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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (後編)
222/411

222、 初の前期休暇 3(騎士と冒険者達の訪問)



 ツーへの挨拶をしたその日。

 急ぐ用もないアルベラは気分転換程度にのんびりと街を周り、夕食よりも十分早い時間に屋敷へ帰った。

 アルベラの自室。スーの散歩ももう終わりでいいだろうと閉じられた窓辺。斜陽に窓にぶら下げられた青い貝殻やレースカーテンが輝き半透明の影を落としていた。

 アルベラはその様子を眺めながら、膝に仰向けに乗せたスーの手触りを堪能しつつぼんやりと考える。

(明日気を付ける事……王族の言葉……あとお父様やお母様が招いた客人への対応……。そういえば盟約のあれってルーの場合はどうなんだろう。あの子の開いた茶会で私かウォーフが反応するか見たかったけど、結構大丈夫だったんだよな。塩梅はあの感じで大丈夫ってのは分かったけど……。血筋的にはやっぱり十分気を付けておいた方が良いか……)

 ―――コンコン、と扉から音が上がる。音の室からエリーでもガルカでもニーニャのものでもない事がわかる。

 アルベラはそちらへ視線を向けて「どーぞ」と声をかけた。

 アッシュブラウンのミディアムボブヘアの使用人が頭を下げる。

「失礼します」

(セイジーか。てことはお母様かな)

 リリネリかセイジーが来る場合の殆どはレミリアスからの使いである事が多いのだ。

「ブルガリー様の使いの騎士様が到着いたしました」

「分かった。すぐ行く」

「レミリアス様のお部屋に居らっしゃいますので、そちらによろしくお願いいたします」

「はーい」

 母からの使いではあったが、伝言の内容までは予想出来なかった。

 セイジーが部屋を去ると、アルベラは膝の上のコウモリを見下ろす。

(騎士様方、もう来たのか。早めに送るとは聞いてたけど休み入った一日目にくるとは……早いなぁ)

 無防備に仰向けで眠る彼女を両手で持ち上げソファーへ移した。

 蜜蜂のような首もとを覆うふっくらとした毛を指先で撫でる。水色の柔らかい毛はいつまでも触っていたくなるほど指通りがよく気持ちが良い。

(騎士様とあったら明日から訓練の日々になる気がする……。挨拶すっぽかしてずっとこうしていたいなぁ……)

 母からの呼び出しなのだから、行かないわけにはいかない。

 名残惜しく可愛いペットをつつき、迷惑そうに身じろぎされる。それを数回繰り返すと、アルベラは崩れた表情を直し部屋を発った。



 一体どんな堅物を送り込んできたことか。とアルベラが母の許しを得て部屋に入ると、母と騎士達の三人はお茶とちょっとしたお菓子を挟んで世間話をして笑っていた。

 紫と白を基調に金や銀、その他のちょっとした差し色が程よくあしらわれた上品な部屋。どこかミステリアスな雰囲気のその部屋は、相も変わらず我が母をそのまま空間に表現したかのようだとアルベラは思った。

(また不思議綺麗な道具なのか置物なのか分からないものが増えてる……)

 アルベラの視線の先にあるのは壁にかけられた箱額だ。その中には等間隔で長細いガラスの棒が十数本並べられていた。細いガラスの中、銀色の砂粒がゆっくりとうねりながら落ちたり上ったりを繰り返している。

 綺麗な飾り物にも、何かの装置にも見えるそれに目を奪われていると母レミリアスが娘を席に座るよう促した。

「アルベラ、こちらへ」

「はい。失礼いたします。お世話になります。アルベラ・ディオールです」

 アルベラが母の隣へ行き頭を下げると、旅を共にする二人の騎士は速やかに立ち上がり、軽装の鎧をカチャリと鳴らし敬礼した。

「始めまして、アルベラ様。微力ながら力にならせて頂きます。ジヴァジ・タイガーと申します」

「始めまして。アレック・ガイアンと申します。ご期待に沿えられるよう尽力いたします」

「い、いえ……。タイガー様、ガイアン様、ほどほどによろしくお願いいたします」

 どちらも二十代後半から三十代半ばあたりに見える。

 タイガーと言う騎士は名前の通り、アルベラの前世で言う虎を連想させるような見た目をしていた。黄色と黒の髪に、金と茶色の瞳。褐色の肌。目元はいかめしいが、口元にはゆるりとした笑みが浮かべられておりフレンドリーな印象を受けた。どこかチャラそうでもあるが、多分顔つきだけだ。

 ガイアンと言う騎士は童顔で「優男」「人がよさそう」と言う言葉が思い浮かぶような雰囲気の男だ。空色の髪に青い瞳。緩やかな笑みを浮かべる彼もまた、祖父が訓練のために送って来たとは思えないような印象の人物だった。

(まあ、見た目はね……)

 こんなに普通に社交的そうな人達を送ってこられると逆に警戒してしまう。ある時になって急に豹変するようなタイプではなかろうか、とアルベラは用心深く彼等を観察した。

「タイガー様は魔法を、ガイアン様は魔術を専門にご指導くださるそうです。どちらも体術はもちろんの事、剣の腕もお父様(ブルガリー伯爵)のお墨付きです。お二人とも、普段は隊を率いる立場の方々なので、この機会に沢山吸収させていただきなさい」

 アルベラは口に運んでいた紅茶を拭き出しそうになって堪えた。

(お爺様、孫の旅行に隊長を二人も寄越したっていうの……)

 アルベラは「驚き」や「ありがた迷惑」な気持ちを隠し、母そっくりの緩やかな笑みを浮かべる。

「それは頼もしいですね。道中が楽しみです」

 本心と社交辞令を半々に、アルベラは「この人達がどうか見た目の印象通りの人達でありますように」と……縋る神もいないのであの賢者様の少年バージョンを頭に思い浮かべで祈った。



 ***



 翌日の昼過ぎ、公爵邸に冒険者達が訪れた。

 公爵は彼らのため、今日のパーティー会場である大広間の近くに、彼等専用の一室を準備していた。

 冒険者達はそこに通されると、更に男女別の部屋に通されそれぞれの準備を進められた。

 使用人達の手により、マッサージ付きでドレスの着付けや化粧、ヘアセットが施されていく。

 全てが終わると、冒険者パーティーの一人、年頃の女性であるビオは戻ってきた控えの部屋、鏡の前に立っていた。

 彼女はほくほく顔で自分の姿を見つめている。

「いいじゃんビオ。似合ってるよ。どっかのお嬢様として売り飛ばせそうだ。なんなら私が良い値で」

「アンナ!!」

 冗談を言うアンナの手を、ビオがガシリと握りしめる。いつもならリーダーのおふざけ言動を嗜める事の多い彼女だが、今は瞳を輝かせていた。

「この仕事、持ってきてくれて有難う。流石リーダー。大好きよ」

 きらきらと眩い視線を向けられ、アンナは「ハハッ」と笑う。

「だろだろ~。感謝してこれからもバンバン働いてくれよ~。私のために身を粉にしろー!」

 ビオはキラキラとご機嫌な空気を纏ったまま「うんそれは嫌」と返す。



 ***



(今思えば……ちょっとした訓練なら毎日授業でもエリーとでもやってたんだよな、自分で望んで……。なのにこの人達との訓練となると身構えてたって……やっぱりお爺様へのイメージのせいとしか思えない。小さい頃の強制された記憶、私結構根に持ってたんだな……)

 冒険者達が準備を終えた頃、アルベラもパーティーの支度を済ませ、彼等の顔を見に彼らが控える部屋へと向かっていた。

 後ろにはタイガーとガイアンも一緒だ。

 今日の午前中、早速彼等が「実力の程を拝見しておきたい」と願い出たのだ。

(警戒してたけど、今日は本当に私の実力みたいだけみたいだったし。水をどれだけ集められるかとか、形の維持とか、その強度とか、追いかけっこしながらの的当てみたいのとか……)

 使用したのは敷地内にある彼女用の訓練場だ。

 アルベラ用―――それも今では「元」の話だ。

 その訓練場は初等と中等教育の際、護身術や魔法や魔術の授業用にとラーゼンがあつらえられたもので、子供一人の使用に構えられたというのに、日本の一般的な小学校の校庭程度の広さが確保されていた。

 その広さは魔法の暴発を視野に入れての広さなのかとアルベラは思っていたが、もしかしたら元から自分が使わなくなってからの事を考慮して居たのかもしれない……。と、入学間近の頃、兵士や騎士に解放する旨を母から聞いて思い当たった。

(私が学園に行ってすぐ、実際に使用を自由にしたらしいけど。騎士や兵士の人達、随分綺麗に使ってくれてるのね。もっと柵とか地面とか荒れてるかと思いきや)



 ちなみに、公爵邸の敷地の警備員は半分以上が当番制で通いだ。その上、邸に配属したとしてもその入れ替えは激しい。

 ストーレムの町に配属された騎士や兵士達を交換制で屋敷で働かせ、気に入った者がいるとラーゼンやレミリアスが屋敷の専属として声をかけているらしい。

 ここ数年で、たまに見かけていた固定の顔が半分ほど入れ替わっていた。

 きっと何かしらの粗相があったのだろう。

 父はともかく母の人を見る目は良い方だとアルベラは感じていた。その上でも入れ替わりがあるという事は、やはりディオール家を目の敵にして弱み等のあらさがしに人を送り込む数がそれなりにあるという事か。

 警備の顔ぶれについては、学園に行く以前にも父と話す機会があった。その時の話だと、公爵になりたての頃よりは最近は随分落ち着いてきたという話だった。



(随分落ち着いたって、前はどれだけ酷かったのか……)

 アルベラがそんなことを思い出していると、後ろからタイムリーな話題が投げかけられる。

「こちらも、随分落ち着いてきたとネロイ様から伺い安心いたしました」

 声の主はガイアンだ。

「ネロイの叔父様?」

 急に出た母の兄の名に、アルベラは左後ろを振り返った。

「はい。騎士の処刑騒動や、『見せしめ』のお話です」

 ―――何の話だ。

 お嬢様の目が丸くなるのを見て、ガイアンは「はっ」としタイガーを見る。タイガーは頬を掻き、少し悩んだ末苦笑した。

「いいんじゃないか?」

「けど、先に公爵か夫人に確認するべきでは?」

「悪い話じゃないし、ご令嬢も十分理解できる歳だろ」

 タイガーは何も問題ないと肩をすくめるも、ガイアンは続きを渋った。

「理解しますから、続きをお願いしても?」

 アルベラが二人の顔をじっと見ると、ガイアンがやってしまったと言わんばかりに息をついて、タイガーが代りに答える。

「一時期、公爵邸に『処刑ラッシュ』『見せしめラッシュ』があったんですよ」

「お父様が沢山処刑して沢山何かを見せしめにしたと?」

「ええ。公爵に毒を盛ろうとした騎士を処刑したり、他の主へ内通していた使用人を、目的や主を吐かせるために拷問したり。『見せしめ』はその拷問ですね。痛めつけて苦しむ捕虜を、他の疑わしい使用人に当番制で面倒を見させたんです。お前らもこうなるぞ、と」

 「といっても、『処刑』も見せしめの一つには変わりないですけど」どタイガーは軽やかに言って笑う。

「悪い事した人を罰するのは仕方ないですよね。大丈夫です。そういうお話なら聞いても父や母を軽蔑したりなんていたしませんわ」

「ですよね。良かった良かった」とタイガーが頷く。

「とはいっても申し訳ありません。軽率でした……」とガイアンが生真面目な顔で謝罪した。

「いいえ。お気になさらず。……それで、お二人はその酷かった時期をご存じなんですか?」

 この問いにはガイアンが頷き説明をつづけた。

「レミリアス様がこちらにお嫁ぎになった際、ブルガリー様が半年騎士の小隊を一団公爵邸周りに滞在させたんです」

「まさか半年も野営を?」

「いいえ。お屋敷に数人、有力な者を泊まらせて頂き、残りは近くの宿を借りたんです」

 彼は緩く笑った。

「そ、そうでしたか」

「私は、その一団にいて町に泊まってました。まだまだ新米の下っ端でしたので、同じ新米同士が交換制で屋敷の警備を手伝って、当番じゃない時は町の警備を手伝ってました」

「ああ。私は来てないですよ」とアルベラの視線を受けてタイガーが手を振る。

「一団がいた半年の内に三十人近くの騎士や兵士、使用人たちが公爵の命を狙って逆に命を落としました。調べる必要もないものはその場で絶命させ、探る必要のある者は拷問にかけ。……ディオール公爵家を敵視する貴族が人を送り込んでも、公爵様やレミリアス様が些細な不審からも厳しく人員を切り捨ててきた事が功を成しましたね。送り込む側も諦めて大分へったみたいです」

「そんなにピリピリしていたんですか? ……お母様が嫁いでというと、お父様が『公爵』に陞爵しょうしゃくしてすぐですよね」

(そして私が生まれる少し前だよな。確か一年半かそこら……)

「はい、『念願の陞爵とご結婚』ですね」

 ガイアンは微笑ましそうに笑い、その後に「屋敷の空気は使用人達がおびえてましたね。あらぬ疑いで自分たちが処分されるのでは、と。そのせいで公爵様が手元に置いておきたかった無害な人材が逃げて行ってしまうという事もあったみたいです」と付け足す。

 だがアルベラは、そのつけ足された言葉よりも「念願の陞爵とご結婚」のほうが引っかかった。

 我が父は愛娘にやましい事を隠す傾向がある。それが必要で行った事であっても、自分が人を殺めた、陥れたという話は娘の耳に入れたくないらしい。この二人からは父が自分にひた隠すそう言った話が聞けそうだ、と。

 アルベラは足は止めず、満面の笑みを二人の騎士へ向けた。

「その『念願の陞爵とご結婚』のお話もお聞きしてよろしいでしょうか?」

 タイガーもガイアンもぽかんとする。

(ん?)

 アルベラは二人の反応に首を傾げた。

「え、あの……」

 困惑混じりのお嬢様の視線に、ガイアンは口元を抑えながら「す、すみません」と返した。

 タイガーも堪えるように口に手を当てている。こちらは分かりやすく笑いが零れていた。

「まさか、お嬢様がこの話を知らなかったとは……思っていませんでしたので」

「『念願の陞爵とご結婚』ですか?」

「はい。お嬢様は、公爵様がなぜ公爵になったかはご存じですか?」

「……はい。国が抱えていた問題を興味本位で首を突っ込んで解決してしまったり、陛下から下された無茶ぶりを幾つか解決した褒美……でしたよね?」



 父がある日、王に謁見を願ったのだ。約一七年前の父は、王の前にひざまずいてこう切り出したらしい。

『以前、陛下は褒美の話をなさっていました。私はその際、欲しいものが決まってからお知らせさせて頂きたいとお願いしたのですが、覚えていらっしゃいますか?』

 王は「当然だ」と答え、ラーゼンへ褒美が決まったのだなと返した。そして彼は答える。期待に満ちた目を王へ向けこう言った。

 ―――私を公爵にしていただきたくお願い申し上げます。



 この話は父本人から聞いた話だ。

 関係者たちは、ラーゼンが褒美に地位を望んだとしても一つ上の中伯か、大分出しゃばって大伯か、と予想していたらしい。その場に居合わせた者達の中には「公爵とは図々しい」「ここまでの世間知らずだったとは」と批判の声も上がったそうだ。だが王はその願いを受け入れたのだ。王族の血筋とは一切関係ない、赤の他人の出過ぎた願いを。

 その時の話も小さい頃に聞いた事のあったアルベラは、記憶を漁って王が何と答えたのだったか思い出そうとした。

(確かあんま良い答えじゃなくて『何で』って思った気が……)

 アルベラの意識と思考がそちらへ移り始めていた時、「いいえ」というタイガーの言葉が耳に入り彼女を現実へ引き戻す。

 「いいえ、それは方法です」と彼は言った。

「方法?」

 アルベラはタイガーを見上げる。

「はい。私がお聞きしたのは『どうやって公爵になったのか』ではなく『なぜ公爵になったのか』です」

「はい……?」

 タイガーはにっこりと笑い、さあ聞けと言わんばかりに正解を口にした。

「アルベラ様。貴女のお父様は、レミリアス様を妻へ迎えるために公爵になったのですよ。ブルガリー様が、ラーゼン様からの求婚を断りたいがために『少なくとも私以上の爵位のある者でないと娘はやれん』と言いましたので」



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