえる。

「―――いいわよ。良いに決まってるでしょ。馬車はとっくに動き出してるのに……堅物な」

 アルベラはそう言い「けどそんな所が良いと思います!」と頭の中で流れるように続ける。瞬間それを自覚し、脳内の自分の言葉に呆れた。

 ジーンはアルベラの言いようにむっとしつつ反省しつつで「悪かったって」と多分最後であろう謝罪を告げる。

「わーい! じゃあ遠慮なく聞こうか。その怪我は? 旅行先で何があったの?」

 ラツィラスの能天気でご機嫌な質問。

 アルベラは自分の脳内に呆れ片手に顔を埋めたのだが、タイミング的に王子様の軽い調子に呆れたかのような図になった。



 ***



(気に食わん)

 八郎がかけた強固な盗聴防止の魔術は健在だ。中の会話が聞こえたならこの不快感も少しは紛らわせただろうに、とガルカは王都の隅である穏やかな街並みをつまらなそうに馬車を御す。



「―――ふーん。エイヴィのお友達の治療をね」

「この黒いのもその時受けてしまった呪いのような物でして。とにかく休みの間はこれを消す事に専念しようかと思ってます」

 アルベラはローブを着直す。

「それが消える前に学園が始まっちゃったら?」

「魔術具に頼って隠そうと思います。このローブみたいなものがきっとある筈なので。人に触れるような授業は休もうかと」

「偉いね、学園自体は休まないんだ」

「はい、出来るだけ出るつもりです」

(ユリ弄りのために……)

 別に偉いも何もないとアルベラは何とも言えない気持ちになる。

「その頭の狂った姉弟ってのはドグマラだったのか」

 彼女のぼかした表現に突っ込んだのはジーンだった。

「―――ええ」とアルベラは素直に返す。

「何でわかったの?」

「ダークエルフの姉弟って言ってたから例の双子が浮かんで」

「へぇ。ドグマラって本当にいたんだね」とラツィラス。

「あいつらがドグラマだっていうのも噂でしかないけどな」とジーンが返す。

「けどアルベラはドグラマだと思うんだよね?」

「はい……実はそこそこ確証があって。本人が名乗ったような感じです」

(確証はボイの記憶からだけど)

「そっか。あのエリーさんがコテンパンにやられちゃうなんて、彼等本当に強いんだ。あながち『会ったら死ぬ』も間違いじゃなさそうだね」

「そうですね。『私があった二人は』ってことですが」

(ていうかボイの記憶的に『ドグマラ』って団体名っていうより『体質の名称』みたいだったよな。彼等自身同族同士で仲良くつるんでるわけじゃなさそうっていうか……)

「隊長格の騎士二人と冒険者でかかっても逃した、か……。石が無くなったとはいえ、そいつお前に弟の敵を取りに追って来たりしないか?」

「どうかしら。あちらもそれなりに手負いみたいだったし……。けど無いとも言い切れないわね」

 ジーンが不安げに「大丈夫なのか」と問う。

 「希望があれば城から護衛を派遣するよ」とラツィラスも申し出てくれる。

 アルベラは全く問題ないと首を振った。

(コントンの事があるからあっちからきてくれるのは大歓迎。八郎がいるし)

「大丈夫です。遠慮でもありませんよ。それについてはガルカともう一人護衛の宛があるので。ダークエルフ相手でも全然問題ない人です。旅行には一緒に出掛けることは出来なかったんですが、報復の心配がなくなるまではその人が守ってくれることになりました」

「強い人何だろうけど油断大敵だよ」

「はい。ご忠告ありがとうございます。怖い思いは充分したので充分に注意して参ろうかと……」

 といっても旅の間も注意は出きるかぎりしていた。あれ以上どう注意しろと、とアルベラは考える。

(八郎とガルカから離れないようにするしか……けど相手が引き剥がそうとしてきたらどうしようも……まあそれは八郎とガルカと話し合うか)

 ふとアルベラは視線に気付き王子さまへ意識を戻す。

 彼は穏やかな笑みを浮かべ「騎士かい?」と尋ねた。

「いいえ」

「冒険者?」

「はい」

(と言う事にしておこう……)

「もしかして噂の恋人?」

「違いますよ」

「なーんだ」

 くすくすとラツィラスが笑う。

「あの噂、君っぽくないなって思ってたけどやっぱデマだよね。僕の婚約者候補どうのが無くても君の様子をみてると『恋人』ってピンとこないもの」

「そうですか……?」

「うん、そんな感じ。あ、別に君に魅力がないとかそういう話じゃないよ。君が周りを平等に扱おうとしてる姿が素晴らしいなって」

「は、はあ……」

 アルベラが何を急にと戸惑っていると、ラツィラスは天使のような微笑みを浮かべとろける様な言葉でこういった。

「―――僕の婚約者候補様はいつだって十分魅力的だよ」

 アルベラは目を細め、警戒を見せつけるように霧を沸かせた。ジーンも少し苛ついた空気でじりりと熱気を放つ。

「ごめんごめん、話逸らしちゃった。二人共容赦ないな」

「謝るのはそこではありませんが……。ていうか今少し寵愛のような物を感じたんですが―――」

「よし。じゃあ君の事情は聞けた事だしこれからの予定は?」

「寵愛についてはあやふやにする気ですか? 定期的に人に試さないといられないんですか?」

「今日一日なら僕らも空いてるし何かあれば手伝うよ。ね、ジーン」

 と問われ、ジーンは目を据わらせたまま「ああ」と頷いた。

(胡麻化しやがった……)

 アルベラは息を吐き、王子様の悪質な戯れを仕方なく―――納得はいかないがここでしつこく言及してもらちが明かなそうなで殆ど諦めの気持ちで―――流すことにする。

 「手伝いと言われましても……」とアルベラは考えた。

(ゲーム上にあるシナリオってわけでもないし、正直あの姉に関わってこの二人が死にかけるなんてことがあれば……)

 彼らの強さは学園や騎士団という枠や、今までの自分の実力との比較でならよく知っている。が、それらの枠の外ではどれだけの物かアルベラには分からなかった。

(エリーが前、この二人は成人したら自分(エリー)より強くなるなんて言ってたっけ。今はどっこいどっこいだとか、経験の差で自分でも勝機があるみたいな)

 つまりあの姉には勝てないだろうという事だ。エリーがやられたのは弟の方だが、あの姉も弟と同程度の実力だと彼の記憶や彼が抱いていた信頼感から知っていた。

(なら関わらせるわけにいかないか。もし死なれたら……)

 二人の死……。本人の意思とは無関係に頭が自動的にエリーやピリが傷つき眠る姿を彼らと入れ替えて見せる。彼らの目蓋は開いたまま、生気の無い瞳が天井を見上げている。

 脳が作り出した幻の光景にアルベラの胸に不快感が広がった。

 自分の役目や神のお気に入りを死なせる事への天罰だけではない。彼女個人の感情が()()を拒んだ。

「アルベラ」

 名を呼ぶ方へ顔目を向けるとジーンが心配から目元を厳しくしていた。

「目が黒くなってるよ、どうしたの?」とラツィラスが優しく問いかける。

 アルベラは「目」と聞き「ああ、またか」とフードを引っ張った。

「すみません、特に何も。早くどうにかしないとですね、ちょっとしたことで出てしまうので」

「そう? 気分が悪くなったりとかあればちゃんと言ってね」

「はい」

「それで、今日はこれからどうするの?」

「とりあえず適当に宿を取ります。それから靄を消す伝手探しです」

「やっぱり屋敷には帰らないんだね」

「殿下の仰ていた通り、予定では私はまだ帰路の最中ですので。一緒に出た皆が居ませんし、この状態(瘴気)で帰るのは抵抗がありますので」

「そう。―――そういえばそれ、聖女様に直してもらえなかったのかい?」

 癒しの教会に行ったというのに傷をそのままに出てきたアルベラへラツィラスは首を傾ぐ。因みにアルベラは、友人の治療に当たり聖女から「ある条件」を言い渡された事は二人に話した。その片方の「瘴気を消す」についてはそのまま伝えたが、もう一つの「ユリへの謝罪」は伏せている。

「はい。聖女様の魔法は神様臭が強すぎて……治すか申し出てくれたのですが、少し怖かったのでお断りいたしました」

「それを治す当ては? 良ければ城で腕のいい医師に治療させるよ」

「有難いのですが宛は有りますので」

 その宛というのも勿論八郎だ。八郎万能、八郎万歳とアルベラは彼を称える。

「お気持ち感謝いたします」

「そう。なら良いんだけど。……けど少し気になるな。試しに腕貸してくれる? 怪我を治したり痕を消したりって治癒なら僕らにも少しは出来るんだ」

 言っているラツィラスの瞳は心配よりも好奇心や興味を感じさせるものだった。ワクワクという擬音が合いそうな視線にアルベラは目を据わらせる。

「つまり……腕試しがしたくなったって事で?」

「是非君の力になりたいんだよ」

「口では好きに言えますものね。どうぞ、ご自分のお勉強の成果を試してください。綺麗に痕が消えれば儲けものですし」

 アルベラは包帯を解き、ふとある事を思い出す。

(私……エイヴィの里以来まともにお風呂入ってないんですが……)

 エリーの故郷では髪や顔、腕脚は洗ってくれたようなのだが、それでも他人に汚れた腕を差し出すというのは気が引けた。

「どうかした?」

「あ の……いえ……」

 恵みの教会でお手洗いを借りた際、顔や腕は洗ったし気にするほどでもない……のだろうか……。とアルベラは迷いながら左腕を差し出す。

(大丈夫……、大丈夫 なのかな……。私もしかして臭い? あ、一応自衛で香水はつけてたんだっけ。体臭誤魔化しか、正式な香水の使い道だよな……)

 アルベラが自分の体臭について悶々としている中、彼女の腕を受け取ったラツィラスは「こんなに……」と驚きを呟いた。

 「大変だったね」と痛まし気に腕の状態を確認する。

 ジーンもその様子を隣から観察した。

「電撃の魔術の暴発だったな。何を媒体にしたんだ? 術者側をこんなにするなんて……陣や印も正常だったんだよな」

「媒体は神獣の恵み石をね。国境沿いにいるとかで関所前で商人たちが売っていたの。それを幾つか買って」

「使ったってわけか?」

「ええ、全部一気に」

「素手か」

「素手よ」

「なるほどな」

 すらすらと出てくる嘘に馴れたものだとアルベラは自分に感心する。自分がどんな嘘を吐いたか忘れないように気を付けなければと思っていたが……、彼女の言葉にラツィラスが意味深に笑った。

「国境沿いの神獣……。そっか、君はそれを()()()()()ね。通りで」

 言葉に棘はない。単純に面白がってる口調だ。

 「殿下?」とアルベラが問えば彼はうっとりさせるよな笑みをうかべた。お見通しだと言わんばかりの赤い瞳にアルベラは「まさか」と思う。

(彼も咎のマーキング……神獣の魔力が汚穢おわいとなり対象者にこびり付く、だっけ―――分かるの? 神獣死なせたのバレた……?)

 アルベラが疑問を口にすることはなく、ラツィラスもそれについて答える事はない。

 彼はするするとアルベラの腕の上に陣を描いていき魔術の展開に集中した。



 普段は複雑な印もちょっとした陣も一瞬で書いてしまう彼が、十分以上の時間をかけ陣を完成させた。

 ラツィラスはようやくといった様子で陣を確認し、いざ魔力を流し魔術を発動させる。

 八郎の時とは異なる皮膚の下へと染み込んでくるような不快感。アルベラの眉が小さく寄る。

「どう? 何か違和感とかあるかい?」

「少しチクチク? ぞわぞわ? します」

「そう……あんまり良くなさそうだね。恵みの聖女様のこともあるし、僕の魔力も相性が悪いかも」

 神の寵愛を受ける彼だ。祈らなくとも神の恩恵を無自覚に受けているとかで、その魔力にも本職の聖職者程とは言わずとも神の気が常人より濃いらしい。

 ラツィラスは陣へ魔力を流し込むのを辞めるとアルベラの手を片手に乗せたままジーンに訪ねる。

「君もやってみる?」

(え、)

 とアルベラが内心で零す。

 ジーンの目は無感情に傷跡の走る腕を眺めすぐに逸らされた。

「……いい。宛があるならその人に任せた方がいいだろ」

 アルベラは内心ほっとし腕を引っ込めた。ほっとするも僅かに引きずる「勿体なかったかな」という気持ち……。その気持ちがやましく感じ、彼女はまたも「ああもう……」と自分の神経に呆れた。「いい加減にしてよ」と自分の心の一部へ言い放つ。

(何なの……久しぶりに会ったからって浮かれ過ぎじゃない? まだ完全に気を抜いて良い時じゃないでしょ。しっかりしなさい私)

 ラツィラスの手から離れると、アルベラの腕の上、宙に描かれた陣はするりと空気に溶けるように消える。

「力に馴れなくてごめんね」と魔術を試せて満足なはずの彼は、少し残念そうに笑った。



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