239、行きの旅 6(昼食とガウルト観光)
「『アディエナ ロウ アラドラグ ロキエ(選ばれし火 アラドラグに栄光を)』。―――初めまして、レオチェド・オリガ・アラドラグ陛下」
アルベラはドレスを両手に摘むと、それを左右ではなくやや前方へと持ち上げ首を垂れる。
「ようやく会えたな、アルベラ・ディオール。待ち侘びたぞ」
「そ、その件は誠に申し訳ございませんでした……」
「よい。顔を上げて楽にしなさい」
アルベラが顔を上げると、品定めするような瞳と目が合う。ガウルトの王は父と同じ歳だと聞いていたが、アルベラの目には彼が父より五歳ほど年上の様に見えた。多分白髪の方が多いグレー髪と、目つきや口元に張り付いた厳しそうな表情のせいだ。眉間には皺の跡がくっきりとついており、しかめ面が日常的にクセになっているのが窺える。若くに王になった男だ。きっと苦労の絶えない日々だったのだろう、とアルベラは思った。
「罰ならラーゼンのやつに食わせる。安心しろ」
彼の言葉は冗談か本気かわかりづらい。
アルベラは静々と「お手柔らかにお願いいたします」と頭を下げた。
「……まともだな」
「……?」
「あの阿呆な男の娘だからどんなかと思っていたのだが……、なるほどな。まあ、まだ全てを判断するには早すぎるが、」
(お父様……お友達って言ってましたよね。本当にお友達ですよね?)
アルベラは社交の笑みを浮かべたまま口を閉じておく。
「……そうだ。ラーゼンから荷を預かっていると聞いたが」
「はい。こちらです」
アルベラの言葉でタイガーが彼女の横に並び膝をつく。彼は頭を下げ、預けられていた荷を差し出す。彼の元へ使いが行き荷物を受け取る。
「ご苦労。確認しておく」
ダイガーは役目を終えて、王に一礼しアルベラの後方へと去って行った。
「今日は泊まっていくのだろう?」
「はい。お言葉に甘えて。衣装にお部屋と、有り余るお気遣いに感謝しております」
「そうか。―――では、また昼食でな。積もる話はその時にでも」
「はい」
「……そうだ。毒はないから安心して食べると良い」
片手を口にあて「まあ」と微笑む。
「ありがとうございます」
そしてまた、来たとき同様に摘んだドレスをやや前方へ持ち上げ、膝を軽くおって首を垂れる。
「ではこちらへ」という騎士団長の案内により、他国からの客である彼女らは一旦王の前から退席するのだった。
「ドラゴンから拒まれたと聞いて、どれほど不行儀な娘かと思っていたが。どうだ、ボルウェイ」
「よくできたお嬢さんだと思いましたよ」
ボルウェイと呼ばれた茶髪の男性が答える。
「お前の息子は好みそうか?」
「好みなど聞かずとも、陛下が仰れば私共はそう致します。命を拒んでまで嫌かと尋ねられているのであればそれは否定致しましょう」
「そうか。公爵といってもあちらは王族ではないからな。私の子らでは外聞的に不釣り合いになってしまうと思ったが……ちと惜しいな。せめてラーゼンのやつがもう何世代か前に頑張ってくれていれば」
王の真顔のぼやきに、ボルウェイは「またそんな無茶を……」と苦笑する。
その後、アルベラはタイガーとガイアン同行のもと、レオチェド王とその忠臣であると言うボルウェイ公爵とその嫡男ロディアとともに昼食を取ることとなった。
自分よりの三つ年上の公爵家の息子。アルベラは彼が同席した意味はなんとなく理解していた。
つまりはちょっとした「見合い」なのだ。
王と公爵はロディアとアルベラの相性を伺っているようだった。
何となく居心地の悪い食事に、アルベラはこぼれそうになったため息を堪える。
(どういうつもり……? 王族でもない上歴史の浅いディオール家に縁談……。まだそうはっきりとは言われてないけど、これその前準備だよな。……国同士の結束を深めたいから? それともお母様側との伝手作り? てか私一応あの王子様の有力な婚約者候補の筈なんだけど、その事知らないわけ無いよな……。この人だって婚約者がいておかしくない年でしょ。急に他国の女、それもまだ子供と会わされてどんな気分なのか…………はぁ……何か変に勘繰っちゃう……)
アルベラは昼食の席を無難にやり過ごす。
持て成しの場だったと思うのだが、余計な考え事により食事の味はよく覚えていなかった。
食事が済むと、ロディアが王都の案内をしようと申し出たが、アルベラはそれを丁重にお断りした。
決してロディアの印象が悪かったからではない。むしろ彼は非常に紳士的で、女性にモテそうな好青年だった。
だがアルベラは気を張らず観光を楽しむ事を優先した。
限られた時間に、またいつ来れるともしれない他国。この貴重な時間は、折角なら自由に見て回りたかった。
彼女が義務的な食事をしている間、冒険者たちはサクッと食事を済ませ自由時間を得て既に街へと出かけていた。
アルベラも食事が終わり与えられた部屋へ案内されると、手早くラフな格好へと着替え外出の準備を済ます。
そして彼女は、エリー、ガルカ、騎士二人と共に城下の観光へと繰り出すのだった。
***
「こちらはまとめて包んで、これはそのままでお願い」
バスケットに商品をいくつかいれ、アルベラは店のカウンターにそれを置く。
彼女は城から出て一応髪色を変え、城下を散策して目星い店に入っては品を購入してと、隣国の観光を楽しんでいた。買った品は街から直接業者に持ち込んでも、ガウルトの王城の者に頼んでも家へ送る事は可能だ。
アルベラが購入する品の殆どは自国には無い類の香水や魔術具である。魔術具の購入基準はその効果自体が自国であまり見ないもの、または自国でもよくみる効果の魔術具でもデザインがこちらの国独特で気に入ったりとすれば買っていた。
会計を済ませた品を流れるようにタイガー受け取り、アルベラは一つ梱包から外してもらった指輪を左手の中指にはめた。
今回アルベラが購入した品はタイガーが全て持っていた。ガイアンは何かあった時のために手を開けており、エリーは女性だからと気遣い、タイガー自ら荷物持ちを名乗り出てくれたのだ。(ガルカはそもそもこういったことへの頭数に入れられておらずだ。)
(へぇ……ムニャーメ渓谷で採れた結晶……。前に見かけた時気になってたんだよな)
正方形にカットされた薄い水色の結晶が一つ嵌められた指輪だ。透明度の高い結晶の中は、細かくヒビが入ったようなテクスチャをしており、そのヒビのような部分が角度によって虹色に光を反射した。
(試しにどっかで使ってみたいけど、今日はどうだろう……明日かな)
今日の夕食前はターガーから「護身の指導」を受ける予定となっている。その時試しに使ってみるか、まずは騎士二人の目を盗んでこっそりその効果を確認しておくか。
「さてどうしたものか」とぼんやりと考えながら、アルベラは辺りに並ぶ出店へ目をやった。
***
(確かここら辺だと思ったんだけどね。……この匂い)
ローブを纏い、フードを深く被った女がひっそりと辺りを伺った。
影に隠れた彼女の眉間には不快気に皺が寄る。
(まさか『あいつら』……もうここを嗅ぎ付けて来た? 流石にそんなはずは……)
見たくない顔の幾つかを思い浮かべ、殺意に心が荒む。無意識に表情が険しくなっていた彼女は、道の先に一人の少女を見つけた。
(子供……? この匂いはあいつか……その上『咎人』。……神の洗礼を受けて生き延びたんだろうけど……あのガキが……? 匂いだけは一人前だけど、魔力もヴァティも見たところ普通……。助かったのは護衛の力か?)
女は目に止めた少女の周辺の顔ぶれを見る。
(魔族に、混血の女に、二人の『傭兵』……かしら。随分と立派な壁に囲われていらっしゃるのね)
女の胸のうちの言葉には皮肉が込められていた。
(―――アナタ単体ではどうかしら。簡単に死ぬようならここで片付けてあげましょう。……弱いようなら早めに死んだ方がマシなのよ……『アタシ達』はね)
女は気配を殺し、茶髪の少女の後を追う。