218、 前期最終日 1(三家の集い)
この茶会にもともと大した目的など無かった。
折角同じ学園に公爵家が三家入学したのだし、改めてゆっくり話す場を設けてみるのも良いのではとは思っただけだ。
だからこの茶会にはそこまでの重要はなく、止めても予定通り開催してもどちらでも良かった。
きっとあの二人も本当に嫌であれば、「不参加」を申し出たはずだ。
他の貴族達なら王族の顔を立てようと嘘でも「喜んで参加します」と言っていたかもしれない。だが、喜ばしい事にあの二人はそれを気にするタイプではない。
二人が「変わらず」と参加の意思を見せたのであれば、あちらもあちらで何かしら確認したい事があるのだろう。
なら自分は気にしすぎず、普通に彼らをもてなそうではないか。―――というのが、この茶会開催に当たってのラツィラスの考えだ。
時間になり、扉が叩かれ、招いた四人と護衛のジーンがラツィラスの部屋を訪れる。
ラツィラスが招いた四人とは、公爵家の三人、ルー、ウォーフ、アルベラと、アルベラの使用人のエリーだ。
(魔族の彼は来なかったか。残念……。ゆっくり話してみたかったんだけど)
とラツィラスは訪れた面目を見て心の内零す。
来客人たちは其々形式ばった挨拶を述べ、使用人たちに進められるがまま椅子に腰かけた。
席には名札代わりに髪と瞳の色と同じ色の花が一輪ずつ小さな花瓶に活けられ、家紋に描かれるメインの動物や植物を模した手のひらサイズの彫り物が置かれている。
そして領地持ちの貴族たちが揃った際は、自分達の領地のある方角の席に腰かけるというのがこの国の古いしきたりだ。
今回の場合はアルベラは東側の席、ウォーフは北側、ルーは南西側となる。
王や王妃、王子王女は方角関係なく部屋の奥に一番豪華な椅子が置かれそこが定位置だ。
「随分と本格的な準備したんだな、ラツ」とルー。
「形だけね。けど席は自由に移動してもらって構わないよ。ソファも使って貰って構わないしね」
「流石、よく分かってるじゃん」
二人の会話を聞きながら、アルベラは自分の席に置かれた「ナイトクロウ」(カラスの大型種)の木彫りを手に取って眺めていた。
着色された面積より地である木の面積の方が多く、カラスの形は大分デフォルメされていた。装飾的、民族的なテイストの彫り物だ。
(個性的だけど綺麗……面白いセンスね。お父様が好きそう)
香木を彫った物らしく、彫刻は金木犀に似た甘い香りがした。他の席の物は地の色味が違うので、きっとそれぞれ異なる木を使っているのだろう。
(こじゃれてるなぁ。ぱっと見で質がいいのも分かるし……)
自分が彫刻一つの出来や素材を見て「良い悪い」「好き嫌い」「古い新しい」「つまらない面白い」等の主観を抱けている事に、アルベラは身近に美術品が溢れている貴族の教養の賜物を実感する。
帰りにラツィラスに木の種類や作家を聞こう。そして今日のストーレムへの帰り際か、明日の街への散歩がてら香木を扱う店を覗いてみようか等とアルベラは考える。
(ああ……良い……。夏休み前って感じ。夏じゃないけど)
「さて、」
ラツィラスがテーブルの面々に向け声を上げる。
「皆、前期お疲れ様。同じ学園に公爵家が三人集まったって事で、改めて挨拶の場を設けてみたんだけど……まあ、あまり深く考えず寛いでってもらえると嬉しいかな。一年組の僕らにはもう必要ないだろうけど、ルーは三年で授業でもあまり関わる事もないし、よく知ってる人もいるだろうけど一先ず自己紹介をしていこうか」
そこでラツィラスから改めての自己紹介が行われ、茶会が正式に幕を開けた。
「なあ、嬢は何位だったんだ?」
「秘密」
「じゃあ偽騎士、お前何位だった?」
「誰が答えるか」
自己紹介が終わり、皆が思い思いの話をし始める。今は前期の成績についてだ。
「やっぱりいつもと変わらない感じになったか」とラツィラスは苦笑交じりにほほ笑んだ。
だが昨晩の事を考えれば、いつも通りであることはとてもいい事と取るべきか、と彼は胸のとっかかりが消えるのを感じた。
「そういうお前は何位だったんだ? ベルルッティ」と、ルーが尋ねる。
この面子に唯一混ざった事のないルーも、流石のコミュ力で普通に溶け込んでいた。
「俺か? まあ真ん中よりは上だったとだけ言っておく」
「ははは。範囲が広いな」
「あらあら、そういうルーちゃんは何位だったの?」
エリーがルーの頬を人差し指でつつく。
「俺は一位に決まってるだろ、エリーさん」
「まあ! 噂に聞いてたけど優秀ねぇ」
エリーは当然とルーの隣へ席を移動し腕を絡めていた。
(ルーのあの距離……普通に加齢臭の範囲のはずなのに……)
仲のいい二人の姿に、アルベラは感心と呆れ半々の視線をむける。
その視線に反応したルーが「なんだ、羨ましいのか?」と言いかけ、「のか?」に被せてアルベラが「はいはい。羨ましい羨ましい」と雑な返答を返した。
ラツィラスは彼等のやり取りにクスクスと笑う。
「王子さん、あんたはどうだった? 良い点数取れたか?」
「どうせ一位だよ。そいつ中等部もずっとそうだったし」
ジーンが飄々とラツィラスの成績をばらした。
アルベラは目を据わらせ、ウォーフは「まじかよ」と零した。
「了承なくばらすなんて酷いじゃない。じゃあ勝手ながら、僕は君たちの順位を当ててみようか」
(ぇ゛……)
とアルベラは心の中で嫌そうな声をあげた。
ウォーフは「正解なら正直にいってやるぜ!」と乗り気だ。
ラツィラスは顎に手をあて、それぞれの顔をじっと見る。
「ジーンは三十辺り。アルベラは二十。ウォーフは……」と言葉をきった。
ウォーフで視線を止めたまま、彼は「難しいね」と苦笑する。
「戦術の授業や魔法学については高得点なのが想像できるけど……基本科目か………………」
「おい王子さん……。今俺の事『馬鹿そう』とか考えたな?」
「ふふふ。そんな直球な言葉では思ってないよ」
「遠回しに考えたって事か? あんたが王族でなきゃど頭打ち抜いてやってるとこだぞ」
「ごめんごめん。じゃあ……いい目に見て四〇位って事で」
「ふーん。外れだな」
ウォーフは外れたなら答える義務はない、と体重を後ろにかけ椅子の前足を浮かせた。
ラツィラスの予想にジーンはくつりと笑う。
「俺のもはずれだ。お前の予想より良かった」
「わあ、おめでとう!」とラツィラスは手を叩いた。
「まじかよ……」とウォーフは悔しそうな声を漏らす。
(三十より上なら私より上だな。あの感じじゃ同率の二十九位ではなさそうだし……)
アルベラはただそっと視線を逸らした。
ラツィラスはそんな彼女の様子を見逃さず、目を細めて微笑む。
その視線は「君はどうだった?」と尋ねるもので、彼の予想の順位より下だったアルベラは、華やかな笑みを浮かべて「秘密です」と返した。
***
その後、話しは其々の休みについて移り―――
「ベルルッティは休みの間は領地に戻るのかい?」
「ああ。来週な」
「北の都には港があるよね。また行きたいな」
「中期休暇なら演習もある。王子さんも来てしごいてもらうか?」
「演習かぁ……」
ラツィラス言葉を濁らせる。それに反して、ジーンの瞳には興味の色がありありと浮かぶ。
「嬢は行くんだろ? 野外訓練の時、卿が張り切ってたぞ」
「……え、ええ……話には聞いてるけど、まだ考えてるわ……」
後期の学園祭についてへ移り―――
「学園祭ねぇ。俺は見る側に徹するかな」
「へぇ。デニングランダの公爵ご令息はあんまそういうのには興味がない口か」
「まあな。俺は体動かすより頭動かす方が好きなもので」
「ていうかルーは、単に頭動かすより体動かす方が嫌いなだけだよね」とラツィラスがくすくす笑った。
「おいおい、けど運動は嗜む程度には好きだぞ? ただ本格的に追い詰めてくのは楽しめない質なんだよ」
「ふーん。なるほどなぁ。―――おい、偽騎士はどうする? 参加は二つまでだったか。全部出るだろ?」
偽騎士と言う言葉にジーンはウォーフを睨みつける。
「……まだどれに出るかは決めていないけど二つ出る予定だ」
「闘技はでるんだろ?」
「当然」
「へぇ。叩き潰してやんよ」
「どっちが」
「あ、それ僕も出るよ。魔法のセーブしないから二人共覚悟してね」
「良いね。魔法を正面からぶつけ合ったら敵う気はしねーが……なんか方法はあんだろ。勝つ気で行かせてもらうぜ」
「去年の礼させてもらうからな」
王子様に二つの好戦的な目が集まる。その片方がアルベラにも向けられた。
「嬢も出んだろ?」
「一つはね」
(一年の競技大会でヒロインをコテンパンに打ち負かすって悪役業あるし……)
ルーやラツィラスの長期休暇の予定や、他にも幾つかの話題を挟み、話題は昨日のパーティーの事へ移っていた。
***
「そういえば、お二人は昨日はどのように過ごされたんですか?」
尋ねたのはアルベラだ。
「ああ、君たちがパーティーで楽しんでる間だね」
ラツィラスはことりとカップを置く。
「俺は訓練に行ってた。あと、久しぶりに街の見回り手伝ったり」とジーンは答える。
「相変わらずね」
「ああ。見回りは本当に久々だったけどな」
「見回りでは何もなかったの?」
「特に……ひったくりがあったくらいか。同僚がさっさと捕まえたけど」
「あら、お手柄ね」
「だな」
「僕はずっと学園内にいたよ。そういえば、偶然ユリ嬢と会ってね。一緒に散歩した。……彼女も、昨日は大変だったみたいだね」
「み、みたいですね……」
自分の服毒に巻き込まれた彼女を思い、アルベラは何とも言えない気持ちとなる。
(無事に生きててくれてるし、怪我も後遺症も残ってないみたいだし……終わりよければだよね……)
「ユリ……、ああ。あのオレンジ頭のちんちくりんか」とウォーフが零し、「おいおい。将来有望株だろ。アレは磨けば光るぞ」と当然とユリとも挨拶を済ませていたルーが口を挟む。
ジーンはと言うと、「ユリ嬢がどうしたんだ?」と何も知らない様子で尋ねた。
それにはラツィラスが答えた。
彼は他の三人に、彼女が毒を受けた事、お手洗いに魔獣と共に閉じ込められた事を話した。
ついでに、レッドモスと書かれた瓶からレドモスと言う魔獣が出てきたこともユリから聞いており、他の者からは女子トイレの壁がユリの魔法により一部抉れていた事を聞いていたラツィラスはその事も話していた。
「この学園もそう言うのは尽きないんだな。俺がこの間まで通ってた学園よりは穏やかなもんだと思ったが」とルーがぼやく。
ウォーフはユリの魔法の実力の方に興味を持った様子だ。
「へぇ。弱った状態で壁を抉ったか……確かに、そっちでなら磨けば光りそうだな」
その様を見て、アルベラは「流石ヒロイン。本人不在でヒーローの心を惹いてる」と僅かに目を細めた。
アルベラはまたラツィラスへ疑問を投げかける。
「で、彼女と何を話されたんですか?」
「聖女様についてね。ちょっと話を」
「へぇ、ユリが聖女様の話を……」
(そういえばあの子、もう聖女様とは会ってるのかしら……。聖女様ね……。確かユリがなるのは清めの聖女だっけ。……清め……清めね………………。シャイ・グラーネ様以外の聖女様と直接お話しした事ないんだよな。清めの聖女様の教会は西側で遠かったし、癒しの聖女様はそもそも人前にあまり出ないらしいし……)
ラツィラスはユリに対してか聖女に対してか、興味を持ち何か思想している様子のアルベラに、純粋無垢な赤い目を向け首を傾げた。
「ユリ嬢、君とは旧友なんだってね。良ければそのうち、彼女も誘った食事の席でも準備しようか?」
「……」
それが善意なのか。好奇心からのお節介なのか。
とりあえず断ろうと口を開きかけたアルベラはハッとする。
彼女は言葉に迷ったのちに「ありがとうございます。殿下の寛大なお気遣いに深く感謝したします」と馬鹿に丁寧な言葉を返した。
(念のためノーとは言わないでおこう……。激痛回避……)
そんな彼女の意を汲んでラツィラスは言葉を訂正すした。
「……あ、これは命令じゃないよ。君の希望を聞こうか」
「ありがとうございます。ですが今のところそう言ったお心づかいは必要ありませんので」
「そっか。了解」
くすりとラツィラスは笑う。
(らしくない顔……。やり辛い……)
その笑みはいつもより弱弱しく見え、アルベラは迷いながら付け足す。
「……大げさに予防線を引いただけです。気にしないでください」
気を使って出たであろうその言葉はどこか気恥ずかしそうで、それを隠すために言い方はややツンとしていた。
絵にかいたようなツンデレ具合に、ラツィラスは「ぷっ」と吹き出した。
事を見て聞いていたエリーは、周囲に「ぞくぞく……」という効果音が見えてきそうな表情で気持ち悪く笑んでいた。
(こいつら、人の良心を……。言い方に問題があったのは認めるけど……)
アルベラはテーブルの下拳を握る。
この茶会、誰がどんなに悲しそうな顔をしていようが、もう何も気を使ってやるものか、と彼女は心に決めた。
***
茶会は大きな問題が起こることなく、平和的に終わった。
客人達の帰り際、そういえばとラツィラスは思い出してアルベラへ尋ねた。
「アルベラ、君の誕生日だけど。僕の参加について君からは何か希望があるかい?」
その問いが「参加を取り消そうか」とう意味だと察し、アルベラは息をついた。
「いらっしゃると伺ってますし、ご予定通りいらっしゃればいいじゃないですか。勿論殿下の気分次第ですが」
アルベラは当然と返す。何も心配していない様子だ。
「それに、殿下が私に拒否や否定をさせたくなるような言葉をお控えになればいいだけですもの。何も問題は無いですよね?」
彼女の要求交じみた言葉に、ラツィラスは「ああ……」と零し、嬉しそうに笑う。
「そうだね。善処するよ」
「『善処』って言葉、お前が言うと信用感に欠けるよな」と横でジーンがぼやく。
「確かに」とアルベラが同調すると、王子様の笑みは一変して圧を含むものとなった。
「君も僕に言葉を託すだけの姿勢を見せておいた方が良いよね?」
「……失礼致しました」
「うんうん。お互い気を付けよう」
客人達が去った部屋、ラツィラスはジーンと自室のソファーに腰かけて寛いでいた。
部屋では茶会の片づけと、休みの間部屋を留守にするため、その準備が行われていた。
「ルーとウォーフはこの機会を作っておいて良かったかもね。彼等、ゆっくり話した事なさそうだったし」
「だな。サールード様はともかく、ベルルッティはあの人が挨拶しに来てくれてた事全く記憶に置いてなかったみたいだし。てか本当ならあいつから挨拶しに行かないと駄目だろ。一度も挨拶しに行ってなかったとか、聞いて呆れた……」
「そうだねぇ。ルーはそう言うの気にしないから、相手が彼で良かったよ」
「あいつ、きっと相手を選んで流してるぞ。面倒な相手だったら男でも仕方なく挨拶しに行ってるって」
「確かに……ベルルッティご令息の社交界での悪評って聞いた事ないもんね。なるほど、あり得るなぁ」
茶会を終えて気が楽になったのか、先ほどまでより随分とご機嫌なクスクス笑いをラツィラスは上げる。
ラツィラスから見て、ウォーフとルーの相性は悪くなさそうだった。だがいかんせん双方女性を優先しがちだ。
家柄もあり彼等のそんな姿勢に文句をいう者はいない。貴族男性の当然の嗜みと取る者も少なく無いので、爵位もあいまって彼等のそう言った人間関係上でのスタイルは許されていた。
(今日見てた感じだと二人共、今日以降はまた用が無ければあんま関わらないんだろうな。学年違うし、お互い男だし)
容易く想像できてしまい、ラツィラスはクスリと笑みを溢す。
一方、アルベラは一番歴史の浅い公爵家であるにも関わらず、ルーからもウォーフからも挨拶を済まされている始末だ。
「本当、二人共現金で素直だよね」
「……ん? まあ、そうだな。サールード様の方が常識あるけど」
「うん。ルーは君を『偽騎士』って呼ばないもの」
「ああ。本当にな」
ジーンはその単語に不快そうに眉を寄せた。
良くも悪くも、二人がアルベラに自分から挨拶をしに行ったのはアルベラが女性であったためだ。
きっと彼女が男性であったらな、五年前にルーから声をかけれてはいなかっただろうし、優秀な軍人や騎士でない限り入学早々ウォーフから挨拶を受けることも無かっただろう。
彼女が男性で会ったならと想像する。
(それはそれで……今とは違う形で仲良くなっていただろうな……)
ラツィラスは「ディオール家のご令息」をジーンと共に遠慮なくやんちゃに引っ張り出す自分が容易く想像できくすりと笑った。
それはそれで悪くなかったのかもと惜しい気持ちになる。
春の夕暮れの広がる窓の外を眺め、ラツィラスは口元に小さく困ったような笑みを浮かべた。
(婚約者候補か……。事を急かされてるみたいで本当に面倒だ……)





