221、 初の前期休暇 2(チンピラとプレゼント)
「ん? どうした嬢ちゃん。随分ご機嫌だな」
いつもよりも晴れ晴れとしたアルベラの笑顔に、コーニオは嬉しそうに表情を崩した。
アルベラは言われて自身の顔に手を当てる。「そうかしら?」と首を傾げた。
「帰ってきて気が抜けてるのかも。ここのところ貴族の人間関係の面倒臭さを思う存分味わい続けてたのもあって」
「なんだそら。贅沢な悩み自慢か?」
コーニオの後ろからテッソが声をあげた。
ネズミ使いのギエロも一緒だ。相変わらずローブに身を包んでいる。いつもフードを被っているが、彼に関しては顔を隠すことが目的ではなく、単にその装いが落ち着くらしい。
年齢も体格もファッションも異なる彼らをアルベラは見上げる。この三人は共に行動する事が多かった。
(始めの頃はファミリーでグループでも決められてるのかとも思ったけど……意外と単純に仲が良いだけなんだよな)
「ちっせえぞテッソ。そんなだから女に相手にされねーんだ」
ギエロの低く静かな言葉が胸に刺さり、テッソは「うぐっ」と言って頭を低くした。
そんな彼らをしり目にコーニオはニコニコとほほ笑みながら、アルベラにちょいちょいと手を振る。
「ところで嬢ちゃん、ティーチの奴に聞いたぞ。誕生日だってな。ほれ、これは俺らからだ。おめっとさん!」
差し出された薄い箱を受け取り、アルベラは目を丸くした。
「あり、がとう……。まさかプレゼントを準備して頂けてるなんて思ってもなかった」
「何言ってんだよ、今までだってあげてやったことあったろ」とテッソが唇を尖らせる。
「そうね。素敵なセンスのイヤリングやネックレスをありがとう」
毒のあるお嬢様の笑顔に、「俺のセンスそんなにわりーか!?」と彼はショックを受けたような声をあげた。
「まあまあ。今回のは装飾品じゃねーから安心して受け取れって。機会があれば使えると思うぞ?」
コーニオの人のいい笑顔。
(この人のセンスも大概なんだよな……)
拷問器具じゃないだろうな、とアルベラは警戒しつつ、近くにテーブルに箱を置いて開いてみた。
エリーとガルカの視線も箱へとそそがれた。
何の装飾もないシンプルな木箱の上蓋を持ち上げると、カタリと下蓋がテーブルの上に残る。
そこに収められたものを見て、アルベラはぽつりと呟いた。
「―――絵本?」
固く光沢のある真っ白な表紙。絵もタイトルも書かれてないが、薄さやサイズ感からアルベラは何となくそう思った。
「ああ、絵本だ」
コーニオがにんまりと頷く。
「中、見ていいのかしら?」
「止めとけ」
そう言ったのはギエロだ。
「いいや。嬢ちゃんも見るべきだ」
と言ったのはテッソだ。
アルベラは目を据わらせ二人を見上げると、「じゃあ止めとくわ」と絵本は手に取るも中は見ない事にした。
「なんでだよ!」
テッソが声を荒げる。
「ギエロさんの言葉の方が信用できるもの」
絵本を見回しながらアルベラは素っ気なく返した。
「精進するんだな」とギエロは感情の薄い声でそう言い、後輩であるテッソの背中をどんと押した。
コーニオは彼らのやり取りにくつくつと笑い、絵本を観察するアルベラの様子を見る。
「エリーは? 見たい?」
「んー。それが何か分かりましたら考えます」
「なぜ俺には聞かない」
「あんたは危ないから」
手渡せばいたずらに人に無理やり見せかねないと、アルベラはガルカを警戒していた。
「なんだ? 俺がガキみたいな悪戯をするとでも思うか?」
アルベラから「ええ」という返答に、ガルカは考えるように顎に手を当てながら「ほう」と呟きそのやり取りは終わった。
「それで、これは何なの?」
「魔術具さ」
コーニオはにこやかに説明する。
「行っちまえばこれも拷問の一つかもな。本を読んだ相手を精神的にじわじわと追い詰める」
「ごうもん……」
ですよね、と拷問狂の男を見てアルベラは目を細めた。
「なんだい?」
「いいえ。それで」
「それがな……」
ヒヒっと笑い、コーニオはテッソへ顔を向けた。
説明を任せられたと汲み、テッソがうんざりともげっそりともとれる顔で絵本の説明を請け負う。
「女に付きまとわれんのさ」
(女……まさか……)
彼の様子にアルベラは前世で言う「呪いのビデオ」を連想した。
「始めは視界の端にいんだよ。髪の長い、白いワンピースの女が……。それが日に日に近づいてきて………………う、うううう……」
テッソは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
呆れてギエロがその続きを伝える。
「ラスト三日は幻に追っかけ回されたんだと。最後は殺される幻見て終わりだ。……初めは『俺に追っかけのファンがいるっぽい』とか言って喜んでたんだぜ、こいつ。全く情けねぇ」
ギエロはフードの上から頭を掻く。
「確かにそれは……精神的拷問」
アルベラはこんな物が世にある事や、よもや制作者がいる事や、テッソの経験談等諸々へ呆れた。
コーニオはカラカラと笑う。
「まあニセモノ掴まされたわけじゃねぇってのを確認出来て良かったよな。効果はこの通り。―――貴族の学校ってのは足の取り合いで大変なんだろ? 気に入らない奴いたらそいつの鞄にそれを潜ませといてやれ。そいつが読んだら本は勝手に嬢ちゃんの所に戻ってくるらしい。便利だろ!」
「それ私もちょっと怖くない?」
コーニオはぐっと親指を立てた。
そしてギエロの口から、アルベラにとって何とも心外とも思える言葉が放たれた。
「手を汚さず他人を苦しめられるこれなら嬢ちゃんにもってこいだろ。コーニオのやつぁ、目の前で相手が派手に苦しむ姿を見ねぇと快感得られねぇタイプだが、嬢ちゃんはむしろじわじわと人が苦しんでいく過程があった方が良いタイプだもんな」
「……ん?」
(……ん?)
アルベラは耳を疑い、口で疑問を出した後、一拍おいて全く同じ言葉を頭の中でも繰り返していた。
―――そんなタイプ知らん。
そんな言葉が口をついて出そうになったが、アルベラは彼の姿を視界に捉えたまま真面目に考え始める。
(誰しも……もの凄く気に食わないやつが現れた際は、そういうタイプに変じなくもない)
テッソを見るに、絵本は本当にただ怖がらせるだけのアイテムのようだ。
ならば自分は、きっと学園生活で嫌な事があった際に喜んでこれを誰かに使用するだろう。
だとするとここで最も伝えたい言葉は……
思考の後、アルベラはコーニオとギエロへ親指を立てて返した。
「……―――ありがとうコーニオさん、ギエロさん。とっても便利ね、大切にするわ」
「おい俺は!?」とテッソが声をあげた。それを無視し、もう一言。
「あとやっぱり一つ言っておくけど、私は別に嫌がらせが趣味とかじゃないからそこの所お願いいたしますわね」
ギエロは小さく「そうか」と呟く。顎の無精ひげを撫でつけるその顔は全く納得している気配がない。本人が言っているのだから頷いておいてやろうという様子だ。
「なーに言ってんだい嬢ちゃん、得意魔法とその使い方が性格を物語ってるだろ」
コーニオはケラケラと笑い、アルベラの肩をばんばんと叩いた。
(お嬢様……。今すぐに霧に毒でも混ぜて店内にぶちまけてやろうかって顔ね。ああ、可愛い)
エリーが表情を崩すその肩。担がれていたニーニャは目を覚ましていた。
前後の記憶が曖昧になっている彼女は、行きに使用したこの店の事を忘れており「あ……あのぉ……どこですかぁ、ここぉ……」と戸惑っていた。
他にも居合わせたファミリーの者達が気さくにアルベラに声をかけた。
「おう、嬢ちゃんじゃねーか」「親父に会いに来てたのか」「誕生日だってなおめでとさん」「ほら、祝いの一杯だ」と顔と名前は一致しないが見知った者達の他に、ファミリーでも何でもない、行きがかりの他の客からも祝いの言葉や手持ちからちょっとしたプレゼントを貰ったりした。
アルベラは殆ど礼を言っているだけだったが、その手元には絵本以外にも多種多様な物騒な道具が集まっていた。
(誰だ手榴弾なんて持ち歩いてるの)
その中ひと際分かりやすい危険物にアルベラは目を据わらせた。
手元に集まった貢物を呆れて眺めつつ、押し付けられた祝いの一杯を口にしつつ。アルベラは一先ずまた顔を合わせる事は確実だろうコーニオとギエロを見る。
「お二人は何か欲しいものはある?」
お二人と言う言葉にテッソが「本当なんでだよ!!」とアルベラの視界の端で嘆いていた。
「お返しか? 嬢ちゃんも律儀だね。毎年ありがとよ。―――けど、ここを見ろ。そんな面倒な事をしなくたってもっと簡単で手っ取り早い礼の仕方があんだろ」
親指でカウンターを示すコーニオ。アルベラは「なるほど」と頷いた。
「エリー」
「はい」
「支払いの方をお願い」
「はい。ではいっそう賑やかになるでしょうし、お嬢様は先に出ているのがいいかと」
「分かった。じゃあ皆さん、お祝い有難う。またね」
「おう、またな!」
エリーがカウンターへ向かい離れてしまったので、縋るかのようにニーニャはアルベラの腕にしがみついた。
そんな彼女に、「じゃあこれ持って」とアルベラはプレゼントの品々を抱えさせる。
それらの品に、ニーニャは「ヒッ」と顔を青くした。
「ようやく移動か」
酒場の中に飽き始めていたガルカ面倒臭そうに店の外へ向かうアルベラとニーニャの後に続く。
アルベラが外に出て数秒後。
―――うぅぉおおおおおおおおお!!!
―――ミクレーの嬢ちゃんにカンパーイ!!
―――ごちそうさまっす、姐さん!!!
荒れた木肌の扉の向こうから男たちの歓声が聞こえて来た。あまりの勢いに、アルベラは周囲の物がびりびりと振動したような気がした。
「ひゃぁ……?!」とニーニャが怯えた声をあげる。
(中に居なくてよかった)
アルベラが呆然と扉を見つめていると、ガルカが「律儀な物だな」とぼやいた。
「でしょう?」
ひとり言のような彼の言葉をギリギリ拾い上げたアルベラは素っ気なく返す。
「……ふん。分かってるぞ。貴様はただ保身のために清算したいだけだ。中身の年季はあるくせにそういう所はガキ臭くて臆病か」
ニーニャがガルカの言葉の意味が分からず首を傾げる。
「返せる時だけ返してるだけでしょ。私だって仕方ない時は有難く貰い逃げするし、見返り期待せずに人に贈り物だってするわよ」
「そうか。あまり見ないと思うがな」
「そりゃあんたがそういうタイミングでふらふらしてるから……」
とアルベラはガルカから店に視線を戻した時。
後ろからどかりと肩に腕を置かれ、アルベラは重みに前のめりになりつつ言葉を切った。
「俺は見返りは求める質だ」
「……そう」
不機嫌そうに目元を陰らすお嬢様とそれを揶揄うような魔族。その横でニーニャが仲裁が必要だろうかと困ったように視線をさまよわせる。
「仕事をすれば報酬を求めるし、報酬を与えられれば相応の仕事はする。……だがな、今まで貴様らが支払たと思っていた報酬の価値が、俺にとって同じ価値とは思うなよ。足りない分はしっかり徴収させてもらう」
アルベラはじとりとガルカを見あげた。
ガルカはニヤリと笑む。
「今は足りてるんでしょうね」
「どうだろうな」
「命や血肉、現実実の無い魔力や人の寿命を越えるような時間以外の物にしてよ。あと急に取り立てないで事前に何取り立てるか知らせる事。人の尺度でそれがどれくらいの価値か、物品や金額で示す事。良い?」
「……」
「良い?」
「……」
ついと視線を逸らすガルカを半目で睨み上げ、アルべラは「おい」「こら」「返事しろ」と並べ立てる。
「お待たせしてすみません。中で少し捕まってしまって……」
軽やかな足取りで店から出て来たエリーだが、気に食わぬ魔族がお嬢様の肩に腕を回しているのをみて形相を一変させた。
「このケダモノォォォォ!」と、彼女はどすの効いた男声でガルカを払いのけた。
お嬢様を自身に引き寄せると、退いた魔族へとしっしと猫を追い払うように手を払った。
アルベラはエリーの加減された腕の中で彼女の体臭を感じつつ、じっとその美しい顔を……口元を見上げていた。
エリーの真っ赤な口紅が、「濃厚な何かの後」を思わせるかのようにヨレて伸びていたのだ。
先ほどの軽やかな足取りを合わせ、彼女の体から漂ってきたた他の誰かの動物性の香水の残り香合わせ、アルベラは一つの予想が的中しているであろうことを予感する。
「ケダモノ……」
アルベラは「ケッ」と吐き捨てる。
そしてエリーの腕を払いのけると、腹いせと言わんばかりにニーニャを引き寄せた。





