250、目的の地 5(竜人族の手記)
ミミロウが洞窟に入って少しすると、里跡を探索し終えたゴヤとナールが合流した。
彼らの目的は「小金稼ぎの品漁り」でなく「情報」だったため、荷は別れた時と変わらず最低限の量だ。
ゴヤは皆の近くの適当な場所に腰掛け報告した。
「あちらさん、何でいなくなったか手記が残されてたぜ。ご丁寧にこちらの国の独特な言葉や古くて分かりづらい部分の解読付きだった」
「解読を残してったのは多分俺らと同じ国の人間だ。良心的な奴」とナールが挟む。
彼等の話しはこうだった。
里の人々は百年近く前に移住をしたらしい。
その際足の悪い老人が、自分は足手まといになる、近くに訪れるであろ最期は生まれたこの地で迎えたい、と言う理由でここに残った。ゴヤ達の見つけた手記はその老人が書いていたものだそうだ。
そこにはここの竜血石についても書いてあった。
竜血石となったドラゴンは古くに死んだ里の守り神的存在たっだそうだ。そのドラゴンは死ぬ際に、全魔力を心臓に集め自ら石を作り朽ちた。ドラゴンの肉体は半日と経たず塵となり、そこには赤く輝く石と骨が残った。里の者達は今までと変わらずその亡骸と石を大事に祀っていた。ドラゴンの巣であった洞窟には竜人族しか入れない術を施し、それ以外の者達ははじくようにした。―――それから長い年月が経ったある日、その洞窟に落星石が落ちた。
村の守り神として崇められていた洞窟が、命を吸う「死の穴」へと変わってしまったのはそれからだ。
(落星石……つまり隕石ね)
ゴヤの話を聞きながらアルベラはこの世界での隕石の名称に反応する。
「手記には、その星は吉凶だってかかれていたな。石はこの洞窟前に落ちて地面を抉ったらしい。すぐに里のもんが整地したらしいんだが、落ちてきた石自体は見つからなかったそうだ。石の落ちた場所には濃い瘴気が漂ってっただとか、それは穴の奥に吸い込まれるように消えてって、その時穴の奥から声が聞こえたらしいだとか書かれてたよ」
「声?」とアンナ。
ゴヤは頷き続ける。
「その部分は先に来た奴も読めなかったみたいだ。多分ヌーダの使う言葉じゃねーな。ありゃあ竜人族間での公用語だ。まあ、後に続く内容的に、里の人間達が気味悪がってたのは分かった。あんまいい意味じゃないんだろう」
「ふーん」
「んで、それから少しして穴の中から血の匂いがしてくるようになったり、里に居た神官だか巫女だかがドラゴンの魂に忠告されただとかでここを出てくことにしたんだとよ」
「魂か。全力尽くして石になった挙句、残留思念まで残してたとは……、そのドラゴン様は随分とその里の人間に手厚いこった」
アンナがくつくつ笑った。
「落星石か……」とビオは呟く。彼女は神妙な面持ちで仲間達に尋ねた。
「竜人族しか通れない術が、その落星石の影響で歪んじゃったって事かしら?」
落星石には膨大な魔力が込められている事が多い。落星石が落ちた地では、魔力の流れや生息する精霊の種類や数が変わってしまう事も多く、それにより環境や生態系に影響が出てくることが分かっていた。
魔術と言うのも印や陣が書き換えられてないにしても、魔力や精霊の影響を受けて呪いまがいな物に変異してしまう事があるのだ。
その場にいて話を聞いていた面々は、今回目の前にした洞窟もその例の一つなのだろうと解釈した。
ゴヤが「そうだろうな」と頷き、ビオは更に疑問を続ける。
「もし以前の術の名残があるなら、ここ、竜人族は通れるってこと? その手記に里の人が穴にはいって死んだって内容は……?」
ゴヤは首を横にふった。
「無かったんだ。もしかしたらその線はあるかもな」
「ハハ。けどここには竜人族は居ない。確かめようがないね」とアンナ。
「そうね……。それで、あともう一個気になるんだけど……その落星石が『吉凶の星石』だとしたら、奥にあるのは『凶災の実』……何てことない……?」
ビオの言い方は「そうだったら嫌だなぁ」という気持ちが滲み出て苦々しい。
『凶災の実』であればアルベラも知っていた。以前雪山ラツィラスやジーンが翻弄されたあの「不幸を呼ぶ何かしら」の事だ。もう一つの『吉凶の星石』は初めて耳にする言葉だったが、何となく流れで落星石の良くない類のものをそう呼んでいるのだろと受け取り、そしてそれはまさに正解だった。
「かもなぁ」と頷いたのはナールだ。
スナクスはわしゃわしゃと頭を掻き、「くっそー。これが組合からの依頼なら良い額貰えたんだけどなぁ……」と悔し気に呟いた。
悔し気な二人に「この守銭奴どもめぇ~」とアンナが揶揄う様な言葉を向ける。スナクスとアンナは「姉さんだって同じだろう」「ははは。ちげーねぇ」というやり取りを交わす。
静かに話を聞いていたタイガーとガイアンはもの言いたげな視線をアルベラに向けていた。アルベラは彼等の言いたい事は分かってると「ええ……」と首を振る。
「もしもそうだったらちゃんと教会なり祓いの術師なりに依頼してちゃんと処理してもらうわ。もしもの為にちゃんとあの袋も準備したわけだし、そこら辺は大丈夫よ」
「分かりました。でしたら、そこはお嬢様の良心にお任せしましょう」とタイガー。
「王都が近いので必要ないかもしれませんが、必要でしたら知り合いの腕のいい術師を紹介します」とガイアン。
アルベラがミミロウに、封じの魔術を施した袋を渡した所を見ていたアンナはニヤつく。
「そういや嬢ちゃん、随分と準備が良かったじゃないか」
「魔族から忠告を受けていたからね。彼等、凶災の実の匂いが分かるんですって」
アルベラの言葉に冒険者たちは其々僅かに反応した。
「へぇ、そりゃあまた便利な。ついでに凶災のその効果も魔族に対しては無効だったりすんのかい?」とアンナ。
「完全とはいかないらしいけど、私たちよりは影響無いみたい」とアルベラは答える。
(実際緑の玉の件ではコントンもガルカも玉の呪いの範囲に入って普通に行動できてたし……。玉には触れないみたいだけど)
魔族は数が増えれば世界の負担となり、神に忌み嫌われる存在だ。あの賢者様はその神に嫌われ神を嫌う彼等は「使える」とでも思ったのだろうか、とアルベラは考える。
(それか、単純に魔族がそういう存在なのか……。自然発生した凶災の実についても無効化とはいかないまでも効果は薄いみたいだし。神の意に反して生まれる者同士、波長でも合うのか……?)
アンナは羨ましそうな目をガルカに向ける。
「すごいじゃん! 悪用し放題だね!」
「ちょっと、アンナ」「おめぇは本当に……」とビオとゴヤが窘める中、ガルカは薄い笑みを浮かべ答えた。
「明日の朝、貴様らの心臓が本当に今まで使っていた自分の物か、よく確認する事だな」
この魔族は寝込みを襲い、伝承が確かか知れない上に凶災の実の可能性もある竜血石を試す気かと、冒険者だけでなく騎士達の表情もこわばる。
「絶対あんたには触らせてやんない」
「懲りない口ね」
アルベラは静かに即答し、エリーは彼の頭蓋を片手で掴み締め上げた。
ガルカは締め上げる片手を引きはがそうともがき、苦し気なうめき声を零す。
***
ミミロウが洞窟に入り一時間半程―――。
「はい」
戻ってきた彼は、真っ直ぐにアルベラの元へ行き袋を渡した。
(あの玉位あるかと思ったのに……、思ったより小さい)
両手サイズの凸凹した塊にアルベラはキョトンとする。他の者達の視線が興味深くアルベラの手のひらへと集まった。
「これ、絶対出しちゃだめ。穴の中、沢山人いた。この石、その人達の『苦しい』って気持ちいっぱい詰まってる」
「そう……。わかった。ありがとう、ミミロウさん」
ミミロウはじっとアルベラを見上る。アルベラが「まだ話があるのだろうか」と彼に視線を返していると、彼は爪先立ちをし口元に手を添えてヒソヒソ話のポーズをとった。アルベラは要望通り、彼へ耳を寄せる。
「これ、アルベラと似た匂いする」
アルベラは苦笑し、「わかりました」と返す。
「あ、皆には秘密で」と付け足すと、彼はぐっと親指を立てた。
「よし。ナー坊も帰ってるね。ひとまず村に戻ろうか。それとももう少しここら辺を探索したいかい? 小腹が空いてるなら狩りをご教授してもいい。さて、お嬢様のご要望は?」
「―――ちょっといいか」
アルベラに向け問いかけたアンナだったが、彼女の視界の隅でナールが手を上げた。アンナの視線を受け、ナールは許可を得たと判断する。
「森がな。ちょいとおかしい」
彼はミミロウが戻ってくる少しまえ、ふらりと辺りを散歩しに行ったのだ。
「穴の近くにニュムペードの形跡も見つけた。奴らに見つかったら食事処じゃないだろ。―――あと、偶然かもしれないが木霊の死骸がやたら目に付いた」
アンナは「そうかい」と顎を撫でる。
ニュムペードの名に神獣を手にかけた事のあるらしい「禁忌組」のスナクスも表情を苦くする。
「じゃあ道草食わず帰った方が無難か。おっちゃん私らが生きて帰ったら驚くだろうね」
アンナは楽しそうに笑い、帰ると決まりその足は来た時同様の道を辿って村を目指した。
一度通った道な事もあり大した魔獣や獣に遭遇する事もなく、一行は行よりも短い時間で宿に戻ることが出来た。
「あんたら……」
アンナの思惑通り、戻ってきた客人達に亭主は目を丸くした。
少しして彼は頭の中に思い浮かべ、納得した内容を口にする。
「なんだい、諦めて帰って来たか」
皮肉ではなく「それが懸命だ」という意味で彼は言ったのだ。だが、スナクスが二ッと笑んで腕をばってんの形に交差させたのをみて亭主は首を傾げた。
アンナがピースし、その指をはさみのようにチョキチョキ動かす。
「おっちゃん、お宝ゲットだ。祝杯あげっから食事と酒―――」
「あ、お酒は一切なしでお料理だけお願いします」
ビオが間髪入れずにアンナを引っ張って下がらせ、酒は要らないと強く念を押す。
暫し呆然としていた亭主に、ビオが「ご主人?」と問いかける。
「……は、はい!」と彼ははっとした様に動きを再開した。
「ええと、食事だな………。お酒は無しで。ちょいとお待ちを!」
彼は慌てて常備している食品類をかき集め、この店が出来る限りの豪勢な食事を振る舞い、客人達の腹を満足させるのだった。





