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20、王子様の誕生日 4(口封じ)◆

挿絵(By みてみん)



 幼いヒーロー様は、さも王子様な恰好をして輝いていいた。

 「王子様」と検索すれば出てくるような、名前も知らない西洋の歴史に見るあの晴れ着を着て居る。

 この国の旗から模したものなのだろう、白地に紺と鮮やかな赤のアクセントと金のラインが入っており、その色合いは王子様の金髪と赤い瞳にとてもマッチしていた。肩には長さの揃った紐が綺麗に並べられた、同じく名前は知らないが見た事のある肩当て。

(何着ても似合うな……。わぁ……相変わらずいい笑顔……ん?)

 アルベラが眩しそうに眺めていると、王子様の後ろにグレー地に控えめな金の装飾が施された晴れ着姿のジーンが控えていた。

 腰にはあの晩の剣とは異なる晴れの日用の装飾剣がぶら下げられている。

 彼はなぜか、やたらと不機嫌そうな表情をしていた。

(どうした? なんで不機嫌)

 湧きあがる拍手に、アルベラも皿を一旦おいて皆に倣う。王子様が軽い挨拶を言い終えお辞儀をするところを見届けると皿をまた手に取り、食事を選ぶ作業へと戻った。

(はいはい。二人ともかわいいかわいい、と)

 実際この会場に居る十歳前後の子供達は皆アルベラから見たら可愛かった。

 幼い顔で頑張って背伸びをしている子達を見ると心が和んだし、男の子もまだまだ幼い顔つきなのでドレスでも着せた日にはそれはそれで絵になる事だろう。等と思った。

 だが皆が皆可愛いと言い切れないのも事実だ。

 幼さゆえの残酷さか、ところどころから無自覚の悪意で人を笑ったり陥れたりするようなやり取りも聞こえてくる。

 子供からだけではない。大人たちの間からもそんなやり取りが聞こえてくるのだからそちらについては可愛い云々以前の問題だ。

(これが貴族……社交界……)

 アルベラは複雑な心境を抱えながら皿の上に乗せたオードブルを口に運んだ。



 近くの子供達がそわそわしながら王子様の元へ駆けていくのが目に入る。

(私もしなきゃだよな)

 そう思うも人の多さに足を止め、アルベラは念のため母の顔色を伺う。母も挨拶は急がずとも良いと考えてるのか、アルベラの視線に気づくと笑みを浮かべ優雅に手を振り返した。

 母と一緒にお茶をしていたご婦人もにこやかに手を振ってくれたので、アルベラは慌ててお辞儀で返す。くすくすと笑い「可愛らしいですね」というやり取りが聞こえてきて純粋に少し恥ずかしくなった。

 エリーはというと母の更に向こう側で窓際に控えていた。他にも主に仕えているのであろうそれぞれの屋敷から遣わされてきた者たちがエリー同様、主人に呼ばれない間、邪魔にならない端の方に控えていた。

(あのオカマ……立っているだけなのにやけに目立つな……)

 エリーは先ほどから、使用人の男性からだけでなく隙を見ては貴族の男性からも声をかけられていた。

(エリーにドレスを着せて一緒に参加させた日には凄いだろうな)

 アルベラはドレスを纏い人目を一身に集めるエリーを面白可笑しく想像しながら王子様に視線を戻す。

 彼に今挨拶しているのは五つ位年上のご令嬢だった。

(自分より年上があんなに恭しく……。昼のお茶会でこの人気ぶりだと夜の舞踏会はもっと大変そうね)

 アルベラは目の前の光景を人ごとに眺め一口サイズのエビの揚げ物を頬張る。

 公爵の令嬢であるアルベラの元にも挨拶する令息や令嬢はやって来た。アルベラはそんな彼等と無難な挨拶を交わしては分かれ、数口ほどの軽食を挟み、又挨拶を交わし、軽食を挟み……とし時間を過ごす。

 何度めかの挨拶を済ませたアルベラは「そろそろデザートでも」と、楽しみにしていた色とりどりの華やかなケーキ群に目を向ける。

「――ん?」

 いつの間に王子を取り囲むあの輪から逃れたのか。アルベラが目を向けた先にはオードブルへ手を伸ばす騎士見習い様の姿があった。

 ジーンはアルベラと目が合うと「あ、」と零し動きを止めた。

 渋々と腕を下すと、アルベラの方へ体を向け、まるで誰かにやらされているかのように少し大袈裟な動きでお辞儀をした。

 操り人形の糸でも辿るような気分で、アルベラはジーンが気にする視線の先を見る。するとそこには「良くやったね!」とでも言いたげな満面の笑みの王子様。

(オ、オウ……)

 アルベラも皿を置きお辞儀を返した。

「ジーン様も大変ね……。お付きの相手が王子様なんて」

「まあな……」

 王子様の視線が逸れるのを確認しているジーンの姿はやけに息苦しそうだ。疲れても見えるで少々気の毒に思えた。

 同情的な目で見ていると、ふいに赤と金の真っ直ぐな瞳が自分へ向けられたのでアルベラはどきりとする。

(相手は同い年だっていうのに……王子もこの子も子供の癖にやけに目力があるんだよな……)

「あんたさ」

「はい」

「本当にあの後街に行ったんだな。どうだった?」

「――っ!?」

「誕生日の次の日、あんたが人攫いにあったってそっちの街の警備兵の間ではちょっとした噂になってたらしいけど」

(まさか早速その話題が来るとは)

 母の元へこちらの会話が聞こえてないか、アルベラはさっと視線を動かし確認する。

(大丈夫そうね。あっちの会話も聞こえてこないし)

 アルベラは声を潜め語尾を力強く伝える。

「じ、ジーン様……その話はここでは……」

「『様』はいい」

「そ、そう。……じゃあジーン、私人攫いになんてあってませんから。使用人と楽しく街を散歩して、何もなくちゃんと帰ってきましてよ。その……ちょっとはしゃぎすぎて帰りが遅くなったのを怒られたくらいで」

「……そうか。あれあんたじゃなかったんだな。確かにファーストネームだけでファミリーネームについては流れてなかったもんな」

(ん? なんか少し残念そう? 騎士に迷惑かけるような事はするな、問題をおこすな、みたいなこと言ってなかったっけ?)

 とりあえず、早く話題を変えたかった。

 アルベラはこのタイミングで離れれば逃げたように思われるかと思い、軽く別の話に移ってから逃げようと考える。

「ジーンはこういう所慣れてて? 王子の護衛ならお茶会もパーティーも良くあるでしょうし」

「お茶会もパーティーもあいつの付き添いで行くことはあったけど、客人として参加したことはない。だからこういうのは初めてだ……」

 むすりとそう言った彼にアルベラはもしやと思う。

「もしかして、参加したくなかった?」

「当たり前だろ。……マナーとかルールとか……あいつ無理やり参加させやがって……」

 ジーンはぶつぶつと王子様に怒りをぶつける。

(王子様の護衛で今までよくお茶会を避けてきたな……まあ、そこの方針は家にもよるみたいだし。私もそんなに他の貴族と関わってきた口じゃないもんな)

「そういうあんたはどうなんだ、ディオール嬢。あんまり緊張してなさそうだな」

「あ? ええ、まぁ……。思ってたよりもフランクな空気だったの で――」

 アルベラは言葉を切る。

 人目を引きながら、こちらににこやかにやってくる人物がが目に入ったのだ。


「ジーン、ずるいよ。また一人で勝手に逃げるんだもの」


 やって来たのはジーンをこの場へと引きずりだした張本人――ラツィラス王子だ。

(だめだ……。この王子様がいるとつい身構えちゃう。何なのこの子、何でこんなにキラキラしてるの……!)

 眩い日差しから目を守る様に両腕を翳してしまう。

 そんなアルベラへラツィラスとジーンが不思議そうな目を向けていた。

「アルベラ嬢?」

 アルベラは急いで体裁を整える。

「ラツィラス王子、この度はお誕生日おめでとうございます」

 彼女が深々とお辞儀をすると、王子様も慣れたように右手を胸に当て右足を後ろに引く。歳に不似合いな美しい所作だ。

「ありがとうございます、アルベラ嬢。半年ぶりですね」

 彼は微笑む。

 人の心を強制的に解いてしまう微笑みにアルベラはやはりやり辛さを感じた。

「はい、お久しぶりです……。しかもこんな素敵な会で改めて……」

「……? アルベラ嬢、もしかして体調が悪いんですか?」

「い、いえ。王子を前にして緊張しているだけです。お気になさらず」

「僕のせいで緊張?」

 正しくは「警戒」だが、アルベラは「ええ、はい」と言ってほほ笑む。

 だがその微笑みは失敗していた。誰からどう見ても苦々しく引きつっていたのだ。

 王子様はくすくす笑う。

「じゃあ慣れてもらわないとですね。同い年ですし、学園では同級生になるでしょうから」

「そうですね。それまでには頑張って慣れておきます」

 そして貴方方とは敵対するのです。

 とまるで預言者のような言い方で頭のなか呟く。

「舞踏会もありますし、どうか固くならずに楽しんでいって下さい。――そういえばあの夜、窓から屋敷を抜け出したそうですね。しかも次の日人攫いに合われたとか」

(――ん?)

 アルベラは瞬間的にジーンへ目をやる。ジーンは滑らかな動きで視線を逸らした。

(王子様にチクったな……)

 「おいこら! なんで言った! 秘密にするって約束したのになんで言った!!」という怒りを込めジーンを見据えるが、ジーンは無表情にオードブルを口に運ぶ。

 それでも睨みつけてくるアルベラに、ジーンは仕方なしと向き直る。

「悪いな。これも仕事なんだ」

(こんの薄情者……!)

「王子」

 アルベラの言葉に力がこもる。

「いいですか、私は人攫いには会ってません。それは只の噂でデマです。あの夜の件は……」

 そこから声が小さくなる。アルベラは母の耳を気にして可能な限りに音量を下げる。

「……その……屋敷を抜け出したという件はだけは本当なので誰にもいわないでください。本当に本当なのはその件だけです。身内にばれると困るのでどうかご内密にお願いします……」

 この場にひれ伏してもいい位の気持ちだった。

 王子は慌てたように首を横に振り、体の前で両手を振る。

「大丈夫です。誰かに言うつもりなんてありません。ジーンも僕にしか言ってないですし。――こちらこそすみません。ジーンが秘密にする約束をしていたのに聞いてしまって。僕と別行動の時は何か面白いことがあったら報告してほしいとお願いしてるので」

(まぁ、いい子。――ん? 面白い事?)

「けどそうなんですね……。少し期待してたんですが、誘拐されたのも誘拐犯たちを壊滅させたのもアルベラ嬢じゃなかったんですね……」

 王子様は肩を落とし残念そうにする。

「な、何言ってるんですか。誘拐犯たちを壊滅だなんて……私に出来るわけないですよ」

「まぁそうだよな」とジーンが頷く。

(なんでこの子たちは私に人攫いにあって欲しそうなんだ。刺激か? 刺激が欲しいのか? お城も暇なのか?)

 だがアレを娯楽にされても困る、とアルベラは断固として人攫いの件は隠し通そうとした。しかし――


「あ。お前人攫いの時の」


 聞き覚えのある少年の声がころりと割り込む。

「人攫い?」

「人攫い?」

 王子とジーンの興味がそちらへ持っていかれた。王子様など楽し気に瞳を輝かせている。

(この声……)

 アルベラは固まる。

「よお」

 視界の隅から上品な紺のスーツが入り込んだ。

「フォ……フォルゴート……」

 アルベラが首を動かすと、体のなかからギギギ……と油をさし忘れた機械のような音が聞こえた。

(なんでこのタイミングで………)

 そう口にしたいのを抑え込み、アルベラは三か月ぶりに会う少年へ苦い表情を向ける。



「フォルゴート……、お久しぶりね」

「ああ。……なんだよその顔」

 アルベラの迷惑そうな空気を察し、紺色の髪の少年ミネルヴィヴァ・フォルゴート――原作愛称「ミーヴァ」は怪訝な顔をした。

 以前邪険に扱われた仕返しと言わんばかりにアルベラは「帰れオーラ」を放つ。

 しかしミーヴァは落ち着いたもので王子様とジーンへの挨拶を欠かさない。

 アルベラを一旦視界の隅へ置き、二人へ頭を下げ祝いの言葉を述べていた。

 どうやら王子とジーンはアート卿から孫である彼の事は良く聞いていたようで、名前や存在は知っていたらしい。魔法や魔術の事でたまに城に出入りしている魔術研究家のおじいちゃんに対し二人ともとても好意的なようだ。

 お互いの改めての挨拶と自己紹介を済ませると、王子様は我慢できないというように口を開いた。

「ところでミネルヴィヴァ君、人攫いって?」

 ジーンはちらりとアルベラを見ると「やっぱりな」という顔をした。

(騎士を目指す者がそんな小生意気な顔をするのはいかがかと思うけど……――今はそれよりミーヴァか)

 どうにかして口封じをしないと、とアルベラは思考を巡らせる。 

 都合のいい事にミーヴァは王子様の問いに答える前に、言いたい事があるのかアルベラへと顔を向けた。

 「少々お待ちを、」と王子様へ告げた彼はバツが悪そうに視線を落としていた。

「ええと……あの時はわるかったな……」

(だ、だめ! ミーヴァが余計な事を言う間に早く口封じを!)

 アルベラは視線を走らせ「それ」を見つける。

(よし、アレならきっとミーヴァは……)

「貴族ってだけで邪険にしたり、他にも色々……悪い事言ったと思ってる。……その……あの後ユリにも怒られてさ……。お前の持ち合わせがなかったら俺たち助かってなかったと思うし」

「フォルゴート様!」

「……!? な、なんだよ」

「私も感謝してます。あの時はあなたの活躍があってこそでした。また改めて親睦を深めさせて頂きたい、のですが……先ずは紹介したい者が」

 そこでアルベラはすいっとまっすぐに片手をあげる。

 それは自分の使用人を呼ぶ合図だった。こんなにも真っすぐ頭上にあげる必要などないのだが、ミーヴァの気を逸らすためにも、彼女に早く気づいてもらうためにも、その動きは効果的だった。

「我が家の新しい使用人なんですが」

「……」

 何かを感じてミーヴァの顔色が悪くなる。彼の肌がぞわりと粟立った。

「はぁ~い~? 何かしらお嬢様? あらあら、殿下に騎士様? ご機嫌麗しゅう」

 その人物の登場にミーヴァは声にならない叫びをあげていた。



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