186、学園の日々 16(食堂での謀 1/2)
―――ダンッ……!!!
アルベラは背中に響く鈍痛に顔を歪めながら、タイル張りの天井を見上げた。
大の字で仰向けに倒れ込んだ彼女を、エリーがパンパンと手を払って勝気な笑みを浮かべ見下ろしている。
「お嬢様。ご自身を強者と呼ぶにはまだまだ程遠いという事、常々お忘れなく」
「……はい」
道場出身だという特待生に挑まれ、余裕の勝利をおさめ少し上機嫌になっていたアルベラだったが、その週末の午前、早々にエリーから釘を打たれた。
むすっと不機嫌そうに目を逸らす主人の横にしゃがみ、エリーがつんつんとその頬をつつく。
「もー。拗ねないでくださいよー」
やけにデレデレとした彼女を知らん顔し、アルベラはエリーへ背を向け立ち上がる。背中や尻の辺りの埃を払う動作をしながら、心の中で「隙あり!」と声を上げると、アルベラは足払いを狙い身を低くして素早く振り返る。
蹴りを入れた場所にエリーはおらず、自身の上に影がかかったのを感じてアルベラは魔法を展開し水の壁を張る。
ぱしゃん! と水たまりに飛び込んだような音を上げエリーがアルベラの張った壁の上に乗った。
(よし、このまま一気に閉じ込める!)
アルベラは壁の範囲を一気に広げてエリーを包み込み「よし!」と拳を握った。
水壁の中で、エリーは目を見張ると、がくりと膝をつく。
そのまま両手もつき、体はぐらりと揺らいで倒れた。
今日は訓練前に、痺れ効果のある柑橘系の香水を振りまいていたのだ。
アルベラは最近、自身に撒いた香水を使用し、霧の魔法にその効果を付与できるようになっていた。
香水の香りが消えるまでは、霧にその効果を乗せることが出来る。しかし、霧を使えば身にまとった香水の香りは失われてしまうため、使用できるのは一度きりだ。加減して少しずつつ香りを使う事もできそうなのだが、そこはまだ練習中である。
(これをエリーに見せるのは今日が初。今まで服に手を当てた時点で警戒されて使えなかったけど、これなら……)
水でエリーを包み込み、その中に霧を発生させたのだ。
密封された空間。水の壁にもある程度香水の効果が付与されてしまっているはずだ。香水を使用すると、アルベラの意思とは関係なく集めた水にも影響が出てしまうのだ。
(だから今、あの中はしびれ薬が充満しているような状態のはず……。だ、大丈夫、だよね……死んだりはしない、よね……)
アルベラの鼓動が不安により早まる。
ピクリともエリーが動かず、十分に彼女の体に痺れが回ったのだろうと思った頃、アルベラは壁を解いた。エリーの体は床にどさりと落ちて、それでも全く動かない。
(え? 嘘。死んだ? ま、まさか……まさかまさか……)
本来ならここで、エリーの首や胸にナイフを当てて特訓は終わりとなるはずなのだが……アルベラは不安になり、エリーの脈を確認しようと彼女の首に片手を伸ばしていた。
その手首ががしりと掴まれる。
「はぁ?! あんた死んだふりを……!」
「もう、死んでなんていませんし、折角チャンスを上げたのに。お嬢様のお馬鹿さん」
アルベラが体を掴まれたと気づいた頃には、その視界はいつもよりかなり高い位置にあった。
エリーに両手でつかまれ、高々と持ち上げられ、アルベラは手足をばたつかせた。
「ちょっと馬鹿! おろしなさい!」
「ええ。ちゃんと下しますわ」
エリーはアルベラを見上げニコリと笑う。
「けどお嬢様。さっきのは良い線いってましたのよ? そこらの新米兵や騎士なら体を本当に痺れさせて、さっき私がやって見せたような、あんな状態になっていたはずなんです。あと、魔力が人並の魔族や、中型の魔獣当たりまでなら同じく。なのに、それに止めを刺さないなんて何を考えてらして? 折角の初勝利のチャンスを棒に振りましたわね」
「し、痺れが効きすぎたんじゃないかって心配してあげたんでしょ! なのに馬鹿とはなによ馬鹿!!」
「まあ!! お嬢様が私に心配だなんて……朝から何て嬉しいのかし、ら!」
「きゃあ!」
ポイッと軽い動作で投げられ、アルベラは声を上げる。エリーの動作は軽いが、その勢いは見た目以上だ。
この感じは壁に投げつけられたのだ。と、今までの経験から察知したアルベラは体に風を纏って衝撃を吸収する。ふわりと地面に両足をつけている間に、なんとか視界にとらえていたエリーの姿が一瞬で目の前に迫っていた。
首を掴まれ、背後の壁に体を押し付けられた。
「はい。お嬢様の負け」
「私の勝ち」ではなく「あなたの負け」という辺り本当にいい性格をしている。
「はいはい……参りました」
アルベラは忌々し気に喉から声を絞り出した。
エリーは「ふふふ」と笑い、アルベラを開放する。
「水の展開と風の受け身は随分手慣れてきましたね。次はお嬢様念願の威力と強度を重点的に攻めていきましょうか。あの壁、人によっては力押しで簡単に破れちゃいますしね」
「え? 素手で?」
「ええ。魔力も要らず腕力のみで。あれくらいなら私もできるので……試しましょう」
エリーはアルベラが作ったのと同じくらいの強度の壁を作って見せた。
「お嬢様、どうそ。体当たりしてみてくださいな」
「う、うん」
(こいつ、本当万能だな)
アルベラはエリーの作った壁を手のひらで触り、素手で軽く叩いてみた。
拳が貫通するほどではないが、確かに衝撃を与えた部分は厚みの半分辺りまで拳を通してしまっている。
位置合わせをするように肩を当て、アルベラは少し離れると、勢いをつけて壁へ体当たりした。
―――パシャ! ……パン!!!
アルベラがぶつかって、時間差で壁が弾けて消滅する。
「え、なにこれ脆!」
「はい。さっきのはこんなものです。痺れ効果が無ければ簡単に壊されてます。霧の方も色々発展していってるみたいですし……そっちは付与した効果の加減を調節する練習をしたいですが、効果によっては対人じゃ危ないですしね……。長旅の間、魔獣や魔族が出たら練習に使わせてもらいましょうか」
「ああ、それいい。害獣相手なら気兼ねない」
「でしょう? ではそれまで、特訓は体がなまらない程度にして、考査に向けてのお勉強を頑張ってください。お嬢様の成績によっては私も旦那様や奥様から注意されてしまいますので」
「はーい。せいぜい頑張ります事よ」
アルベラはポケット図鑑から乾燥の魔術印を見つけ、自身に施す。
身だしなみを整えると、学園の貸し施設である室内訓練場を出て、部屋の鍵の返却をエリーに任せて自室へ戻った。
***
運動着から学園の制服に着替え、アルベラは食堂で一人、窓際の席をに座りメニュー表を眺めていた。
「おつかれー」と当たり前のように軽い挨拶が投げかけられ顔を上げると、「席いいかな?」とほほ笑むラツィラス。隣にはジーン。
反射的に軽口を叩きそうになったが、周りから他生徒の視線を感じたアルベラは「どうぞ」と外行きの笑顔で微笑み返した。
「ありがとう」とキラキラした笑みが返され、近くにいた数人の女子生徒が小さく黄色い声を上げる。
何となくこの笑顔を見ると「今日も綺麗な顔しやがって」という悔しさからか反抗心からか、舌打ちをしたくなってしまう。が、それも耐えて笑みを保つ。
アルベラは見ていたメニューを二人へ差し出した。
「私、もう何食べるか決めたのでどうぞ?」
「いいや。僕は決めてるから大丈夫」
「俺も」
「そうですか」
ジーンが「じゃあ」とテーブル近くのスタッフに目をやると、スタッフは速やかに注文を聞きに来た。
三人とも選んだのはシチューが主役のコースだった。
他にも幾つかコースだったり単品のメニューだったりとあるのだが被ったのは偶然だ。
「奇遇だね」と笑うラツィラスに「そうですね」とアルベラがお嬢様な笑顔を浮かべる。
「お前、このあいだ校庭でユリ嬢を投げ飛ばしたらしいな」
「……は」
ジーンの言葉に早速お嬢様笑顔にひびが入る事となった。
「そうそう。彼女と何かあったの? 君が彼女に目を付けたって話が加速してるみたいなんだけど」
「影で私物壊してるって本当か?」
「影でとは失礼な。それは私のポリシーに反するの」
(場合によるけど)
「目の前でも問題だっつうの」
ジーンが息をつく。
「ユリ嬢の噂について、アルベラは否定しないって事かな?」
ラツィラスの問いに、アルベラは首を振った。
「噂については、色々混ざってまして。全部が全部否定しませんが、一部は他人の物ですね。言っておきますが、ユリの座る席に居たずらしたり、馬暴れさせたり、ノート破ったりは私じゃないですよ。あと、運動場で投げたのはユリでなく他の女生徒です。ユリとは全く何も」
(私はまだ水かけてビンタして箒と変な人形壊しただけですから)
「ははは。人を投げたのは本当なんだ。何で投げたの?」
王子様が笑うたびに周囲の視線の熱量が上がる。
それらを全く無い物と扱う彼へ、アルベラは慣れた物だなと感心しつつ、監視されてるようで面倒くさい物だなと息をついた。
「挑まれたんです。初級体術でご一緒している彼女に。一発入れるか、背中を取れば勝ちと言われましたので」
投げる前に既に一発入れていた事は余計だろうと、アルベラは当然とすっとばして説明する。
「へぇ。それで投げ飛ばして泣かせた、と。容赦ないなぁ」
「泣かせた事になってるんですか?」
「泣かせてないのかい?」
「泣かせてませんよ。負けた悔しさで目が潤んでいただけです」
「そっか。負けは悔しいよね」とラツィラスはクスクス笑う。
ジーンは頬杖を突き、呆れた目を食堂内へ向けていた。
「その事で、お前が実は平民嫌いなんじゃないかって話も出てる。ベヨス嬢が急にお前を持ち上げ始めたのも原因だけどな」
ベヨス嬢とはベッティーナの事だ。ベッティーナ・ベヨス。それが彼女のフルネームである。
(確かに、ベッティーナ嬢は貴族贔屓だものね)
その事は魔法学や騎馬の授業からもアルベラも良く知っていた。だが、他人の好みに口を出す気はないので、本人にその話題を振った事はない。
「平民嫌いと言えば……」と言いかけ、ふと近くの席の話題がアルベラの耳に入った。
それは丁度今話そうとしていた、一部の生徒を除いてほぼ全員が招待された、第三王子様の誕生日会についてだ。
ラツィラスから第三王子様は地位差別が激しいと聞いていたが、そんな彼が「平民の特待生にも招待状を送ったそうですね」と、アルベラは話題を逸らそうと思ったのだ。
(あれからこの話ばっかだな)
つい、近くの席の話に意識が行ってしまい、そちらに耳を傾ける。
水の入ったグラスを揺らしカラカラと氷を回していると、「最近あの話ばっかだね」とラツィラスが苦笑した。
―――トントン
注目を集めるように、テーブルが指で叩かれる。
アルベラがそちらへ目を向けると、彼の手元にいつの間に描いたのか、陣よりの少し複雑な印が描かれていた。
(よくもまあ、あんな上級の『印』を……)
その印はアルベラも過去に何度か試し、一度も展開できなかったものだ。線の太さや魔力の流し込み方などにコツがいる、大人でも難しい上級者向けである。
この印の効果は「音の聞き取りの阻害」。
指定された人物同士の会話が周りには雑音に溶け込んで自然と聞こえ辛くなる。「遮音の魔術」のように音を遮断するわけではないので使用に気付かれにくい。
(安心して兄弟について話せと)
「スチュート様はよく分かりませんわね。親族より、軽蔑対象の平民の方々を選ぶとは。……お二人はその日どうするんです?」
「さあ。いつも通り過ごすかな」
「俺も。団の訓練は毎日あるし」
「そうですか。あなた方が招待されていないだなんて、皆思ってもないでしょうね」
「ふふふ。かもね。けどそろそろダンスの話とか出てくるだろうから、その内広まるんじゃないかな。会の感想、是非頼むよ」
「ええ。機会がありましたら」
「じゃあ幾らでも聞けるね」
言外に「機会なら幾らでもある」と、ラツィラスは笑う。
第三王子、スチュートのラツィラス嫌いは確からしい。
彼は腹違いの弟とその護衛には招待状を送らなかったのだ。
全校生徒に招待状が来た後日、アルベラは二人と顔を合わした際にその話を聞いた。
そして学園で催すという点について気になり、「学園で開催するそうですがお城ではやらないんですね」と尋ねた。
それに対してのラツィラスの答えは、
『スチュートは多分、自分の好ましくない人達を社交辞令で招いて城に立ち入らせたくないんだよ』
というものだった。
スチュートという人物の人柄が、ラツィラスを通してアルベラの中に構築されて始めいた。
こだわりが強く、好き嫌いの激しい高慢な王子様。自分の兄弟には甘い一面もあるが、それ以外の人間を見る目は厳しい。評価基準は知る由もないが、大体の人間は貶す対象であるらしい。城の一部の人間の間では彼が処刑好きという話もあると聞いた。
ちなみに最後の「処刑好き」とやらはエリーとガルカ情報である。
ガルカの方は、その第三王子の趣味の瞬間に立ち会ってきたという。上空から誰にも気づかれず一部始終を見届けてきたそうなので確実だろう。
(そりゃあ時期王候補からも外されるわけだ。処刑好き以外は全部この子視点で聞いた話だけど……感情に任せて話を歪めたり、変に誇張するタイプではないし……)
そこで料理が届き、テーブルの上にちょっとした前菜と温かいスープ、サラダ、パンが置かれ、メインディッシュである、ごろっとした二つのブロック肉が目立つシチューが共に置かれた。
アルベラは何となくスープに浮いた野菜に目が留まり「今日はやけに発色がいいな」と思う。
食事に手を付け始め、「そうだ」とジーンが口を開いた。
だが彼は、急に他に注意を引かれた様に話題を止め「……あ、ちょっと待て」と呟いた。
「……?」
「スープとシチューは食べるな」
アルベラは「それなら」とサラダを口に運ぶ。
ジーンはいつもの様子でスープを少量、次にシチューを少量、順々に口に含む。
「なに……? 盛られたの?」とアルベラが冗談半分で尋ねると、ジーンは「ああ」と頷いた。
「多分このテーブルの汁物全部」
アルベラは顔を渋らせ食事の手を止める。
「皆同じメニューだったから全部に混ぜたのか? だとしたら呆れるな」
ジーンは軽くラツィラスを睨み、ラツィラスは「ごめんごめん」と笑った。
どうやら王子様狙いの犯行とみてるようだ。
ジーンはもう一度スープを口に含む。
まだ食事に手を付けていなかったラツィラスは、ジーンの様子に食べても問題ないと判断したのか、スープとシチューに手を付けた。
この二人の食事の順番は決まってこうだ。
まずはジーン。その後にラツィラス。
ジーンは護衛が主な仕事なので、何かあった時に本格的に毒で潰れていたら不味いはずなのだが。学園内ではそういう心配をしていないのか主な毒見は彼の仕事だ。
「食べて問題ない奴なの?」
アルベラは掬ったスープの香りをかぐ。
「多分大丈夫だろうけど……勧めはしないな。俺とこいつは自己責任で、軽いのは好きで食べてるだけだし。公爵家のお嬢様の分まで責任は取れない」
ラツィラスは「そう?」と首を傾げる。
「アルベラもたぶん大丈夫だよ。これ、ジーンは何だと思う?」
「惚れ薬。民間に出回ってる奴だ」
「だよね。僕も同じく」
「惚れ薬……」
またか。
アルベラは目を据わらせた。
ラツィラスは小さく切られたオレンジ色の野菜をスプーンに乗せ、不自然じゃない高さに持ち上げた。
「野菜の色が鮮やかでしょ? 特にオレンジとか赤系の野菜。この薬の原材料の特徴でね、カロテノが特に反応するんだ」
「茶会の前ってこういうの多いんだよ……」とジーンが息をついた。
「何が入ってるんです? 普通に食べてますけど」
「原材料はスッポとかヌルギとか、精力がつくって言われてる食べものを片っ端から集めて作ったエキスだよ。それに、君が前に飲んだような睡眠薬を薄めた奴だったり、アルコールが入ってるのが主流かな」と、ラツィラスが答える。
「ああ……それなら私も前に見た事ありますね」
見たことあるし買ったこともある。賞味期限のあるものなので、そのまま期限を迎えさせ廃棄した。その時購入したものが、魔術や魔術具を使い保存しておくほどの代物ではなかったのだ。
(紅茶に混ぜてニーニャに味見させたっけ。自分でも飲んだけど。……何ともなかったよな。霧にしたら興奮剤みたいな効果があったっけ……。虫で試したら、とにかく動き回りたい、って感じだったな)
「でしょ? 心配はそれ以外の薬が入ってたらって事だけど……どうやら命を狙ってるわけじゃなさそうだし大丈夫。今回のは、思考を鈍らせる程度の睡眠薬と弱い神経毒って所かな」
ラツィラスはニコニコと肉を崩す。
良く煮込んだ肉がほろりと崩れる光景に食欲をそそられ、アルベラはこくりとつばを飲んだ。
「そ、それ。命に別状は無いんですよね……。なら少しだけなら私も……美味しく耐性つけられるなら……」
アルベラは自分の分を見つめフォークを握る。
何せ運動後なのだ。空腹もあいまって、目の前の光景はかなりの飯テロだった。
「睡眠薬と神経毒が許容範囲なら大丈夫だろうよ」とジーンは呆れながら自分の食事を口へ運んだ。
食事をしながら、ラツィラスはスタッフルームの扉へ目をやる。
彼が意識を向けているのはその先にある調理場だ。
「学園のキッチンにはさ、貴族の後ろ盾がある料理人が結構いるんだよ。ていうかそれが殆どかな。腕を磨いて立派な料理人になろうって人達から、貴族が目ぼしい人材を引き抜いたりして支援するんだ。そういうの、ラーゼンもよくやるよね」
アルベラは「ええ」と頷く。
「で、そういう人達が学園に雇われたり、彼らの主が学園に紹介したりして入ってきたりする」
「ご主人様のご令息ご令嬢のいい駒になるってことですね。今回盛ったのもその人達だろうと」
「そういう事。ご主人様自らの紹介なら繋がりが分かりやすくていいけどね。後ろめたい物を抱えて入ってくる人達ってのはその繋がりも隠して入ってくるから、表の経歴はほんの参考程度。……要はご飯が美味しければいいわけだし」
「勉強になりました。我が家からも誰か送り込んでいただいた方がいいかしら?」
「ふふふ。公爵家が何もしてないとは思えないけどね。……多分君が知らないだけで、君のご両親との内通者は誰かしら居るはずだよ」
知らない事情にアルベラは「なるほど」と呟く。
「にしてもいいんですか? そんな盛られたい放題の環境で」
「僕らもただ一方的にやられてたら割にあわないし、そこまでお人よしじゃないよ。勿論犯人は捜すさ。盛った本人なり、それを指示した人間なり。……けど、これくらいなら料理人を首にして免許剥奪くらいかな。命に害はない……とはいえ、通常なら健康に害を及ぼすものだし……人の食事に異物を混入したんだ。どんなに腕が良かろうと、今後料理で稼ぐなんて二度とさせるべきじゃないよね。仕事なら他にいくらでもあるし。その料理人を送り込んだ側からも今後の人材の受け取りは拒否だよ。中等部の時も何回かあったんだ」
ラツィラスはニコニコと、フォークの先を指揮棒のように振った。
その言葉には普段より熱がこもっているように感じる。
「もしかして意外と怒ってます?」
「もちろん。僕らは普通に美味しい食事がとりたいんだ」
微笑む彼の横でジーンが「うまい飯くって腹壊すのはごめんだ」とごちる。きっと過去のトラウマなのだろう。
(食べ物の恨み……)
アルベラは毒の盛り方には気を付けようと心に刻む。
アルベラは「惚れ薬」とやらの混ぜられた食事を味見程度に数口食べると、短時間で出てくるラップサンドのメニューを頼み直し、そちらを完食した。
ラツィラスとジーンは何ともない様にシチューを全て食べ終え、三人の前から食器が下げられる。
食後に出される紅茶を手に、アルベラは「そういえば」と口を開いた。
「お二人もこの後お茶会なんですね。どなたと?」
アルベラの質問に、ジーンがため息と共に尋ねる。
「『お二人も』って……まさかお前もお茶会か?」
「ええ。私はルーと」
「サールード様か。……となるとお前のせい確定だな。王子様」
「残念。アルベラのせいにはできないね」
「ええ。いい迷惑です」
「ふふふ。愛されるって大変だよね…………―――じょ、冗談冗談」
二人の冷ややかな視線がラツィラスへ集まり、ラツィラスは両手を胸の前にあげて苦笑した。
「それで誰なんです? 殿下のお茶会のお相手は」
つんとした目を向けて問えば、王子様はわざとらしく、うっとりと嬉しそうに微笑んで見せた。
「嫉妬ですか? アルベラ嬢」
「……」
アルベラは不快感を露わに、笑顔さえ消し去って蔑んだ目を向ける。
「冗談だよ」
クスクスと笑い、ラツィラスは人差し指を立てた。
「エイプリル家のご令嬢。知ってるかい?」





