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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (前編)
205/407

205、 皆の誕生日 9(第三王子の誕生日)



「兄さん、準備でき……うわぁ。これ全部目通し直してたの?」

 兄の部屋を訪れたルーディンは目を瞬く。

 時間だというのにまだ身支度をしてない私服のスチュート。困った表情を浮かべようなら主人の怒りをかいかえないので無表情を貫き、壁際で待機する執事と使用人たち。

 テーブルの上には入学当初にルーディンも目を通した、生徒や教員についての情報が記載されたプリントが散らかっていた。

 入学前にルーディンも見たものだ。

「は? 全部しっかり目ぇ通してるわけねぇだろ」

 スチュートは口端を吊り上げ、他を挑発する笑みを浮かべる。

 だがそんな表情も見慣れた弟のルーディンにはただの「笑顔」の一つでしかない。

 「そっか」と苦笑を浮かべ、ルーディンは室内を見渡した。

 テーブルの上だけでなく、紙は床の上にも散らかっていた。

 「はっ、つっまんねー奴」「うっわ。使いよーもねぇ」等と言いながらそれらの紙を放り投げる我が兄の姿が、ルーディンには容易に想像できた。

 それらの紙を真っ白な肌の銀髪の従者が物音も経てずに広い上げ纏め直していた。長い髪の合間から尖った耳が覗く。首には赤い刺青。

「先行けよ。そろそろ準備する」

「今からって……もう十分遅いんだけどなぁ……」

 ルーディンは苦笑し、「じゃあ、先行って待ってるからね」と扉を押す。

 ルーディンは退室の際、「しっしっ」と片手を振ったスチュートが、今しがた見ていた紙を放しテーブルの上に落とすのを見た。

 そこにはオレンジ髪の特待生の写真が貼られていた。



 部屋から出てきた主へ、廊下で待っていた護衛のガーロンは静かな声で尋ねる。

「先に行ってよろしいのですか?」

「うん。僕がくっつきすぎて機嫌悪くなっちゃたらどうしようもないしね。ロウさんも居たし、ズエディダもいたから彼らに任せよう」

 ロウはスチュートの専属執事の事だ。ズエディダは、あの真っ白な従者……罪人として奴隷となった「落ち人」のエルフの事である。

「そうですか」

 疑う必要もない主の言葉にガーロンはただ頷いた。



 ***


 

 会場は学園の本館。

 行事などでも使用されるパーティーホールにて行われた。 

 まだ来ていない第三王子はともかく、第四王子との挨拶は会場に来てすぐに済ませ、アルベラはスカートンとキリエと話していた。

 スタッフからグラスを受け取ると、彼女はチラリと自分の手首を見る。

 そこに嵌められたのは二つのブレスレット。

 一つは何の変哲もないただの装飾品。極めてシンプルな細い銀の輪。

 もう一つは先の物と反するように装飾的で、バラバラの種類の鉱物がぶら下げられている。

 アルベラはその装飾的なブレスレットの方を見て「よしよし」と心の中で頷く。

 これはラツィラスやジーンと学食で服毒について話した日から、王都内の魔術具の工房にアルベラが注文して作らせた物だ。ぶら下げられた鉱物は其々が何かしらの成分に反応して色を変える。石が変わったことはブレスレットが熱を持って持ち主に知らせ、反応した成分を見て毒物の種類を絞るのだ。

 反応を見るには、鉱物を毒と思わしき物に触れさせないといけない。わざわざ何かを飲んだり食べたりするたびにブレスレットにそれらをつけていては不自然極まりないし、飲食に対して警戒しているのが一目瞭然だ。

 だがアルベラには霧がある。

 飲み物や食べ物の成分を霧に混ぜブレスレットを覆うくらいの魔法であれば大した「灯り」も起きない。

 「警戒してませんし、全然平気ですし、そんな心配自分には微塵も必要なありませんし」という姿を保ちたがる、強がりな「貴族」という生き物的に、このアイテムと魔法はうってつけの対策法に思えた。

(反応があれば小瓶に実物採取して後で調べればいいしね。……うんうん。今のところ全く問題なし)

「ごきげんよう。ディオール様。私***の―――」

「ご挨拶ありがとうございます、***様」

 挨拶に来る他の生徒とも軽い会話をしながら、アルベラは会場の様子に気を向ける。



「流石ニコーラ。慣れてる!」

「本当のお嬢様みた~い」

「ねえねえ、それどうやって歩いてるの? 本当に同じ素材? ドレスの下何か隠してない? あ、もしかして靴が違うとか?」

 ドレスを身にまとうも、どこか動きがぎこちなくなってしまうユリ、リド、ヒフマスがニコーラを囲んで声を上げる。

「お前等、今のそれシルケ先生に見られたら『はしたないですわよ』食らうぞ。言葉遣いだけでも気を付けろ」

 ゴルゴンの呆れた声に彼女らは「はーい」「はいですわ」「はいですわよ」と軽い返事を返す。

 優美さの欠片も感じられない彼女らに、「アウトだろ」とナナーがカラカラ笑った。

 特待生達は皆同じ時間から着替え、事前に教員の軽いレクチャーを受けていたため、会場には共に訪れていた。

 一人は中等部から仲のいい友人がおり、そちらへ合流し他の生徒達への紹介を受けているようだ。

 ミーヴァは挨拶をしに来た他生徒に愛想もない定型文を返している。

 どことなく周囲に男子生徒が着ては様子を見て諦めて去っていくのは、ニコーラに声をかけたいが無理だと判断し諦めている図なのだろう。

 ニコーラは今日、特待生の同級や先輩意外とは一切踊る気はないので、出来るだけ仲間たちの中心の方に紛れつつ、目には見えない拒絶のオーラを発していた。

「失礼」

 一人、男子生徒がニコーラの発する空気を無視して踏み込む。

 彼の姿に、リドとヒフマスが「げっ」と小さな声を上げた。

 銀と淡い青の縦縞長髪。それを低い位置でまとめた二年生。先月辺りまでニコーラに付きまとっていたフィブル・スタッフィングだ。

 ミーヴァは警戒してニコーラと彼との間に立つ。

 ユリとリド、ヒフマスも警戒の色を濃くするが、ヒフマスについてはご令息にいつ飛びかかるか分からないと、テンウィルが彼女の両肩に手を置いて抑えていた。

「ちょっとテンウィル! 離してよぅ!」

「だーめ。ついでにもう一歩下がろうね」

「もう! なんでよぅ! ドレスは絶対汚さないって約束するから!」

「何する前提の言い訳……?」

 というやり取りが小声で繰り広げられる。

 ゴルゴンとナナーは正面から堂々貴族とぶつかりたくないので、ヒフマスを抑制する側に加担する。彼女の姿を自分達の背にそっと隠した。

「ごきげんよう、スタッフィング様。本日もお麗しい。わたくし共に何か御用でしょうか?」

 ミーヴァの敵意が宿った瞳にスタッフィングは「ふん」と鼻を鳴らした。

「おや、アート・フォルゴート様のお孫様。ご存じ頂けているとは嬉しい限りです。どうぞ今後もお見知りおきを。では……」

 彼は緩く笑むとミーヴァの横を通り過ぎようとする。

「先輩、どんなご用かお聞きしたのですが。お答えいただけないのでしょうか?」

「イチル・ニコーラに会いに来たんだ。だから他の者は下がってくれないか。ほら、邪魔だ。ちんちくりん共」

 「ちんちく……?!」と、ニコーラの前に立っていたユリとリドが肩を揺らす。

(今日それなりに頑張ってきたのに!)

(結構に合ってると思ったんだけど?!)

 ユリとりドはそれなりのダメージを受けてぐたりと肩を落とした。

 そんな彼女らの姿を後ろから認め、ニコーラは「大丈夫よ。二人共凄い素敵よ。似合ってるから!」と励ましの声をかけた。

 そして、彼が自分に用があるというのなら、友人達を巻き込んではいけないと彼女は胸に手を当てる。

(もし何かあった時、皆も退学とかになったら……)

 そんな事はあってはならない、と彼女は前に出る。

「スタッフィング様、お久しぶりです」

 自分を真っすぐに見上げるニコーラの瞳に、自分の姿が映ったのを見てスタッフィングの胸は高鳴った。

 彼女が自分を見ている。それがただ嬉しい。

 嬉しくて、自分が凄いのだと思って欲しくて、彼は更に高慢な態度をとる。

「ふん。高貴なるスタッフィング家嫡男のこの私が、平民の貴様らに直々に挨拶しに来たのだ。有難く思え」

 ニコーラの瞳の温度が下がるが、スタッフィングがそれに気づくことは無い。

「あの、それで先輩はニコーラに何の御用で……?」

 ずん……と落ち込んだ表情のまま、リドが暗い声で尋ねる。

「あの、ダンスでしたら……ニコーラは今足を痛めているので、今日は高貴な方との踊りは失礼に当たるとご遠慮をしていますよ」

 そう告げるユリの声もまだ悲し気だ。

「……なに。そうだったか、足を。何故怪我した」

 スタッフィングの声のトーンが暫し低くなる。

 ニコーラは「踊りの練習でマメが出来てしまっただけです」と社交辞令の笑みを浮かべた。

 スタッフィングは顎に手を当て、「うむ。そうだったか」と呟く。

「だが、今日は別に踊りに誘いに来たのではない。これを」

「え?」

 彼は胸元から封筒を取り出す。

 ニコーラはそれを見て表情をこわばらせた。一体中にどんな恐ろしい事が書かれているのだろう、と考える。

「この会が終わってからでもいい。目を通してくれないか」

「先輩。それは何かの通告書で?」

 スタッフィングの後ろからミーヴァが尋ねる。

「無粋な男だ。通告書でも何でもない。ただの手紙だ」

「手紙……って、あの、どちらからの?」

 とニコーラが尋ねる。

「むろん私だ。……なぜ他の者の手紙を私が渡さねばならん」

 彼は「やれやれ」と額に片手を当てて首を振った。

 人を馬鹿にするようなその仕草はニーヴァが嫌うもので、彼は先輩のうしろイライラした表情を浮かべていた。

「あの……何かの招待状でしょうか?」

 ユリが尋ねる。

「ふん。ちんちくりん三号……イチルの友人という事で大目に見て答えてやろう」

(さ、三号……?!)

 「って事は一号か二号は私か?!」とリドがまた肩を揺らす。

(多分一号はこいつだな……)

 とナナーやゴルゴンが自分達の背後の人物を意識した。

 その本人、ヒフマスも察知したのか「あの野郎私をちんちくりん一号って名付けてやがる!」と手足をばたつかせる。

 テンウィルが「ヒフマス、お願いだから今はおさえてぇ」と半泣きで訴えかけた。

 彼らの荒れた心情など知るはずもなく、スタッフィングの目にはニコーラしか映っていない。

「何の招待状でもない。いいか、警告や通達でもない。変哲も何も無いただの手紙だ。分かったらさっさとこれを受け取り、そして後で有難く思いながら目を通せ。あとこれもやろう……ハチスケ」

「はい、坊ちゃん」

 名を呼ばれ、さっと現れた従者はスタッフィングに小さな軟膏入れを渡した。

 彼はずいっと、ニコーラへ手紙と共にそれを押し付ける。

「では私も忙しいのでな。これで失礼する。フォルゴート殿も失礼。今度お爺様の研究のお話でも聞かせて頂けたら嬉しいものです」

「ええ。機会がありましたら」

(誰が話すか)

 去っていくスタッフィングの背を見送り、ニコーラは自身の手に視線を落とした。

「あのストーカー野郎め! んで、何貰ったん?」

 解放されたヒフマスがニコーラの手元を覗き込む。

「薬……みたい」

「え? もしかして足怪我したって言ったから?」

「あれ、嘘なのにね」とテンウィルも覗き込む。

「貸せよ。危ないもん入ってないか調べてくる」

 ニーヴァが手を伸ばしたのでニコーラは「ありがとう」と彼に薬を手渡した。

「調べるってどうやって?」

 尋ねたのはずっと端に寄っていたトシオだ。ナナーとゴルゴンも同じような視線を向ける。

「魔術でそういうのがある。暗記してないし、ちょっと自室行って調べてくる。多分そんな時間かからないはずだ」

 寮と本館の距離はそう遠くない。普通に歩いても十分程度だが、移動に適した魔法や魔術が使えるなら二~五分でも行ける。

(上から行けば早いな)

 ニーヴァは風を使って空から行こうと考えながら歩き出そうとした。

 だがその場を立ち去るより先に、彼はちんちくりんと言われ肩を落としているユリの姿を見て足を止める。

「ユ、ユリ! 全然、ちんちくりんなんかじゃないからな!」

「ミーヴァ?」

「えっと、……言うの遅いかもだけど、ドレス凄い似合ってる……。だから、あんな奴の言葉真に受けるな。その………………今日のユリ、本当にとっても綺麗だ」

 ユリは目を丸くし、その表情が少しずつ和らいでいく。

 彼女は友人の言葉を気遣いと思い、その優しさを噛み締めた。

 笑顔を通り越して、ユリの瞳は涙で潤む。

「ミーヴァぁ……ありがとう。私、今日ちゃんと頑張る。皆に迷惑かけないようしっかりやるから。ありがと ねぇ……」

「う、うん。けどそんなに頑張らなくても、ユリはそのままでもちゃんとしてる。大丈夫だ」

 顔を真っ赤にしながらそう告げるミーヴァの左右。

「ねえ、私は?」

「私も私も」

 リドとヒフマスがツンツンと彼をつついたり、服の端を引っ張ったりしていたがミーヴァの視界には彼女らが入る隙は無かった。

 代わりに他の特待生達が「はいはい、似合ってるよ」「似合ってる似合ってる」「馬子にも衣装だよなー」っと慰めた。

 ニコーラは手元に残った封筒を不安げに見つめる。

 淡い色が数色、マーブル状に混ざり合った柔らかい印象の封筒。

(うーん……。見るの怖いなぁ)

 彼女は今は忘れよう、とドレスの装飾に紛れて備え付けられたポケットの中にその封筒をしまった。



 ミーヴァとトシオが共に寮へと戻った後、彼等が戻らない間に第三王子が会場に現れた。

 「今日は心置きなく、このパーティーを楽しんでくれ」という王子様の挨拶に始まり、会場内に流れていた音楽は華やかな物へと変わり、舞踏会の幕が開けた。



 *** 



「お前、何かあいつに似てんだよな……気に入らねぇ」

 主役が座する会場奥に設けられた壇上。

 お城でみる王座にも似たような構えのそこで、アルベラとウォーフは第三王子の従者に呼ばれて二人並んで挨拶の場を設けられていた。

 先に挨拶をしたウォーフは膝をついたまま顔を上げており、次とされたアルベラは膝をつき首を垂れていた。

 今スチュートに「あいつに似てる」と言われ、ねめつけられているのはアルベラだ。

「大体、前々からあいつと絡んでるって時点で信用も見る目もないっつうなぁ……。どうせあの見た目に惹かれて尾を振ってんだろ。元準伯の浅ましい考えが透けて見えるな」

 アルベラは口を弧にしたまま首を垂れる。

(あれぇー? 遜る間もなく罵られてるんだけどどういう事ぉ?)

 アルベラの心に僅かに怒りの炎が灯り、それが敵意や戦意となったのか、隣でウォーフが極々小さく「ぷっ」と吹き出した。

「ディオール、顔上げていいぞ。お前の祝いのご挨拶聞いてやる」

 アルベラはこのままではいかん、と息をつき心を落ち着かせる。

 自分に暗示をかけるように、頭の中で幾つかの言葉を呟いた。

(私はこの王子様の全てを凄いと思ってる。平民を卑下する価値観も、処刑好きという噂も、全てに共感して感銘を受けている。素晴らしい。この王子様は王族として理想的……素晴らしい、素晴らしい……)

 瞳に尊敬の念を込め、アルベラは顔を上げた。

「ご挨拶の御許可を頂き、心から御礼申し上げます。スチュート様、こうしてご挨拶できた事とても光栄に思っておりますわ。十八歳のお誕生日おめでとうございます」

 憧れの方にようやく会えた、という気持ちを込めてアルベラは挨拶を述べた。

 その心には一切の嫌悪も敵意もない。目の前の王子様を尊敬し、彼にお目にかかるのを待ち焦がれていた恋するご令嬢……的な物にアルベラはなり切る。

 スチュートは彼女の様子に「ふーん」と返し、脚を組みかえる。

「やっぱ気に入らねぇ」

(なんでよ!!)

「……なーんかなぁ、嘘くせーっつうか。てかその顔、とことんあいつっぽいんだよなぁ……」

 ぶわりと放たれたアルベラの苛立ちの空気。ウォーフは隣で必死に笑いを堪える。



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