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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (前編)
193/411

193、冒険者と顔合わせ 4(メンバー紹介 1/2)

 話は、アルベラが二コーラやスタッフィングと出会う前に戻る。



 お昼時の冒険者組合。

 艶やかな黒髪を揺らし、アンナが重みのある扉を開く。その後ろにはアルベラ、エリー、ガルカがいた。そしてアルベラの陰にはコントンが、エリーのコートの中にはスーが張り付いていた。

「わぁ。外から見ても少し大きいとは思ったけど、中も立派ね。ストーレムよりにぎわってるし」

「そりゃあね。なんたって王様のお膝元だ。偉い人が多けりゃそれだけ報酬のいい仕事も集まる。勿論小遣い稼ぎの簡単な仕事だって選び放題だ。……と言っても早馬で一時間ありゃ行き来できる隣町だ。張り出されてる仕事内容的にはあっちのと大差ないさ」

 中に入り、アンナは「多分ゴヤが席を取ってるはず」と辺りを見回す。

 アルベラもゴヤを探して辺りを見たが、すぐに「あ、いたいた」とアンナが歩き出した。

 アルベラはそれに続きながら、変わらず辺りを見回した。

 一階は受付と、そこから少し空間を開けて酒屋のようにテーブルがいくつも並んでいた。席は冒険者や依頼人であろう者たちで殆ど埋まっているように見えた。

 受付とは別でカウンターがあり、そこではちょっとした飲食物や薬品を販売しているようだ。

 商品の書かれた表を眺め、冒険者が売り子と何やら言葉を交わしていた。

 ストーレムでは手前が酒屋、奥が受付、のような雰囲気だったが、王都の物はあまり飲食に重きを置いて居ないように見える。飲み屋のように扱っている者達が少ないのだろう。若干だが、こちらの方が雰囲気に清潔感があった。「うむ。流石王都……」とアルベラは見ていて感心した。

 二階はストーレム同様、商談用の部屋があるようだ。

 丁度階段から依頼主であろう冒険とは無縁そうな正装姿の男性と、厳ついアーマーを纏った男が言葉を交わしながら降りてきていた。その後ろには彼のパーティーメンバーであろう数人の男女の姿がある。

(前にも思ったけど、分かりやすく『魔法使い』みたいな格好の人はいないんだよな。……皆、大抵魔法か魔術は使える世界だから。むしろどちらも使えない人の方が珍しいくらいなわけで……)

 特徴的であるために目に付きやすいのは聖職系の魔法を得意にする者達の姿だ。

 彼らは神を称える何かしらのアイテムを身に着けていた。

 例えば神をかたどった紋章のブローチだったり、首飾りだったり。祈りの言葉を装飾的に服に刺繍で入れていたり。

 普通にシスターやブラザーにしか見えないような者達もいるが、もしかしたらあれは依頼側の人間かもしれない。

 アンナ曰、アルベラが記憶の中で知るようなゲームの設定のように、冒険者ギルドで適正職業を定められるという事は無いらしい。

 冒険者登録の際に個人情報を記入する書類を渡され、チェックする項目や書き足す項目があるので、そこで自分の得意分野等を示しておくそうだ。

 後は、それと今までの達成クエストの履歴をもとに、ギルドが適正者にクエストの依頼をしたり、冒険者が自ら依頼を受けたいと持って来たクエストを見て、その人物の能力に見合っているか、事前の準備で何が必要そうか等の助言をするそうだ。

 医療系が得意な者や、ゲームで言うような「デバフ」「バフ又はエンチャント」等、相手の能力を下げたり、自分たちの能力を上げたり、武器に効果を付与したり等できる人員は少数派だ。そう言った者達はそれなりの力量であれば、色んなパーティーから引っ張りだこになるらしい。

(けど、見ただけだと皆ただ『戦士』にしか見えないよな。特殊な魔法や魔術に長けている人は大体伝手で知り合うって姐さんも言ってたし……なるほど)

「あ、来たわね、アンナ」

「よう、カスピ」

 ピンクがかった金髪の女性が、ローブで身を包んだ小柄な人物と並んで席に座っていた。

「ようゴヤ。いつもありがとさん」

「よう。リーダー。嬢ちゃんとそちらの姉さんもお久しぶり」

 アルベラとエリーは「お久しぶりです」と返す。

「兄ちゃんは初見だな。アンナから嬢ちゃんの従者はもう一人いるとは聞いていた。よろしくな。ゴヤだ」

 腕を組み、その場にいる者達を値踏みするように眺めていたガルカは、ただ「ああ」と言って返した。

 ガルカの興味は他にあるようで、彼はじっと小柄なローブの人物へ視線を向けていた。

 アルベラが椅子に腰かける前に、アンナが先に来ていたゴヤ以外の二人を指さした。

「そっちの彼女はカスピだ。他のパーティーのメンバー。今回の旅とは関係ない。そっちのちっこいフードの付き添いだ。んで、そいつはミミロウな。今回私たちの旅についてきてくれる強力な臨時メンバー」

「カスピさんとミミロウさん。よろしくお願いします」

 アルベラの言葉にカスピは頭を下げる。ミミロウもそれに倣って頭を下げた。

「ええ。依頼主様。うちのミミロウをお願いします」

「お願いします。お肉、いっぱい買います」

 アルベラは微笑みながら困ったように「は、はあ……?」と返す。

「こらミミロウ。余計なこと言わない」

「ごめんなさい……」

 アンナが「くくっ」と笑い、ミミロウを覗き込んだ。

「ミミロウは旅が終わったら報奨金で何したいんだっけ? 聞かせてくれよ」

 フードの彼だか彼女だかは、多分目を輝かせているのであろう様子で顔を上げる。

「お肉、沢山食べる。パーティーの皆に、ご馳走する」

「っふふふ。だなぁ。さっさと仕事終わらせて、皆と合流して肉食わせてやろうな」

 アンナはフードの上からガシガシとミミロウを撫でた。

 ミミロウは「うん」となされるがまま頷く。多分だが喜んでいるようだ。

「可愛いだろう。しかもこいつ強いんだ。あのクリフの野郎が貸してくれたのは金額とタイミングのおかげだな。爺さんが追加で料金くれたおかげだぞ。良かったな嬢ちゃん」

「そ、そうなのね。良かったわ」

 その幸運がどれだけの物かアルベラには分からないが、アンナが言うのだから腕は確かなのだろうと頷いておく。

 一人、さっさと椅子に腰かけていたガルカは。ミミロウを見て「ふん」と鼻を鳴らす。

(強いか。当然だな)

 ミミロウも、視線を感じガルカをじっと見つめ返していた。

 カスピが「どうかした?」とミミロウに尋ねる。

 彼だか彼女だかは静かに腕を持ち上げた。明るいグレーの皮の手袋をした手がガルカを指さす。

「魔族」

「……え?」

 カスピがぎょっとしたようにガルカを見た。

 「おぉ」とアルベラは感嘆の声を上げる。

 席ではゴヤとガルカが「本当か兄ちゃん?」「まあな」というやり取りをしていた。

 更にミミロウはエリーを指さし、告げる。

「ぐちゃぐちゃ」

「どいういう意味?!」とまたカスピが声を上げる。

 アンナが「ぶふっ!」と拭き出した。それはガルカもだった。

「なぁなぁ、ミミロウ。それは外見と中身の」

 ―――ミシッ……

 アンナの頭蓋が小さな音を上げた。

「アンナちゃん。それ以上はプライバシーの侵害だと思うの」

 エリーはアンナの頭を掴み、ガルカへする時と同じように締め付ける。

「ごぉっ……ごごご、ごめん、ごめんなさ、い……」

 アンナはエリーの血統の事を知らない。だからミミロウの発した「ぐちゃぐちゃ」という言葉が、性別の事を言っているのだろうと思っている。

 ガルカは血統も性別も知ったうえで、血統の事は捨て置き「確かにぐちゃぐちゃだ」と嘲笑っていた。

(アンナが気圧されてる……)

 カスピが珍しい光景に、恐れを交えた目でエリーを見上げた。

「凄いわね、ミミロウさん。見ただけで色々分かっちゃうの?」

 アルベラの言葉に、ミミロウは首を傾げ、思い出したように片手をあげて親指を立てた。まるでこういう時はこうしろと、誰かから仕込まれたような動きだ。

 そして彼だか彼女は、エリーをもう一度指さして「コウモリ」と言った。

 エリーの外套の内側に潜むスーの存在を言い当てたのだ。

「おお。正解」

 アルベラはぱちぱちと手を叩く。

 更にまた、ミミロウは指の先をアルベラへ向けた。その指先をアルベラの顔から下へ逸らし、彼女の陰に向けてこういう。

「コントン」

 ぴたりとアンナの悲痛な声が止まった。

 呟くようなミミロウの声に、ゴヤとカスピも耳をそばだて、聞いた言葉を疑っているようだった。

(は……)

 アルベラもまさかの言い当てに硬直する。

 アンナはエリーから解放してもらい、ミミロウの前、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「なあミミロウ、今なんて言った? 小さい声でもう一度教えてくれ」

 ミミロウはアルベラの足元を指さし、再度「コントン」と言った。

「コントンだって……?」

 ミミロウはこくりと頷いた。

 卓に集まったメンバーの注目がミミロウとアンナに集まっていた。

 僅かに驚いたように無表情になっていたアンナの口許が、にたりと弧を描いた。

「……嬢ちゃん。師匠である私に隠し事かい……?」

 アンナの瞳が爛々と輝く。

 楽しそうに舌なめずりをする彼女に、アルベラは身を引いた。

「こ、これは私の魔法とか実力とは関係ない範囲の事だから……、隠してたんじゃなく言うタイミングとか必要性が今までなかっただけでありまして。ていうか彼、いつもいるわけじゃないし、気まぐれなとこもあるから」

「その言いようだと存在は認めてるようだね」

「え、ええ。まあ……。ていうかこれは信頼する師の言葉に従ったまでよ? 隠せるものは隠しておけって」

「ぐだぐだと知るかあ!! その師の命令だよ! 折角バレたんだ! いい機会だから後で手の内全部見せてもらおうか! 魔法の効力とか珍しい武器とか、持ってるもん全部ねえ!」

「手の内も何も今まで姐さんにはほとんど見せて来たし」

「その『殆ど』以外の物全部見せな! 旅の前に今まで以上の信頼関係築こうじゃないか!」

「い………………は、はい。全部話します……」

 さっと目を逸らせるアルベラに、アンナがずいっと顔を寄せその頬を指先でぐりぐり押す。

「……嫌って言おうとしたねぇ。嘘付いたら私は遠慮なく体罰食らわすよ? 人様に口外できないようなえげつない奴食らわすよぉ?」

「い、言うってば。ちゃんと言いますってば……」

 「フェロモン系の香水」を使った効果について、全てをこの人に話すのは駄目だ。絶対に隠し通そう、とアルベラは心に誓った。

 


 二人の様子を見ながら、カスピは魔属だという青年と、コントンが潜むというお嬢様の足元に目をやった。

「ミミロウ。彼ら、大丈夫そう?」

 ミミロウはじっとアルベラを見つめ、カスピへ視線を戻す。

「うん」

「そう。あなたが言うなら。……けど、今日一緒にいる間はよく注意して。何かあったら教えてね」

「うん」

(一応リーダーに報告ね……)

「あと、他の人達にこの事秘密。いい?」

「他の人? この事?」

「そう。他の人っていうのは、私以外の人達全員。この事っていうのは、あの人が魔族って事と、コントンがいるって事。わかった?」

 口元で人差し指を立てるカスピに、ミミロウは「うん」と頷いた。



 ***



 旅のメンバーが揃い、二階の一室を借りて自己紹介が始まった。

 応接室のような部屋で、アルベラは扉の前のソファに、エリーとガルカに挟まれ座っていた。

 その正面には、長机の奥にふんぞり返って座るアンナ。

「さあ、じゃあまずは今回の依頼主のアルベラちゃんから名乗ってもらおうか。その後はエリーの姉さんとガルカの兄ちゃんだ」

 ニシシ、と何かを企んでる時の笑みを浮かべるアンナに警戒しつつアルベラは席を立つ。

「隣町のストーレムを治めるラーゼン・ディオールの娘の、アルベラ・ディオールです。よろしくお願いいたします。一時的とはいえ一緒に生活する事となりますし、どうぞアルベラとお呼びください」

「ディ?!」

「え?! 公爵の?!」

 声を上げたのはカスピと、ミミロウの反対側に並んで座っていた若い女性だ。

 彼女らと向き合った席の端、まだ名も知らない青年が「うげぇ」と嫌そうに舌を出していた。

 「この反応。まさかとは思ってたけどやっぱり言っていなかったな……」とアルベラがアンナを見る。

 さっきからワクワクした空気が伝わっていたのだが、こういう事だったかとアルベラは納得した。

 アンナは「そう!」と席を立つと、オーバーなアクションでアルベラの肩を抱いて引き寄せる。

「公爵様んとこのお嬢さんだぁ! 皆張り切ってお守りしようじゃないか!」

「……通りで報酬が良いわけだ」とカスピが額に手を当てた。

「アンナが雇い主のこと話さないから嫌な予感がしてたけど、なんだ、そういう事か……。薄汚い話じゃなくてよかったけど、公爵様って……責任おんもぉ……」と、まだ名も知らない彼女はソファーに深く背を預けた。

「けっ。金持ちの娯楽に付き合わせやがって……」

 一番離れた端の席に座る青年はゴヤの陰で文句を垂れていた。

 学園では、名乗らなくとも大体の人間がアルベラの事を知っていた。相手が彼女の事を知らず、彼女が名乗ったとしても、あまり初対面から正直に感情を顔に出す者はいない。

 つまり、ただの自己紹介でこのように分かりやすく驚かれる事はあまりないのだ。

 驚く面々に、アルベラがちょっとした新鮮味なり居づらさなりを感じてもおかしくなかったのだが……不満そうな彼の存在が、驚く者達からアルベラの気を逸らしていた。

 アルベラは笑顔のまま「おいおいあれ旅共にして大丈夫か」と疑問符を浮かべる。

 アンナはアルベラの肩から手を離すと、エリーの横の、ソファーのひじ掛けに腰を下ろした。

「んじゃあお二人さんもよろしく」

 アンナに促され、エリーとガルカも挨拶し、ガルカが魔族である事や基本的に人を殺められなくなっている事を説明し、アルベラ側の紹介は済んだ。

 魔族との旅という事で、スナクスと女性陣が分かりやすく不安そうな顔をしていたが、アンナが「ガルカの兄ちゃんは、なかなかわかる口だよ」と言うと、皆がなんとなく察して「ああ……アンナ側なのか……」と残念そうに目を据わらせた。

 続いて冒険者達の紹介が始まる。



「始めまして、アルベラ・ディオール様」

 二十代であろう女性が頭を下げた。アンティーク品を思わせる、頭の片側で結った彼女の縦巻きの金髪がコロリと揺れる。

「ビオ・ダンノと申します。どうぞビオとお呼びください。私は回復系の魔法が使えて、いざとなった時の薬変わり程度に思ってもらえたら幸いです。戦闘と自衛もそれなりにできますので、他のメンバーの脚は引っ張らないかと思います」

「ビオは魔法無しでも怪我したときの応急処置なんかは完璧だ。安心して怪我しなよ。一命は絶対にとりとめられるって私が保証する」

「わぁ、頼もしい」

(何……なんか以前に死にかけて助かったみたいな台詞ね)

「お願いですから、どうか無茶は致せませんよう……。私のトラウマになります」

 ビオがこぶしを握りアンナを見ていた。今のセリフがアルベラでなく彼女に向けたものである事は明白だ。

「ビオは臨時でよくカスピやミミロウのパーティーの手伝いに行ってるんだよ。だからここら辺はちょっと身内って感じ」

 アンナがビオとカスピを交互に指さす。指さされた彼女たちは「ええ」と気軽い笑みを交わし合う。

 「んじゃあ次ナール」と指名され、この中で一番装備品の少ない、―――ほぼ「無防備」で筋肉など一切なさそうな細身の青年が立ち上がり頭を下げる。

「ナール・カリュカドです。どうぞよろしく、公爵のお嬢様」

 気の抜けたやる気の感じない声でそう言い、青年はソファーへさっさと腰を下ろす。

 青寄りの淡い紫の髪が、光を反射しつるんとしていた。長い前髪で片目が隠れており、覗いてる方の目には覇気がない。

 何をするにも億劫そうな彼も冒険者? とアルベラが見ていると、彼は隠しもせずに目元を嫌そうに歪ませた。

「なんですか? 俺の態度が気に入りませんか? 処刑しますかぁ? あぁん?」

(生気無い癖にやけに喧嘩腰……)

「……え、ええと…………処刑ぃ? し、しますぅ……?」

「じょ、嬢ちゃん。すまねぇ。乗ってやるな。こいつ皆にこうなんだよ。気にしないでやってくれ」

 ゴヤが苦笑しながらフォローを入れた。

「ははは、辛気臭い奴だろ!」

「え、ええ……」

「へぇ。俺の辛気臭さが気に障りますか? 何です? 土下座でもさせます?」

「……姐さんとはまるで真反対なのに、初対面に喧嘩を売る所は同じなのね。不思議だわ」

 最も、アンナの喧嘩の売り方はかなり陽気なので、そのノリも正反対だ。

「だろうだろう! ホントうけるよな!」

(何をそんなウケるかな)

 理解をしかねているアルベラを流し、アンナが彼の詳しい紹介を続けた。

「こいつは生け捕りが得意でね。生体販売を生業にしてるんだ。依頼されて獣や魔獣捕まえたりは当然だけど、森の中の散策とかもお手の物だ。動物や魔獣のサインなんかを目ざとく見つけてくれるから、こいつがいる時は獣を避けていけるし迷子にならないし大助かり! あ、こいつもナールでいいぞ。嬢ちゃんは雇い主だし変に畏まってやるな」

 アルベラは頷き、「迷子て……」と苦笑する。

「獣の専門家ってかんじかしら……?」

「まあそんなとこだね」とアンナが答える。

「じゃあ……あの。ナールさん。旅にペットって連れてけそうですか? 悩んでるんですが」

 「ぺっとぉ?」と、ナールは陰険な目をアルベラに向けた。

 エリーはコートを持ち上げ、そこからスーが「やっと出してもらえた!」と言わんばかりに飛び出て、窓枠にぶら下がる。

 カスピとビオが「わあ、かわいい!」「綺麗!」と声を上げた。

 ゴヤとスナクスも物珍し気にスーを眺めている。

「へぇ。ミズコウモリか……」

 ナールは言葉を切り、考えるように顎に手を当てた。

「あれって、よく夜店で卵で売ってる奴だよな。声聞かせて真似させる。子供の頃小遣いで買って遊んだわ」

 とスナクスが懐かしそうに呟いた。

「そうなんです。私も卵を買って遊んでたんですけど」

「孵ったのか?! 俺結構買ったけどそんな事一回もなかったぞ?」

「……え、あ。ええと。……ぐ、偶然、色々と条件がそろったみたいで…………ほんと、奇跡だと動物好きの友人も驚いてはいました……」

「そうか。そういう事もあるんだな。嬢ちゃんついてたじゃん」

「こいつら、卵から育てたらちゃんと人に懐くんだな」とゴヤがぼやく。

 野生のミズコウモリを見た事あるゴヤは、警戒心の強い彼らの姿を知っていた。

 ミズコウモリは洞窟の中にある水源地周辺等に生息している。敵の気配を察知する事に優れている彼等は、人が洞窟内に立ち入った時点で水の中に潜っており、視認可能な距離に近づいた頃には深く潜って姿を隠してしまっていたりするのだ。

「随分と野性を忘れてるな……」

 カスピ、ビオ、ミミロウがつついたりくすぐったりしても、少し迷惑そうに位置をずれるのみのスーにゴヤは呆れているようだ。

「まあ、あの子に野性の期間なんてありませんでしたもので……」

 スーの姿を観察していたナールは「ふーん」と頷いた。

 何か専門的な言葉でも聞けるのだろうか、とアルベラが待っていると、彼は顎から手を離し思いついたように口を開く。

「人に慣らされたコウモリか……囮に良さそうだな。大型の獣相手の良い惹き餌にもなりそうだ」

「絶対連れてかない事にしました」

 アルベラはばっさりと決定を口にする。

「……あの光の反射とか翼の羽ばたきとか、匂い撒き散らしたり目を引いたり……良いな。うん、使える。……例えば翼のある獣なんかも好物の体液を使って……」

「おい、こら、聞いてますか? 連れてきませんよ。貴方には絶対触らせませんよ。おーい……ねえ聞いてる?」

 アルベラの言葉が全く耳に入っていないのか、彼はスーを見ながらつらつらと思考を口に出す。

 狩りで頭が一杯の彼の様子に、アルベラはスーを留守番させることに確定した。



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