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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
267/407

267、エイヴィの里 11(エイヴィの里長と)


 アルベラとガルカがエイヴィの兵士に連れられ案内されたのは、広場周りに建てられたレストランの一つだった。

 中に入るとハーピーのような女性が接客なれした笑顔で三人を迎え入れる。

 兵士が彼女に名前を伝え「ご案内いたします」と店員が先導し、個室の並ぶ廊下を歩き示された部屋に入れば中央の席にエイヴィの老人が待っていた。

 オウムのような嘴や飾り羽を持つ彼は、アルベラの姿を見るとゆるりと頭を下げる。

「この度は、凶悪な魔獣を退治して頂きありがとうございます」

「―――」

 朗々とした彼の言葉。アルベラの思考が停止し、少し遅れて胸に不快感が沸き上がる。

 ―――感謝されたく無い。

 彼女の頭に浮かんだのはそんな言葉だ。

 息を深く吸い深く吐きだし平常心を保つ。気持ちが昂らないよう、出来るだけ怒りや不安が湧かない方向に思考を誘導する。

(彼は、私達が魔獣に襲われた事は知ってるんだ。姉さんたちが里の近くでダークエルフと戦ってたからそれに付いてを言ってるの? ……空を飛べるんだし、姉さん達側の戦闘が里の誰かしらの目にはついててもおかしくなとは思うけど『魔獣』? ()()()()()から私達側の事情を聞いたのか?)

 里長が頭を上げ、しっかりと視線が合ったのを合図にアルベラも深く頭を下げた。彼女は極冷静とも淡白とも聞こえる声で返す。この場で心を込めたり、怪我人たちについて深く思い返す事は控えたかった。

「ピリを……貴方方の大事な里の子を傷つけてしまいました。すみません」

「ですが彼女は生きております。貴女と共に来た皆さまはあの子より重症です。怪我を負い、尚戦い続けて下さった。オペレシードに憑かれた里の子達も助けていただきました」

「おぺ、れ……?」

 里長の発した聞き馴れない単語にアルベラは反応する。

「種子型の魔獣だ。綿毛で風に乗り生き物に寄生する」とガルカが小声で説明した。

「はい。ビオさんとミミロウさんと言いましたかな。そちらのお二方が。いち早く子供達の様子に気付きまして、逃げ回る彼等を捕まえ根が浅いうちに脳から取り除いてくださった」

「そうでしたか。そんな事が……」

 確かにその二人は、里に訪問してからというもの子供達に懐かれ共に遊んでいたなとアルベラは思い出す。

(姉さんたちとも話せてないし、あちらがどうしてたのかも分からない。蜘蛛女はずっと私達の方にいたけど、彼の言う魔獣って蜘蛛女のことでいいの? もしかして『オペなんとか』と蜘蛛女以外にも何かあった? それともダークエルフの事を魔獣と勘違いしてる……?)

 入り口で立ち止まったままのアルベラに、里長は「そちらへどうぞ」と正面の席を勧める。誕生席にはアルベラが、その左手の席にガルカが座り、長方形のテーブル奥の里長と向かい合う。

「あの……、申し訳ありません。私とピリと、連れのもう一人は魔獣に追われて里から離れた場所を逃げ回っておりました。なので他の仲間たちがどうなったのか、そちらがどのように収まったのかを私は把握しておりません。里長様やエイヴィの方々がこの件について知っていることをお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」

 アルベラの申し出に里長は頷く。

 ヌーダであるアルベラには正面の鳥の頭が浮かべている表情から感情を読み取るのは難しい。怒っているのか、微笑んでいるのか、それとも見た通り無感情に淡々と話しているだけなのか。

「私達が把握しているのは、西の見張り台の兵士が赤い糸を吐く魔獣に襲われたという事。我等も気づかぬ間に子供達が魔獣が憑かれていたという事。ダークエルフが里の西にて皆さんと衝突していた、という事です。そしてそれらは皆さんの手により追い払われました。―――と、いう認識ですがよろしいですかな? ああ……、お供の皆さんですが怪我の程度はありますが命に別状ないそうですよ。里の者達も驚いておりました。各々自衛の技に長けて居るようで。町に運んだのも里の医師が彼等なら移動に耐えられると判断したからです」

 余計な想像は膨らませないようにし、アルベラは彼の話すエイヴィ達の視点から今回の出来事についてを聞く。

「なるほど……、仲間の介抱ありがとうございました。赤い糸を吐く魔獣についてですが」

 里長の目の上の羽毛がピクリと動く。やはり彼はそれが気になっていたようだ。

「そちらは消滅しました」

「そうでしたか。やはり……、―――ああ。『糸が消えた』と報告は受けておりましたので。―――お疲れさまでした」

(『凶悪な魔獣』とやらを倒してるのは前提だったものね)

 「いえ……、ところで」と言いアルベラは少々渋る。心の準備をし出来る限り感情を薄っぺらく、他人事のようにこの場を瞳に写し最悪の返答を覚悟できたうえで続ける。

「『赤い糸を吐く魔獣に兵士が襲われた』とは」

「ああ……そうでしたか。ご存じなかったとは。―――兵が二人、食われてしまっていたのです。ですが魔獣を狩っていただけた。彼等も報われましょう」

 ああ、やっぱり。という言葉をアルベラは飲み込む。

(『助けられずすみませんでした』……『ご愁傷様です』……)

 彼女は悩んだ末「だといいのですが」とだけ返した。



 アルベラとのやり取りで、エイヴィの里長は殆ど事象だけを並べていた。まるで個人の推測を口にするのを避けるように。それが里長の「善意」だか「情け」だか知れないが、アルベラは彼の希望する「この席の主旨」が読めた気がした。

 その主旨とは「礼と別れの挨拶だ」。「里への再度の訪問は無用。この場にて無難なさよならを」と彼に言われているような気がした。

(気のせいって事もあるだろうけど……)

 アルベラは自分の物わかりの悪さを情けないとおもいつつ、聞いてしまうのが早いとストレートに尋ねた。

「今回の件、エイヴィの皆さんの中からは『()()のせいだ』と、『巻き込まれたのでは』という声もあるのでは」

(無粋でしょうね……)

 分かっていてもハッキリさせたい。

 開き直っているわけではない。だが事実は認めている。結果どうしたらいいか分からない。彼女はそんな心情だった。

(責められたいのか、許されたいのか……。それとも、彼等が本当に私達とあのダークエルフとが無関係と思っていたなら……、それはとても楽ね。私達は行きずりの相手に絡まれて正当防衛に励んだだけって事になるんだもの)

 里長は器用に方眉をひょいと上げた。円らな瞳に部屋の中が映り込み、その中心にはアルベラがいた。

 「お客人……」と言いかけ彼は首を振る。

「……貴女はダークエルフと魔獣がなぜ現れたのかご存じで? 彼らと魔獣の関係や、貴女方と衝突するに至った理由をご存じで?」

「知らん」

 里長の質問にガルカが即答した。

「そうですか。でしたらそれで良いのです。私達が知るのは出来事のみ。そして加害側は相手であり悪はあちら。魔獣は消え、ダークエルフは逃げ去った。でしたらここで必要なのは貴女方への礼のみ。―――いいですかな」

 円らな瞳は「余計な(いさか)いは無用だ」と念を押す。

 やはりそういう事なのかと、確認してようやく納得できたアルベラをガルカは鋭い視線で非難した。

(『余計な事』を言うなって? 分かってる。悪かったってば)

「はい……。仲間の手当てと病院への輸送ありがとうございます……」

 アルベラは深く首を垂れ、これでこの会は終わりだろうと思った。

 しかし、里長は言い忘れがあったようで「そうでした、一つお願いが、」と立ち上がりざまに零す。なんだろう、とアルベラは顔を上げ彼を見る。

「―――ピリの病室には行かないで頂きたい」

「……」

「先に、これは貴女を非難しての事ではありません。多分ですが、もうピリの家族は彼女の元に駆けつけている事でしょう。今、貴女と彼等を合わせるわけにはいかないのです。彼等は酷く動揺しています。娘の怪我だけでも十分に衝撃的でしょうが、」

 彼はチラリとアルベラの周囲に目を向ける。

 病室への訪問禁止を言い渡された時点で、アルベラの周囲にはローブでは抑えきれなかった靄が漂い始めていた。

「貴女の今の状態は、尚更彼らを刺激してしまう……」

 アルベラは靄に気付き、テーブルの上に視線を落とした。里長の低く深みのある声に耳を傾けながら心を落ち着かせようと意識する。

「興奮した者達が感情をぶつける相手を間違えるのはよくある事です。彼等が貴女に謂れもない攻撃的な言葉を浴びせる事もあるかもしれません。貴女に煩わしい思いをさせたくはないのです。不要な消耗を避けるため、双方のため……、どうかこの老いぼれの言葉にご理解いただけると有難い」

 彼の言葉はもっともだ。アルベラは急速に頭が冷めていくのを感じ、視線を落としたまま尋ねた。

「お気遣い感謝いたします。あの、こちらも一つ確認を」

「なんでしょう」

「ピリの翼を治す予定は。今まで翼を失った方々はどうされてきましたか」

 里長はゆるりと首を横に振った。

「翼の再生は、私達では難しいでしょう。失った翼を生やすほどの癒し手は少ない。この国には数名、その界隈で有名な方々は居ますが、私達では会う事も難しい……。現実的ではありません。―――翼を失った者達の生き方についてですが……そちらは色々です」

「そう、ですか……」

 エイヴィにとって翼がどれほど大切か。翼を失ったエイヴィがどういう選択をするか。

 アルベラの思考を読んだように、里親は「あの子は大丈夫ですよ」と告げた。 

「強い子です。早々、貴女が心配するような事にはならないでしょう」

「……はい」

 アルベラはやるせなさにテーブルの下拳を握り深く頭を下げた。

 彼の気遣いは、部外者である自分に向けられるこの温情のようなものは何なのか。

 謝罪の言葉は求められていない。お礼も正解でない気がする。

 適切な言葉が見つからず、里長の「お達者で」という言葉が解散の合図となった。



 里長は「先に失礼します」と、護衛の兵を連れて個室を出ていった。

 残ったアルベラは天井を仰ぎ顔の上に腕を乗せる。

「……ガルカ」

「なんだ」

「ダークエルフと魔獣がなぜ里に来たのか、ご存じかって訊かれたでしょ。あれって『ご希望なら責めますが』って事だったのかな」

「だろうな。老いぼれの同情だろう。……ったく、貴様も貴様だ。余計な事を言って、そんなにあの老いぼれと長く話し込みたかったか」

 天井に向けられ軽く開いたままのアルベラのアルベラの口が「そっか」と返す。

(なっさけな……私、ガルカが『知らない』って答えてくれてほっとしてたな……。あの場で『あの人たちを連れてきたのは私かもしれません』なんて言葉が過っても言える勇気なかった。……自分で問題投下しといて中途半端な所をふらふらと……。まあ、あの場でそんなこと言って敵意向けられてちょっとしたいざこざ起きて、って事になるより良かったんだろうけど。里長もそれが嫌でああいう言い回ししてたんだし…………なにをモヤモヤしてるんだか……)

 椅子から立ち上がったガルカが「おい」と投げかける

「いつまでぼけっとしている。靄ももう大丈夫だろう。他の阿呆共と合流するんじゃないのか」

 アルベラは返答のためガルカへ視線を向け、その切り替えの早さと話し合いの最中から普段とぶれない他者への対応を改めて認識した気がした。

(『平和な関係』ってのをかなぐり捨ててる分、目的以外は割り切ってるよなぁ……)

 と、自分のうだつの上らない部分が身に染み、彼女は「そうか」と心をもやつかせる正体に行きあたる。

(―――せめて自分で否定したかったんだ。相手が準備してくれた建前……、あそこでは『いいえ』と答えた方がいい。やっぱそこは変わらない。中途半端な道徳心に惑わされて偽善的な返答をするよりも、バレバレの嘘だろうが何だろうが自分の蒔いた種の結果は美名も汚名も全部自分で回収しなきゃ。それは面倒事を逃げていた()()()には出来なかったことなわけで―――そうだ。選択も結果の受け入れも全部堂々と。事が事で萎縮してたけど、こんなの『高慢な私』―――『アルベラ・ディオール』には似合わない)

 心が納得し視界がクリアになるような気分だった。

「おい、何をぼけぼけと」

「ぼけぼけしてて悪かったわね」と、アルベラも席を立つ。頭がスッキリした事で自然と顔が引き締まる。「合流する。行きましょう」と彼女は扉へと向かった。

 その様子に気づけないガルカでは無い。

「貴様躁鬱か」

「は?」

「随分と感情が不安定だな。でなくても二日間翼を酷使させられるというのに、次は精神病患者をあやせと? どこまで俺の体力と気力を削げば気がすむ」

「仕方ないでしょ、私のこれまでの人生ここまで慌ただしく事が動く事無かったんだから。楽しい旅行のはずが流血沙汰……知らないうちに死人まで出てるなんて。お淑やかで繊細なお嬢様には荷が重すぎるっての」

「お淑やかで繊細なお嬢様を名乗るならその口調くらい保て」

「あら失礼」

 戸を開き個室を出るガルカをアルベラは追うように歩く。

「いいか。先ずは血だ。あと着替え。食事も済ませてもいいが……それは移動しながらでも出来るな。どれほど急ぐかは貴様の都合だ。好きにしろ」

「分かった。じゃあ私がみんなと話してる間貴方は出立用の道具を揃えといて」

「道具?」

「そう。ほら、エイヴィ便とかオオヤマドリ便みたいに人を運ぶ用の道具。ここの町色んな人種が住んでるしそういう専用の品もきっと揃ってるでしょ。二日間足に掴まれてるのは流石にキツそう」

「そんな物探さずとも一人用の檻や鳥籠なら手早く手に入りそうだがな」

 アルベラは檻に入れられ運ばれる図を想像するも、サイズによってはちょっとした椅子や寝具を入れたうえで横になれそうだという点で「それもありかも」と心が揺れる。

「……良いのがなければ」

「否定しない辺りプライドが欠けてるな」

「うるさい」



 飾りのように置かれていたお茶と部屋料金はエイヴィの里長が支払い済みだった。

 外に出るとアルベラはチラチラと道行く人と目が合うのを感じる。彼女を見ているのは鼻のいい他人種達だ。

 シロツエから買い取ったローブは、漂う靄は多少の量なら抑えてくれるようだが匂いを完璧に遮断してくれる物ではない。

 アルベラは血の瓶と霧で匂いを誤魔化し、ガルカを後ろに従え人波と道の奥に見える病院へと足を早める。



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