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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
227/407

227、 初の前期休暇 7(王子様と冒険者 2/2)



 ラツィラスはいつもの通り、警戒心を緩い笑みで覆い隠す。

「君のお友達かい?」

 アルベラは自分のすぐ横をギロリとみた。楽しそうな紺色の瞳と目が合う。彼女は「分かってんだろ?」と言いたげにニマニマと笑みを浮かべている。

「はぁ……。ご紹介いたします。こちら私の旅行の護衛をお願いした冒険者パーティーのリーダー、アンナさんです」

(冒険者?)

 チンピラでは無かったのか、とジーンは内心呟く。

 王子様と騎士様へ「少々お待ちを」とアルベラは言い置き、振り返って冒険者たちを手招きした。

 ぞろぞろとやって来た彼等を「とりあえず皆さんこちらに」と自分の横に立たせてみた。

 王子様を前に冒険者たちは皆「一体どうしたものか」と困惑と緊張の空気を漂わせていた。

「そしてこちらが、そのパーティーのメンバーの方々です」

 アルベラは自分の隣にいる人物から順々に名前を紹介していく。

「こちらスナクスさん、ゴヤさん、ビオさん、カスピさん、ミミロウさん……あともう一人いますが、そちらは席を外しております」

 二対の赤い瞳が、じっと冒険者たちを観察する。

 その居づらさに冒険者たちは自然と呼吸が浅くなり身じろぎもできずに立ちすくむ。

「始めまして。ラツィラス・ワーウォルドです。皆さん、どうぞ楽にしてください」

 ラツィラスは彼等を安心させるべく天使の微笑みを浮かべた。

 ジーンは軽く頭を下げる。

「殿下の護衛のジーン・ジェイシです。よろしくお願いいたします」

 護衛で友人の彼が自己紹介をする横、ラツィラスが興味深そううな視線をミミロウに向けていた。ミミロウはカスピに身を寄せると、フードを引っ張り深くかぶり直す。

「殿下、ミミロウさんは肌を見せるのがお嫌いなので、どうぞそっとしておいてあげてください」

 まさにフードを覗き込もうか考えていたラツィラスは「わかったよ」と苦笑する。

「アンナさん」

 ジーンがアンナへと声をかけた。

「先ほどはどうやってこちらへ? 魔法や魔術で姿を隠してきたのでしょうか」

 まだまだ少年の抜け切れていない青年の端くれの彼。技術やそれらに準ずる知識に貪欲で真っ直ぐな瞳にアンナは心の中「可愛いねぇ」と呟き舌なめずりする。

「勉強熱心じゃないか。魔法も何も、私はただ静かにそーっと歩いてきただけさ。魔力を感じなかったのがその証拠だろ? 出来るようになりたいなら私が手取り足取り教えてあげるよ。あと、私の事は『アンナ』でいい。『さん』は要らない」

「……。ありがとうございます。必要な時があればお願いいたします、アンナさん」

「ふーん。『けど今は結構です』ってか。………………なあ、騎士の坊ちゃん。『さん』はいらない。私はそう言ったんだ。聞こえなかったかい?」

 アンナは目を細める。その瞳に、湯が沸いていくようにふつふつと不機嫌な魔力の灯りが露わになっていく。

 「さん」を付けるか付けないか。

 たったそれだけのことで突然怒り出した目の前の女に、ジーンは疑問符を浮かべながら腰に下げた剣へ手を添えた。

 それを視界に留め、アンナは口端をニィっと吊り上げる。

「―――ちょっと」

 アンナの視界を誰かの片手が覆った。その手首で装飾品がシャラリと音を鳴らす。

 アルベラだ。

「姐さん、ここで喧嘩吹っかけるのは止めて。そんな事したら今すぐ退場させるわよ、エリーが」

「アルベラ様、そんな事を言わず今すぐ退場させてください。お願いします」

 ビオが怒りを抑えた震える声で告げる。

 目を覆われたままアンナはクツクツと笑いを零した。彼女の口から小さく「ビオちゃーん。覚えてなよー」と漏れ聞こえ、「ひっ」とビオはカスピの腕にしがみ付いた。

 アルベラに制止されたアンナを、ジーンは不思議そうに眺める。

「……この人、こうやって出合い頭に人に喧嘩吹っかけるのが趣味なんです。失礼いたしました」

 ドレスを持ち上げアルベラは二人へ謝罪する。その隣でスナクスがアンナをアルベラから引き剥がして回収し、自分とゴヤとの間に挟んで押さえていた。

 「姐さんはこっちな」「へいへい」というやり取りに、ラツィラスはクスクスと笑う。

「未遂なのが残念だよ」

「お、分かってんじゃん王子さん」

「殿下」とアルベラが、

「アンナ」とゴヤが、名を呼んで発言を咎める。

「リーダーはこんなですが、皆さんちゃんと信頼のできる実力者なんです(多分)」

 アルベラはため息交じりにフォローした。

「君が頼んだんならその実力に疑いは無いよ。こうやってパーティーにも招待しているくらいだし信用の方もね。こんな面白そうな人たちと旅ができるなんて羨ましいな。どうやって丸め込んできたんだい?」

「金です」

 「おい嬢ちゃ……お嬢様。間違っちゃいませんがそれでいいんですかい?」と、ゴヤがアンナを押さえながら低く問う。その言葉遣いと姿は、正装だというのにどこか山賊のようだった。



「けど、護衛は確か伯爵が騎士を送って来るって言ってなかったかい?」

「ええ。二人隊長クラスの方がいらっしゃいましたよ」

「手厚いね」とラツィラスは笑う。

「けど伯爵はもしもの時のため、冒険者の人たちから君を守れる人材を送ってきたんじゃない? 六人相手、エリーさんとガルカ君を入れて四人。その割合なら何かあった時に逃げ切る事が可能だって」

「……え。ああ。なるほど」

 ラツィラスとアルベラの会話を聞きながら、ジーンはアルベラの隣の冒険者へ視線を写した。

 王子様とお嬢様が自分達の裏切りを疑う会話を繰り広げているのを聞き、隣りの青年は苦笑を浮かべている。

 ジーンは冒険者の青年を前に、どうしてもあの噂を思い出してしまった。

 ―――公爵ご令嬢の、冒険者の恋人。

 目の前にはもう一人男性の冒険者がいるが、年齢を見るにあのスナクスという銀髪の青年の方が当てはまるだろう。

「なあ」

 ジーンが口を開き、アルベラとラツィラスは彼へ目を向ける。

「お前、他に冒険者の知り合いいるか?」

「いいえ。私が知ってるのはこの人たちだけよ。そういえば、組合に行ったことはあるけど他の人たちとは全く話したことないわね」

 アルベラは思い出しながら答える。

「……。そうか」

「へぇ。冒険者組合かい?」

 この話題にラツィラスが瞳を輝かせた。

「いいなぁ。僕も前に行こうとして未遂で終わったんだよ。ここはローブだけじゃ足らないってカザリットに言われて」

「……ですよね。たちが悪い上に腕のいいような人達に目を付けられて追い回されたら、カザリットとジーンだけじゃ荷が重いですよね」

「けどそろそろ良いんじゃないかって思うんだ。……ね? ジーンもそう思わない? 君も実力を認められて正式に騎士になったわけだし、僕の実力だって……ね?」

 ラツィラスの物言いたげな視線。

「いいんじゃないか」

「……え」

 ジーンはさらりと返す。あまりのあっさりさに虚を衝かれ、ラツィラスは何を言われたのか理解が遅れた。

「むしろ今まで『もうそろそろいいだろ』って駄々をこねなかったのが不思議な位だった」

「すっかり忘れてたからね。……なんだ、ならもっと早く言えば良かった」

「いつにしたって俺が試験通るまでは駄目だってザリアスからきつく言われてたから、それ以前じゃ却下してたけどな」

「そう。じゃあ今日が丁度良いタイミングだったって事だね」

 ラツィラスは苦笑する。



(相変わらず仲の良いこと)

 と、二人のやり取りを眺めていたアルベラの隣、こそりとスナクスが顔を寄せて耳打ちする。

「なあ嬢ちゃん。俺らそろそろ離れて大丈夫か? また姐さんが何しだすかわかんねぇし、王子様からは少し距離を取らせておかないと落ち着かねーっつうか」

 アルベラはチラリとスナクスを見て、更にその奥のアンナを見る。その目は悪戯を企む子供の如く、キラキラと純粋に輝いていた。前のめりになる姿勢の彼女を、ゴヤが困った顔で押さえている。

 難儀なことだ。

 アルベラは呆れて目を細めた。

 「そ、そうね……」とスナクスに同意し、アルベラはラツィラスとジーンに聞こえる声で告げる。

「では冒険者の皆さん、呼び掛けに応えて頂き有り難うございました。どうぞ引き続きパーティーを楽しんでくださいな」

 にこりと笑み、アルベラは彼にこの場を離れるタイミングを与える。

 冒険者たちはアルベラに礼を述べ、王子様と騎士様へ頭を下げた。

 頭を上げたスナクスは視線を感じそちらを見る。

 自分を観察するような目を向けていたのは褐色肌で赤髪の騎士の少年(もう青年といっても良い辺りだろうか)の彼だった。

 顔を上げた時点でその『観察』は止められていたが、しっかりと目はあってしまった。

(やっぱ騎士的には、年が近い冒険者の実力とか気になんのかね。俺も割りと気になってるし)

 自分の数個歳下であろう彼に、スナクスはつい反射的にニッと笑んでいた。

 その返しに相手はぴくりと反応し会釈する。その反応にスナクスははっとした。

(やべ……。貴族相手だってのに軽々しかったよな)

 慌てて頭を下げ返し、スナクスも皆と共にその場を後にした。



 ***



 ナールは歩きながら、ミズコウモリにはどこに行ったら会えるか考えていた。

(厩にはいなかったな。飼い主と同室か、専用の部屋か、専用の小屋でもあるか……)

 その後ろにはぴたりとリリネリ。彼女はこのいけ好かない男が勝手に敷地内を踏み荒らさないようにとずっと気を張っていた。

 ナールはチラリと後ろを見る。

「……」

「……」

 すぐに前を向き、彼は不機嫌そうに「はぁー……」と低く息を吐いた。

(見張るのは良いけどいちいち睨むのやめろっつうの)

 屋敷の人間がお嬢様のペットを知らない筈がない。ミズコウモリの単語を出した時点で警戒されてしまう気がして言わない。でなくてももう、今いる彼女には自分と言う人間が警戒すべき対象に見えてしまっているのだ。尋ねたところで良いように思っては貰えないだろう。

(外にいたならともかく。この中のどっかにいるとしたら、流石にもう諦めるか……)

 と ナールは屋敷を見上げる。沢山の窓と、その中に見える廊下の天井。装飾の凝った高そうな照明。

 今は必要ないのだろう明かりの灯されてない通路を眺めつつ、彼はふと先ほど屋敷内で迷った事を思い出す。

(あの感覚……森の中で迷う時と似てたな)

 彼はあまり道に迷わない。

 地図を見る力は人並み程度だ。町などを歩く時は、面倒になったら高い場所からそこを見下ろせば事足りる。自分自ら行かなくとも使い魔や使役獣の目を通せば自分は動かずとも周辺を把握できる。

 何の変哲もない森の中であればもっと感覚だよりで事足りる。その時々の空の表情や風の流れ、運ばれくる匂い、漂う魔力。それらを導としているからだ。

 そんな彼が森で迷う時―――それは何者かの意図にはまった時である。

「なあ、女中さんよ」

「あ゛?」

「……はあ゛?」

「あらすみません。つい」

 リリネリは悪びれなく微笑む。

 ナールは「このアマ」と聞こえるように小声で毒づく。

「公爵様は珍しい魔獣とか異種族とか他人種とか、そういうの集める趣味あったりするんでございますか?」

「公爵様は珍しいものはお好きですが、今の所他人種には手を出してませんよ。異種族も。そういった類で今唯一屋敷にいるのは魔族の奴隷だけでございます」

「へぇー」

(標本ならあるけどね。多種族も他人種も魔獣も)

 リリネリは、この間こっそりレミリアスが多種族の標本を一つ買い足してたいた事を思い出す。それらを所蔵する部屋は一応「ラーゼンの所有」となっているが、殆ど夫婦兼用だった。ラーゼンはレミリアスの買い足した標本に気付くこともあれば気付かない事も多く、たまに覗きに行っては「はて。これは前からあったかな」とぼやくのだ。

 ちなみにその標本部屋の存在を、この屋敷のお嬢様はまだ知らない。

 「そうか……」とナールは顎に手を当て、歩きながら屋敷の二階の廊下を見上げる。

「ここら辺に妖精の類が住んでたりは?」

「いいえ。ここら辺で妖精が出という話は最近聞いていません。たまに売り物が町で逃げ出したという話は上がりますが、最近でそういう騒ぎも耳にしてません。……妖精を見たのですか?」

「見ては無い。けどさっき、屋敷の中で似たような気配を感じたんだ。あの美人と合流してすぐ消えたけど」

 リリネリは「そうですか」と言い、少し考えじとりと目を据わらせた。

「……お客様、まさか変な薬とか」

「やってねーよ!」



 ***



「失礼いたします、アルベラ様」

 ラツィラスとジーンとの挨拶が済み、数人とのご令息やご令嬢との会話を挟み、ルーがアルベラの元へ誕生日の挨拶を交わしに来た時の事だ。

 ラビィが一人でアルベラの元へやって来た。

 アルベラは彼女とは既に出迎えの際に挨拶を交わしていた。そのため、ルーと話しているタイミングで来た彼女に、目的は自分でなくこの「彼」の方なのではと予想立てる。

(さっきからやたらとラビィとは目が合っていた気がするんだよな。けどなんで殿下と話してた時に来なかったんだろう……?)

 彼女はルーの事も好みだと前に話していたが、やはり大本命はラツィラスなのだとも言っていた。

 候補である限りはその可能性に夢見るのもいいじゃない。という揺らぎのない前向きな彼女の言葉が、自棄に胸に刺さり感心したのを思い出す。

「ケイソルティ嬢。本日もご機嫌麗しく」

「お疲れ様、ラビィ。飲み物はいかが?」

「いいえ、沢山いただきましたので飲み物は結構ですわ。アルベラ様、改めてお誕生日おめでとうございます」

 ルーには目もくれず彼女は頭を下げる。

 ラビィと言葉を交わしたことのあるルーは彼女の人柄をアルベラ程でなくても良く知っていた。彼から見たラビィはノリが良く笑顔も絶やさない明るく積極的なお嬢様だ。そしてこれは多分天然なのだろうが、たまに抜けている面 (つまりドジなのだ)がありそれが彼女の可愛らしい一面でもあった。

 そんな彼女がやけに物静かに淡々と挨拶を述べる。

 ルーは、自分同様なにかしらの違和感を感じているであろうアルベラと目を合わせた。

(改めちゃってどうしたんだろう)

「少し積もる話がありまして、……申し訳ありませんが、お時間よろしいでしょうか」

「ええ、分かったわ。ルー、失礼するわね」

「ああ。お友達は大事にな」

 少しあざけた軽い口調で彼はひらりと手を振る。

「ありがとうございます。ではこちらへ」

 そう言ってラヴィは歩き出した。

 『友達じゃないわ。ライバルよ』

 いつもの彼女のなら間髪入れず、こそりとそう言ってきそうなのに。

 アルベラはラビィの後を追いながら、自分の足元に目を向けコントンの気配がある事を確認した。



 色とりどりの衣装の合間に消えていく二つの背。

 去って行くアルベラとラヴィを見失わないうちにと、ルーは辺りを見回した。

(『パンはパン屋』なんだよな……。エリーさんもあの魔族もいないか。ここはあの冒険者達に……話して大丈夫か? もしもの時、何かの企てのグルなんて事があったらな……。ここはやっぱ見知った騎士が……ん……?)

 自分と同じ方を見ていた人物が、既に動き出していた事にルーは気付く。

 偶然にも、その人物が自分の主の了承を得たところから見届けてしまったルーは「はぁ」と残念そうな息をつく。

(よりにもよってあいつか……。……仕方がない。今は贅沢を言ってらんないな)

 二人のご令嬢の後を追い、『彼』が会場を出て廊下へと消えていく。

(何もなければ……全部俺の憶測で終わればいいんだが……。はぁ、俺って勘がいいんだよなぁ。嫌な事は外れてくれりゃいいのに)



 ***



 お手洗いのために廊下へ出ていた客人たちと挨拶をしながらすれ違い、準備されている休憩室も通り過ぎ、アルベラはラビィを追い先へ先へと歩いていた。

 ここに来るのは初めてだろうに、ラビィは屋敷を知った足取りで迷いなく進む。

 賑やかな音楽や声が遠のいていくのを感じながら、アルベラは自分の嫌な予感が当たり始めているように感じた。

 廊下は明るい。

 配置された警備達も目に付く。

 階段を上がっていったラヴィを追い、アルベラも階段を上がって二階の廊下へと足を踏み入れる―――

(暗い……)

 辺りが急に静まった。

 この階も一階と同じく、今晩はいつもより多く警備が配置され、明かりだって灯されているはずなのに。

「ディオール、置いてくわよ」

 廊下の先からラビィの声が響いて聞こえた。



 この屋敷は二階建てだ。部分的に塔のようになっている部分があり、それらが三階建て(屋根裏を合わせれば四階建て)となっていた。

 ラヴィを追って二階の廊下を少し歩き三階へ続く階段を上がり、さらに屋根裏へ続く階段を上り、屋根裏部屋へ踏み込んだアルベラの後方……。

 ―――バウ!!!

 突然コントンが唸り声をあげた。かと思うと、大きく吠えたのを最後に彼の気配が消えてしまった。

「コントン?」

 心臓が急速に冷えたような心地に襲われる。

 アルベラは足を止め、空っぽになった自分の影を眺めた。

(まさか……コントンがやられた……? ……いいや。あの最後の声……壁の向こうから聞こえてくる感じだった)

 アルベラは部屋と階段の境の部分に手を突き出してみる。

 突き出した手は壁に阻まれることもなく、ふわりと空を掻いた。だがその手に感じた質感は冷たく重い。目の前の見えない境の向こうに、異次元でも続いているかのような気味の悪い感覚がしアルベラは後ずさった。

(けどこの感じなら……コントンは倒されたんじゃなく弾かれただけかも)

 そうであって欲しい、と願いアルベラは部屋の奥を見た。

 ラビィは屋根裏部屋の窓辺に立っていた。

 窓は開け放たれ、入り込んだ風が彼女の髪やドレスを揺らしている。

 輪郭を月明かりになぞられ微笑む彼女。

 アルベラはその場から動けずに考える。



 あれは本物のラビィだろうか。

 もしかしたら誰かの変装か作り物で、本物の彼女は会場でパーティーを楽しんでいるのでは?

 それか、どこかに捕まって閉じ込められている可能性は?

 最悪の場合、彼女が既に死んでいるという事もあるかもしれない……。

 ではあれは誰だろう?

 本物か、偽物か。

 自分にそれを判断する術はあるだろうか?



「アルベラ様?」

「ねえラヴィ。貴女、いつも私をどう呼んでるか覚えてる?」

「……」

 アルベラの問いに応えず、彼女はクスリと笑んだ。

 彼女はアルベラに背を向け窓に手をかける。身を乗り出し窓枠を越えて屋根に立ち、ラヴィは外から室内をのぞき込んだ。

「こっちよ。ほら、今日は星が綺麗なの。夜空を眺めながら内緒話っていいと思わない?」

 そう言って彼女は室内からは見えぬ方へと歩いて行ってしまった。

 アルベラは躊躇い階段を見下ろす。

(分からない……。見た目は完璧にラヴィだし。……この階段、降りたらコントンと合流できるかな)

「良いわよアルベラ」

 外からラヴィの声がした。

「けど後悔しないでネ」

 くつくつと笑う彼女の声が風に紛れて離れていく。

 それは自分の身についてだろうか。それともラヴィの身についてだろうか。

(……)

 アルベラは階段を一瞥し、窓へ向かい足を持ち上げた。



 屋根の上に出て窓に手をかけたまま、アルベラは視線を走らせラビィの姿を探す。

 彼女は思ったよりすぐ近くにいた。

 屋根のヘリに腰を下ろし脚を垂らしている。

 屋根の角度が緩やかとはいえ、簡単に滑り落ちてしまいそうなその姿にアルベラの背筋が凍る。

「あなた、ラヴィなの? それとも偽者?」

 ラヴィはアルベラを仰ぎ、普段とは異なる表情でクスリと笑った。

「ああ。これは本人の体ダ、アルベラ・ディオール。だから慎重に答えロ。ーーーあの玉、お前が持ってるのカ?」



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