268、エイヴィの里 12(見舞いと報告 1/2)
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静かな病室をそうっと覗き込み、アルベラはベッドの上に眠るアンナとビオを確認した。エリーの姿は無い。数個隣の男性陣の部屋に運ばれたのだ。
(予想できてたけどちょっと哀れ……)
一番手前のベッドに自分の荷物があることを視認し、アルベラはまず真っ直ぐとそこに向かう。
面々の怪我の内容については先に病院のスタッフに確認していたので既に知っていた。
―――アンナは片足、片腕、頭蓋、肋骨、それとその他あちらこちらを骨折又はヒビ。深い眠りについているビオは首とその他幾つか切り傷や打撲があった程度と一番損傷は少ないようだ。
ゴヤは頭蓋にヒビ。鼻骨折。スナクスは内臓の損傷が激しく、集中治療を受けている真っ只中なのだと聞いている。ナールは見た目こそ大した外傷は無いものの、魔力切れと貧血で倒れていたらしい。ガルカ曰く魔獣を使役する上での都合だろうとの事だ。
タイガーは背骨、肋骨、両腕の骨折と腹部の皮膚の損傷、内臓の軽い損傷 (幾つかの内臓の表面にかすり傷がある状態)。ガイアンは両足と肋骨の骨折。その他深い切り傷や火傷等。この二人も今は治療中。そしてエリーも至る所に骨折や外傷が見られ治療中だ。
―――というのが大まかだがアルベラの聞いた皆の怪我の具合である。
(話せる状態の人、ゴヤさんとミミロウさんあたりかな)
廊下を通りかかった看護師に声を掛け体を清める用のタオルと桶を借り、カーテンで囲ったベッドの横アルベラはもぞもぞと体を拭っていた。髪も魔法で水を集め、浮かせて手早く濯ぐ。作業しずらかったため、両腕の包帯は一時的に解いていた。
(痛みはないけどたまに皮膚がつっぱる感じ。激しく動かしたらせっかく塞がっていた傷が開いちゃいそう。作業が終わったらまた包帯巻いた方が良いか。この湿布は……外さない方が良さそう。独特な甘い匂いしてるし再生を促す系のやつかな。―――あの猿のお医者様曰く、痕を消す程の完璧な治癒は一気に済ませたい場合半日以上。それか短時間ずつの通院。ならそっちは王都でいいか。まずは移動、と。―――出立と治療費についてはゴヤさんから皆に伝えてもらえばいいかな。アンナの姉さんは意識あるって聞いてたけど、ぐっすり眠ってるみたいだったし仕方な―――)
カーテンの合間、知らぬ間に現れていた生首と視線が合う。
その顔はアンナのものであり、それは視線が合うとニタリと目と口に弧を描いた
「―――っ!!!」
あまりの気味の悪さにアルベラは大声をあげそうになった。それをなんとか堪えたのもの、扱っていた水を解放してベッドや床に落とさなかったのもこの旅で随分と鍛えられたおかげかもしれない。
実は目が覚めていて驚かすタイミングを見計らっていた。という相変わらず傍迷惑なアンナを連れ、アルベラは男性陣の部屋を訪れた。
アンナとお嬢様の姿を見たゴヤから「よう。昨日ぶりだな、お二人さん」と声がかけられ、アルベラは「こんにちは」と返しつつ「ちょっと失礼」と駆け足に一番奥のカーテンに囲われたベッドに向かう。空のベッドの上、彼女が置いたのは化粧ポーチだ。それと女物だったので女部屋に運ばれていたエリーの荷物もベッドの横に置いておく。ベッドの主であるエリー(このベッドがエリーのものであることは看護師に確認済み)は今治療中との事なので治療が終わったら必要となるだろうとアルベラは思った。
(ここにどうやって運ばれてくるか謎だけど……健闘を祈るしかないか)
アルベラは胸の内手を合わせ、カーテンの囲いから出てほかの面々の様子を見る。
スナクスのベッドはエリー同様空で荷物だけが横に置かれていた。ナールは眠っており時たまギリギリと歯軋りをしている。ミミロウはいつものローブを纏ってゴヤのベッドの隣の椅子に座り、ゴヤはベッドの上身を起こしていた。
「ゴヤさん、ご機嫌いかが」とアルベラは改めて声をかけ、彼の近くの椅子を引く。
「俺ぁ見た通りピンピンしてる。―――嬢ちゃん、室内だってのに何でフード何て被ってるんだ? てかその汚いローブどした」
「ああ、これは気にしないで」と返すアルベラにゴヤは疑問符を浮かべるも言われた通りローブについては流すことにした。彼的にはアルベラの顔の火傷と両腕の包帯の方が気になったからだ。
「そっちもただでは済まなかったみたいだな。何があった」
アルベラは「蜘蛛女とダークエルフの男に襲撃されてね」と苦々しく肩をすくめた。
「私たち側の話はまとめてさせていただくから、先にそちらに何があったか聞かせていただいてもいいかしら。けど、実はこのあと急いで行きたい場所があって。ゆっくり話し込んでもいられないの」
「急ぎってのは初耳だね」とアンナ。
ゴヤも呆れた様子だが「そうかい」と頭を掻いて、見張り台で見たものやダークエルフの女とのやりとりについて話した。
***
「硬化、痛み止め、止血の魔術……万能ね」
ゴヤとアンナからダークエルフの女とのあらましを聞いたアルベラは驚き半分感心半分でつぶやいた。
「ある程度の手練れはその三つは大体押さえてるね。あの騎士さんらだって」
と、アンナは思い出しながらキシシと笑いをこぼした。
「タイガーの騎士様が腹にどでかい杭を食らったってのに、内臓が軽傷で済んだのはそのおかげさ」
誰から動けなくなったか、どのように戦力外となったか、を聞いていたアルベラは「腹に杭を受けて動けなくなった」というタイガーの姿を棒人間で簡略化して想像していた。
簡易的な図だろうがなんだろうが、結局はそのインパクトに表情は苦くなる。
「喜びな嬢ちゃん、あの騎士さんらの実力は本物だったよ。硬化、無痛、止血。それだけでなく杭に貫かれる瞬間内臓の位置まで移動させちまうなんて、そこらの人間にできる技じゃ無い」
と言って「私も今度試してみようかね」とアンナが本当にやりそうなトーンで付け足す。アルベラは息を吐きその言葉についてはコメントを控えた。
「あの二人を送ってくれたおじいさまに感謝しなきゃね」
「ああ。ついでにその傷も自慢してやんな! 勝戦の傷は冒険者の勲章ってね。それに比べてこいつときたら……笑っちまうよ。岩に頭潰されたってのに割れたのは岩の方だってさ! ウケる」
アンナはゴヤを親指で示し吹き出す。
アルベラは「傷はちゃんと消すってば」と渋り、ゴヤは「アホか。あんなもん何もなしに受けたら脳みそすり潰されてとっくに死んでたっつの」とすかさず返す。
「ゴヤさんが軽症で済んだのも『硬化』のおかげ?」とアルベラ。「一応はそうだが、」と彼ははらりと片手を振った。
「魔術具だよ、魔術具。硬化の魔術は俺も使えはするがアンナやあの騎士さんに比べたらまだまだだ。あれは展開のスピードが命だからな。スナクスのやつもそこら辺が甘かった。俺はいざというとき用に硬化の魔術をぶっ込んだ魔術具を装備してたんだ。それがなきゃとっくにこの世とおさらばしてた」
「装備の差でスナクスさんは重症になったのね」
「そいういうことだ」とゴヤ。
アンナは悪ガキのような目をアルベラへ向ける。
「だから冒険者にとって魔術具は命綱でもあるんだよ。質がいいものを揃えてるほど延命できる。……ま、そういうのを得るには金が必要で、金を得るには得られるだけの実力必須ってわけだ。お家の力で立派な道具揃えて、デビュー後即名を馳せた冒険者殿もいらっしゃる。けどさぁ、くくっ……そんな奴ほどひん剥いちまえば生娘となんら変わらなくって、服着てた時の強気な態度は何処へやらって」
「姐さん、その話は今はいい」
「ん? そうかい。じゃあ帰ったらじっくりと聞かせてやるさ」
ニヤニヤ顔のアンナに「別にいいってば」とアルベラは迷惑そうに返す。
帰ったらという言葉に、彼らの怪我が全快してからの帰国であれば学園の休暇も明けた頃になっていそうだなとアルベラは考える。
「じゃあ、ささっと私たちの方のことを話させてもらうんだけど―――」
蜘蛛女の事、ダークエルフの双子の弟の事、これから急ぎ帰国し癒しの聖女にピリの癒しを依頼してみたい事をアルベラは話し二人を見た。
薄い笑みを浮かべて話を聞いていたアンナは「随分急いてるねぇ」と他人事に零す。ゴヤはというと「他人種の依頼ねぇ」と自身の記憶を探りながらぼやいた。
「確か冒険者仲間の獣型が個人で依頼に行った事があったな。そん時は全く相手にしてもらえなかったとか言ってた気がするが……。けど随分前だったな、人の又聞きで高貴なお方の奴隷は治療を受けられたって話も聞いたし……嬢ちゃんからの依頼なら通るかもな」
「ばっかだねぇ。あれは奴隷として国に縛られてるから通った依頼さ。体に刺青の入ってないピリ坊が嬢ちゃんの紹介ってだけで恩恵を受けられるかっていうと怪しい話だよ」
アンナの至極当然な言葉にアルベラとゴヤが驚いた顔をする。
「姉さんたまにまともな事言うわよね」
「テメェはなんでごくたまにしかまともな事言わねぇかな」
目を丸くするアルベラと呆れて頭をかくゴヤに、アンナは意味深に「ほ〜う」と零した。
不味いと思ったアルベラとゴヤは、示し合わせたようにさっさと話の続きへと移る。
「と、言う事だから他の人たちが目を覚ましたら私が先に帰ったってことは伝えて。皆は無理がないくらいまで回復したら無理のないペースで帰ってきてね。治療費はこちらで負担するし、壊れた道具とかもあれば帰って来たら言って。修繕費もこちらで支払わせていただきます」
「流石公爵家様」「ヒュ〜、頼もしい〜」とゴヤとアンナ。
言ったものの、アルベラは「父と母になんとかして頼み込まなければ」「どう説明したら無難に済ませられるだろうか」と手の中に嫌な汗をかいていた。
ふと、ずっと黙って三人の会話を聞いていたミミロウと目があった気がした。彼はサッと俯く。その行動で目が合っていたのも目を逸らされたのも勘違いではないだろうとアルベラは納得する。
「―――で……、気になってたんだけどミミロウさん」
彼はピクリと身を揺らす。
「ああ、中身見たんだってな」と言ったのはゴヤだ。
(中身って)
とツッコミを入れるアルベラの向かい。ゴヤの反対隣に座る彼は「ごめんなさい……腐っててごめんなさい。汚くてごめんなさい……」とボソボソと呟いていた。
空いてるスナクスのベッドに腰掛けていたアンナは立ち上がり、ミミロウの元に行くとカラカラと笑いその頭を撫でた。ミミロウの首がフードの下、されるがまま前後左右に揺さぶられる。揺すぶられながら「ごめんなさい、ごめんなさい……」とこぼすその姿はなんともシュールだ。
「気にすんなって! こいつドラゴンに戻ると数日はナーバスが続くんだよ」
アンナはミミロウのその様を楽しんでいるようだ。撫でるのをやめない。
「えと……それは呪の影響?」とアルベラ。
「呪いについても承知済みかい?」
「ええ。あまり詳しくは聞いてないけど」
「ふーん。……ま、私も全部知ってるわけじゃないしね。これはストーレムか王都で酒でも飲みながら話そうか。あ、ちなみにミミロウがナーバスなのは呪い関係ないよ。……ん? あー、いや。ある意味呪いの姿に戻ったことで呪いを実感してナーバスって意味では関係あるのかね。ま、ナーバスになる呪いとかそういうのじゃないってことさ」
「おら、もうやめてやれ。ミミロウも嫌なら嫌って言わねぇと、その首ころっともがれて売り飛ばされちまうぞ」
「ごめんなさい……」
「オメェは全く」とゴヤは頭を欠く。
(えぇと……)
アルベラは頬を掻こうとして自分の腕の包帯を思い出し、連鎖的に「治療」「教会」と目的の言葉を引っ張り出した。
「せっかくだし癒しの教会にミミロウさんのことも依頼する? ドラゴンだし、人種の括りとはまた違うから相手の反応が予想できないけど」
「いや」
アンナが首を横に振る。
「それについてはコイツのパーティーが手を打ってる。アタシらが考えなくていい事さ。ちゃんと少しずつ解決されてってるみたいだしね。コイツの事はあちらさんに任せておけば大丈夫だよ。―――な、ミミロウ」
ミミロウはこくりと頷いた。
「聖女様、たまに見てもらってる。大丈夫。……ごめんなさい、アルベラ」
「ほら、『ありがとう』だろミミロウ。言ってみ」
「『ありがとう』、ごめんなさい」
やはり消えない「ごめんなさい」に、アンナは「早く元気になりやがれこんにゃろう」と彼の頭を両手でわしゃわしゃと撫で回した。ミミロウは無言でそれを受け入れる。
「こちらこそ助けてくれて心から感謝してます。……えーと、」
と、アルベラは言葉に迷う。ミミロウがこれ以上凹まないよう、自分がミミロウをみる目に誤解の無いよう、今のうちにちゃんと言っておきたかった。
「匂いや皮膚の爛れなんかは仕方ない事だし……私、別にミミロウさんの事嫌いになったり気持ち悪いとかは思っていないので……。何か力になれることがあれば言ってください。権力なら幾らでも振りかざしますから」
「ひゅ~、親の七光り~」と笑うアンナにもみくちゃにされ聴こえてないのではとアルベラは思ったが、ミミロウは顔を上げるとフードの下でこくりと小さく頷いた。