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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (前編)
195/411

195、冒険者と顔合わせ 5(彼らの依頼、彼等の仕事)



 夕闇の中、大きな鳥がある宿の屋根の上に舞い降りる。

 その屋根には、騎獣の着地用の大きな止まり木と、十二畳ほどの平たいスペースがあり、その鳥は平たい面よりも好んで止まり木の方へと足をかけた。

 真っ白な羽毛と、頭の上の赤と金色の飾り羽は、淡く発光しているかのように日の暮れた空に映えている。

 その大きな鳥の騎獣から、カスピとビオが飛び降りる。

 止まり木の前に宿のスタッフがやってきて、客人へ深く頭を下げて迎える。

「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか? それとも厩のご使用でしょうか?」

「厩で」

「承知いたしました。―――ではこちらをお持ちください」

 スタッフはカスピへ手のひらに収まる大きさの木札を手渡す。

「お迎えの際はそちらを持って下の受付にお申し付けください」

「ええ、お願い」

 カスピは宿のスタッフに騎獣を任せると、扉に向かい宿の中へと入っていく。

 彼女は一階の受付を素通りし外に出ると、ぐっと伸びをしてビオを振り返った。

「ふぅ~。お疲れ様。今日はありがとう」

 カスピの言葉に、ビオは満足げに笑って返す。

「ええ。いいわ。額の方は納得できるだけ頂けたもの。それに、ランディと一緒のチームにしてくれてたわけだし。クリフにしては気が利くと思わない?」

 その気を利かせるようにリーダーに口添えしたのは外でもない自分なのだが、カスピはリーダーの面子のために黙っておくことにした。

「今日の仕事でも色々力になってくれたみたいで感謝してるわ。またよろしくね」

「ええ。けど次は二か月後かしら? まずは今回の依頼人の旅を無事完遂しないとね」

「そうね。頑張って。……けど、」

 カスピの笑みが呆れたように歪む。

 魔族とコントン。美人な使用人の力量は知れないが、あのお嬢様には更に二人の騎士が付くと聞く。そして自分の仲間のミミロウに、五人の手練れた冒険者。

「戦力としてはもう十分よね。村一つは簡単に制圧できそう」

 「本当ね」とビオも苦笑した。

「奴隷だっていう彼は兎も角、もう一匹の方はいつ立場を変えるとも分からないけど。……不思議ね。今日の様子を見ている分には大丈夫かもって思えちゃう」

「ええ……そうね。ミミロウも大丈夫とは言ってたから、大丈夫なんだと思う。けど何かがないよう、彼にはちゃんと気を付けるよう言ってあるから。もしものことがあれば、ミミロウが皆に知らせるわ」

「それは心強いわね。……気がかりなのは他の二人の騎士様の人柄だけど、彼女(アルベラ様)のご様子を見るに心配ないかしら……? 昼間のナールとのやり取りを見るに、結構しっかりなさってたし。うまく手綱を握ってくれることを期待しましょう」

 二人は話しながら少しの距離を歩き、約束の飲み屋を見つける。

 扉に手を掛ければ、がやがやと賑わう声と暖色系の明かりが薄暗くなった通りに零れ出た。

 


「あ、カスピさんじゃないっすか! お疲れ様です!」

 酒屋に入ってすぐの席。仲間と飲んでいた若い冒険者が顔を上げ、ぱっと表情を明るくする。

「今日は皆さんでお食事ですか?! 他の方々の姿は見てませんが」

 冒険者になりたての、少年と青年の間のような彼は尊敬に瞳を輝かせていた。

 彼と共のテーブルに居た少女は、嬉しそうに頬を紅潮させ身を乗り出す。

「カスピさん、ビオさんお疲れ様です! 聞いてください! 今日中型の魔獣を五体も狩れたんです! 先月までは二体がやっとだったんですよ!」

 ビオが「凄い進歩じゃない!」と褒めれば、彼女は「ですよねぇ! スゴイですよねぇ!! やったー!」と両手を広げる。

 その姿にカスピもビオも頬が緩む。

「聞いてくださいよ! ケッケーレなんて初めの二体はビビッて足がすくんでて、」

 他のメンバーが、一番に口を開いた若い冒険者へ揶揄いの声を上げた。

「ちが、……あれは相手の動きを見定めてただけで!」

「何言ってんだ! お前実物目にするまでたかが蛙だとか偉そうなこと言って。飛びかかられた途端『キャーーー!』って」

「言ってねーよ! それはシンディの声だ、俺じゃねぇ!」

 彼がテーブルの仲間たちへ異を唱えていると、上の階から様子を見に来たであろう黒髪の美女が階段の下に現れ「よっ」と手を上げた。

 彼女が店内を歩くと、周囲のテーブルからは口笛が上がった。

 彼女へご機嫌な挨拶をする者もいれば、逆に頭を低くして身を隠すような動作をする者や、声を潜めて何かを囁き合ったりする者達の姿もある。

 アンナは気にする風もなくカスピとビオの元へ行く。

「カスピ。ビオ。お帰り。あんた達以外全員揃ってるよ」

 アンナの姿に、はしゃいでいた若い冒険者たちが顔を青くしてカスピとビオから身を引いた。

 カスピは彼等へ気を遣うように微笑む。

「じゃあ、皆頑張って。くれぐれも体には気を付けてね」

 手を振るカスピに、そのテーブルに居た冒険者たちは「は、はい!」「ありがとうございます!」と声を返す。

 そして何やら見てはいけない物でもあるかのようにアンナに目を合わせないよう注意し、視線を全く別の方へと逸らした。

 ビオは若い冒険者たちの反応に苦笑する。

(うちのリーダーなんだけどなぁ。何聞いたんだろう。……まさかアンナ、あんな幼い子達に手を出してなんてないだろうし。……ない、わよね。……な、ないと思いたい……)

 階段へと向かいながらカスピは呆れ、片手で顔を覆った。

「あなた……。安定の評判ね」

「おう。羨ましいだろ?」

 ケラケラと笑う彼女へ、カスピは「誰が」と即座に返した。



 ***



「なーなー。アルベラちゃん。学園ってどんなことするわけ? 勉強ってどういう感じの事して、魔法とか魔術の授業ってどういう風に教えんの?」

 スナクスが学園生活への質問を投げかける。

 今年で十九歳になる彼は、貴族の教育に興味があるようだ。

 平民であれば、学校に行っても中等学問までが一般的だ。良い家の子なら貴族と同じく高等学問を学ばすべく学校に行かせることもあるのだが、それは限られた人間の話だ。

 彼は十二、三の頃から冒険者たちに付いて回り、手ほどきを受けていたらしい。

 その中で文字や計算等、必要なことがあれば教えてもらったり調べたりして学んできたそうだ。

 質問の口ぶりからは「自分も学校に行きたいとい」う憧れではなく、その教え方や学び方に特殊性があるなら知りたい、使えるなら使いたい、という意欲のようなものが見えた。

 アルベラは学園の使用する教材についてや、設備について知ってることを軽く話す。

 彼は設備の話では「やっぱ金掛かってんなぁ……」と感嘆の声を漏らしていた。

「へぇ。的当ての施設がタダで貸し出しとか最高じゃん。あれ、店だと時間制で二千リングだったかな。安い所は千八百とかでもやってた気がするけど。郊外になると三千とか取る場所もあったりして馬鹿らしくなるんだよな」

「あれって街中にもあるんですか?」

「ああ。けどそれなりの都会じゃないとないぜ? 王都は勿論ある。あと東西南北の都にもな。確か、北と南の都市は王都と同じくらいあったな。そういう施設は南より北の方が多いな。あっちは血気盛んだから。南のそういう訓練所みたいな施設数は北には負けるけど、あっちはどっちかっていうと開発に力入れてて変わり種が多いイメージかな。なんつーかレパートリーが多い。必要あるかって言う無駄な遊び心が練り込まれてるっていうか……。西と東の都はまあ、普通にたまに見かけるって感じだ」

「へぇ。いろんなところ回られてるんですね」

「まあな。拠点はここらだけど、いく時はいく! たまに姐さんやらビオが持ってくるから」

「つっても、俺らが遠出する時ってのは都ばっかだからな。行ってもその周辺だ。僻地となるとナールの方が詳しい」

 とゴヤが補足した。

 名を呼ばれはナールは話を聞いていない様に、卓に背を預け串焼きを頬張っている。

「あ、良ければ今度珍しい土産でも持ってこようか? 代わりに学園の中案内してくれよ。確か学園って招かれれば物乞いだろうが悪党だろうが入れるんだろ?」

「確かに申請が通れば誰も招けます」

 けど悪党は兎も角、物乞いなど誰がどんな用事で呼ぶのだろうか、とアルベラは苦笑する。

(実際に足を運んで見て来てる分、この人たちって地理やその特徴についてはかなり詳しいよな……ん……?)

 ふと視線を感じアルベラが振り向くと、ミミロウがこちらを見上げているのが視界に入った。

 アルベラが首を傾げると、彼も首を傾げる。

「ミミロウさん……?」

「どうしたミミロウ?」

 ミミロウが片手を招くように振るので、アルベラはその動作の意味を察し彼へ耳を近づける。

 スナクスも興味を惹かれミミロウの話を聞こうと腰を浮かせたが、ミミロウは彼を見て首を振った。

「スナクス、だめ」

「ちぇー。秘密話かよ」

「ごめん……」

「わ、悪い悪い。冗談だから気にすんな」

 スナクスは椅子に座り直し頭を掻く。

 ミミロウはスナクスにコクリと頷いて見せ、アルベラへと視線を戻した。

 彼は両手を口に当て、こそこそと小さな声でこう言う。

「あのね……ボク、アルベラと同じ匂い。知ってる」

 アルベラは目を瞬く。

(匂い……。そうか。あの賢者様の)

 自分のこの匂いは、鼻の利く他人種の者達には嗅ぎ分けられるらしい。

「ミミロウさん……ヌーダじゃないのね」

 小声でそう返し見つめ返すが、ミミロウの返事は無かった。

 彼は全く動かず、深いフードの内側からアルベラを見返すのみだ。

(……というか今この人『ボク』って言った?)

 アルベラは秘密話ではなく、普通の声音で「ミミロウさんは、もしかして男の子?」と尋ねた。

 彼はコクリと頷いた。

 アルベラは再度尋ねる。こちらは口に手を添えて小声で。

「私、臭い?」

 ミミロウは首を傾ぎ、横に振る。

「臭い、とかじゃない。それはただそういう匂い。……けど、秘密なの」

「秘密?」

「そう。あいつ等の名前、口に出したら駄目って、クリフ、言ってた」

「『あいつ等』……」

「そう。だから秘密。アルベラ……あいつらの仲間?」

「いいえ。多分……」

「そう……じゃあ大丈夫。クリフたちの依頼、関係ない」

「……? なら、良かった……」

 「それで『あいつら』って?」とアルベラが尋ねるのと、ミミロウがぱっと顔を上げ「カスピ、来た」と言うのは同時だった。

 アルベラがつられて「彼」と同じく階段へ目を向けると、少しして黒い頭が下の階から段々と上がってきた。それに続いて色見の異なる二つの金髪も現れる。

 「よお。お姉さんがた。先頂いてるぜ」とスナクスが杯を持ち上げ傾ける。

「カスピ、お帰り!」

「ただいまぁ、ミミロウ」

「ねえねえ私は?」

「ビオも、お帰り!」

「ふふふ。ありがとう、ミミロウ」

 フードの上からビオがミミロウの頭をなでる。

 表情は見えないがミミロウは喜んでいるようだ。

 子供だと分かると「らしい反応だな」とアルベラは納得した。



 ***



「んで? あんた達のお仕事ってのはどうだったんだい? どんな話だった?」

 アンナの問いに、ビオが「ずけずけと申し訳ない」とカスピへ困った顔を向ける。

 カスピは苦笑し、「まあ、極秘ってわけでもないからいいんだけど」と前置きして話した。

 どうやら貴族からの依頼で犯罪者の追跡を頼まれていたらしい。

 現場にいた警備兵達は殺され、行方不明者も多数。騎士も数人殺され、こちらも数人が行方不明らしい。

 依頼主は秘密だが、貴重な魔術具が盗まれたという話だった。

「見つけたら殺してもいいって。ていうかむしろそれを強くご所望でね……。で、貴方達も何か良い情報があれば欲しいって、クリフから伝言なんだけど……」

「へぇ。まああればね。もっと詳しく話せんだろう? その犯人の特徴ってのは?」

 勿論、とカスピは肩をすくませた。

「盗人はダークエルフの男女。多分兄妹だって。それで……まあ、多分なんだけど。『あいつら』」

 「どいつら?」とアルベラは疑問に思うが、他の者たちにはそれで通じているらしい。

 「へえ。良く受けたね」とアンナが目を細める。

「まあ、そこはリーダーの性格がね……。あいつのせいでウチには根拠のない自信家が多いから……」

 カスピが少々荒んだ目をし、話を元に戻す。

「目撃者は皆殺されてた。行方不明者の方が多くてね。そこら辺の通りがかりの人間まで消えてるみたいだから……。多分犯人を見たんじゃないかしら」

 彼女の話を聞きながら、アルベラは先ほどミミロウが自分に向けた言葉を思い出していた。

 会ったら死ぬ。

 そんな集団の名前を、アルベラは少し前に「あの二人」から聞いた事を思い出す。

(なんだっけ。名前……ど忘れしたな。四文字か五文字……濁点が多かったような……)

「どうかしまして?」

 カスピとビオの間に座ったミミロウに代り、隣に移動していたエリーに尋ねられる。

「……何か、頭のおかしい集団の噂を思い出して」

「頭のおかしい?」

「そう。快楽殺人者だとか人格破綻者の集まりだとかっていう。その名前が出てこないの。『ド』とか『ガ』とか『グ』が付いたと思うんだけど……」

 エリーは「まぁ」というと、目を細めて口の前に指を立てる。

「うん?」

「冒険者の方々にあるっていうジンクスです。今はその名前については辞めておきましょう。お部屋に戻ったら答え合わせでも致します?」

「ジンクス? ……ええ。まあ聞かせてもらえるならいつでも。……?」

 エリーの反対隣りでビオがほっと息をついているのが見えた。

 自分達の会話に耳をそばだてていたようで、彼女はアルベラと目が合うと、申し訳なさそうに「へへへ」と笑い口ぱくで「すみません」と謝った。

 同じテーブルに居るのだし別に話を聞かれるのは良いのだが、とアルベラは軽い会釈を返す。

 冒険者たちはカスピの話に、今のところの心当たりはないと返し話題は外に移った。

 カスピ達が受けてきた依頼の話は必要最低限の情報のやり取りでさっぱりと終わり、話を聞いていたアルベラは、この話題について彼らがあえてそのように扱っているように感じた。



 幾つかの軽く短い話題を挟んだ後、話題は移りに移り、次のアンナたちの仕事についての話となっていた。

 その流れがあまりに自然で、アルベラは途中までそれがアンナたちの受けた以来の事なのだと気づけなかった。

 ナールが狩っていた魔獣の話から、「その近隣でも『愚』の目撃があったってよ」という彼の言葉に始まり、アンナがガルカへと「あんたも愚を飼ってるのかい?」という質問をしたのだ。

 ガルカは首を振り、「いいや。あれの世話は手がかかる。しかも目を離せばすぐどこかへ行ってる。面倒な物だ」と嘲た笑みを浮かべて答えた。

「何言ってるんだい。あんた達はそれが楽しくて飼うんだろう?」

 アンナの言葉に、ガルカは「当然」と目を細めて笑んだ。

「だが面倒なのも事実だ。だから俺は飼わん」

 二人のやり取りに、ビオは曖昧な表情を浮かべる。

「魔族から直接『愚』の話を聞けるなんて新鮮ね」

 カスピは頷いた。

「そうね……。ガルカ……さん、みたいにしっかりしてる輩って、うまく人間に溶け込み過ぎてて魔族として会話出来ることが滅多にないもの」

「んで、そういう奴らが裏で何してるか分からないから余計におっかない」

 そう言ってナールが酒を口に運び「うへっ」と不味そうな息をついた。

 アルベラは周囲を見て、聞いて良い物かと悩み、エリーへ手招きした。

 お嬢様のその仕草にエリーの表情がだらしなく崩れる。

 アルベラは目を据わらせ「今はそういうのいいから」と言い放った。

「で、『愚』って何」

「魔族が作り出すクリーチャーだよ。奴らのペット」

 丸テーブルの真反対に居るアンナが答えた。

「ペット? 魔族が作る魔獣って事かしら?」

 「まあそんなとこだ」とガルカが頷く。

「あれは面倒見のいい奴じゃないと向かん」

「あんたは面倒見が良くないタイプって事ね」

「貴様、面倒を見て貰っておきながらよく言う」

 「どっちが」と言いかけ、面倒な言い合いは辞めだとアルベラから口を閉じた。

 息をつくと、彼女はアンナたちの方を見て尋ねた。

「それで、どんな魔獣なんでしょうか? ゴーレムみたいなものです?」

 ガルカがくつくつと笑った。

「まあそんなものだ」

 その言葉に、卓を囲む内の数人の表情が陰る。

 誰か答えてくれるだろうか、とアルベラが待っていると、アンナとゴヤがその様子を見せた。

「愚はね、人から作るんだよ」とアンナが薄い笑みを浮かべる。

 ゴヤは呆れたように首を振った。

「その兄ちゃんがゴーレムと似たようなもんと言うなら、人から作るゴーレムってとこだろうよ」

「人から……? それってアンデットじゃないの? マミーとかゾンビとかじゃなく?」

「いいや。愚は愚だよ。アンデットじゃない、人を使って作られる新しい命だ。……ったく。胎児って意味でも、ゴーレムはいい例だね」

 どういう意味だ? 

 アルベラはガルカに目をやる。

「人を殺して、そこに命を与えるって事?」

「いいや。詳しく知りたいなら今度作って見せてやろうか。先ずは数人、いらん人間を連れてこい」

 ガルカは腕を組み、踵をテーブルの縁に乗せてふんぞり返っていた。

 学園に居る時とえらい違いだ。

 この酒屋では冒険者や兵士たちばかりのため、隅を見れば同じようにテーブルに足を乗せて休息をとっている者の姿もあるが、皆が皆取るようなポーズではない。

(旅の面々には色目を使うなって言ったからその態度か……)

「嬢ちゃん」

 ガルカの態度に呆れているアルベラへ、ゴヤが声をかけた。

「そいつの持ち主なら、絶対愚を作らせるな。愚は生きた人間から作る。生きたまま、願いを餌に愚にされるんだ」

「願いを餌に?」

「ああ。奴らが言葉で人を縛る力を持ってるのは知ってるだろ」

「ええ」

「それの延長線だ。約束をし、相手の願いを聞いてやる。そして相手の魂を縛るんだ。相手が願いを聞き届けられたと感じた時、その力はその人間の魂を絡め取り、同類たちへと肉体もろとも同化させる」

「そ。沢山の人間んがくっついてうねうねしてんの。凄いだろ?」とアンナ。

 ゴヤの説明だけではよく理解できなかったが、アンナの付け足しでアルベラは何となく想像できた。

「魔族にそんな力があったなんて」

「まあ、皆が皆できる訳じゃねぇ。出来る奴にしかできねぇさ」とゴヤが返す。

(出来る奴にしか……。ガルカが出来たなら、魔徒のお婆ちゃんにもできそうね……)

 作ってたらどうしよう。とアルベラは内心で顔を渋らせる。

 ゴヤはちびちびと酒を口に含みながら「嫌な仕事だ」とぼやいた。

「けど、今回はただ追うだけだろ。見つけたらその場に縛り付ければいい。仕留めるのは俺らじゃない。……だよな?」

 スナクスが後半、そうであってほしいというようにアンナに同意を求めた。

「ああ。じゃなきゃミミロウも一緒しないよ」

 そのやり取りに、アルベラは彼らの次の仕事とやらが、その『愚』とやらに関する事なのだと察した。

(で、ミミロウさんが一緒しないとは……?)

 「どういう意味だろう」とアルベラの顔に書いてあるのを見つけ、アンナは「ミミロウは殺し厳禁なんだ」と付け足した。

 ミミロウが「絶対いや」とカスピとビオの間で大きく首を振る。

 その姿にアンナがくつくつ笑った。

 そしてアルベラへ視線を戻す。

「奴らは人の多い場所に向かおうとするから、街中でも運が悪けりゃ出会っちまう。というか、人の多い場所程奴らが求めてやって来る、か。―――都ともなれば警備がしっかししてるから、大体早めに発見されて食い止められるんだけどな。もし会っても、奴らの耳に言葉を貸さないように気を付けなよ。奴らは人の同情をかう。そういう性質を持つ何かなんだ。心は死んでるのに体は生きてる。奴らの動力は羨みや嫉妬だって言われててね。哀れなもんだよ」

「哀れ……」

(確かに話を聞いてる限り『哀れなクリーチャー』ってのは分かるけど)

 カスピやビオ、スナクスの表情を見るに、自分には分からない何かがあるのだろう、とアルベラは感じた。

 彼らはどう見ても、愚を仕留める事を嫌がっている。捕らえるところまでは良いのだろうが、止めを刺すことに抵抗があるようだ。

「目にしちまった時は、きっと考える前にわかるさ」

 ゴヤがぼやいた。

「あれは存在が哀れなんだ。意識的に張った予防線なんて何の意味も持たない。あれを前にすると、大抵の人間は心の底から悲しみが沸いて、手を伸ばしたくなっちまう。それが『愚』だ。しかも、引っ張られ過ぎたもんはアイツらに食われちまう」

「ゴヤさんは愚を見た事あるのね」

「ああ。随分前にな」

 スナクスはじめじめした気分を払うかのように「あーあ」と首を振った。

「あの時は狩りそこなっちまって……良い骨折り損だったよな」

「あら、逃しちゃったのね」

「あれは結構大変なんだ。前は愚の討伐で功績を上げてた騎士様が大活躍してたんだが、最近めっきり話を聞きゃあしねぇ。あんな化け物を率先して請け負って……一度どんな面か拝みたかったねぇ。―――おねぇさん! ビリュ一杯!」

 「はーい!」と店員の明るい声が返る。

「けど今回は探して押さえておくだけ。飼い主の魔族が出てこなければ大分楽だろうね。けど―――お姉さんこっちもビリュ!」

 アンナは空の杯を持ち上げ卓へ置いた。

「けど?」

 アルベラが先を促す。

「愚は報酬が良いからな。他の冒険者も今頃追い回してるはずだ。先を越される可能性は十分にあるね。……あと、額につられた若い奴らが何人やられるか。追うだけといいつつ、狩った時の報奨金まで記載しちまってるんだから。依頼した奴はいい性格してるよ」

 アンナが空の杯を指先ではじく。分厚いガラスのコップは「ピンッ」と高い音を上げた。

「そういやお前さん、少し前に他の仲間たちと愚を使役できないか試しに行ったよな」

 ゴヤがアンナと自分の間、卓に背を向けて座るナールに声をかけた。

 行くと言って暫くして帰ってきて。自分からその結果を話そうとしない彼の様子に、ゴヤは結果を察していた。

 少しの間その話題に触れないでいたのだが、そろそろ大丈夫だろうと聞いてみたのだ。

 予想通りナールからはいつもの調子の毒づきが返ってきた。

「ああ……散々だった。あのクソクリーチャー……二人飲んでどっか行きやがった。今依頼に上がってるのもきっとそいつだろうよ。行動経緯がそっくりだ」

 ナールは食べ終わった串を片手に、卓に肘をついて天井と壁の境目を眺めた。

 彼の背中に漂う悲愴感に、ゴヤは「やっちまった」と顔を歪めた。

 まだまだ傷は癒えてなかったようだ。

 そんな彼の背をアンナがバンバンと叩く。

「ドンマイドンマーイ! 何ならアタシらでリベンジするかぁ? 使役は無理だけどぶっ殺してやるんなら私は付き合ってあげるよ!」

「チッ、陽キャめ……」

「ああん……?」

「ぐ、……ぐふぅ……ぅ…………」

「んで、行く日だけど」

 アンナがナールの首を腕で絞めながら、コロリと話題を進める。

「ええ……アンナそのまま話すの……」

 ビオが困った声を上げるが、アンナは腕を緩めず、話は具体的な日時や、誰がどういう道具を準備するか、どんな魔術を使用するかと進んでいった。



 ***



「『愚』の討伐?」

 自室のソファ。仰向けになって休んでいたジーンは上体を持ち上げる。

「そう。君も聞いてない? 幾つか小隊を作っていくことになったってやつ」

 部屋の中央にあるテーブルに向かい、椅子に腰かけて本を開いていたラツィラスが本を眺めながら尋ねる。顔は本に向けているが、目はその文字を追っていない。思い出したように手を止めて、そのページに栞の紐を移動させていた。

「他の団でそういう話があるってのは聞いてる」

 「ああ、まあそうだよね」とラツィラスは笑った。

「今、あちこちで人使って、目撃情報のあった場所を洗い出してるんだって。一体は確実にいるみたい。……ジーン、愚の討伐行ってみたいって言ってたでしょ。丁度いいんじゃない?」

「それはそうだけど……なんでお前が」

「お父様がさ、ちゃんと見て来いって。あれを見ておくのは『必要な事』らしいよ」

「王様になる者のお勤めか。大変だな」

 ジーンは持ち上げていた上体をまた倒し、天井を見上げた。

「他人事だなぁ。ちゃんと僕の護衛頼むよ?」

「ああ。けどそれ。探しに行くのって休み入ってからだろ? それまでに狩られてたらどうするんだ?」

「捕らえた時点であればお呼ばれされるって」

「お呼ばれって……」

 茶会じゃあるまいしとジーンは目を据わらせる。

「けど、狩られたら今回のは無しだって。別の場所でそれらしい痕跡があって、そっちの様子を見に行きつつ、その地域の案内を受けたり、その地域の貴族達と食事会をしたりするって」

「……」

「楽しみだね!」

 出先での食事会に「面倒だな」と思っていた矢先、それを煽るような王子様の笑みがジーンの癪に障った。

 彼はムッとした表情で「そうだな」と返す。



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