236、行きの旅 3(お片付けと合流)
「嫌って言ったってなぁ、なっちまったもんは仕方ないさね」
アンナはカラカラと笑う。
「これをやったのはコントンで、先にけしかけてきたのはこっちなんだけど」
アルベラは曖昧な表情で無残な姿となった獣を指さす。
「そんなこと言ってもね、殺した事実と神獣の死の匂いがあんたに付いちまった事実は変わらないさ。今のその恰好で『関係ない』を突き通す方が無理ってもんだろ?」
そう言われ、アルベラは「関係ないっていう気は無いけど……」とどもる。
アルベラから色々と聞きたそうな目を向けられ、アンナは「はいはい、」と手を叩いた。彼女は辺りを見回し、丘を駆けあがって関所の方を見た。
戻ってきたアンナはアルベラに尋ねる。
「とりあえず話は後だ。嬢ちゃん、コントンに指示は出せるかい?」
「内容によるだろうけど。何?」
「これ持ってここを離れるよ。林の中に隠れよう。血の匂いで辿られないようにもしないとね」
「なら影の中に沈めて持って行かせればいい。奴らもそれなら辿れないだろう」
ガルカの提案にアンナは「へぇ。便利なもんだ」と満足そうに笑んだ。
「奴ら……? 関所から兵士でも来てるの?」
「ああ。こちらに馬が数頭ね。あと空からも辺りを確認してるね。今ならまだ間に合う。とりあえず今は私の言うとおりに頼むよ。神獣殺しで足止め食らって旅行がぱあになるのは嬢ちゃんもごめんだろ?」
アルベラはため息交じりに「ええ」と頷く。
「よし。じゃあ皆私に付いて来てくれ。魔族の兄ちゃんに嬢ちゃんは任すよ。ミミロウは―――」
「走る」と彼は手を上げる。
「分かった。じゃあ私は馬だ。さ、とっとと行くよ」
ミミロウから馬を受け取り、アンナはひらりと跨った。
「ねえ、私も姉さんの馬に―――」
アルベラは言い欠け、体にへばりつく服の感覚に自分の今の有り様を思い出した。
「へえ、いいよ? 乗るかい?」
アンナはにたりと笑う。
きっと乗せて貰ったら乗せてもらったで、後で散々汚された何だと騒いで揶揄いや脅しのいい種にされるのだろうな、とアルベラは想像し何も言えなくなった。
自分の服を摘まんで目を据わらせる彼女を、翼を広げたガルカが宙から鳥の脚で掴みあげた。
「もういいか? 行くぞ」
「この持ち方、あんたも私を汚い物扱い?」
「汚くないのか?」
「汚いですよ……」
「どう見てもな」
ガルカはくつくつと笑う。
その下で、コントンはお座りをし、キョトンとアルベラ達を見上げていた。
アルベラは獣を指さす。
「ソレ持って私達に付いて来てくれる?」
バウ! と彼は一吠えし影に飛び込んだ。神獣の体の下からイソギンチャクの触手のような影が沢山現れ、無残な灰色の体を覆って地面へと引き込んでいく。獣が地面―――影の中に沈みきると「トプリ……」と黒い波紋がその場所に小さく広がって消えた。
「匂いの痕跡を残さないようにな。獲物が奪われるぞ」とガルカが投げかけると、地面のどこかからか犬の鳴き声が返る。
大丈夫そうだと判断し、アンナは馬を走り出させた。
木々の中へと入り、アンナは林の中間地点で足を止めた。彼女の馬にぴたりと着いて駆けていたミミロウも足を止める。
馬から降りたアンナは、空を見上げて両手を大きく振った。それを空から認めたガルカは、アルベラを抱え木々の中、アンナの元に降り立つ。
「あいつ等にはここを報せたから、嬢ちゃんの方もさっさと済ませようか。神獣の件は冒険者としては有難いけど、騎士様には知られたくないんだよね。―――じゃあ嬢ちゃん、全部脱ぎな」
「ええと……血を落とすって事で良いのよね……」
「ああ。服の血も特別に私が落としてやっから。ほら! とっとと脱ぐ!」
タン、タン、とアンナが手を叩く。
アルベラは「スッキリしたいのは自分も望む事だけど、」と服のボタンに手を掛けた。
そこに堂々と、木の上に脚を組み、高みの見物をしている魔族を見つけアルベラは無言で水を放った。
「大したものでもないだろうに」
ガルカは揶揄いの言葉を残し、その場所から飛び発ってどこかへ消える。
「コントン、あいつ近くにいない?」
影から『ウン』という返事が返る。
「そう」
(にしたって……、木が生い茂ってるだけの野外で全裸になるのは何かなぁ……いっそ服のまま……)
アルベラは一人「ああ、それでいいか」と頷く。
彼女はブーツだけ脱ぐと、服を着たまま自身を水で覆った。水の濁りがなくなるまで、体を覆っては水を散らし、体を覆っては水を散らしを数回繰り返す。
「姐さん、ローブ貸して」
「おやおや、随分とズボラだね」
髪を絞りながら現れたアルベラにアンナはローブを放って投げる。
「下着はいいから服寄越しな。念のため、念入りに血を落としたいからね」
「はーい。お願いしまーす」
アンナに服を預け、アルベラは借りたローブにくるまり風を起こして髪を乾かす。
アンナも水の扱いはお手の物で、宙に水を集めるとその中でアルベラの服をぐるぐると回していた。洗濯用の球体の魔術具が衣類と共に水の中に放り込まれており、それのお陰で水だけでは取れなかった汚れがあっさりと落ちてくれた。
「凄いわね。こんな綺麗に」
「職業柄、血や体液の汚れについてはお手の物だよ」
アンナは意味深な笑みを浮かべ水の中から服と球をつかみ取る。共に、用の済んだ水はばしゃりと地に落ちた。
「後は……こうだ」
洗濯物を絞ると彼女はそれを片手に持ってぶら下げた。片手で印を描くと、衣類がぶわりと風に覆われ乾かされた。魔術での服の乾燥もお手の物だ。
(……姐さん、そういう魔術も使えるのね)
直すより壊す、雑で大雑把。そんなイメージを持っていたアルベラは、アンナの意外な一面に感心する。
「ほれ」
「ありがとう」
(乾燥の魔術だって失敗すると焦げたり破けたりするのに……そう言うのも一切なさそう)
服を着て確認するアルベラに、アンナは「何か言いたげだね?」と心を読んだように問いかける。
「い、いえ。何も」
「冒険やってりゃ嫌でも身に付く術ってもんがあるんだよ。分かったら私をもっと敬いな?」
片側の頬をぐいぐいと引っ張られ、アルベラはその手を払い除けた。じんじんと痛む頬をおさえ、「だから何も思ってないってば……」と唇を尖らせる。
アンナとアルベラ、ミミロウは馬を連れて近くの林道へと出た。「そろそろか」とアンナが呟くと、道の奥から馬の足音や人の声が聞こえ始める。
「あ! いたいた。アンナー!」
ビオが大きく手を振る。
彼らの元から馬が三頭、足を速めてアルベラの元へ駆け寄った。
「お嬢様! ご無事ですか?」
「大きな音がしていましたが、何にも巻き込まれてはいないでしょうか?」
タイガーとガイアンが視線を走らせお嬢様の無事を確認する。
エリーはニコニコと、馬に乗ったままそれを見守っていた。彼女と目が合うと、アンナはにんまりと笑んで頷いて見せた。エリーもそれに笑んで返した。そして、足らない一人にようやく気付き、彼女は辺りを見回す。
「あら。あのクソ役立たずな魔族は居ないのね」
その声は嬉しそうだ。
「ああ。あいつなら多分騒ぎの方を見に行ってるよ。何があったのか私もよく知らないんだけど、獣同士が喧嘩してたらしい」
(って事にしておくか)
(って事にしておくのね。分かったわ、姐さん)
アンナの視線にアルベラはコクリと頷く。
「アスタッテの尻拭い」をここまで読んで頂きありがとうございます。
こちらとは関係ありませんが短編の宣伝失礼します。
ホラーを書きました。
派手に怖い系ではないので、怖いの苦手な方でも大丈夫だと思います。
どうぞ見てやってって下さい。
もういいかい
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