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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
255/411

255、エイヴィの里 1(ピリと再会)



 翌朝、アルベラ達は朝食を済ませ荷物を整え終える。

 川を見れば昨晩の光は見る影もなく、明るくなった一体は山岳地帯な事もあり、幾つか見える山頂や道の先にはところどころに靄がかかっていた。木々と岩肌と靄、そして川。何とも荘厳な眺めだなとアルベラが見ていると、準備を終えたアンナがやって来てニヤリと笑う。

「悪いね嬢ちゃん」

「……? 何が?」

「こんなロマンチックな景色をご一緒する、麗しのご令息方までは準備できてなくて」

 買い言葉とアルベラもニヤリと笑んで見せた。

「あら。姉さんたちと眺めるのも悪くなかったけど? 姉さんは私とじゃ物足りなかったかしら?」

 アンナとアルベラは互いに笑みを向け合い、やがてアンナが「こんにゃろ~、生意気なぁ!」とアルベラの頭をわしゃわしゃと盛大に荒らした。

「可愛い事言うじゃ~ん。そこらの野郎どもにも同じようなこと言ってんじゃないだろうねぇ、この子猫ちゃんは」

 髪をわしゃわしゃと荒らしながらその頭部もがしりと掴み、アンナはアルベラの頭をぐりぐりと回すように撫で始める。

 「目が回るからやめてぇ!」「回せ回せ~」というやり取りを二人がきゃっきゃと交わす中、他の者達もすっかり出立の準備を整え終えていた。



 ***



 川の観光から数時間馬を走らせ近くの町へ寄り、そこでハイパーホースを預けて鳥の騎獣に乗り換える。そこから休み休みで半日ほど岩肌が続く景色の中、鳥を飛ばし山を登った。

 鳥の騎獣には基本二人一組で乗り、ナールとゴヤ、騎士二人の鳥は荷物運び用で一人ずつのっている。ガルカは当然と自分の翼で飛んでいた。

 アルベラはエリーと乗り、道中鳥の騎獣の扱い方を教わったり、実際に手綱を握らせてもらい次の休憩地点まで鳥を操る練習をさせてもらう。

 やがて彼等の眼下に背の高い木が茂り始め、更にその先、まだまだ遠いが進行方向に海が見えた頃、一行を先導していたナールが速度と高度を落とし始めた。

 森の中に四つ、木々の上に櫓のようなものが組まれているのが見える。それはある範囲を囲うように配置されていた。

 ナールは騎獣をその中の一番手前の物へ下す気らしい。

 鳥の騎獣は七羽。

 「先ずは三羽」とナールが一行を振り返る。

「他は合図があるまで待ってろ」

 ナールに続き当然とアンナとビオが乗っている騎獣が続く。それに続きタイガーが「失礼します」とその後に続いた

 彼等の騎獣が櫓へ近づくと、中から嘴や翼を持つ者が二人出て来て櫓の屋根の上に立つ。エイヴィー族だ。

 見張り番であろう彼等はナール達とやり取りをすると騎獣を櫓の手すりへと招く。四人は騎獣から櫓に下りた。タイガーが中から顔を覗かせガイアンにむけ片手を上げた。安全である事を確認した合図だ。

 「お先どーぞ」とスナクスがアルベラ達へ声を掛ける。

 その言葉に甘え、アルベラとエリー、ガイアンの乗った騎獣が櫓へと向かった。その後にスナクスとミミロウの乗った騎獣、ゴヤの騎獣と続く。



 一行は櫓から続く階段を降りその下の建物へと通された。

 アルベラは人二人が横に並べる程度の幅の階段を降りる際、視線を下してぎょっとした。

 木材で組まれた階段は手すりはある物の隙間が多く簡易的で、横も下もかなり見通しが良かった。

 周りに茂る広葉樹と、下に広がる枝や木の幹、そのさらに下にぼこぼこと木の根が覗く地上が見え、自分達が今高所に居る事を思い知らされる。

(う、高い……)

 と固唾を飲めば、後ろからツンと背中を押され驚きに肩を揺らす。

「どうした。今更怖くなったか?」

 後ろにはガルカが続いていたらしく、脚を止めたアルベラに揶揄う様な目を向けていた。

「い、良い眺めだなと思っただけよ」

 アルベラは緊張を隠すように胸に手を当て、「私が落ちたらちゃんと拾いなさいよね」と言い次の段へと足を踏み出す。

「隠す事か?」とガルカがクツクツ笑う。

「うるさい。怖いわけじゃない」とアルベラは返し、アルベラの前を行くエリーが両手を広げて振り返った。

「大丈夫よお嬢様、何処から落ちても私がちゃんとこの両手で受け止めてあげる。だ・か・ら、お嬢様もいざという時は、私の事を優しく受け止めてくださいねん!」

「はいはい、分かったからさっさと進みましょうね」

「貴様は大概自脚(じあし)で事足りるだろ」



 その木の幹の中腹の太い枝、幹に寄り添うように里の見張り小屋は建てられていた。

 一行はそこに通され里に来た目的と国に入る際に必要となった身元証明の札、「渡国証とこくしょう」の提示を指示された。

 代表としてアルベラが名乗り、他の者達が自分の護衛である事と、友人を尋ねに来た事、観光に来た事を明かす。

 対応していたエイヴィの若い兵士は、話を聞き終えるとアルベラに渡国証を返した。

「承知いたしました。大丈夫ですよ、事前に話は聞いています。ようこそエイヴィーの里『テックグルグ』へ。アルベラ・ディオール様。―――里の者が大変お世話になりました」

 歓迎されていることが分かるその言葉にアルベラはほっと胸をなでおろす。

「お連れの方々の身体検査と荷物の確認をさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか? ああ、武器は回収しませんのでご安心ください。ただ持ち込んだ物の把握はさせて頂きます。あまりにも危険な呪具等があれば、そちらは一時預からせて頂きます。ご了承ください」

「分かりました」

 アルベラはニコリと笑む。

「ではまずその魔族をどおぞ」とガルカを示す。ガルカはもの言いたげな視線をアルベラに向けたが何も言わずに受け入れた。他の二人の兵士が「魔族が正面からやって来るとはな」等と零しながらガルカが妙なものを持っていないか確認し始める。

 それを見ながら、アルベラはエリーの影に隠れるように一歩身を引いた。

「コントン」

 こそりと名を呼べば足の裏をのそりと押し返される。

「コレ預かってくれる?」

 アルベラは壁に寄りかかるようにし、腰に下げた鞄から竜血石の入った革袋を取り出し、自身の背中と壁の間に挟み込んだ。革袋がとぷりと影に飲まれ自分の手から離れたのを感じる。

 エリーがちらりと視線をむけて来たので、アルベラは小さく笑んで返した。

「魔族には印をつけさせてもらう。破壊するなよ」

「煩い小鳥だ。分かったからさっさとやれ」

 ガルカのチェックは終わり、両手の甲に魔術で印をつけているところだった。刺青のようにガルカの手の甲に魔族である印が刻まれる。

 一人目のチェック中に兵士の人出が増え、冒険者や騎士達の確認も始まっていた。

 壁に寄りかかっていたアルベラにも「よろしいですか?」と声がかけられ、アルベラはそれに笑顔で答えた。



 身体検査とやらは随分と緩い空気に感じられた。

 兵士はアルベラの鞄の中を確認し、ナイフや香水、薬等を確認していく。

「魔術具はその指輪とこのライター……と、これは」

 すらすらと紙にメモをとって行く兵士の手が止まる。

「毒か?」

「はい。護身用です」

 ニコリとアルベラは答える。

「没収」

(ですよね)

 自白剤や睡眠薬はぎりぎり護身用という事で没収を免れた。

 確認を終えた兵は顔を上げるとアルベラを見て首を傾げる。

「あんたヌーダだよな? 変わった匂いだな」

「ええ、よく言われるの」

「ふーん」と返す彼に、仲間の兵が彼の脇を小突いて「知らないのか」と囁いている。匂いについて知っているのか、その兵は会った時のピリ同様、アルベラから鼻を逸らすような仕草を見せていた。

 「え……それは危険じゃないのか?」「危険じゃないけど、気を付けなきゃいけないのはこの匂いを嗅いだ奴が……」というやり取りが彼等から聞こえてくる。

 どうやら自分はこの体臭とやらのせいで里に入れないという事は無いようだ。それなら何でもいいと、アルベラは彼等のやり取りを気にせず他の者達の確認の様子を眺める。

 チェックがまだ終わっていないのはエリーとナールのみだった。

「あんた混ざりもんか」

「みたいですねぇ。それにしてもお兄さん素敵な胸板ね。翼も逞しくて素敵」

 とエイヴィとエリーがやり取りしている。エイヴィの兵士はエリーに胸元をそっと撫でられ顔を赤らめていた。エリーに翼が無いことを憐れんでいるようだった彼は、「つ、翼が羨ましいなら俺が空を案内してやってもいいぞ」と返している。

(……)

 アルベラが呆れたように目を据わらせていると、ナールを確認していた兵士が「おい、お前! 蛇の持ち込みは禁止だ!」と声を上げる。

 室内の視線は一斉にそちらへと集まる。

「ああ!? ちゃんと封してあんだろ!? 護身用だっつうの!」

「なら他の使役だけで充分だろ。蛇はダメだ。あとオオトカゲ系もダメだ」とエイヴィの兵は頑なに首を振っていた。

 ナールは苛ついたように「あんな愛玩動物持ち歩いてるわけねーだろ!」と返す。

「お前知らないのか? ココドドクオオトカゲは人間位簡単に食う。あいつ等にここらで生息されたら堪ったもんじゃない」

「はいはいそーですね! エイヴィさん方にとっちゃさぞ危険な種でしょうね! けどトカゲは持ち歩いてないっての! おら! こっちの奴らは良いんだな!?」

「ああ。コイツだけ預からせてもらう」

「へいへい! 帰りにはちゃんと返せよ!」

 ナールはイライラとテーブルの上に並べられた瓶や箱の類を鞄に戻していった。

「あれなんです?」

 と、アルベラはその時近くにいたゴヤに尋ねる。

「あー、話聴く限り蛇型の使役魔獣だな。確かにありゃデケェから、大人二人くらいなら一飲みだ。エイヴィの本能的に巣に蛇が入んのは瓶入りでも嫌なんだなぁ」

「なるほど」



「外貨通貨の両替が必要なら里の中にちょっとした役所があるのでどうぞ。そこで騎獣も預けられます。―――アルベラ様」

 説明を終え、年配のエイヴィの兵がアルベラへよく聞くようにと声を落とす。

「何かあった際、魔族の処分はヌーダの方々よりも厳しくなります。貴方方には厳重注意、里からの追放で済む問題も、魔族が起こせば死刑となる事もあります」

「それだけ信用が置けない種族って事ね。ええ、分かったわ」

「はい。あと―――」

 彼はじっとアルベラを見据える。

「貴女もお気をつけください。きっと、鼻が敏感な物ほど貴女に反応する事でしょう。その際はどうか穏便に……、事を荒げない方向へ持って行って頂けると助かります。私達もお客人方と何も無いようには注意いたします」

「ええ。ご忠告感謝するわ。ありがとう」

「なーにこそこそ話してんだい、嬢ちゃん」

「禁忌組が臭いから気を付けろ出すって」

 絡んできたアンナをアルベラは適当に誤魔化す。

 年配兵の彼は空気を読むように全員へと声を上げた。

「―――では皆さん。どうぞ里をお楽しみください。『ピリ』ももう少しでこちらにつくでしょうから、下の待合所で座ってお待ちください」

「ピリが?」

「はい。先ほど連絡を入れさせていただきました」

 彼はニコリと笑んだ後、表情を引き締めてびしりと敬礼する。

「ではお客人、里はあちらから」

 促されるまま小屋から出ると、太い木の幹を囲うようにぐるぐると螺旋階段が地上へと続いていた。

 下では乗ってきた騎獣たちが兵に見張られ待機しており、そのすぐそばに言われていた屋根付きの待合所があった。



 ***



 団体の客人を見送ると、見張り小屋には数人のエイヴィ兵達が残された。身体検査の為に追加導入された数名の人手は、客人が去るとともに出口や窓から飛び発って行って持ち場に戻った。

「班長」

 若い兵が年配のエイヴィの兵へ呼びかける。

「良いんですか? あのお嬢さん、里に入れちゃって」

 彼は紫髪のヌーダの少女を示し尋ねる。

「あれ、『不吉の匂い』ですよね。魔族が崇拝してる『悪魔の匂い』ってやつ。―――俺前に町で見た事あります。あの匂いの奴が暴れて抑えられてるの」

「俺、どんな匂いかは今日初めて知りましたけど、あの匂いがする奴らは狂人だって聞きましたよ。ばーちゃんから」と別の青年が言った。

 「そうだな」と年配の彼は頷く。

「そうか……。まあその通りではあるんだが……」

 声を掛けた青年は怪訝に眉を寄せた。

「良いんですか? 里の中で突然暴れられるなら入れない方が」

「大丈夫だよ」

 班長が返す。

「大丈夫だよ。気が触れてる奴らは、瞳が黒く澱んじまってる」

「瞳ですか?」

「ああ。あの子の瞳は淀んでなかったし、普通に受け答えもできてたろ?」

「はい……多分」

「なら()()()()大丈夫だ」

 班長の彼は下の方から聞こえてくる客人達の声を聞きながら、「だがあの子も、きっといつかは……」と考える。

 彼は自分の知る「悪魔の匂い」「不吉の匂い」を漂わせていた知り合いの晩年を思い出し、あの少女をただただ哀れと思った。



 ***



「エイヴィの男もなかなか色っぽいね」

 見張り小屋の木の根元。

 迎えに来るだろうピリをアルベラがのんびりとした気分で待っていると、騎獣に寄りかかっていたアンナが独り言のようにそう言った。

 身体検査の際、ぞろぞろと部屋に追加された兵士の姿は様々だった。基本的に女性の方がモノトーンで落ち着きのある色味の翼をしており、男性の方が色鮮やかだ。だが脚やや嘴の形は性別関係なくバラエティーに富んでいた。

 そのせいで翼の色関係なく、小鳥のように無害そうな印象の者から、猛禽類のように猛々しい印象の者、オウムや水鳥の様に個性的な印象の者とイメージは其々だった。翼がいかに鮮やかでも、嘴の形や顔つきから優美さよりも荒々しい印象になったり、翼の色が落ち着いていても嘴や足の長さからひょうきんな印象を受ける者達もいた。

 見張り小屋が設置された大木の根元で番をする兵―――猛禽類系の顔つきと体格の青年兵をちらりとみて、アンナはは悪戯に笑む。

「なあ嬢ちゃん」

「ん?」と椅子に腰かけていたアルベラがアンナに目をやる。

「人種関係なしの各国共通の異性の口説き方、知ってるかい?」

 また道徳に反するような下卑た事を言うのでは思い、アルベラは目を据わらせる。

「なあ、どうだいお嬢様。こうやって他国に足を踏み入れる事もああるんだ。経験豊富なお姉さんが伝授してやろうって言ってんだよ。たとえ言葉が通じなくてもヌーダもその他も変わんねぇ、異性の落とし方。知りたいかい? 知りたいだろ?」

 アルベラはため息をつき、「何?」と仕方なく答える。

 アンナはにっと笑み、猛禽類な彼へ熱い視線を向けて言った。

「―――押して倒して剥ぐ、だ」

 「シンプルよねぇ」とエリーが共感するように頷く。

「追剥じゃない」

「犯罪だ馬鹿」

「姉さんそれ普通に強姦」

 アルベラ、ゴヤ、カラカラと笑いながらスナクスがそう返し、ビオは呆れたように額に手を当てため息をつく。

 アンナの熱い視線を受ける見張りのエイヴィは、身の危険を感じ居づらそうに身じろぎした。

(小鳥のよう……)

 アルベラは若いであろうエイヴィの兵に申し訳なく思うのだった。



「アルベラー!」

 道の奥から言葉の通りピリが翼を広げて飛んできた。

 彼女はアルベラ達の前で翼を打ち勢いを殺すと、地上に足をついててってと駆け寄る。

「いらっしゃい! 久しぶり!」

 彼女はぴょんと飛び跳ねてアルベラへ抱き着くと、柔らかい頬毛をアルベラに擦り寄せた。

 ピリを受け止め後ろにふらつきつつ、アルベラは彼女の背に手を回してハグで返す。ピリの羽毛のお陰で心境的には大きな犬やぬいぐるみを抱きしめている感覚だ。大した抵抗も感じずすんなり抱き返せた。

「久しぶりね、ピリ」

 彼女の柔らかい羽毛が気持ちよく、アルベラも遠慮なく頬ずりする。そして抱いた両手でピリの羽毛を堪能する。

「う、うひゃは……アルベラ、くすぐったい」

 ピリはそのこそばゆさに身を離そうとしたが、アルベラにがちりと捕まってしまっていた。その両腕が自分を容易く逃してくれそうにない事を悟り、ピリは暫く涙目でそのこそばゆさに耐える事となった。



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