211、 皆の誕生日 15(友と一息)
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第四王子様とその護衛と別れ、アルベラはひどく疲弊していた。
(殺されるかと思った……)
その際の死因は「褒めちぎり」だ。そして殺人犯はガーロンである。
彼女はこくりと水を飲み、踊り終えた事に深く安堵した。ちなみにこの水はブレスレットで安全を確認済みだ。
(ちゃんと癖付けていかないと)
「そういえば……」とアルベラは一緒に休憩しているスカートンへ目を向ける。
「スカートン、ルーディン様との踊り、随分落ち着いていたわね」
「え?」
彼女は首を傾げ、恥ずかしそうに笑んだ。
「すっごい緊張したよ。いきなり声かけられて、ベイリラン様と突然踊る事になって……、あの瞬間が一番びっくりしたかも」
「そうね。いきなりだったし……けど、ルーディン様。ラツィラス殿下とそっくりだからてっきり―――」
「―――アルベラ」
食い気味に名を呼ばれ、アルベラはスカートンの瞳に黒々とした光が宿り始めている事に気付く。
「ルーディン様はラツィラス様じゃないじゃない。……でしょ?」
「……」
スカートンの声は相変わらず柔らかい。微笑みも浮かべていた。しかし目だけが異様に暗かった。
「ね?」と首を傾げる彼女。
アルベラの背に悪寒が走る。
「ハイ……」
(確かに……『外見しか見てない』って言ったようなもんだもんな……)
「……ごめ……なさい」
「いいえ。分かってくれたならいいの。確かにお二人とも、見た目はそっくりですものね」
そうはいうも、彼女の中には絶対的な違いがあるようで「それはそれ、これはこれだけど」といった空気があった。
スカートンの暗い圧に震え、アルベラは自分の失言を反省した。
空いた椅子に座り、少しの間アルベラはスカートンと共にダンスホールを眺める。
知った顔というのは目に入りやすい。
同級の友人たちが踊っているのを見つけては他のペアへと視線を移し、としているとどんな偶然か、二年生のご令嬢クラリス・エイプリルと目があった。
彼女が踊っている相手はルーディンだ。
水の精と謳われるご令嬢に柔らかく微笑まれ、アルベラも笑顔を返す。
そしてその奥に、どこかのご令息と踊りながら虎視眈々と第四王子様を狙ってるかのようなラヴィを見つける。
(相変わらず……)
アルベラは目を据わらせるが、とても分かりやすいあのお嬢様の性分は嫌いではない。
彼女もどんな偶然か目が合あったので、アルベラは笑顔とセットで手を振るった。多分「ふん!」とでも言ったのだろう。ラビィは分かりやすい動作で顔をそらした。
そうやって友と踊りを眺めながら一息つくと、「そうだ」とアルベラは立ち上がる。
「エリーと話あるんだった。スカートン、少し離れるわね」
「うん。行ってらっしゃい」
スカートンの見送りを受け、アルベラは会場の端へと寄ってエリーの名を呼んだ。
「これお願い。八郎に送っといて」
アルベラはエリーへハンカチの包みを渡す。
中には小瓶が包まれている。
先ほどエリーと青年が話している間に、アルベラがアイスベリー擬きを数個移し入れたものだ。
透明な粒が三つと、共に入れられていた飲み物を少々。
「はい」
エリーは包みを受け取ると、中身を察してそれをそのままポケットに入れた。
自分宛ではないので、一先ず母ではなく八郎に送っていいだろう、とアルベラは判断した。
(一応王子様にもお願いはしたし……)
と、彼女はダンスの際の第四王子様の言葉を場思いだす。
『………分かった。何か分かったらアルベラ嬢の方にも詳細を連絡するね』
(本当に報告が届けば儲けものね。お父様やお母様に伝えるならその報告が届いてからでも良いか。どうせ報せが届いたとして実家宛だし)
そしてアルベラは、あの王子様と他にこんな話をした。
―――ラツィラス殿下の事は、どうお思い何ですか?
非礼を承知で失礼いたします、という前置きをして彼女はそれを尋ねたのだ。
『ラツィラスかい?』
『はい。今日ご挨拶して分かったのですが……スチュート様はラツィラス殿下とはあまり仲良くしたくないご様子だったので』
(あと、仲いいって言ってたらしいし。それに付いてはどういう考えなのかしら)
ルーディンは嫋やかにほほ笑む彼女を見下ろす。
少し考えるように『そうだね……』と呟き、どう答えるか決めると苦笑を浮かべる。
『僕はラツの事嫌いじゃないよ。可愛い弟だと思ってる。同い年だけど』
『そう、なんですね……』
『僕は、僕達兄弟はもっとうまくやっていけると思うんだ。だから、その架け橋になれればと思うんだけど……』
(聖人か……)
そっくりな第五王子様よりも優しさや善意を全面に押し出した彼の言葉や雰囲気に、アルベラはどこかやりずらさを感じてしまう。
『それについては、君はラツからは何か聞いてないのかい?』
『……ラツィラス殿下は、ご家族についてのお話はあまり触れてほしくないようですので』
不仲を聞いておきながら、アルベラは知らないふりを突き通す。
『そっか……僕は………………、僕は結構彼の事好きなんだけどな……』
微笑む彼の茶色の瞳は寂し気だった。
(『だけどな』か。『なのになんで嫌われてるんだろう』って所か……)
彼の表情を思い出し、「あれは本心か演技か」と自分が何より先にそんな事を考えている事に気づく。
アルベラは苦笑する。
(はは……。私が警戒する事じゃないよな……。………………本当、人間不信が板について。『彼ら』を気にするのは私の仕事じゃないない)
それよりも今は目先の事だ。
アルベラは青年から聞いた言葉を思い出し、エリーへ「ダコツって知ってる?」と尋ねた。
手を振っていたエリーはアルベラ顔を向けなおす。
「確か寄生虫だったと思うんですけど……そのお話は後にしておきましょうか」
「なんで?」
「あちら」
エリーが手のひらで示す。
アルベラが後方へ目を向けると、スカートンの元にこちらへ向けひらひらと手を振る青年の姿があった。
(ルー……と、婚約者様)
エリーが手を振っていたのは彼等だったらしい。
自分が席を外していたほんの少しの間に、サリーナとウォーフも合流していた。
「そうね」とアルベラは頷き、この話はパーティーが終わってからと切り上げる。
スカートンの元に戻ったアルベラは、スチュートに代わって彼の婚約者シンイェを案内している事をルーから説明された。
ルーの紹介を受け改めて、他国のお姫様シンイェは挨拶をする。彼女はアルベラ達と軽い会話をし、他の者達への挨拶へとルーと共に去っていった。
(血と呼び出しの件。ルーに少し聞いてみたかったけど、婚約者様がいるんじゃやめておいた方がいいか)
名残惜しく思いながらアルベラは二人を見送る。
その後ろではウォーフとサリーナが「やっぱいいよなぁ」「ベルルッティ様、彼女は不味いですって……」と言うやり取りをしていた。





