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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
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238、行きの旅 5(お嬢様とドラゴン)



(教会とか神獣がダメとかは前々からだったし、他にも何かに嫌われてるかもとかは思ってたし、『今更』ってわけで……別に悔しくないし……)

 アルベラは自身が抱える僅かながらの不満を自覚しつつ、櫓の中すました顔でふかふかの椅子に腰かけ、隣を飛ぶドラゴンを眺めていた。

「ヤマドリ便に乗っている時も思ったけど、こういう運び方があったわね。家に帰ったら……いえ、この道中にでも家に手紙を送って注文しといてもらいましょうか」

 アルベラは天井を見上げる。それはこの櫓を掴んで飛んでいるガルカを意識してのものだ。あの鳥足に直接掴まれずとも、ちょっとした遠出の際はこうやって自分の乗った箱を掴ませて飛べばいいのではないかとこの旅で学ぶことが出来た。

「そうですね。これは私も気に入りました」

 エリーがニコニコと頷く。

(お嬢様、ずっとドラゴン見て……悔しいのね。可愛い)

 国境沿いを発つときの事を思いだすと小さく吹き出してしまいそうになり、エリーは口に手を当ててそれを堪えた。



 アルベラとエリー、そしてガイアンの三人はドラゴンの背に設置()()()()()櫓に乗っていた。

 そしてその櫓を運ぶのはドラゴンではなくガルカだ。

 どうしてこうなっているのかと言うと、アルベラが乗るはずだったドラゴンが、彼女を乗せるのを拒んだからである。

 使いの騎士達が「では他のドラゴンへ」と考えるのは当然の流れだったのだが、他の三体のドラゴン達も彼女の視線を受けてのそのそと後退し、そして顔を背け拒否の意を示した。

 その様子に(客人であるお嬢様を気遣いリアクションは抑えめだったが)使いの騎士達が驚いていたのは確かだ。きっとこのように連れた全てのドラゴンが揃って拒否する事は珍しいのだろう。

 直ぐに「別の騎獣を準備します」と騎士達は申し出たが、アルベラが「時間が勿体ないので」と提案したのが今の形である。

 ドラゴンの背から櫓を外し、ヤマドリ便を真似それをガルカの大きな鳥足に握らせて縄で縛り付けた。勿論足を離したり縄をきって落とされる事がないように、縄やそのむすびめには魔術を付与して。

(この程度の魔術破れなくもないが……)

 ガルカは足にまとわりつく魔術の感覚を煩わしく思うも、払い除けずに我慢する。

 翼をはためかせ、ドラゴンたちの様子をうかがえば皆一様にこちらを気にしているのがよく分かった。

「そう気を張って見張らずとも今は大人しくしといてやる。貴様らも余計な真似はするなよ。何かあれば背中の人間をその臭い口に放り込んでくれるぞ」

 容易く風に掻き消されたガルカの言葉に、側を飛ぶドラゴンは目を細めた。

 大型のドラゴンの騎獣には、人柄や匂い、魔力の相性が要となる。今ドラゴンを操縦している使いの騎士達は、皆今乗っているドラゴンに認められたパートナーなのだ。

 背に乗せ手綱を握らせているという事は、その人間達はそのドラゴンに好かれ信用または信頼されているという事である。

 可愛がっている人間を食わせてくれると言われ、ガルカの側を飛ぶドラゴンは『ゴォフ……』と唸り返す。金色の瞳はチラリとガルカの運ぶ櫓を捕らえた。

「ふん……。貴様に出来るものか。自分の弱さが分からないとは哀れな奴め」

『ゴォルルルル……』

 ドラゴンの鱗が僅かに逆立つ。

 乗っていたドラゴンの気が急に苛立ったのを感じ、背に乗っていた騎士が「どうした?」と彼へ問いかけた。

 自分の背を撫でる手を感じながら、ドラゴンは威圧するようにガルカを睨みつける。

 ガルカは「小さい奴だ」とあざ笑うと、大きく羽ばたきぐんと前に出た。



 ゆったりとかけられる四人乗りの櫓。そこには冒険者が三人乗っていた。

「何か、ちょっと申し訳ないわよね……」

 ビオが自分達の前を行く魔族の背を見て呟く。

「大型のドラゴンは我が強いたぁ聞いてたが……。―――もしかしてあの魔族の奴隷の影響か? どんなに位の低いドラゴンでも絶対に魔族は乗せないって聞くしな」とゴヤ。

「まさかアンナやナールでなくアルベラ様が拒否されるなんて……。そう思うとちょっとじゃ無くて本当に申し訳ないわ……」

 頭を抱えるビオの隣で、アンナはぱんぱんと膝を叩いて笑った。

「ははは、本当何でだろうねウケる」

「ウケないわよ!」とビオが間髪いれずに声を上げた。



 ***



 城の敷地の一角、大型ドラゴンの着地場にて―――

「ハイパーホースの方はご指定の宿に連れております。少しお休み頂いて、身支度後にお連れの騎士御同行の元、ディオール様は陛下との謁見。その後昼食となります。側仕えの方と冒険者の方方は別室にて昼食を準備しておりますのでそちらで」

(なるほど。流石に姐さんたちは別か)

「承知いたしました」

 アルベラとガウルトの王室騎士団長がやり取りをする中、ドラゴンからぴょんと飛び降り、ミミロウは自分が乗っていたドラゴンに頭を下げていた。

「ありがとうございました」

 と礼を言う彼に、「いえいえ」とでも言うように他のドラゴンたちも頭を下げる。あのアルベラを拒否した一番体格のいいドラゴンも、ミミロウの事はお気に召しているのか喉を鳴らすような声を漏らして頬ずりしている。他のドラゴンたちも入れ替わり立ち代わり頬を寄せてきて、ミミロウは「うわわ、」と体をよろめかす。

「あれは一体……」

 騎士団長はその様子を驚いた顔で見つめていた。

「さ、さあ……」

(ミミロウさん動物の扱いが上手いとはきいてたけど、あれは扱いとかそういうのではない気が……―――というか……)

 アルベラはドラゴンたちに気に入られている様子のミミロウから視線を動かし満足げ皮手袋を外しているナールを睨む。

(なんであいつ、ドラゴンに乗っただけじゃなく手綱まで握らせてもらってるわけ? 今回アレが一番納得いかない……!)

 アルベラの視線を察し、ナールがそちらへと目を向ける。

 悔しそうな羨ましそうなお嬢様の視線に、彼は分かりやすく「はっ!」と鼻で笑ってみせた。

(食われろ)

 アルベラの顔は澄ましたままだが、その心はまんまと挑発に乗ってイラつかされる。



 ***



 ドラゴンを降りて城を案内され、準備された客間にてアルベラと冒険者たちは分かれた。

 エリーとガルカは冒険者達と同じ部屋へと案内され、タイガーとガイアンは護衛としてアルベラの通された部屋で待機だ。

 アルベラがその部屋でただ静かに「休息」を取ることは許されず、これから王様に会うからと湯あみをさせられマッサージを施され、そのまま気づけば着替えや化粧の工程へと移っていた。

(こうも何から何まで全部人にやってもらうの久しぶりだな……)

 アルベラは余計な感情を捨て去りされるがままに、入れ替わり立ち替わり、自分の周りを忙しそうに行きかう侍女たちを眺める。



 やがて準備は終わり、アルベラはこちらの国の正装である床まで垂れる長い袖のドレスを纏っていた。髪は後ろの高い位置で結い上げられ、乳白色のつるりとした質感の大きな花の髪飾りで留められている。ドレスの端々にも、髪飾りと同じ質感の白装飾があしらわれていた。このつるりとした質感の塗料はこの国が誇るの古くからの工芸技術だ。日本で言う藍染や漆のようなものである。

(この国で採れる果実から作るんだっけ。陶器みたいね)

 アルベラは白い塗料を興味深気に観察する。

 珍しそうに自分の纏った衣装を観察する他国のお嬢様へ、侍女たちは「お疲れ様です」「とてもお似合いです」「お美しいですわ」等の満足げな言葉を投げかけた。言葉だけではなく、皆その表情も心の底から満足している様子だ。

「有難うございます」

 涼しい笑顔で返すお嬢様の姿に侍女たちは自分たちの選んだドレスや施した化粧の的確さに「私たち良い仕事したわね」と親指を立て合う。

 彼女らのジェスチャーに「その動作はこっちも共通かぁ」とアルベラは心の中呟く。



 アルベラは案内された廊下を静々と歩く。彼女なりに精一杯、ケンデュネル国の公爵家の令嬢として恥ずかしくない立ち居振る舞いを心掛けていた。

 後ろにはタイガーとガイアンが続き、その他国からの客人三人の周囲は、この国の四人の騎士に囲われていた。先頭を案内するのは国境からお世話になってる騎士団長だ。

 大きな扉の前で足が止まり、アルベラたちはそこで短い時間待つように言われた。

 アルベラの意識は自然と、この国の騎士たちの服装や自分が纏った香りや衣装に向く。

(この香水、この国で今流行ってるって言ってたっけ……変わった香ね。ちょっと薬っぽいというか……嫌いじゃないけど……。化粧の仕方もちょっと違うし、隣りとはいえやっぱり全く同じは無いか)

 アルベラの母国と交流のある隣国だ。

 言葉や服等の生活様式は似たようなもで、ちょっとした訛りや言い回しの違い、価値観の違いはあれどコミュニケーションを取るには十分な範囲である。 

 こちらの国へのお使いを頼まれてからというもの、父に渡されたガウルトの歴史と礼儀作法の本を見て予備知識はつけていた。それでも実際に自身目や手で触れてみた他国のドレスや香、城内の装飾品は新鮮なもので、アルベラは午後の城下町散策に胸を躍らせる。

「―――レオチェド・オリガ・アラドラグ陛下、アルベラ・ディオール様がいらっしゃいました」

 目の前の大きな扉が開き、アルベラの視界に赤い絨毯の敷かれた床が目に入る。

 大理石を半透明にしたような床に、乳白色の柱と金装飾と、そして天井にも乳白色のタイルと金の装飾。天井の中央には、ドーム型の凹みに合わせて大きな絵が描かれていた。きっとこの国の古い神話か何かだ。

「よく来たな、ラーゼンの子『アルベラ』よ」

 部屋の奥にはラーゼンと同じ歳の頃の男性―――この国の王、レオチェド・オリガ・アラドラグが王座に座り待ち受けていた。



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