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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
269/407

269、エイヴィの里 12(見舞いと報告 2/2)◆



 ***


 

 意識がある面々に伝えるべき事を伝え、アルベラは自分の荷物のある女子部屋へ行こうとアンナと共に廊下へ出た。

 そこで奥から「お嬢様!」とタイガーの声が上がる。彼は車椅子ならぬ浮遊椅子に座ってこちらへとやって来た。椅子は木製のロッキングチェアに魔術の細工がしてあるような物だ。

 この病院に立ち入ってからアルベラも何度か目にしていたが、その時に彼女が抱いた感想は「うちの国のより簡易的だ。(ケンデュネル国のは前世の車いすに近い形)浮くのは一緒か」だった。



「良かった、治療―――」

「その火傷は?」

 終わったのね、と彼女が言い終わる前にタイガーが語気を鋭く尋ねる。普段はもっと余裕のある表情をしている彼が真顔だ。

「―――……かっこいい?」

 ちゃんと消せるのだしそんなに心配される物ではない、という思いからアルベラは冗談まじりの言葉を返す。

 タイガーの性格的に相手の冗談には、否定でも肯定でも何らかの形で乗って返すと思っていたのだが、彼は片手で顔を覆い沈黙していた。

(ま、まずっ……)

「ご、ごめんなさい。私の火傷は」

「申し訳ありません……! 私共が不甲斐ないばかりにお嬢様の側に居らず……そんなお怪我を……」

 彼の首や胴はプロテクターでガチガチに固定され覆われていた。自分よりも明らかに重症な彼が何を言ってるのかとアルベラの口元が歪む。

「タイガーの怪我の方が重症じゃない。治療はどうだったの? 怪我の状態はどう?」

「俺は問題ありません。骨の再生と繋ぐ作業は無事に済み、今日と明日安静にして三回の魔術療を受ければ軽く走っても問題ないだろうとの事です。激しい動きは禁止されてますが、それも長くて一ヶ月。―――お嬢様の方は、その火傷はどうしたんですか? エリーさんとピリさんはご無事で?」

「私のこれは……自分でやったの。敵を追い払うときにね。ダークエルフ―――あ、タイガーたちが相手にしてた奴の弟なんだけど、そいつに襲われてね。そいつを追い払うのに電撃系の強力な魔術具を使ってその反動。痛みとかはもうないくらい治癒されてるからあんまり大げさな反応しないで。―――あ、ダークエルフはガルカが倒してくれたから大丈夫」

 ガルカがダークエルフを倒したという報せにタイガーは目を見張っていたが、それより彼が口にしたのはアルベラの怪我についてだった。

「なぜ痕を消す治療を受けられないんです?」

「治したいんだけど時間がかかるみたいだから」

「時間? その範囲の火傷でしたら深いもので一日から半日といった所ですよね。それくらいなら受けては?」

「その事だけど……タイガー」

 わざわざ名を呼ぶ彼女にタイガーは警戒するように表情を引き締める。ぴりつく空気にアルベラは「私の火傷は本当にちゃんと治るから」と首を振る。

「エリーとピリも怪我して、二人もいまこの病院で治療を受けてるの。エリーは今治療中。命に別状ないって。ピリだけど―――ピリは翼を失ってしまってね」

 ローブは着て居るので靄が多少出ていても隠せているだろう、とアルベラは自分の気持ちが荒れていない事を確かめ言葉を続ける。このままのペースで言い切ってしまうのが吉だと、先ほどアンナ達に話した内容を思い出しながら口にする。

「これから王都に行って癒しの聖女様にピリの治癒を依頼しに行くの。ガルカがぴんぴんしてるから彼に運んでもらって。他にミミロウさんも無傷ではあるんだけど、彼は皆と帰ってきてもらう事にして……。あ、今さっきゴヤさんと姉さんには同じ話して、皆は皆のタイミングで帰ってきてって伝えた所。だからタイガーとガイアンも怪我が良くなった時に皆と戻って来て、ケンデュネルで合流しましょう」

「お嬢様……」

 つらつらと決まった事を告げられてタイガーは表情を曇らせる。

 彼は手を伸ばし、包帯に包まれた彼女の手を取ってその上にもう片手を乗せた。

「お嬢様。他にはなにかございますか?」

「他?」

「はい。その目については? 何かの呪いですか?」

「呪い……)

(―――目……いつから……)

 アルベラは思い出したように被っていたフードへ手を伸ばした。

「み……たいな、感じで……」

 フードの縁を摘むも、「見られたのだし何を今さら」とその手を下ろす。

「大丈夫、()()()何ともないの。けどよく分からないし、これも聖女様に相談しようと思ってる。……本当に何とも無いから心配しないで。ガルカが心当たりあるみたいで、ちゃんと消せるだろうって言ってたし」

(この靄、聖女様にも聞いてはみるけど多分頼る宛は別なんだよな)

 聖女への相談もガルカの証言も嘘だ。タイガーを安心させ、自分の帰国に納得してもらうのが最優先と出任せで吐いた物に過ぎない。

 タイガーは眉を寄せてアルベラの目を見つめる。

 この瞳を長く見ているのにも限界があるのか、彼は辛くなってきたようにそっと視線を外す。「そうでしたか……」とため息交じりの言葉が吐かれた。

 自分を責めて落ち込んでるかのように聞こえる声だ。アルベラは胸の奥が締め付けられるように感じ、靄が濃くなるのを危惧し彼の手をそっと放す。

「ピリの件と目の件。学園の休みももう半分をきってるし、解決にどれほどかかるか分からないから急ごうと思って……」

「そうですね。部位の再生は早いに越したことはありませんし、あのダークエルフを相手にしてぴんぴんしている者が一緒なら……」

 彼は帰国を承諾してくれたようだ。

「良かった……。心配をかけてごめんなさい」

「いえ。―――あ、そういえば竜血石はどうしました?」

「竜血石?」

「あの女が言っていました。狙いは竜血石だと。弟と言うのもそれを奪いにお嬢様を襲ったんですよね?」



『竜血石? ガウルトの時はそんなもの持っていなかっただろう! なぜお嬢様を狙う!!』

『気に入らないからよ。人を殺したいって思うのにそれ以外の理由が必要?』



 戦闘の合間、タイガーはダークエルフの女と短い言葉を交わしていた。

 なぜあの女がお嬢様を気に入らないのかは結局知れずじまいだったのだが、石という明確な目的もあったのも事実だ。ならばそちらの目的はどうなったのだろうかと気になった。

「石は無くなっちゃったの。取られた訳じゃないんだけど……ええと……破壊した……的な……」

 後半に行くにつれ言葉がふんわりとして行く。

「そうでしたか」

「折角皆で取りに行ったのにごめんなさいね」

「いいえ……いいえ……」

 彼の両ひざの上の拳が強く握られ血色が悪くなっていく。

「私どもこそ……お嬢様は謝らないでください。彼女らとぶつかる事になったのはただの不運です。貴女を守れという伯爵の命があったにも関わらず、私達は……何も……」

 アルベラは心が荒れるとかそういうのではなく単純に困った。

 どうしたらいいのかとアンナに視線を向けるも、彼女は肩をすくませたのみだ。大方「騎士さんは何でこんなに凹んでらっしゃるんだか、さっぱりわからないね」とでも言っているのだろう。

 アルベラは内心で「うーん」と唸り考えに目を細める。

「―――ええと、タイガー。私ちゃんと生きてるから」

「はい。そうかもしれません……」

「いや、そうかもじゃなくて生きてるから」

「ははは……。すみません、そうですね」

 彼も自信の発言のおかしさに気付き表情を緩めた。その緩んだ顔のまま、「情けないんですよ……」と彼は力無く告げる。

 言って、彼は目を瞑ると眉間の皺を深くし息を吐いた。瞼を持ち上げると、「申し訳ありません」と彼は迷いを振り払ったかのように普段の強気な笑みを浮かべた。

「あそこまで徹底した敗北は久々なので、結構精神的ダメージを受けてまして。そうですね、お嬢様は生きてらっしゃる。本人も怪我は大したことは無いと言っているのですし、私はその言葉を信じるのみです」

 いつもの前向きな調子の彼に、アルベラはほっと息を吐いた。

「俺もガイアンも帰ったら伯爵に厳しく鍛え直して貰わないと。お嬢様もいかがですか、ご希望でしたらいつでも言ってください」

「いえ、ご遠慮願うから」

 タイガーは「いって……」などと零しながらくつくつ笑う。



 ***



 部屋で必要最低限の荷物をまとめ終えた頃ガルカが部屋へと迎えに来た。

 病院の入り口までアンナとタイガーが見送りに出てくれ、アルベラは行ってきますの挨拶の前に里長との話を思い出した。 

「そうそう、ピリだけど面会禁止だからお見舞いはいかないでね。良かった、言い忘れてた」

「面会禁止?」とタイガーが聞き返す。

「ええ。里長さまと話してそうなったの。相手のご家族の気を逆なでしてしまうかもしれないから」

「そうでしたか。確かにエイヴィにとってはデリケートな問題でしょうしね。承知いたしました」

 タイガーに伝えておけば大丈夫だろうとアルベラは「皆にもよろしく」と返す。 

「気をつけてな! 帰ったら打ち上げだ。勿論嬢ちゃんの驕りで」

「え? ええ。そうね。けどほら未成年だし私はいつもの通りのペースで健全な飲み会を」

 ずいっと顔が寄せられ、アルベラの鼻孔を消毒液とアンナの香水の匂いがくすぐった。見つめる先で涼し気な美女の顔が「にぃぃぃ……」と口端を吊り上げ恐ろしい笑みを浮かべた。

「だーめ」

「は?」

 獲物を逃さんとするヘビの目に見据えられアルベラは笑顔を硬直させる。

「今回は酔いつぶれるまで付き合わす。今まで散々逃げ回って来たの、アタシは許してないからね」

 アルベラは「ひゅ」と息を漏らし数秒フリーズした。

「ね、さん……それは……」

「はは。『嫌』とは言わせないよ? 今回のご旅行、初めの予定より随分ハードになったものねぇ。―――うぅっ、腕の傷が……」

「気のせいでしょ! 姉さんのはもう治したってお医者様が……」

 アルベラは助けを求めてタイガーを見る。するとパッと明るい笑顔が返ってきた。アルベラは一瞬助かったと錯覚し表情を緩めた。だが助かる筈もない。何故ならそれは()()なのだから。

「お嬢様、誠意には誠意です(行った方が身のためです)」

 ごふっ、と盛大に血を吐くダメージを腹に食らった気がした。勿論これも錯覚だ。

 アンナがアルベラの肩を強く抱く。アルベラ的に非常に困っている状況ではあるのだが靄は一切出る様子がない。

「分かってんじゃん騎士様! んじゃ約束だよ嬢ちゃん! 王都で再会したら一晩飲み明かすよ! 旅が無事に終わったお祝いだ! だからちゃんとその目も何とかして来な! あ、カスピも連れてくんでそこんとこよろしく」

「ふぁ、ふぁい……」

 後半はタイガーに向けてだ。彼は「ガイアンにはこれ以上ない褒美ですね」と笑む。そして「お嬢様」とアルベラへ呼びかけた。

「無理はせずに。一人で抱え込まないでくださいね。もしもの時は伯爵も相談に乗ってくれますから。ピリさんのご依頼や目の事、教会で何か言われましたらちゃんと公爵やレミリアス様に相談されますよう」

「……はい」

「動ける程度まで治したら私達はすぐ追いますから。絶対に無理も無茶もなさらないでください」

 彼の大きな手がアルベラの手を包み込む。彼の心配性な父の面が垣間見えた気がして、アルベラはつい笑ってしまった。

「はい、わかった……。ありがとう、タイガー」



 ***



 病院を出て広場を突っ切る途中、偶然振り返ったアルベラの視線が一つの病室を捉えた。三階の一室。

 どんな偶然が、そこにはピリの祖母がいた。彼女は窓に背を向け、一対の翼が小刻みに揺れている……ように見える。

 歩調を緩めついじっと眺めてしまったアルベラだったが、窓向こうの老婆が何かを感じ取ったように振り返り、驚いて足を止めた。

(……)

 目があった。そう思った時には勢いよく病室のカーテンを開かれてしまった。

 アルベラはぐっと唇を引き結ぶ。

(結構くるな……)

「行くぞ。あんな物気にしても何にもならん。何をしても直すのだろ」

「ええ」

「―――おい、癒しだが手っ取り早く人質でも取って聖女を脅すとかどうだ」

「それは最終手段にとっておくわ」

「初めからやってしまえ」

「いやよ。今後が怖いもの」

 他愛もない冗談で気持ちを散らし、アルベラは飛び立つのに適した場所とやらへガルカの案内のもと向かった。



 ***



 来たのは人通りの少ない通りで一番高いビルの屋上だ。高いといっても四階立ての小柄な建物で、重視したのは人通りや人気のなさらしい。

「へぇ、なかなか良いわね」

 ガルカの買ってきたハンモック型の飛行用具を広げ、アルベラはその中に潜り込んで具合を確かめる。

 普通のハンモックよろしく座れるし横になって寝ることも出来る。寝るときは上に蚊帳のようなものを掛けて閉じる事もでき、そうすると長細いテントのような形になる。

「何より軽いしな」とガルカは二対の翼は準備済みですぐでも飛び立てる様子だ。

「運ぶ側の視点ならそれに尽きるか」と、アルベラも運ばれる側の準備を整える。

 人を運ぶようの飛行用具はエイヴィ達が使ってたようなバンド式の物から、鉄製や木製の檻型や鳥籠型、オオヤマドリの時のような椅子が接着された個室型が大半だったらしい。ここに来るまでに聞いたこの国の店や品の類に、アルベラは時間があれば自分もぜひ見てみたかったとこの現状を嘆いた。

(またいつか、そうだまたいつか……人生百年。いえ、この世界なら二百年三百年だってあり得る。どんなバグか知らないけど……。うん、きっとまた来る機会はある)

 八郎との連絡スクロールを開き、『二日後に王都。了解!』の返事を見て閉じる。

 ハンモックの上、軽く膝を折り唯一の荷である肩掛け鞄を抱きしめアルベラは座る。蚊帳を閉じてテント状にし、このハンモックの安全装置なのだという魔術を発動―――これで飛行中の落下が防げるらしい。

「いつでも飛んで」

 声を掛けられガルカは空に視線を向け翼を広げた。鳥型となった片足でパイプを掴んでおりそのパイプの両端とハンモックの両端はスチールのような金属で固く繋がれている。

(安定したらはじめるか)

 アルベラはチラリと鞄を見る。中には病院で買い取った輸血用の血液が入っていた。母国と同じパック詰めされた血液だ。この血液パック、ある程度は前世のものに似ているが、医師から伝えられた使い方はもっと簡易的だった。その使い方とは付属のチューブを魔術陣の描かれたテープで手首に止める、ただそれだけだ。

 ガルカが片足で地面を蹴り空へと飛び発つ。

 アルベラの乗っていたハンモックが持ち上がり底が沈む。「うわぁ」とアルベラは小さく声を漏らす。

 ハンモック越しに自分の身が完全に地面から離れたのを感じ、かと思えば外の景色が高速で下へと落ちていった。風や重力を強く感じてもいい筈だが、ハンモックにかけられた魔術のお陰でエレベーターの上りの時程度の浮遊感しか感じなかった。

 先ほど居たビルがどれなのか見失う位に高度を上げ、病院はどれだろうかと探している間に丁度町の上を通り過ぎようとしていた雲を突き抜けてその上に出た。

 「おぉ」とアルベラは感嘆し、ハンモックの乗り心地を確かめる。外の景色さえ見なければ、本当にただのハンモックだ。厚めのカーペットのような素材で簡単に破けそうでもない。上を見れば蚊帳越しにパイプを掴んだ大きな鳥足。

 試しに仰向けに寝てみるがパイプを掴む足に自分の動きが影響されている様子はない。かなりの高所、自分の命がこの布製品に預けられていると思うと恐怖心も沸き上がったが、試しにうつ伏せになってみたり、座ってみたりと幾らかもぞつき、布の強度や安定感を確かめると不安も大方無くなった。仰向けになり「ほう……」と息を吐き体から力を抜く。

(これは結構いい品では……)

 落ちる不安さえ無くなってしまえばそのリラックス効果は大きかった。

 少しの時間、アルベラは仰向けのまま昼下がりの空と黒く大きな翼が風を切る様子を穏やかな気持ちで眺めていた。



挿絵(By みてみん)

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