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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
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274、翼を取り戻す方法 5(癒しの聖女のお呼び出し)



「あの子……ディオール……」

 癒しの聖女、メイク・ヤグアクリーチェは窓に手を当てて今しがたの階下のやりとりに怒りの炎を燃やしていた。

 友人 (かなり歳の離れた)とのお茶会の約束。そして恵みの教会からの急な連絡と訪問者。恵の教会は癒しの聖女へ連絡したのではなく、あくまで癒しの教会の連絡係へ連絡を取ったのだが、それらは全て教会のトップである聖女へと伝えられるので癒しの聖女も報告は聞き承知の上だ。

 聖堂隣の治療棟上階の自室から外を見れば、偶然にも連絡を受けていた人物が教会前にまでやってきているのが見えた。あの感じ、そして魔族の連れ。間違えようがない。

 書類仕事は自分の仕事でないと目を離そうとしたのだが、その瞬間に事は起きた。自分の可愛がっている客人であり友人であり多分……いやほぼ確定で「時期後輩」の()()が教会の門前で水を被せられたのだ。

 見たくもなかった嫌がらせ現場。……だけではなく、今まで学園でユリが受けた嫌がらせを知る彼女はそれらの一部にあの御令嬢が関わっていることも知っていた。元はと言えばあの服毒事件が発端だ。第三王子の誕生日でなぜユリが毒を受けたのか、誰がやったのかが全く見えないと城もさっさと調査を引き上げてしまった。ユリが時期聖女だと知れば「他国の宣戦布告か」「国の反逆者の仕業か」ともっと粘っただろうに、ユリの可能性についてはまだ口外もしていないため手厚い捜査は行われないと踏み癒しの聖女が直々に人を動かし術を使いユリの身辺を調べていたのだ。

 結局まだ毒の犯人は見つけられていないが、あの日ユリの倒れた方からあの魔族が苛立ちながら現れ、当てつけのように聖女の放った「目」を破壊した事を思い出すと、あの令嬢があの件に無関係とは思えなかった。さらに言うならあの魔族の様子はかの御令嬢が服毒犯側の人間であるように思えてしまってならないのだ。

「パンジー!」と癒しの聖女は感情を露に側近を振り仰ぐ。

「はい」と金光のシスターがいつもの通り冷静に返す。

「恵みの聖女様から連絡を頂いたお客人だけど、今すぐ癒しの間にお呼びして。今さっき教会に来た、黒髪の色男の皮を被った魔族を連れたぼろローブの茶髪の女よ。すぐ呼んで」

「はい。……メイク様、一応確認ですがお客様方のご用件はご存知ですか?」

「ちゃんと覚えてるわよ。外国人の教会への立ち入り申請……証明書の発行でしょ。あと依頼したい治癒についての確認。どう?」

「はい、問題ないようで」

「なら急いで」と聖女メイクは手を振りパンジーを送り出す。「―――悪い子にはお仕置が必要よ。悪戯の熱が冷めないうちに」と呟くと、彼女はユリもあの御令嬢もいなくなった階段を眺める。

 離れていても嫌でも分かるこの上なく清く濃い神の恩恵を受けた二人の人物。彼らがまだ階段の隅にいるのを感じ彼女は目を細めた。



 ***



 教会の外、真昼の眩しさを避けるように木陰の壁に背を預けるラツィラス。

 最近のクランスティエルはすっかり春の陽気で日中は過ごしやすい暖かさだ。

 人の流れの邪魔にならないよう道の隅により、葉の隙間に揺れる陽光を眺めぼうっとしていたラツィラスはにっと唇に弧を描くとジーンへ顔を向けた。その表情に付き合いの長い彼は自分の主人がどうするか決めたのだと察する。

 ラツィラスはその場の柵に馬を繋ぎ防犯系の魔術を手早く描いた。

「行こうか」



 ***



 いったいなぜ、と思いながらアルベラはシスターの背を追った。自分を先導するのは部屋で待っていた中年のシスターとは別の金光のシスターだ。今の彼女も中年ではあるのだが先ほどの彼女より僅かに年上であるように見えた。口元と眉間にはキリリとした印象を持たせるシワが浮かんでおり、すっきりとした目元や綺麗にまとめ上げられた色素の薄い金髪はバリバリの仕事人間のような印象をアルベラへ与える。

 先ほど通された部屋でガルカは待つ事となり影にコントンもおらず、アルベラは久々に全くの一人となっていた。己の性質と教会という場が孤立感を強め不安が過ぎる。

(聖女様には会わずに済むと思ってたのに……恵みの教会が連絡とったから? 単なる貴族相手の大袈裟な接待? ただの挨拶で済めばいいけど……)

 「こちらです」とシスターは足を止め扉の前軽く腰を折る。

「聖女様がお待ちです、中へどうぞ」

 扉に手をかける彼女へ、扉が開く前にとアルベラは急いで声をかけた。

「あの、手続きは聖女様がされるわけではないのですよね」

「はい。私はあくまでもご挨拶がしたいのだと伺っております」

「ご挨拶……?」

「大丈夫です。ディオール様に失礼のないよう、聖女様の発言には私どもも目を光らせております」

(ん? 聖女とシスターのパワーバランスどうなってるんだ?)

 このシスターが何を危惧しているのか知れないが、アルベラはとりあえず済ました顔で「承知いたしました」と返しておく。

 「ではこちらへ」と扉を開くシスター。

 暗い室内、扉から部屋奥の祭壇へ向け燭台が並べられ炎色の魔法の光が灯され荘厳な雰囲気を作り上げていた。

 これが癒しの間。

 恵の教会でいう恵の間。

 中の広さや作りは対してあちらと変わりないのだなと思いながらアルベラは部屋の中へと踏み出した。

(聖女様との謁見の間……この空気やっぱ苦手―――)


 ―――バザン!


 突然の事にアルベラは何が起きたのか理解できなかった。

 頭上から重みのある衝撃が降り注ぎ、気づいた時には前髪やフードから水がしたたっていた。そして全身に感じる衣類の重み。不快感。アルベラは茫然と水浸しとなった体を見下ろす。

(は……?)

 「失礼」とその声は部屋の奥から聞こえた。

 体の芯が拒むような魔力を感じた途端、アルベラの体は瞬く間に乾ききる。

 部屋の奥へ目を向ければ豪奢な祭壇の高い位置にカーテンが掛かっていた。

(発光するカーテン……?)

 映画やテレビでよく見たようなセクシー美女のシルエットが映し出される様を想像してしまい、アルベラは「いやいや違う違う。アレはこの場所や聖女様の神聖さを演出しているわけで……」と内心で頭を振りくだらない図をかき消す。

 頭を落ち着かせ改めてカーテンを見上げるが、どうしてもそこに人影を見つけることは出来なかった。思ったよりも分厚いのか、その人物がカーテンから離れた位置にい居るのか。何にしてもあそこに聖女がいる事は間違いないだろう。

 その証拠にアルベラを連れてきたシスターが咎めるような声で「聖女様何を」とカーテンへ向け尋ねている。それに対しカーテンの向こうからも「口出し無用よ」と先ほどの聖女の声が返された。

「パンジー、下がりなさい。でなければ私が良いというまで口を閉じてなさい。もし口を出せば強制的に部屋らか追い出すわよ、ここに控えた全員」

 その言葉でシスターは無言を持って返し壁際へ去った。

 「いい子」とカーテンの奥から満足気な声が返った。



「こんにちはアルベラ・ディオール様」

 アルベラは茫然としてはいたが、反射的にスカートのようにローブを摘まみ上げ頭を下げていた。

「初めまして。お目にかかれ光栄でございます、癒しの聖女様」

「ええ、始めまして。癒しの教会を担当しております、現癒しの聖女メイク・ヤグアクリーチェです。単刀直入に行きましょう」

 カーテンの奥からタンと手を叩く音がする。

「貴女、なぜ水を掛けられたか心当たりはおあり?」

「こころ……当たりですか……」

 頭を下げたままアルベラは表情を濁らせた。

(これは……結構面倒なことになっているのでは……)

 


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