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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
273/411

273、翼を取り戻す方法 4(クエスト消化と証明証申請)◆

挿絵(By みてみん)




 八郎はゲームのとあるシーンを思い浮かべ「なん……、え……ま……?」と零していた。

 彼が思い浮かべたのは長期休暇中に起きるヒロインのランダムイベントだ。

 清めの教会又は癒しの教会の帰りに起きるそれは、「清め」ならば高確率でセーエンかウォーフかキリエと、「癒し」であれば高確率でラツィラスかジーンかミーヴァとのいずれかと出会うという物だ。

 そこに「アルベラ・ディオール」という意地悪なご令嬢が出てくるイベントと言えば……八郎の記憶に思い浮かぶのはただ一つ―――

 教会の入り口で公爵ご令嬢と出会ったヒロインが声を掛け、「貴女の心配などご無用だ」と水をかけられる。そして水浸しになったヒロインの元にヒーローが駆けつけ、魔術で彼女を乾かし「何があった?」というヒーローの問で選択肢が現れる。―――という物だ。



 こういったアルベラ絡みの選択肢は、ヒーローからの好感度だけでなくアルベラというキャラクターの立ち位置を左右するポイントでもあった。

 こういった場面でアルベラを事実以上に悪く責めるたり咎めたり、または被害を盛った選択を選べば、ヒーローからの同情をかい他の選択肢よりも多くヒーローの好感度を得ることが出来る。しかしそう言った選択を重ね続けると、ゲームの終盤でアルベラ・ディオールが明確な敵意を持ってヒロインの前に立ちはだかり、勝ち負けによりその後のストーリーに分岐が起きる。要は妨害が増え完璧なハッピーエンドを目指す際の手間が増えるのだ。

 ヒロインのパラメーターが足りていればアルベラを追い払い聖女の役目を果たしに向かえるし、足らなければヒロインがアルベラに追い払われ聖女としての役割は果たせず仕舞い……。そうなるとヒーローは落とせても世界滅亡を辿る―――「ハッピーエンドC(未熟な聖女)」というエンディングを迎える事となるのだ。

 厄介なのは、アルベラを追い払うのに必要なパラメーターが聖女としての役目を果たすのに必要なパラメーターを上回ることだ。逆を言えばアルベラを倒せるだけヒロインを育てていれば容易く最終イベントはクリアできるわけだが、それだけ育てるのが割とハードだったりもする。

 通常であればプレイヤーの選択によりコントロールできる範囲のパラメーターでクリアできるものが、ランダムイベントで起きるパラメーターの増減も響くような運ゲーとなってしまう。

 通常より多くヒーローの愛情を得られる分、後々しっぺ返しのような流れとなるという意地悪な設定―――と言うべきか因果応報と言うべきか―――とにかくそうなるようになっている。

 ゲームをやり始めた頃、ふざけた選択肢ばかりをした八郎が痛い目を見たルートの一つでもあった。

 何しろヒーローとの会話でどんなにふざけて好感度が下がろうとも、アルベラにいじめられた後大げさな選択をすればヒーローへのおふざけ減点も巻き返すことが出来た。そしてめでたくヒーローと結婚又は婚約確定コースとなるも、終盤の重要な場面でアルベラに追い払われているため、聖女の役目は終えてられていないので不穏な一文を目にする事となるのだ。



 ―――『聖女は破れ国王が倒れた。一つの国が闇に覆われその闇は各地に広がる。世界はゆっくりと衰亡の道を辿ることとなった』

 これは恋愛も聖女業もうまく行かなかった末に迎えるバッドエンドの末文。

 そしてハッピーエンドとは名ばかりとも思える不穏な終わり方をする「Cパターン」のエンディング末文はこうだ。

 ―――『私達は共に支え合い幸せに暮らした。―――近い未来に訪れる世界滅亡のその日まで……』



 ヒーローとヒロインはラブラブ。だというのに要所要所に世界滅亡の影。たまに音程のずれるオルゴール調の明るいBGM。少し鬱っぽく、じわじわ来る怖さの残るエンディングはあのゲームの特徴の一つだった。



 ***

 


(ア、アルベラ氏……―――いや、ユリ殿!! ふざけては駄目でござるよ!! ふざけた選択は己の首を絞めるでござる、結果世界を巻き込むでござる!!! 感情に惑わされずどうか妥当な返答をば!!!!!)

 八郎は口に手を当てわなわなと震えた。

 アルベラはと言えば、窓の外を眺め馴れたように手の上に水を集め弄んでいた。丸くしたり、輪を作ったり、かと思えば渦を作たり指の間をすいすいと移動させたり。

 これからクエストを消化するにあたってのウォームアップを思わす手元。

「……」

 八郎にはそれが随分と気合が入っているように思えうっすらと冷や汗を浮かべた。

「アルベラ氏……なんか魔法の精度上がってござるな……」

 窓に肘をついたまま視線だけを移し「でしょ?」とアルベラは少し自慢げに返す。

「旅行中結構鍛えられたの。……ダークエルフどころか騎士様方に勝つことは一回も無かったんだけど……必死の実戦は凄い効果ね。結局霧については全然練習できなかったんだけど」

「けどエリー殿には多少使って対戦をしているんでござるよな?」

「痺れと眠りだけね。しかも香水の。薬使ったら効果が必要以上に強くなりそうでまだ怖いから」

「そうでござったか。けどアルベラ氏の魔力なら拙者を殺す事は無いと思う故、拙者で試してもいいんでござるが」

「ものによってはお言葉に甘える……けど薬は無理。何度も言ってるでしょ。何か奇跡でもあって、万が一あんたが死んだら困るのは私なの」

「で、ござったな。素直に拙者が心配だと言ってくれてもいいんでござっ……」

 アルベラの手元にあった水がパイ投げのパイのように八郎の顔を覆う。

 ごぼごぼと空気を吐く八郎を見て「あら失礼」とアルベラは事故を装い棘のある笑みを浮かべ彼の顔から水を離した。それを窓の隙間から外へ捨てる。

(集めた水を蒸発出来るようにもなりたいな)

 ふとそう考えるアルベラの斜め前、八郎は顔の濡れを魔術でさっと乾かし眼鏡を拭く。

「ま、まあ……ある程度調節できるようになったら言って欲しいでござる。大まかでも弱中強の三段階がつかめれば人体練習も問題ないでござろう」

「そうね。今は大雑把に弱か強。強でも人により反応違うし」

 アルベラはエリーにはちょっとした麻痺で済んだ痺れ薬使用の霧が、ニーニャに使ったところ泡をふいて倒れてしまった時の事を思い出し「気を付けないと……」と溢す。

「ところで今回のクエストについてでござるが出来るだけお手柔―――」

「ついたぞ」

 扉が開かれ、アルベラと八郎の注意がそちらへ向いた。アルベラは外へ出ようと腰を浮かす。

「よし。いっちょ盛大にかましてくる」

 「ふぁ!?」と八郎が声を上げ、「は?」とガルカは意味分からなげに怪訝な声を上げた。

「何でもない。―――じゃあ八郎、木霊はよろしくね」

 ぱたんと扉が閉められる。

「ア、アルベラ氏……、アルベラ氏……?」

『ていうかあんたまた教会の中まで行くの?』

『護衛は不要か』

『いえ、いてくれるのは助かるけどいつもあんな文句垂れてる癖に……』

 二人の声が遠のいていく。

 八郎はこうしてはいられないと馬車から出た。そこはどこかの車預け所で、馬は車から外されすぐ隣の個室に二頭繋がれていた。他にも幾つか車を預かっていた倉庫から出ると、すぐ近くに教会の屋根が見える。

 八郎は気配を消し人目に止まることなく件のイベントが起きる教会入口へと向かった。



「アル……ベラ?」

 八郎が見に行った所、イベントはすでに始まっていた。いや、今丁度始まったタイミングだろうか。

 ユリが教会入口の階段に足をかけ、茶髪となっている公爵ご令嬢を前に目を丸くしている。しかも今のアルベラはお嬢様らしからぬ古びたローブ姿だ。ユリは生まれのせいかアルベラの纏うローブは軽く見流しているようだ。それよりも視線は髪と腕に気を取られているようである。出会ったのが知り合いの貴族であったなら、年頃のご令嬢が好んで着ないであろうローブにセンスを疑い眉を寄せた事だろう。

「御機嫌ようユリ」

 アルベラは己の格好をよそに高貴な者が浮かべる微笑を浮かべる。

(原作では互いの呼び方は『ディオール様』と『ジャスティーア様』でござったな)

 などと八郎は自分の知る記憶と比べながら現場を見守る。

「それ……怪我したの!? 大丈―――」

 ―――『怪我をされたのですか? だいじょう―――』

 ユリはアルベラの側へと寄ろうとし、アルベラは「あら」と見下すように笑い方手を払った。

 バシャン、とユリの頭上からバケツ一杯ほどの水が盛大に落とされた。

「余計な心配は御無用よ。私急いでるの、ごめんあそばせ」

 ―――『余計な心配は御無用よ。私急いでるの、ごめんあそばせ』

 綺麗に水を被ったユリは茫然と「へ……?」と零し、フードを被りながら去っていくアルベラの背を見送った。



 八郎は傍にあった壁にだんだんと拳を叩きつける。

(アルベラ氏ーーー! 完璧でござる! 原作通りでござる!! なにゆえ!!?? 何故台詞完全一致でござるか!! ゲーム未プレイではござらんかったか!!!)

 興奮のあまりその後の展開忘れかけていた八郎だが、「ユリ嬢?」と疑問符付きの柔らかい呼びかけにがばりと顔を上げそちらへ目を凝らした。

 ユリの体は既に乾いていた。足元に広がっていた水気も全て奇麗に元通り―――かと思いきや、ユリの髪は「ぼふっ」という効果音が合いそうな具合でボリューミーに膨らんでいた。アフロとまではいかずともその膨らみ方は通常の1.5~2倍程はある。

 びしょ濡れになったかと思えば乾いていた自身の服に「え? あ、」とユリは驚き、側からクスクスという笑い声が聞こえていることに気が付く。

 高飛車なお嬢様に水をかけられた哀れな平民へ助けの手を差し伸べたのは―――

「ユリ嬢、久しぶり」

(―――王子殿でござるか)

 物陰から見守る八郎は眼鏡をくいっとかけ直す。

 目立たない程度の小綺麗なローブを纏いフードを被ったラツィラスの横には当然ジーンもいた。二人はオフの休日と言った出で立ちで馬を引いている。

 ユリは第五王子様と護衛の騎士様の登場に呆然としてしまい、二人の赤い瞳が自分の髪に向けられていることに気付いて手を持ち上げようやく自分の髪型に気が付く。

「……!?」

 もふっという自分の髪とは思えない柔らかな感触に驚きつつ、わたわたと手櫛で髪を整える彼女。そんな彼女の元に行き、ラツィラスは苦笑しながら「ごめんごめん、やり過ぎちゃった」とユリの顔を覗き込むように軽く首を傾げた。ラツィラスの後で、覚えのある光景にジーンが「わざとだろ……」と呆れた呟きを溢していた。

「大丈夫? 水をかけられてたみたいだけどさっきのは……。―――何があったの?」

 音を拾おうと耳に手を当て、八郎は「うむ」と呟いた。

(王子殿、そこは原作では『今のはディオール嬢かな。何があったの?』でござったな。まあアルベラ氏は髪色も服装も普段の『お嬢様スタイル』では無かったでござるしな。出てくる選択肢は四つ。関係ないと突き放すか、困惑しながら事実を述べるか、何でもないとごまかすか、アルベラ氏を非難しつつ悲しむか。―――さあ、ユリ殿はどう答えるでござる!?)

 返答が気になるあまり、八郎はユリへ熱い視線を向け眼光を鋭くする。だが―――

(……!?)

 何となくという様子でジーンが自分の方へと顔を向けた。八郎はさっと身を隠し、自分のいた辺りをさまよう赤の視線にドキドキと胸を鳴らす。

(き、騎士殿、何でござる? 偶然でござるか?)

「―――そっか。またね、ユリ嬢。メイによろしく」

「はい。乾かして頂き有難うございました。お二人もよい一日を」

 八郎がジーンに気を取られている間に二人のやり取りは終わっていた。

 ラツィラスは手を振ってユリを見送り、ユリは困りながらも遠慮気に手を振り返し聖堂へと向かった。



 ***



「なぜ水をかけた?」

 後ろを歩いていたガルカがアルベラへ尋ねる。

「発作よ」

「ほう。おかしな持病だな」

「ええ、そうね」

 二人はユリと別れ聖堂の隣に並ぶ別棟を訪れ入ってすぐの受け付けへ向かっていた。

(よし、クエストは問題なさそう。ちゃんと消えてる。ユリは……八郎がいるから即乾燥されてるでしょ)

 医療スタッフもいるこちらの棟は大学病院に似た雰囲気が漂っていた。一階に並ぶ長椅子と治療を待つ人々。聖職者でも医師でもない教会のスタッフが訪れた人の様子を聞いて回り、教会の治療を受けるべきか病院へ行くべきか、優先されそうか後回しになりそうか等を判断し伝えていた。

 アルベラは受付に声を掛け名前と公爵家の紋章を見せた。良家のご令嬢には見えない出で立ちの彼女に、名前を聞いたスタッフは怪訝な顔をしたが紋章を見せるとすぐに態度を改める。

 話しはちゃんと通っており、スタッフは急いで席を立ちどこかへと姿を消しすぐに戻ってきた。

「ディオール様、こちらへ」

 アルベラとガルカは先導するスタッフの後に続きシスターの待つ一室へと案内され―――



「アルベラ・ディオール様、突然申し訳ございません……」

 金光のペンダントを胸元に下げた中年のシスターが深々と頭を下げた。

(は?)

 内心ぽかんとしているアルベラへ、彼女は予想外の一言を告げる。

「癒しの聖女様がお招きするようにと。お連れ様は別室でお待ちいただけますか」

(……は? ……は??)

 育ちのいいお嬢様の顔を保つアルベラだったが、その表情は人知れずひくりと小さく引きつった。



【 エンディングメモ 】

ハッピーA:世界救う、ヒーローと結ばれる / 友好度により他のヒーロー達の抱える問題は解決される

ハッピーB:世界救う、ヒーローと結ばれない / 同上

ハッピーC:世界滅ぶ、ヒーローと結ばれる / アルベラに負けた場合は同上、単に聖女の力が足らなかった場合は解決できない

バッド  :世界滅ぶ、ヒーローと結ばれない / 聖女の力が足らずヒーロー達の抱える問題は解決できない


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