258、エイヴィの里 3(魔獣の気配)
この日、アルベラは昨日同様、護衛にエリーと騎士二人を引き連れピリから里を案内してもらっていた。ガルカはといえば、分かりやすく護衛として彼等と共に地上を歩く事はしていなかったが、翼を広げその周辺をふらふらし、たまに気が向いては近くに降り立って居るのがアルベラの視界に入っていた。
そしてその間、冒険者たちも昨日同様自由行動だ。
ナールには誰か一人見張りが必要だろうという事でスナクスが、アンナにも見張りが必要だろうとそちらはゴヤが担当する事となった。そうなると残ったビオとミミロウが一緒に行動しようという事になり、彼等は自然と二人一組での行動となっていた。
彼等は各々の楽しみ方で、好き勝手里を歩き回ったり、里の子達と交流を深めたりとしていた。
***
「これも畑?」
もっこりと柔らかそうな土が小屋の中に敷き詰められているのを見つけ、アルベラは歩いてる際に偶然垣間見えた小屋の中を指さしピリに訪ねた。
「うーうん」とピリは首を横に振ったが「あー、けどある意味畑?」とこてりと首を傾ぐ。
「ある意味……?」
とアルベラが窓から室内を覗く。よく見れば、柔らかな土はもぞもぞとたまに動いては、合間からつるりとした黄金色が覗くのが見えた。
「ロールパンの畑……というか養殖?」
ロールパン、と聞きアルベラは「あれか……」と昨晩テーブルの上に並んでいたロールパンそっくりの芋虫を思い出す。
―――ピィ! という鳴き声の聞こえた方を見れば、やはりアルベラが今思い浮かべていたあの芋虫が土の中から顔を覗かせていた。
エイヴィ達が好んで摂取するたんぱく源らしく、昨夜客人組の中でそれを口にできたのはナールただ一人だった。しかも彼は、それが芋虫である事など気にも留めてないように、全く嫌な顔一つせず普通の食事として口にしていたのだ。その事もあり昨晩はエイヴィ達の中でナールの株が爆上がりだった。
(くそ……嫌な事を思い出してしまった……)
仲間達へクリームを見せつけるように食べる、ナールの嫌味なしたり顔を思い出す。アルベラの中であの食事シーンは、殆どモザイク処理が施され鮮明に思い出す事は叶わなくなっていた。鮮明に思い出したいとも思わないので都合がいい話だが。
「この先はもう反対側の見張り台。ピリ、これ見てたらお腹すいたかも。少し休んでから行く?」
(そうか、エイヴィはこの芋虫畑をみて腹を空かすのか……)
種族の違いと言うのをここにきて色濃く感じた気がした。
アルベラは「そうね」と返す。今日の昼食は各々でとることになっていた。
アルベラとピリ護衛の三人は、先ほど通り過ぎたカフェへ戻る。
そこで偶然、里の外へ向かうアンナとゴヤ組と合流し彼等も共に食事を取ることとなった。
「―――ああ! それそれ、私も乗ったよ! ゴヤみたいなでか物も“ひょろっこいエイヴィ”がひょいと持ち上げちまって」
「ピリ、アルベラ楽々運んだよ。ゴヤも楽勝」と、ピリが誇らしげに胸を張る。アンナはグリグリとピリの頭を撫で回した。
「凄いじゃんピリ坊。いいねぇ、エイヴィ。ウチのパーティーに一人入れようか」
「あの国じゃ無理だろ。他人種の移住が厳しいからなぁ。誘い込むなら他国での活動限定だ。ったく、変なところで保守的だからなぁ。―――まあその保守的さのお陰で人種差別やら宗教やらの衝突が他国ほど過激じゃねーってのはあんだろうがよ」とゴヤ。
アンナがしょっぱそうに舌を出す。
「うげー。堅っ苦しい話ー。飯の味が薄れるような話題持ち出すんじゃないよ。そんなんだから子供に足が臭いって言われるんだよ」
「足の匂いはかんけーねーだろ」
「ゴヤ足臭いの? ヤダ」とピリが即座に反応する。それにゴヤは「ぐっ」と苦しげな声を溢した。
「あら、体臭でしたら知り合いが優秀な消臭液を開発していたのでお譲りしましょうか? 評判は良いみたいだけど材料が希少らしくて……、どうしてもお高くなっちゃうとかで貴族の間でしか流通してないのよねぇ」とエリー。
彼女が勧めたのは八郎が開発した体臭消し液剤だ。自分の加齢臭には効かず持て余していた物だ。
そしてアルベラはといえば「そういえばゴヤさんって結婚してたわね。お子さんお幾つ?」と、あまり話す機会のなかったゴヤの家族構成について興味を抱いた。
「うちのガキは今年で十四だ。嬢ちゃんの二つ下だな。こんど良ければ礼儀作法でも教えてやってくれ。エリーさんの液剤ってのはありがたく頂きましょうかね。帰ったら送ってくれると助かる」
「ぶっは! あんたソレ『匂う』っての認めたのと同じじゃん!」
「あぁ!? 体臭なんざ足以外にも色々あんだろうが! 男にしたら切実でデリケートな悩みをテメェ!」
「ぶはは! アンタが『デリケート』だなんて言葉……、ぶはは!」
ゴヤとアンナのやり取りに、タイガーはくつくつ笑いながら「わかるわかる」と頷いていた。ガイアンはといえば、気遣いがなくがさつなアンナの言動を内心避難しているのか、黙って話を聞きながら眉間に皺を寄せていた。
(―――おっと。……コントン?)
会話の真っ最中。アルベラは足の裏が押されたのを感じてチラリとテーブルの下へ視線を落とした。
「ごめんあそばせ。ちょっとお花を摘んでくるわ」
「お花? ピリも行く!」
「ピリちゃん、アレはお手洗いに行く時のうちの国での言い回しでね―――」
エリーがアルベラへ付いて行こうとしたピリを止め、騎士達は了解したと頷く。
カフェに備え付けられたぼっとん式のようなお手洗い(養分として大地に吸収されやすく、そして通常よりも分解が早まる魔術が施されているらしい)の個室に入り、アルベラはコントンへ「どうしたの?」と尋ねた。
『チ ニオイ マジュウイル』
(魔獣……)
ぐるる、と低く唸るコントンの声から彼の警戒の度合いが察せられた。あまり楽観視出来る内容ではないようだ。
「それ近く? 狩れる?」
『チカイ シトメル』
バウ、と小さな返事が返りアルベラは影からコントンの気配が消えたのを感じる。
(血の匂いか)
誰かが襲われたという騒ぎは今のところ耳にしない。もしかしたら里の真反対側で、ちょっとした出来事で済んでいるのだろうか。と考えながら、アルベラは席に戻りエリーに耳打ちする。
「ガルカ見た?」
先ほどまではアルベラも彼の姿を視界の端に見つけられていたのだ。それが声を掛けたいこのタイミングで見つからない。
エリーは辺りを見回し、「あの馬鹿……」と零した。
「探しましょうか?」
「いえ。ガルカ探しはいい」
アルベラは首を横に振り出来る限り声を潜める。
「コントンが血の匂いを嗅ぎつけたの。魔獣がいるって。ついさっきそれを狩りに行ったわ。ガルカの事も気になるけど、ダークエルフの件もあるし、エリーは出来るだけ私達の側にいてくれる?」
「ずっと私の側にいてだなんて、まるでプロポーズですね。勿論喜んで」
「言ってない」
アルベラはぴしゃりと返した。
「お嬢様、どうされました?」
真面目な顔で尋ねてくるガイアンに、アルベラは「気のせいかもしれないけど」と言ってさき程魔獣の唸り声が聞こえた気がしたと話す。ついでに何か大きな影を木々の奥に見た気がするとも話した。
「イワサルビト?」
ピリが猿型の大きな魔獣の名称を口にする。それなりに気性が荒く危険性の高い魔獣だ。
「ここら辺はサルビト出るの?」とアルベラが尋ねると、ピリは「たまーに」と答えた。
「そうですか。でしたら魔獣が里の周辺に発生してる危険性を考慮しないとですね」とガイアン。
「魔獣見たなら、見張りの人たちに言って警戒してもらわないと。魔獣見たらすぐ伝える。これ里の決まり」
ピリが先ほど向かおうとしていた道の先を指さした。
「一番近くの見張り台に伝えれば、あとは皆で回って伝えてくれる」
「そう。じゃああちらに行く予定だったし丁度いいわね」
「うん。ついでに見張り台からの景色眺めよう。あっち側海が良く見える。良い眺め」
もともとそちらの見張り台へはその眺めとやらを見に行く予定だったのだ。
一行は食事を終えると里の西側の見張り台へと向かった。
道中エリーが、コントンの存在を知るアンナとゴヤへは血の匂いと魔獣の気配をコントンが察して報せた旨を話し、彼等へは正しい事情を伝えることが出来た。
正しくない内容とはいえ「魔獣が居るかも」と伝えられた騎士達も十分に辺りへの警戒を向けていた。
出来るだけ早く見張りの人たちには伝えよう、と一行は少々足早に里の見張り台へと向かった。
***
「あれ?」
とピリが呟いたのはいつもは誰かしら、見張り台から暇そうに顔を出して外を眺めているからだ。特にそれは下っ端の仕事で、目があれば暇な彼等は里の子供に上からちょっかいをかけてくることが多い。
なのになぜだろう。
今はその姿がない。丁度席を外しているだけだろうか、と思うも妙に気持ちがざわめく。
ピリは鼻孔の奥深くに引っかかり喉にへばり付くような嫌な匂いと、辺りの静けさに首回りの羽が逆立つような感覚に襲われた。
「アルベラ、中、ちょっと見てくる」
一人先に飛び発とうとした彼女を、「お待ちを」とタイガーが引き留めた。
「確認なら私が。ピリさんはお嬢様たちと一緒に来てください」
タイガーはガイアンと視線を交わし、頷いて見張り台へと駆けた。魔法を使いスピードを上げた彼の足元にはバチバチと電気が弾けている。
アンナとゴヤも視線でやり取りし、ゴヤがタイガーの後を追い見張り台へ向かう。
皆余計なことは言わず先ほどから行き続きの表情を保っていたが、ピリが見張り台に行こうとした辺りからどうにも空気が重々しくなっているようにアルベラは感じていた。
自分が気づけないでいる何かに彼等は気づき、警戒しているような気配だ。
ガイアンがアルベラ達の前へと出て歩き、エリーが先ほどよりもアルベラの側に寄り前を行く彼の後ろに続くような歩調になる。アルベラは自然と近くにいるエリーのスピードに従っていた。その数歩後ろで、アンナが腰の湾曲剣を抜いて肩に乗せ口笛を吹きながら続く。そして―――
―――ワオォォォォォォォン
木々の中から聞こえた遠吠えにその場の全員が警戒の色を濃くした。
「魔獣?」
ピリがアルベラに身を寄せる。
(コントンね。戦闘中かしら)
皆がそうするようにアルベラもそちらを見る。
(そういえばコントン、いつもならもうとっくに戻ってきてていい頃だろうに……。結構手こずってるのね……)
「ガイアン!」
見張り台に立ち入ったタイガーが険しい表情で顔を出していた。彼は何か指示しようとしていたようだが、その表情が瞬時に逼迫し身を乗り出し声を荒げた。
「お嬢様を押さえろ!!」
予想もしていなかった叫びにアルベラはただ目を見開く。隣のピリが何かに反応し「ピィ!?」と悲鳴じみた声を上げた。
エリーが「お嬢様!」と自分に飛びかかるようにしがみ付いてきたのがアルベラの視界に映った。
彼女の前後からガイアンとアンナが驚きの声と共に、片や魔術を放ち、片や軽い身のこなしで素早く駆けつけたが間に合うことは無かった。アルベラとピリとエリーは、ガイアンとアンナを上回るスピードで木々の中へと引きずり込まれていった。