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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (前編)
209/407

209、 皆の誕生日 13(毒と追い打ち)

 とある生徒が不審なグラスを受け取ったのを偶然目撃した事。

 そのグラスを回収し、配っていた人物を自身の使用人に追わせ捕らえた事。

 アルベラはそれらをルーディンに説明した。

 その間、ガーロンが数人の騎士を連れてきて、青年を騎士に引き渡す。 

 来る途中に廊下に散らかっていたグラスや中身も回収し、飲み物が何だったのか、目的は何だったのか等これから本格的に調べるそうだ。



「アルベラ嬢。そちらのグラス、鑑定のために頂いてもよろしいでしょうか?」

 ダンスに誘うかのように恭しく尋ねる王子様に、アルベラは「ええ、どうぞ」とグラスを差し出した。

 彼は受け取ったグラスをそのまま騎士に渡して持って行かせる。

「ちなみに君は、あれは一口も?」

「はい。証拠品として確保していただけですので。けど手にしてるとつい無意識に口にしてしまいそうで、ひやひやしていたんです」

 冗談っぽく笑うアルベラに、ルーディンもクスクスと笑って返す。

「気持ちは分かるよ。そっか、何も無くてよかった」

 騎士達に「ここはもういいよ」と告げると、ルーディンは優しい面差しをアルベラへ向けた。

「それで、飲み物とは別で気分の方は大丈夫? 疲れているようなら部屋まで送らせてもらうよ」

「全く問題ありませんわ。お気遣い感謝いたします」

 「どうぞ、ご無理はなさらず」とガーロンも心底心配そうだ。

(と、言っても……)

 スチュートに会の終わりで呼ぶから帰るなと言われていたのだが。

(この二人は知らないのか?)

 とアルベラは二人を見る。

「お二人とのダンスもまだなのに帰れませんわ。殿下に処理して頂いた事ですし、この件について私の心残りはありません。会場に戻ります」

(なんて優しい人だ……!)

 アルベラの言葉にガーロンは胸を打った。

 ルーディンは「そっか、じゃあ……」と呟くと、いかにも「王子様」な動作で手を差し出し、完璧なタイミングでアルベラの目を見て微笑む。

「ではお嬢様、私共が会場までご案内させて頂きます」

「ありがとうございます」

 アルベラがその手を取ると、彼は茶色の眼を優し気に細めて笑んだ。

 この一連の動作に、アルベラはただただ「血か……」と呆れの一言を心の呟く。



 お互いにまだ打ち解け切れていない距離感で、世間話をしながらアルベラとルーディンは薄暗い廊下を歩いた。

 途中グラスが散らかっていた場所で、その始末をしてい学園の使用人とすれ違い挨拶をする。

 そのまま、エリーやガーロンも会話に交えながら、お嬢様と王子様は真っすぐに会場へと戻った。



 ***



 廊下の暗さが目に残っていたアルベラは、会場内の眩さについ目の上に手を翳していた。

 隣でくすくすと笑い声が上がる。

「目が慣れきっていないところ失礼。アルベラ嬢、一曲よろしいでしょうか?」

「あら。勿論ですわ」

 アルベラが手を取ると、ルーディンは自身の護衛へ向け「ではガーロンは、そちらのご令嬢と……」と目で示す。

(……?)

 アルベラがルーディンの視線を追い振り向くと、声をかけようとして来たのか、偶然居合わせただけかのスカートンがいた。

 彼女はその場にちょこんと立ちすくみ、何が何だかと言う顔をしている。

 ガーロンは主の言葉に頷き、スカートンの前に跪いた。

「スカートン・グラーネ様ですね。突然申し訳ございません。私と一曲踊っていただけませんでしょうか?」

「は、はい……。私でよろしければ……」

 良く分からないが、誘われた以上踊ればいいのだろう。

(分かったわ)

 スカートンは苦笑する友人へ向け、任せてと示すようにこくりと頷いた。



 ダンスの輪の中に加わり、アルベラはぽつぽつとルーディンと話をした。

 先ほどの不審な飲み物の件についてや、スチュートと挨拶をした時の件……そして、腹違いの弟をどう思っているのか……。

 ダンスの切り上げの事を考慮しどれも浅い話となってしまったが、幾つか聞いておきたい事や頼んでおきたい事があったアルベラにとって、軽くでもそれらを話せたのはいい収穫だった。

 踊り終わって互いに礼を言いあう。

「結局、前期はゆっくり話す機会が作れなかったね。休み中か休み明けか、都合が合う時に是非また」

「ありがとうございます。その際は喜んでお受けさせて頂きます」

「あ、あとアルベラ嬢の誕生会、楽しみにしてるね」

 ルーディンは朗らかに笑い、アルベラは深く頭を下げた。

「さて」

 ルーディンは嬉しそうに微笑み、自分の従者へ顔を向けた。

 その瞳には、慣れ親しんだ者への揶揄いの色が込められる。

 ルーディンはガーロンに笑いかけると、彼から視線を逸らしスカートンのもとに行く。

「スカートン嬢、よろしければ私と踊っていただけますか?」

「はい。光栄ですわ」

 スカートンは柔らかく微笑んで返す。

(……ん?)

 友人の落ち着きようにアルベラは少々驚いた。

 アルベラは興味深そうに、王子様のエスコートを受けるスカートンを見つめる。

「アルベラ様」

「はい」

 この呼びかけは予想していた。

 アルベラは自然な笑みを浮かべガーロンへ顔を向ける。

「私と……一曲よろしいでしょうか?」

 顔を赤らめ緊張した面持ちで手を差し出す青年。

「喜んで」

 アルベラは「緊張がうつりそう……」という気持ちを隠し、落ち着いた足取りでエスコートを受ける。



「アルベラ様……今晩はいつもにも増して、とてもお美しいです」

「ありがとうございます。化粧を施してくれた使用人やドレスを仕上げた職人たちのお陰ですわ」

「ええ。その方々の腕もとてもいいのでしょうね。……ですが、きっとあなたを飾り立てた者やドレスを作った者が誰だったとしても、その魅力は変わらなかっただろうと……断言できます」

(ワァ……直球ダァ……)

 ニコニコと笑むアルベラを、ガーロンの熱のこもった眼差しが見下ろす。

 暫し無言で見つめ合って踊っていたが、彼はふと笑みをこぼした。その口元から、聞こえるか聞こえないか呟きが漏れる。

「私は今、とても幸せです」

 「大げさですわね」と言うような笑みを返すアルベラのその内心……。

(…………ぐ……ぅ……。……だめだ………………なんか恥ずかしくなってきた……。そ、そうだ。何を恥ずかしがる必要があるの……私が美しいのはとっくの昔から知ってるじゃない……。うん。落ち着け。当たり前の事を言われたってなにも感じない。美しい。私は美しい。うつく、し……)

 顔をあげれば、目が合ったガーロンが嬉しげに微笑む。

(う、ウツク…………………………もう! だから何……!!!)

 アルベラの精神は大いにかき乱された。



 ***



 荒い呼吸。

 吐いた息が喉に引っかかり「ゼエゼエ」と音を立てていた。

(一体何が……)

 会場外のトイレ。

 ユリは苦し気に胸に手を当て、トイレの水面台にもたれかかるようにして立っていた。

 なんとなく友人に心配されたくなくて、この姿を誰かに見られたくなくて、会場から少し離れたトイレを訪れたのだ。

 もしもの時に人に気づいて貰えない。救出が遅れる。それらのリスクよりも、弱った姿を人に見られたくないという気持ちが優先してしまった。

 だが本人はそれで良かったと思ってる。

 安心してはしたなく苦しむことが出きるから……。

 その入り口が一度細く開かれ、誰も入ってくることもなくすぐに閉じられたのだが、彼女が気づくことはない。

 ユリの視界の外、トイレの片隅。蓋の外された小さな瓶がコロコロと転がり、壁に当たって動きを止めた。



 ―――ゼェ……ゼェ……

 ユリは苦しさから吹き出る汗をぬぐう事もなく、洗面台に両手を付き体を支える事に専念する。

 ―――おかしい。

 初めての症状に彼女は困惑していた。

 喉が酷く熱く体が重かった。

 指先が痺れ眩暈もする。

 このまま目を閉じたら簡単に昏睡できてしまいそうな怠さだ。

 今まで人並みに風邪をひいた事はあるが、今の症状はそれとはまるで違う。

 体の奥の方から鈍痛が染み出るような、何とも言えない不快さがあった。

(これ、何だろう……クラクラする……。まさか毒……?)

 体のほてりを感じた時は、アルコールが回ったのだろうと思った。

 そんなに量は飲んでもいなかったので、今日は回りやすい体調だったのかな、等とその時は呑気に思っていたが。アルコールを控えてから自分が口にしたものと言えば水とジュースが一杯ずつだ。

 最後に口にしたアルコールは、アルベラと交換したあのグラス……。

 そして、体のほてりを感じ始めたのもあのグラスを口にして以降だった。

 食べ物を口にしたのも、あれを飲む前。同じものを口にした友人たちは何ともなさそうだった。

 ユリは嫌な想像によわよわしく首を振った。

(そんな……アルベラが……。違う、そんな筈ない……違う………………違う…………)

 水道水で口をすすぎ、ユリは喉に指を入れてみた。

 何かの薬物により、既に症状が出てしまっているのだとしたら。この行動にはあまり意味がないかもしれない。

 けどもしかしたら多少は楽になるかも、という希望の元。彼女は胃に入れた物を吐き出そうと喉を突く。

「……っか、がは……!」

 吐き気とは別の、喉の奥から何かがせりあがってくる感覚。

 ユリは驚いて咳き込んだ。

 彼女は見下していた洗面台は真っ赤に染まる。その赤は勢い良く出したままの水に押し流されていった。 

 一瞬目にしたその色にユリ呆然とする。

「何……」

 口の中に広がる塩気と鉄臭さ。

 ユリは鏡を見た。

 口元にはべったりと血がついていた。

「な、に……。なんで……………ちが、よね……………ちがう…………」

 彼女じゃない。だって、彼女が自分にこんな事をする理由が見つからないから。

 違う。絶対違う。とユリは自分に言い聞かせる。

 しかし、一つの妄言が頭にこびりついて離れなかった。



 ―――私は友人から毒を盛られたのだろうか。



(ちがう……そんなはず……)

 視界がジワリと涙で滲む。

 ユリはその場にしゃがみ込みたくなった。

(だめ……。ドレスが汚れちゃう……)

 「こんな時に何を気にしてあるのか」と、口許が笑みの形を失敗したように情けなく崩れる。

 ―――ぐるるるる……

(……?!)

 背後から獣の唸り声が聞こえた気がした。



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