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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
228/413

228、 初の前期休暇 8(屋根と誰か)



 声はラヴィのまま。しかし雰囲気や口調は全く知らない誰かからの問いに、アルベラは肩をすくめる。

 その返答は、嫌でも混ざってしまう敵意や緊張に強張る。

「あの緑の玉の事を言ってるなら持ってるわよ。ここには無いけどね」

「そうカ。じゃああと幾つか質問ダ。お前、あの双子とは知り合いカ? 二十……『エニオルニエの瓶』は持ってるカ?」

「双子? エニオルニエの瓶?」

「ブェラー・ニエだヨ。会ったか?」

「ヴェラーニエ……?」

「ブェラー・ニエ、ナ! クロモリウド! ダークエルフ!」

(『モリウド』ってエルフの別称だよな……ブェラー・ニエも同じか? 人名?)

「本物のダークエルフ自体見たこともないわね」とアルベラは答える。

 ラヴィは「フーン」と零しながら空を見上げた。

 一人考え込むような遠くを見る目をし、彼女は首を傾げる。

「……そうカ。じゃあこの匂いはなんダ……?」

 一人言のような彼女の言葉にアルベラも首を傾げた。

「あの。もう用は済んだのかしら?」

「玉の在処」

 ラヴィはアルベラへ目を向け微笑む。

「……」

 アルベラは口を閉じる。

 あの玉は今、魔族の里にあり炎雷の魔徒が管理している。魔族や魔獣さえ触れるのを躊躇う狂気を振り撒く玉。ラヴィを操るその人物は、玉を一体どうする気なのか―――。

 答えに悩むアルベラ。その視線の先でラヴィが静かに立ち上がった。

「そうカ、じゃあ……」

 ラヴィは屋根の縁に立ち、腕を広げて空を見上げる。

「教えてくれないならサヨナラだナ」

 風にドレスを靡かせながら傾いでいくラヴィの体。

「はぁ?! ちょっ!!」

 アルベラは腕を伸ばす。

 ラヴィの瞳に星空が映った。嘲るように笑んでいたその瞳から一瞬感情が消え、そして我に帰ったようにまぶたを見開く。

 「え……?」とラビィは呟いた。

 彼女の表情に、驚きと恐怖が沸き上がる。

 ―――落ちる。

「……!」

 アルベラは腕をのばした。

 ラヴィの体が風に押し返される。

(人は浮かせらんないけど、これなら……)

 起こした風に意識を集中させたまま、アルベラは窓から離れラヴィへと近づいた。

 ラヴィは怯えた表情を浮かべ、助けを求めてアルベラへ手を伸ばす。

「アル、ベラ……」

「―――?!」

 騙された。

 彼女の呼び方にそう気づくも、ラビィの手を掴んでしまったアルベラはその手を振り払えずただ硬直する。

 ラヴィはニタリと笑い、アルベラの腕を掴み返し自分の方へと力任せに引き寄せた。

 アルベラの足裏が屋根から引き剥がされる。

 自分より小さな彼女の体に手をつき、支えられる形でアルベラはその場に止まっていた。

 不自然な角度で宙に固定された二人の体。

(私の風じゃない……)

 屋根のヘリにぎりぎり片方のつま先が触れているだけの状況に、アルベラの額に汗が浮かぶ。

「答えロ。玉は何処ダ」

「……」

 命は惜しい。……が、こう言う輩は「情報を聞き出したら殺す」と言うのが定石ではないだろうか。

(最悪落下しても、水なり風なりでクッションを挟みなが勢いを殺せば何とか……)

 アルベラは視線を落とし高さを確認する。

(うわぁ……やっぱ高ぁ……―――けど、)

 彼女の瞳や水色の毛先が、覚悟を決めたように魔力の灯しを強くした。

(死ぬのも吐き損もごめんね……!)

 アルベラは「いっその事」と屋根からつま先を離し、ラヴィを両腕で抱きしめた。

 アルベラとラビィの周りで風がざわりと一周し、ゆっくりと霧が二人を包み始める。

(今日の香水は痺れと眠りの効果が出る奴……。操られてる状態で効くのか分かんないけど、大人しく一緒に落ちてくれるならそれがいい……っていうか早く地面に足つきたい!)

「この霧……そうカ。あの時のはお前だったカ。ケド、それが何だって言うんダ」

 ラヴィはくつくつと笑う。彼女の瞳の表面を淀んだ黒が覆い、アルベラの作った霧の上から黒い靄が二人を包み込んだ。

 「いつまで持つ?」とラヴィの中の誰かが楽しげに尋ねる。



「……」

「……」

(―――……どうしよう。全然落ちない)

 ラヴィを抱きしめたまま、アルベラは変化の起こりそうのない現状に困惑する。

 辺りを見て、自分の霧と共に黒い靄が自分たちの周囲を覆っている事には気づいていた。

(なんの魔法? 毒……幻覚や精神作用……)

「オイ、お前……」

 ラヴィがアルベラの体を押し返し、ギロリと見上げる。

 相手も何やら困惑しているようだ。

 アルベラは一体何がしたいのかと訳が分からず眉を寄せる。その時になってようやく、彼女はラヴィの瞳の変化に気がついた。

 光を反射しない、暗くくすんだピンクと青の瞳。

 互いに無言で見つめ合い、数秒の沈黙の後ラヴィがじっとアルベラの瞳をのぞき込み口を開く。

「お前……『ドガァ・マ・ンラ』カ……?」

「……ドガァ、マ……え?」

「フーン……」

 ラヴィはアルベラの両肩を掴んだまま観察するように見回し、その間アルベラはただ疑問符を浮かべて呆然とする。

 ラヴィの中の誰かは「ぽくないナ」「あるのは匂いだけダ」「出来損ないカ?」等々呟き、最後に「ヨシ!」と一人納得したような声を上げた。

 ラヴィは無表情にアルベラを見つめる。

「―――保留ダ」

「は?」

「いいカ。玉は誰にも渡すナ。ダークエルフには特にナ」

「何? 急に何?」

「お前が何かは知らないガ、まあ次会って生きてればそれが答えだロ。死ぬなら死ネ。生きててご縁があれば仲良くしようナ」

「え? 何か勝手に終わらせようとしてない? あんた誰なの? どうやって屋敷に入って―――玉は何のために―――」

「じゃナ!」

「はぁ?!」

 ふわり、と周囲の黒い靄が消えた。

 一緒にアルベラの霧も消滅させられる。

 魔法か魔術か、ラヴィを操っていた何者かが施していた術の類が全て解けた。

 アルベラとラヴィの体が重力のままに傾ぐ―――



 ようやく訪れた落下。

 だがアルベラは気が動転していた。

「ちょっ、ちょっと待った……! 待った!」

 二人の体をアルベラが起こした風が支える。

 アルベラは落ちるのを躊躇い、全力でその場に踏ん張っていた。

 理想は落ちながらタイミングよく魔法を放ち、それをクッションにしながら地面へ降りる、だ。

 だが目の前に広がる高所からの眺めと、腕の中に突然と預けられた人一人分の重さとがアルベラに焦りや不安を抱かせ正常な判断を奪う。躊躇いが生まれ、余計な魔力を消耗させる。

(どうしよう……?! 大丈夫?! このまま落ちて大丈夫?!! 『ベシャ』って、二人とも地面に衝突して『ベシャ』ってならない?! いける?! ……てかそろそろ限界……一度解いて起こし直さないと……!)

 アルベラはぐっと目を瞑る。

 ここにいるのは自分と、意識のないラヴィだけ。

 どうにかできるのは自分だけなのだ。

「―――……よし」

 アルベラは覚悟を決めて瞼を持ち上げた。

 風が解けるように消えていった。アルベラの意思で解いたのではない。持続の限界だったのだ。魔力はまだ尽きてはいないが、強度を保って魔法を放ち続けるのには時間の制限があった。息を止めるのと同じである。ずっと息を止め続けていては苦しい。ずっと一定の魔法を展開しているのもまた個人の力量で限界があるのだ。

 落下のさなか、アルベラは恐怖に目を閉じたくなるを堪え体内の魔力に集中する。

(もう一度―――もうドレスの事なんて気にしてらんない。水で―――)

 先ほどの余韻か、風交じりの水の渦が発生した。その中央を二人の体が貫通する。渦は二人の後を追うようにほどけて消えた。

 わずかだが、水面を叩きながら強風にあおられる感覚をアルベラは感じた。

(駄目、厚みが足りない! さっき魔力を無駄遣いしすぎたんだ! 一点に集中して、もう一度―――)

 また風交じりの水の渦が起る。先ほどよりも狭い範囲で、その分圧縮されたような厚みの膜が出来上がりかけた。だが十分な強度が出来上がらないうちに二人の体がその膜に割って入り崩してしまう。

(そんな……?!)

 アルベラは愕然とする。距離を誤ったのだとすぐに理解したが、今は反省している余裕はない。

 地面まで十メートルもなかった。

 ―――間に合わない。もう無理だよ。

 アルベラの頭の中、黒髪の頃のいつかの自分の声が自分に諦めろと悲し気に告げる。

「……っ!」

 アルベラのラヴィを抱く腕に力がこもる。

 緑色の瞳は燃えるような光を灯し、迫りくる地面を悔し気に睨みつけた。

(―――もう一度!!!)



 全力で魔力を放つ意識の中、自分の魔法の展開速度が、その強度が、全てが今生き残るために足らないという事がただ理解できていた。

 駄目な事なんてわかってる。

 自分は死ぬんだ。


 けど―――


 アルベアは無我夢中で自分たちの下に魔法を放ち水の受け皿を懸命に作ろうとする。

 だが現実は無情にも、彼女らが落ちる速度に対し、やはり水の生成は追いついていないのは明らかだった。

 興奮状態のアルベラの視界、自分たちを待ち構える固い大地と―――そこに飛び込む赤が映った。



 ―――ゴォォォウ……!!!!!

 赤く熱い明かりがアルベラとラヴィを包み込む。

 覚えのある熱風がアルベラの頬を撫でた。

 次から次へと下から吹き上げる力強い熱風に煽られ、あんなに傍まで迫っていた地面がいつになってもやってこない。

 顔を上げたアルベラの視界いっぱいに、一切の隙間もなく炎が燃え盛っていた。

「ジーン……?」

 先ほど、一瞬だが見たはずの人物の名を彼女は呟く。

 名を呼ばれ、「ああ」と背後から返事が返った。

 真っ赤に染まる緑の瞳。アルベラの視界が誰かの片手で覆われる。

「……一応目と口閉じてろ」

「ええ」と掠れた声を返しアルベラはその言葉に従った。



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