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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
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271、翼を取り戻す方法 2(八郎と再会)



(ほぼ二日眠ってただけあって体が軽い)

 黙々と歩くガルカの背を追い、アルベラは大通りへと向かっていた。

 人通りのある道に出て、体臭を誤魔化さなければと鞄に手を伸ばすも周りにいるのがヌーダだけである事に気付き緊張が解ける。指先を少々さまよわせ、結局は「念のため」と僅かに魔族の匂いとやらは纏っておくことにした。

 馬車を無事レンタルしガルカがそれを御す。道中目に付いた薬屋と化粧品店で傷隠し系の商品を探した。化粧品店では小汚いローブ姿故に店員から見張られるような目を向けられながらの買い物となったが無事目的の物は購入でき、アルベラは約束の「ワライグサ」へと到着した。

「八郎を連れてくるからガルカはここで待ってて」

「分かった。さっさと行け」

 御者席からしっしと手を払う魔族の失礼な態度に表情一つ変えずスルーし、アルベラは大衆食堂の入り口をくぐる。中を見渡せば普通に食事をしたり昼間から飲んだくれたりと賑やかな様子が目に付く。小汚いローブの姿もこの居酒屋では目立つような物ではない。寧ろ程よく馴染んでいるほどだと落ち着きさえおぼえる。

 アルベラの視線が壁際のテーブルで止まった。そこで目的の人物が手を振っていたのだ。アルベラは「よく自分だと分かったな」と思いながら彼の元へ向かう。

「久しぶり」

「久しぶりでござ―――何でござるかその怪我」

 にこやかに返答しかけた八郎は彼女の両腕の包帯に表情と声音を固くした。

「詳しく話すから表の馬車に乗ってくれる?」

 話しの速い事に八郎は「お、おう……」と零し席を立った。

 席にはフルーツの外皮をそのまま容器として使用したトロピカルなジュースが置いてある。まだなみなみと入っていたそれを彼はストローで容易く一飲みし硬貨を一枚置いていく。



 ***



「―――冒険者顔負けの冒険譚! 天晴でござるな!」

 馬車の中、アルベラから旅先での出来事について聞いた八郎は他人事に笑い「大変だったでござるな」と他人事に付け足す。

「いやはや、まさかあのエリー殿が……。いや、しかしダークエルフに目を付けられ心臓を抉られ両手を犠牲に……よくぞ生き延びたでござる! ティーチ殿パーティーや騎士殿の活躍にも感服でござるが、拙者アルベラ氏のまさかの白熱バトルに脱帽でござる! いやぁ天晴天晴! エリー殿が戻ったらお祝いでござるな!」

「そうね。できればそのお祝いはピリとコントンの問題を解決してからにしたいけど」

「焦りは禁物でござる。物事はひとつひとつ着実に解決していくに限るでござる。コントン殿の奪還であれば拙者も手を貸す故、戦力については心配ご無用! ピリ殿についても聖女様にNOと言われた暁には優秀な癒し手の一人や二人攫って来る所存!」

 はっはっは、と胸を張り笑う八郎の姿にアルベラは戻ってきた実感と同胞の安心感に脱力した。

「……戦闘力チートのあんたが憎ましいほど羨ましいわ。何で私にもそれないの? 同じ小間使い(賢者様の)なのに不公平な」と彼女は目を座らせ不貞腐れる。

「まあまあ。アルベラ氏にはそういうのは求められてないって事でござるよ。役割分担でござる」

「はいはい。貴方は『破壊』、私は『回収』序でに『娯楽』ですものね」

(―――……回収……)

 自分の言葉に、アルベラは吸収した黒い靄の事が頭に浮かびふと「まさかこれも?」と思う。

 黒い靄、アスタッテの匂いのする呪具、と深く思考しようとしたが、正面からかけられた声に我に返る。

「それで、石が埋まったっていう胸の辺りはちゃんと検査したでござるか?」

「……あ、ああ、うん。大丈夫。竜血石の埋まったあたりについては、あちらのお医者様曰心臓も肺も正常だって」

「そうでござるか。なら現状は経過観察でござるな。竜血石の人体使用なんてこの短い人生では拙者もまだお目にかかった事ないでござるからして。何も力添えできないのが心苦しい所……」

 と言うも、八郎の目は心配よりも好奇心が勝っているようだった。

 アルベラは「興味深々か」と呆れの言葉を溢す。

「ま、まあそれは賢者の石的なファンタジーな物に触れたワクワクドキドキでござる。仕方ないでござるよ」

「私が女で良かったと心底思った」

「別に『男だったらひん剥いて胸元確認してやろう』とか拙者は考えて無いでござるからして!」

「分かった分かった。八郎は紳士。あと親バカでストーカー」

 八郎はすっと冷静になり真顔で背筋を伸ばす。

「紳士も親バカもストーカーも否定しないでござるから、出来ればそこに『愛妻家の極み』も追加しておいてほしいでござる」

「……もうわかったから……私の負けよ」

 アルベラは額に手を当て疲れた声で返した。

 脳裏に「愛する娘と妻を残して死んだ点を踏まえると『家族不幸者の極み』じゃない」という言葉が思い浮かんだが冗談が過ぎるだろうと飲み込んだ。八郎は何も気にせず笑って「そうでござった」とでも言いそうだが、残された愛娘や愛する妻とやらが彼の死を深く悲しんでる図を想像してしまい毒気が抜かれてしまった。それもこれも、ここ数年で知った彼と言う人物像から、本当にシャレにならない位に家族から愛されていた、そして彼自身も家族を愛していた事が伺えるからだ。

「―――で、石は置いておいて火傷でござるが、」

「あ、うん。火傷?」

「治癒であれば拙者も多少の覚えはあるでござる。アルベラ氏が良ければその手少し試してみてもいいでござるか?」

 予想外の申し出にアルベラは「え」と目を丸くする。

 がたがたと揺れる馬車の中、ぽかんとするアルベラと車外の明かりに眼鏡を白く輝かせた八郎が見つめ合う。

 八郎はくいっと眼鏡をかけ直した。その姿がアルベラには頼もし気に映る。

「貴方……()、本当に万能ね」

「まあ『恩恵』が無い分奇跡は起こせないでござるがな。神の力を借りない類の医療魔術には限界はある故あまり期待せずに頼むでござる」

「何言ってるの。普通の医療ってのはもっと限界値低いでしょ。私のこの腕の直りの速さだって十分奇跡よ」

「はっはっは、『地球』基準で言えばそうでござったな!」

 アルベラはするすると片腕の包帯を解いていく。とりあえずこれ以上酷くなることは無いだろうと思いつつも利き手でない左手から差し出す。

 八郎は彼女の手の平の凹凸や赤い皮膚に「酷いでござるな」と零し表情無く陣を描いていく。

「腕でいけそうなら顔もいい?」

「顔でござるか?」

「ええ。今医療用のファンデーションみたいので隠してて、出来ればそっちのほうが早く治せたらなって」

「公爵令嬢の顔に傷とは一大事でござるな。了解でござる。もし拙者で駄目でも知り合いに専門家がいる故そちらを紹介するでござるよ」

「助かる! 流石八郎!」

 アルベラの表情がパッと明るくなる。



(ちっ……全く聞こえん)

 御者席に座ったガルカは車の中の音を拾おうと耳をそばだてる。しかしこの馬車に防音の魔術を施したのは八郎だ。

 流石のガルカでも八郎の魔術をバレずに解くまたは覗き穴を開けるような真似はできない。

 大人しく教会までの道馬車を引く。



「凄い。結構治ってるんじゃない?」

「同じ出自なだけあって魔力の相性……というかもはや性質が同じと言って良いレベルでござるか? 拙者もまさかここまでの効果は予想してなかったでござる」

 アルベラは左手の皮膚がゆっくり再生されていく様を眺める。初めはちょっとしたくすぐったさしか感じていなかったのだが、十分ほど時間が経つと皮膚の赤味や凹凸が僅かに無くなってるのに気づけた。かなりのアハ体験で右手の包帯を一部解いて並べてみなければ気づけなかっただろう。

「拙者の経験値では両腕一気にできない故、片腕ずつ堅実にやってった方がいいでござるな。このペースだと片腕三時間ってとこでござるか」

「三時間も魔術展開しっぱなしってできるの?」

「魔力に問題はないでござるが集中力的にちと厳しいでござる。休憩しながら根気よくやるか日通いが良いでござるな」

「へぇ、魔力は持つのね……。あちらのお医者様の話じゃ、一気に直す場合治癒師の魔力と集中力が持たないから数人体制でやることになるって事だったのに。しかも『一気に』の場合、治癒師を数人取れる日も限られるから日を選ぶって」

「そうでござろうな。拙者の内在魔力が規格外なのと魔力の相性ってのもあるでござるが。相手がもし聖職系の人間であれば拙者の癒しがこんなに効いたかは謎でござるよ」

「そういうもの?」

「そういうものでござる」

「ふーん」



 そろそろ恵の教会に着こうかという頃、「そういえば」と八郎が口を開く。彼はアルベラの腕に魔術を展開したままそちらから目を離さず続けた。

「ユリ殿でござるが今のところ問題はなく。清めの教会と学園のバイトを頑張ってるでござるよ」

「そう」

「原作のイベントと関係あるかはわからないでござるが、御令嬢方の茶会に誘われてちょっとした嫌がらせを受けたりしてたでござるな。あとヒーローとのランダム遭遇があったり……」

(プライベートが私に筒抜け……悪いわねユリ、一人の命が掛かってるの)

「アルベラ氏聞いてるでござるか?」

「え? あ、ええ」

「で、さっきまでは癒しの教会で聖女様とお茶会をしてるようでござった」

 「そうなの?」とアルベラは眉を顰める。

「彼女が癒しの聖女様と仲良くやってるのは何よりだけど……お茶会かぁ……今日の面会叶うかしら」

「それもでござるが……、まあそれに付いては仕事優先。問題ないのではと思う次第」

「じゃあなに?」

「気のせいかもしれないでござるがユリ殿の育成が原作より早い気が……」

「そうなの?」

 八郎は頷きも否定もせず「うーん」と悩ましげに唸る。

「まだわからんでござる。まだわからんでござるが、清めの教会でもう『祓い』について学んでいるよなんでござる」

「祓いって、清めの聖女様や清めの教会の白光が使える『神の御技』だっけ? 聖職者の攻撃魔法と何が違うの?」

「治癒と同じでござるよ。祈るだけ、それだけで聖女の望む結果となるよう適切な処理が成されるでござる」

「ああ……なるほど。どの部位をどう治す、この怪我の場合はこういう手順が必要、とか知識も何も要らないってことね。どんな敵か関係なく倒し放題、魔獣も倒し方気にせず素材を残し放題、と」

「そうでござる」

「便利な事」

「魔力や気力の消耗は激しいでござるから、原作なら初めの長期休暇はそれらを培う訓練をバイトの合間こっそりさせられるござる。本人にそうと言わず、後から『実はあれはこういう意味がありました』と種明かしするような形で。その流れでユリ殿には聖女の素質があるとばらされ、本格的な練習や訓練が始まる……はずでござった」

「ござった?」

「まだ知らされてないでござる。ユリ殿、よく分からないまま教えを受けているでござる。本人は結構困惑気味で」

「順番おかしくない? なんで次期聖女って教えてあげないんだろ」

「で、ござるよな」

「聖女達が説明し忘れた……? 誰かがもう伝えてるだろうみたいな、責任が分散しちゃったみたいな……?」

「さあ、なんででござろうな……。拙者の見てきた感じではそこまでは分からず」

 二人はそんなに思い詰めず、軽い調子で「うーん」と考える。そこに外からコンコンとノック音が上がり、「着いたぞ」とガルカの声が告げる。ユリの話は途中で切り上げられ、二人は外に出る準備を整える。と言っても準備が必要なのはアルベラのみだ。

 アルベラは腕に包帯を巻きながらが「随分滑らかになってる」と殆ど赤い痕のみとなった左腕に感心した。

「あと一時間くらいやればそちらの痕は消せそうでござるな。顔はその腕の痕がちゃんと消せた後で良いでござるか?」

「ええ。治癒師は必要なかったわね。一応その魔術私にも教えてくれる?」

「良いでござるよ。展開には予備知識が必要ゆえ、もろもろ載った本を貸すでござる」

「……難しいの?」

「それなりでござる」

 「そうか……」とアルベラは表情を渋らせる。早速諦めるということはないのだが、習得まで時間がかかるであろうことを覚悟し彼女はフードを被った。



 ***



「色々ありまして、こういう有様でして……」

 幸いにも恵みの聖女との謁見が叶ったアルベラは使い慣れた談話室にて、テーブルとお茶を挟み向かい合う恵みの聖女シャイ・グラーネへ、ローブを脱いで自分の姿をさらして見せた。

 黒い霧は嫌な事を思い出し感情を揺さぶれは容易く滲み出た。

 人払いは済ませており、部屋にはアルベラと聖女とガルカの三人のみ。スカートンの母であり以前から交流のある彼女(恵みの聖女)だからこそ叶った状況だ。他の聖女だったら魔族と同室というだけでも他の人員を下げる事は無かっただろう。

「アルベラ様……その気は……なぜ」

 なぜ以前よりも彼女の不吉な気が濃くなっているのか。しかも靄となって滲み出るほどに、と聖女は表情を曇らせた。



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