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19、王子様の誕生日 3(豪華なお茶会で再開)



 ラツィラスは側付きの友の姿を探し左右に視線を走らせる。すると右手側に続く廊下の先、この階の庭園を抜ける渡り廊下側から「ほら、王子様のお出ましだぞ」という低い声が聞こえた。

 庭園の椅子に腰かけていただろうジーンが、息苦しそうに襟に指を引っかけながら廊下へと姿を現した。

 ジーンの横には濃いグレーの髪の壮年の男。掻き上げられている男の前髪は白く、右目と左ほほに大きく目立つ傷があった。金色の瞳とその目付きは見る人に自然と猛禽類を連想させる。

 彼は城が抱える第四騎士団の団長ザリアス・ジェイシだ。

 ザリアスは「馬子にも衣装だな」とジーンをからかっていた。

「ラツィラス王子、おはようございます」

 ザリアスは王子様の存在に気付くとその前へ行き慣れた動作で膝をついた。

「そして――お誕生日おめでとうございます」

 重々しくそう言ったかと思うと、彼は顔を上げにっと笑んだ。

「今日を機にやんちゃもほどほどになさってください」

「有難うございます、ザリアス。僕はそんなにやんちゃしてないと思うんですが」

「カザリットから聞いています。あまり度が過ぎると第四騎士団が殿下につきっきりになりますよ」

 ジーンは「カザリットのやつ」と呟き、ラツィラスは「勘弁してください……」と苦笑する。だが、空を見上げてキョトンとすると、王子様の苦笑は悪戯ぽい笑みに変った。

「そういうザリアスも……今は朝の訓練の時間だったと思うんですが、ここにいて大丈夫なんですか?」

 そう。いつもならこの時間はジーンも共に訓練しているのだ。

 ラツィラスのお付きで共にパーティーに出席するジーンはともかく、ザリアスがここにいるのはおかしかった。

 ザリアスはマントを払って立ち上がり全く問題なさそうに、堂々と答える。

「ええ。今日は大事な用だったものですから」

 その言葉にジーンは呆れ、「嘘つけ」と小さく言ってザリアスの腰辺りを殴った。鎧で固められているため拳が痛くならないようちゃんと加減をする。

「こいつ、俺を言い訳に訓練をサボってるんだ。昨日散々副団長から釘を刺されてたのに全然聞いてねーの」

 騎士団長であり父であるザリアスを、ジーンは「こいつ」と呼び淡々と軽口をたたく。だがこれはオフの今だからだとラツィラスは知っていた。

 訓練中となればザリアスも見習いとは言え騎士の端くれであるジーンのこんな言動は許さなかったろう。

 そもそも訓練中にジーンがこんな軽口をたたく事などは絶対にないのだが。

「いいか。あれは副団長もずる休みしたいっていう嫉妬からの小言だ。長がサボるなら隊全体を休みにしろっていう下心だ。決して訓練へのひた向きな思いからの言葉じゃないから本気にするな」

「んなわけないだろ。どっかの誰かと違って副団長はちゃんと真面目な人だ」

「ザリアス、ずる休みもサボりも認めるんですね」

 ラツィラスはクスクス笑った。

「いえいえ。これも保護者として大切な責務です。こいつが舞踏会に招待される日がこんな早くに来るとは思ってもいませんでしたからね」

 荒っぽく頭に手を乗せられ、ジーンは不服だと言わんばかりに不貞腐れた表情を浮かべる。

「まさかジーンが部屋で一人、こっそりダンスの練習をしている所を見る日が来るとは……」

「おい! なんでそれを!」

 ジーンの顔が一瞬で赤くなる。自身の部屋で数回自主練をしたことはあったが、そのどれも戸締りをよく確認し、カーテンも閉め切って人目を阻んでの物だった。なぜそれを当然のようにザリアスが知っているのか。

 ジーンは「それ以上は止めろ」と父の鎧を両手で掴み力一杯揺さぶった。

 だが体格の差は歴然だ。

 両手での必死のゆすりも鎧を鳴らす程度で、その鍛え上げられた中身までは動かせない。

 ラツィラスは恥ずかしがる友を楽し気に眺めていたが、わざとらしく腕を組むとため息をついた。

「僕にとっては遅いくらいだよ。ジーンは何かと言っては地位やら警備やらを言い訳に社交の場は逃げるじゃない。――でも今思うと、ジーンのそういう所はザリアスにそっくりですよね」

「おいおい、そっくりだってよ。まいったな!」

 「がはは」と豪快に笑うと、ザリアスは大きな手で息子の赤い頭をがしがしと撫でる。

「ああ……もう、くそ……」

 力ではどうしても勝てない。ジーンは抵抗をやめ、心底疲れたように項垂れされるがままになった。

 ザリアスは疲れて諦めたジーンの頭をぐりんぐりんと撫でまわす。ラツィラスはこのままジーンの首が「ころり」ともげてしまうのではとやや不安になる。

「――さて、残念だが俺もそろそろ行くかな」

 ザリアスは満足しジーンを解放した。

「できることなら最後まで見届けたかったんだが、夜は外の警備を頼まれてるからな。お前はラツィラス王子と楽しむんだぞ。しっかり王子を護衛してこい」

 背を押され、ジーンは「ああ」と返す。

「上手くいけば第二の団長と担当を変わってもらうから安心しろ」

「は? 第二?」

「じゃあな、がんばれよー」

 背中を押され、ジーンとラツィラスは歩き出す。ジーンはグシャグシャになった髪を戻すこともせず息を吐いた。

 彼の疲れ切った姿にラツィラスはくすくす笑う。

「厳しいって噂の騎士団長もジーンの前だと優しいお父さんだね」

「なにが優しいだ。どう見ても嫌味だろ。あの脳筋朝からずっとニタニタ笑ってたんだぞ。絶対いつか仕返ししてやる」

 ジーンはザリアスを脳筋と言ったが、あの騎士長が剣技だけでなく頭も切れる事をラツィラスは父から良く聞いていた。普段の様子からジーンもそれはなんとなくだが分かっているようなので、あくまで冗談での言葉選びだ。

 貴族の中には平民上がりの騎士団長を気に入らない者達もおり、彼等はザリアスを「武力だけで登り上がった蛮族」と皮肉っていた。

 彼らの嫉妬や偏見に塗れた言葉を思い出しラツィラスは小さくため息をつく。

「ザリアスは脳筋、か……」

 独り言のつもりだったそれに、ジーンが「ああ」と頷きぼそりと言った。

「あいつの頭、絶対筋肉詰まってるぞ」

 「え?」とラツィラスが顔を上げる。ジーンの横顔は真面目だ。

「あいつこの間、家で頭だけで倒立したんだ。手を使わずに。きっとあいつの頭の上、腹筋みたいに6つに割れてる」

 大の大人がなぜ家で、しかも頭だけで倒立をするに至ったのか。その様子を思い浮かべ、ラツィラスは吹き出しそうになる。

「なにそれ、すごいね。つむじムキムキ?」

「かもな」

「生え際とかどうなってるんだろう」

「さあ。今度上から覗きこんでみるか……」

「いいね! 騎士団長の隙をついて頭上を取るとか、ちょっとわくわくしちゃうな」



 広間に向かう二人から笑いをかみ殺したようなやり取りが聞こえてくる。「超脳筋」だの、脳筋や騎士長の言葉を文字って「超脳筋長」だのという言葉遊びを交わしているのが僅かに聞こえた。

「ったく。生意気坊主ども……くくっ。『超』脳筋か……」

 ザリアスは「超」という言葉が好きだ。単純に胸がわくわくしてくる。子供の頃の感覚というのは幾つになっても衰えはしない。

(ま、実際脳筋でもあるしな。今日は大目に見てやる)

「超脳筋か……音だけはかっこいいじゃねーか」

 「――けど、簡単に頭上はとらせねぇぞ」と呟き騎士団長様は気合を入れるようにぐうっと伸びをした。

(さぁて、カムルの奴にどう言い訳するかな……)

 ザリアスは恥ずかしげもなく大真面目な顔でずる休みならぬずる遅刻の言い訳を思索する。



 ***



 ディオール家の乗る馬車が平原を駆ける事早一時間。

 馬車はディオール領地を抜けようとしていた。平地に敷かれた真っ直ぐな道の脇、「ここから先 クランスティエル領地」と書かれた石碑を境に、見た目の変わらぬ平原が隣の主人の敷地へと変わる。

(あの境の石、今見ると前世の道祖神みたい)

 小さな丘がたまにある程度のなだらかな道では、水平線の手前に目的地である王都が視認できた。その周囲はたまにもこもことした低い木の群生があったり、所々に林があるだけのだだっ広く平坦な景色が続いている。望遠鏡があれば平原の続く先に町や村を見つける事もできそうだ。



 アルベラは途中から馬車を降りエリーの馬に乗せてもらっていた。随分と久しぶりの領地の外に、彼女は好奇心を隠しきれずにいた。

 落ち着きなく周りを見回す彼女に、エリーが「手綱、握ってみます?」と尋ねる。

「……いいの?」

「はい」

 キラキラと嬉し気に輝く瞳に見つめられ、エリーは「あぁ」とよろけたくなるのを我慢した。

「……」

 子供というのは抑えられない衝動を持っている。それはアルベラも前世の記憶で経験済みだが、旗を持てば無条件でバサバサと振り回しはためかせたくなるし、棒の先に長いリボンを結び付ければクルクルと回転させ螺旋を作りたくなる。毛むくじゃらの小さな生き物がいれば撫でまわしてみたくなるし、弓矢やビービー弾の銃があれば適当な的に向けて撃ってみたくなる。

 その衝動は大人の時に抱くものより大きく魅惑的だ。

(た、手綱……鞭……!!)

 アルベラの胸には握った手綱や鞭をビシバシと振り回してみたいという謎の欲求が沸き上がっていた。

 しかし「馬が暴れれば死ぬ」という極端な危険意識もあり、その衝動をぐっと押さえる。

 そのむずむずと堪えるお嬢様の様子に気付いたエリーは、後ろからそっとアルベラの手へ自身の手を重ねた。

「お嬢様……どうか危ないことは無さらないでね」

「わ、分かってるわよ、エリー」

「……」

 お嬢様が必死に何かを我慢している表情。

 その顔にツボを突かれ、エリーは胸の前で片手を強く握る。

(ダメ、ダメよエリー! ここは馬の上! 乗っているのは私一人じゃないの。馬を驚かすようなことは我慢しなさい! あぁ……けどジョリジョリしたい…………その後のビンタもセットで…………。あぁ、だめ、だめよエリー……!)

(手綱、振り回したい……思いっきり引っ張って見たい……)

(――…………………………あの空間は…………一体…………)

 その様子を、御者のヴォンルペが若干引き気味に眺めて居ることを二人は知らない。



「お嬢様、今度ラーゼン様にお願いして馬に乗る練習でもさせて頂きましょうか?」

 自分の煩悩から目を逸らすためとエリーが口を開いた。

 その言葉にアルベラはパッと表情を輝かせた。

「それいい、楽しそう!」

 その瞬間ラーゼンが馬車の窓から勢いよく頭を突き出す。

「お父さんは反対だ! 怪我をしたら――」

 そこまで言ったところで父は母の鞭のようにしなやかな腕に捕まり、速やかに馬車の中へ引き戻された。母は賛成という事だろう。頼もしいことだ、とアルベラは思う。

(やった! 乗馬、前世で習ってみたいと思ったものの結局やらなかったやつ)

 アルベラは思わぬ収穫に胸を躍らせた。



 ***



 道中、あと少しで王都に着きそうだという頃。アルベラの視線がある物へと引きつけられた。

 それは平原の中にぽつぽつと島のように浮かぶ小さな林の中の一つ。

 一番近い木々の合間に、石造りの小さな塔のような物が見えた。

(卒塔婆……? に、お供え物……?)

 それは昔に旅行先で見たアジア圏に造られていた仏塔のような形をしていた。人が入って住んでいるとは思えないような、宗教を感じさせる形だ。

 特に気になったのはその塔に供えられている「何か」だった。

 ――地面を赤黒く染める、人の頭部のような塊……。

(うわぁ……)

 アレが動物の亡骸なのか、それとも一瞬感じた通り人の頭なのか……。木々や草に埋もれてはっきりと判断できないままにその景色は遠のきアルベラからは見えなくなった。

(嫌なもの見ちゃった……)

 アルベラは寒気を感じ目を細める。

「エリー、さっきの見た? 石造りの塔なんだけど」

 後方の林を指さす彼女にエリーはちらりとそちらへ視線を向ける。だが示されたものは見つけられなかった。

「石作りの塔を見たんですか?」

「うん。何か知ってる?」

「ほとんど知らない……ですね。私も見た事はあるんですが。――噂では何かの宗教らしいですよ。不思議ですよねぇ。この国だけでなく他の国にも同じものあったんですよ。しかも供えられているのは決まって生き物の頭部ばかり……。私も気になって人に聞いたんだけど、結局知ってる人はいなかったのよね。一体だれがどんな神様を祭るために作ったんだか」

「そう」

(エリーも知らないのか。今まで聞いた事大体知ってたから意外ね。……というかこのオカマ、一体どれだけの国に行ったことがあるのか。あとずっと気になってたけど香水の香りに紛れて漂うこの加齢臭は何なのか。そんな完璧な女装が出来てなぜその匂いは隠しきれないのか……)

 尋ねた疑問が解消されるどころかアルベラは新たな謎を抱くことになり余計モヤモヤする。



 ***



 ワイワイと同じ年齢層の子供たちが集う光景は、地域の公民館や体育館で開催される交流会に似ていた。

 最もその会場や集まった子供たちの服装は、子供にしては煌びやかで上質だ。

 坊ちゃんやお嬢様が集まり上品に言葉を交わす光景と言うのは中々に鼻につく物なのだな。と、アルベラは自身もその一員でありながら他人事のような感想を思い浮かべていた。

 ――ラツィラス王子の誕生日に開催された、城内での昼のお茶会。

 王都の門をくぐるなり城に直行し、そのまま会場へと通され、母に連れてられるがままここに辿り着いていたアルベラは呆然としながら周りを観察していた。

 アルベラと共に来たレミリアスはというと、少し離れた場所で知り合いのご婦人とお茶を飲んでいた。なんと優雅でマイペースなのだろう。

 ちなみにラーゼンは夜の舞踏会からの参加らしく、城には一緒に入ったが他の大人たちと一緒に別の場所に向かっていった。雰囲気的に何かの会議でもあるのだろう。

(できればもう少しゆっくり王都を見て回りたかったな)

 王都の門から城へ直行だったことに不満を感じるも仕方のない事だ。

 王都の観光はまたいつかと諦め、アルベラはお茶会に興じる貴族子供達の姿を興味深く眺めた。

 なんとなく察してはいたが、アルベラより少し年上の子たちは「ただのお茶会」という感じではないらしい。――特に「大人達も」と言うべきか。

 共に参加している大人――保護者達は誰かを見つけては我が子に何かを耳打ちしていた。

 子供達は彼等の言葉に頷く。そしてそっと背中を押されるがまま、大人たちの示した人物の元へ自ら挨拶しに行ったり、挨拶しに来た相手との会話が盛り上がるよう、親の補助を受けながら励んでいた。

 もう相手が決まって顔なじみとなっているのか、ずっと同じペアで話し込んでいる男女もいる。

(前世の歴史的には『貴族のお茶会や舞踏会は恋人探しの場』だっけ。ここもやっぱりそうなんだな。――あの子達まだ十代前半に見えるけど一緒に居るの婚約者かな。それとも恋人……? うーん。凄い世界……)

 見ているとそれは家庭によって差があるようだ。

 繋がりを作ることに精を出している親子もあれば、アルベラのようにまるっきり親と子が別々に行動しているところもある。割合は半々で、覚悟していたよりは自由度が高いことにアルベラは安堵した。

(大丈夫大丈夫……)

 彼女は自分に言い聞かせた。

(今夜の準備は万端だし、今は気にせず適度な友達作りを楽しもう。私は公爵の娘なんだし、偉いんだし、自己紹介さえちゃんとできれば悪いようには扱われないでしょ。――そういえば会社の年末年始の交流会とか街コンとか婚活パーティーとかと雰囲気似てるし……子供が多い分あれより大分空気が緩い。うん、怖くない怖くない……――よし)

 先ずは味見だ。

 人との会話より先ずは食い気。

 食事を取りに向かう子供達も少なくない。アルベラも気持ちを切り替える彼等に便乗した。

 彼女がオードブルの並ぶテーブルに着いて何を取ろうかと品定めをしていると、後ろから「わあ!」という小さな歓声があがった。ひそひそと話し合う女の子達から黄色い声が聞こえた。

 察するに今日の主役のお出ましだろう。

 アルベラはそちらに視線を向け、人垣の奥にあの柔らかい金髪を見つけた。

(ビンゴか)

 人垣が動き、隙間からあの王子様の姿が所々垣間見える。



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