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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (前編)
172/407

172、学園の日々 2(整地と気になる噂)◆

挿絵(By みてみん)



 アルベラは馬に跨り城の騎士団の訓練所へと向かっていた。

 学園指定の運動着を着用し、昨日の山でも着ていた冬用の外套をまとっている。モコモコの裏シャギー生地のフードを深くかぶり、同じくモコモコのネックウォーマーを鼻のあたりまで上げ、寒さからは完全防備だ。

 周囲には他にラツィラスやジーン、キリエにウォーフ、それとガルカを含めた護衛が四人。護衛とは、ウェンディ家に努める護衛騎士一人と、学園に配属されている騎士二人だ。

 馬組は馬車一つを前後で挟み、緩いペースで走行していた。

  学園では外出の際、気軽に騎士を護衛に借りることができる。急に要請してもそのタイミングで学園を離れられる騎士がいるとは限らないので、事前に申請をした方が確実だが。今日は運よく空きの者いたようで、二人借りる事ができた。

 スカートンはもともと専属の護衛をつけていないので、中等部からこのシステムを愛用している。テリアは一応、護衛兼使用人を学園に連れてきているようだが、すでに護衛がジーンを含め六名いるのと、プラスでウォーフも戦力で言えばそちら側に数えられるだろうという事で、大所帯を避けて今日は連れてくるのをやめていた。

(学園の運動着、初めて着てちゃんと動いたけどまあまあだな。普段着慣れちゃってるのがあるせいで比べちゃうけど、こっちも着慣れれば割といいかも)

 学園の運動着はシャツにベストにブーツだ。アルベラの予想を裏切り流石にジャージではなかった。

 白と茶色が基本で、金と黒の糸が装飾的に使用されている。素材とデザイン合わせ、普段の制服同様、品のいい高級感があった。



「スカートン強そうね」

「サリーナも」

 馬車の中、テリアとスカートンが互いの運動着姿に笑いあう。

「皆さんよくお似合いですよ。スカートやドレスの姿しか見たことないので、とても新鮮ですね」

 彼女らの向かいの席でエリーが微笑んだ。

「エリーさん、こういう恰好したら凄い似合いそうですよね! おっぱいが大きいのであれですが、うまく隠したらなんかすごいイケメンになりそう!」

 テリアが興奮したように身を乗り出す。

 エリーは胸に片手を当てて「あらあら。嬉しいですわ」とほほ笑む。

 テリアはその胸を羨ましそうに眺める。

 ウェンディは友人の様子に苦笑し、自分の運動着の袖の感じやブーツの履き心地を確認するように、小さく肘や膝を動かしていた。

「……まだ授業で使ってないのに。袖卸そでおろしがまさか罰ゲームだなんてね」

「そうね。授業で使ってないうえ学園の外で着るとか、ちょっとワクワクする」

 テリアの言葉にウェンディは「もう」とまた苦笑する。

「けど、そうね。確かに」

 馬車の窓から外を見ると、幾つも重なる針葉樹の奥に城が垣間見えた。先ほど正門をくぐったので、ここは既に城の敷地内だ。だというのに、未だに感じる城への距離感。向かっているのは騎士団の訓練場なので、行き先の都合上これ以上城に近づくことは無いのだろう。どころか、景色を見ていると更に遠ざかっている。

 中伯爵家のテリアは、ラツィラスの誕生日くらいでしか城に来ることは無い。今まで通ったことのない城の敷地内の道と、この距離では見たことない城の角度に「やっぱ広いなぁ」と感嘆の声を漏らした。



 片付けの現場である訓練場に着き、面々はジーンから倉庫の場所と使用可能な道具の軽い説明を受ける。

「今回の場合、スコップとハンマーとローラーがあれば十分でしょう。残ってる氷は火の扱いが得意な人が溶かしてください。あと火の扱いの練習がしたい人とか。土とか水とか泥は、本当ならあんま魔法に頼らずっていうのが団のやり方ですが、今回はトレーニング目的じゃないので『殿下様』と『公爵ご令息様』以外は気にしないで、魔法でどうにかできるところはどうにかしてしまって大丈夫です」

「ジーン? 僕らはトレーニングバージョンでやるのかな?」

 「当たり前だろ」とごく当然なジーンの返答に、「当たり前かぁ」とラツィラスが苦笑寄りの笑みを浮かべ繰り返す。

 そのやり取りにアルベラが意外そうな目を向けた。

「殿下もお片付けされるんですね」

「勿論。荒らしたのは僕とウォーフだからね。僕らは罰ゲームがあってもなくてもやらないと」

「……てっきり皆の労働する姿を見ながら高みの見物かと」

「そういうのも悪くないんだけどね」

 ラツィラスはにこりと微笑む。

「初めはそういう予定だったぜ?」

 ウォーフが倉庫内にある一つの棚を眺めながらそう言った。

「けど偽騎士が却下した。俺も見てるだけはつまんねーしな。皆やってたらどうせ自分もやりたくなるしってことでこうなったわけだ。……ほれ、王子さん」

 ウォーフが鉄製の腕輪をラツィラスへ放り投げた。ラツィラスは「一番上の奴か」と苦笑しそれを腕にはめた。

「初めは高みの見物予定だったんですね……」

「冗談で言ったまでだよ」

「冗談か本気か分かり辛い感じだったな」

 ウォーフは笑いながらそう言って手首に自分の腕輪をはめる。その面には細かい凹みと不透明な灰色の石がはめ込まれていた。

 ラツィラスが嵌めた物も同じデザインだったが、ウォーフの物より一回り幅がある。リストバンドか、溝や石がはまってなければ手枷のようにも見える幅だ。

「魔法封じですか?」

 キリエが興味深そうに棚に並べられたそれらを眺める。

「バスチャランもつけるか?」

「良いですか?」

「おう。好きなの使えよ」

 騎士団の所属でないはずのウォーフが我が物顔で頷く。

「あんまきついのつけると体がだるくなるから気をつけろよ」

 ラツィラスがキリエの横へ行き、棚を指し説明する。

「説明書きが数値で分かりづらいんだけど、上に行くほど強烈だって思えばいいよ。ほら。キリエ君はこれとかちょうどいいんじゃない?」

「ありがとうございます」

 キリエへ腕輪を渡し、ラツィラスは「いいえ」と笑った。

「じゃあ、あとはスコップを人数分とローラーが一つ二つあればいいですかね」

 そう言って、ウェンディーがスコップを四つ手に取る。テリアも三つ、スコップを抱えた。

 後はローラーだけ、と出ていこうとする面々の後ろ。ジーンはバンドの並ぶ棚を眺めていた。本来なら一番上の段に置かれているはずのバンドが、中間の段に置いてあった。

 皆が目的の一角に向かうのを追いかけ、ジーンはラツィラスの肩に手を置く。

 「何?」とラツィラスは振り向く。

「お前はこっちな」

「……ばれてたかぁ」

「そりゃあな」

 キリエに腕輪を渡したタイミングでウォーフから受け取った物を外し、少し弱めの腕輪につけ変えていたのだ。

 ジーンからリストバンドサイズの腕輪を受け取り、ラツィラスは彼の目を欺けなかったのを楽しむように「ちぇー」と笑う。今まで手首にはめていた物をジーンへ渡した。

 少し離れた距離から、そのやり取りを丁度目撃していたアルベラは目を据わらせる。

(殿下も殿下だけど、ジーンもジーン……。よく気づけたな……)

 視線に気づいたジーンがアルベラへと顔を向ける。

「こいつ頼んだ」

「は?」

「何かしら不正したらベルルッティにでも伝えてくれ。適当にペナルティ準備してくれんだろ」

「不正とは」

「腕輪外したり……何か楽しようとしたりだ」

「ほう……何か楽しようとすればペナルティ……。私の匙加減一つですね。……殿下、どんなお気持ちですか?」

 ラツィラスが苦笑しながら「意地悪だなぁ」と零す。



 罰ゲーム組が片づけを始める柵の外、隣の訓練場では騎士達が武器の打ち合いを行っていた。

 ローサは見習の同期であり友人であるリサと剣を交える合間、先週ラツィラスとウォーフが使用した訓練場をチラチラと気にしていた。

 リサが剣をぶつけて顔を近づけ、「ふふ」と笑った。

「またディオール様いらっしゃってるわね。仲良いわねぇー。あの方の本命はどちらかしら? 殿下、ベルルッティ様、あの優しそうなご学友……それともまさか、ジーン先輩……」

「りぃーさぁー……!」

 ぐぐぐ……、とローサは剣に力を込め友人を押し退けた。

 後ろに下がったリサは剣を下し、肩をすくめる。

「もう。ローサってば余所見ばっか。そんなんじゃ怪我しちゃうわよ?」

「……それは……ごめん……。ちゃんと集中する」

「告白でもなんでもしてスッキリしちゃえば?」

「告?!」

 周囲の見習いたちの視線がローサに集まった。ローサは口に手をあて、「すみません」と剣を構え直す。

 同じように剣を構え訓練のポーズをとる友人へ小声で投げかける。

「絶対嫌! ……そんなの、全然そんな関係でもないのに玉砕しに行くもんじゃない!」

 リサは「うーん、そうねぇ……」と返し、分かりやすく剣を振り上げた。ローサはそれを受け止め、弾いて次は自分から切りかかる。その剣を受け止め、リサは「じゃあ……」と少し困ったような笑みを浮かべ呟いた。

「今度先輩たち誘ってご飯にでも行く? たまに訓練後のごはん皆で行くようにするの。お誘い自体は断られても話すきっかけにはなるし。ちょっとは距離縮まるんじゃない?」

 ローサの目が徐々に丸くなっていく。剣を交えたままぽかんとした表情で友人を見つめると、彼女は思い出し用に「い、行く!」と大きな声を上げた。

「ほらそこー! 集中ー!」

 先輩の注意を受け、二人は「すみません!」と訓練の方に意識を戻す。

 


「へぇ、辞退。居るのねぇ、やっぱり」

 片付けの終わり際。整地の済んだ訓練場の端。ウェンディの話にテリアが驚き交じりの声を上げる。

「ええ。ただ、気にるのが……良くない噂がありまして。アルベラ様とスカートン様は小耳に話さんだことありませんか?」

「小耳?」

 スカートンが首を傾げアルベラへ視線を向けた。アルベラも首を傾げて返す。

「脅されて辞退した方もいるみたいなんです。噂だと数人。『どうせ最後まで残れないなら早めに下りろ』って。他にも恐ろしい目にあっただとか。……そのご様子だと、お二人はまだそういった被害にはあってないみたいですね。良かったです」

 「ウェンディ様も」とスカートンは微笑んだ。

 「『どうせ最後まで残れない』って思うなら放っておけばいいのに」とアルベラが呟くき、テリアが「ですよね」と頷く。

(数人を蹴り落とすポテンシャルか……)

 アルベラは腕を組み、ぼんやりと考える。

「大伯以上じゃないと、わざわざそんな事する気になりませんよねー。性格がお悪いです事」

 テリアが当たり前のようにそうぼやき、アルベラは笑みをこぼす。

「私も同じことを考えてました。……大伯以上……疑われますわね」

 「ふふ、」と公爵ご令嬢様が微笑んだのを見て、テリアはぎくりと身を揺らした。

「あの……私別にアルベラ様の事は疑ってませんから!」

「ええ。テリア様がそんな方だなんて思っていませんわ」

「ヒイ! 笑顔が怖いですぅ!」

「冗談ですわよ」

 アルベラがワザとらしく棒読みにお嬢様言葉を返しにっ笑うと、テリアは安心したように肩から力を抜いた。

「けど、この噂を知ってる人達からは、私たちはあらぬ疑いをかけられやすい立場って事ですわね」

 アルベラはウェンディへ目を向ける。

 「そうなんですよね」と、ウェンディは困ったように頷いた。

「本当の話かどうかもまだ分かりませんのに……」

「大丈夫大丈夫。ランの性格知ってる人はランの事絶対疑わないから」

「そうかしら……。少し不安ね。身の振りに気を付けないと」

(彼女がこれ以上おしとやかに……? もう何もできなくなってしまうのでは)

 普段から身の振りには十分気を付けているウェンディがこれ以上どうしろと? とアルベラは心配している彼女の姿が哀れに思った。

「気にしすぎたら疲れちゃいますし、ウェンディ様はいつも通りで大丈夫ですよ」

(スカートンも、聖女様の娘ってだけでなんかそういうのとは無縁に思えるし、スカートンの空気というかイメージ自体、『清らか』って感じなんだよなぁ。あんなに怖い顔するのに……不思議。……で、一番この中で疑われやすそうなの私なわけで)

 アルベラは一瞬顔をしかめるが、すぐに大した問題でないように思え「まあいいか」の一言にまとめた。

(今回の私は人の評価を気にする私じゃないの。前世の轍は踏まぬ。……手を出してくるようなのに絡まれたら厄介だけど、エリーと一応ガルカもいるわけで……。うん。へーきへーき)

「嬢様方ー。ガールズトークの続きは食事をしながらでどうだー?」

 倉庫に道具を片しに行っていた三人が戻ってきた。

 ウェンディとテリアが「片付けありがとうございます」「おつかれさまでーす」と彼等へ返す。

「候補者の方々に、圧……」

 隣りから聞こえたぼそりとした呟きに、アルベラは顔を上げて表情を強張らせる。

「……? スカート ン……」

 普段は可憐なスカートンが、長い前髪で両眼を覆って黒い空気を漂わせていた。両手で胸にかけていたロケットを包み込んでいる。

「婚約者を選ぶのは王子なのに……王子は皆のモノなのに……王子の意思でもないくせに……」

(久々に見たな)

「……アルベラ」

「何?! 私じゃないから!」

 名前を呼ばれて咄嗟にそう返す。スカートンはきょとんとしていた。

「分かってるわ。そうじゃなくて」

「じゃなくて?」

「もしそういう人がアルベラの所に来たら言ってね」

「え?」

「絶対言ってね。私、そんな人、そんな女……私がこの手で」

「こらこらこら……」

 ギラギラと危なげな光を瞳に灯す友人へ、アルベラは「命だけは取っちゃだめよ。ぜった駄目よ。あなた聖職者なんだからね」と言い聞かす。



 その後、約束の通りラツィラスの驕りでテリアの行きたかった店で夕食を食べ、皆寮に戻って解散した。

 アルベラは夕食の間に、でウェンディとテリアをランとサリーナと呼ぶようになっていた。

(友達が増えるのは良い事だけど、果たして卒業までちゃんと続いてるかどうか……)

「はい、これ」

「はい。……ではお嬢様、また明日。お休みなさいませ」

 エリーはアルベラから二枚のメモ用紙を受け取り部屋を出る。



 「おやすみー」と返ってくる少女の声に微笑み、エリーは窓から入り込む月明かりに、紙に書かれた剥き出しの文言を見た。

セカン(火の日)の放課後 手紙の件で伺います、ディオール』

(王子様の御兄弟の話……。王族の私情に触れるなんて、お嬢様ったら恐れ知らず)

「ふふふ……」

 嬉し気な笑みがつい零れる。

(良いじゃない。それでこそ守りがいがあるってもんよ)

 アルベラが何かのゲームとやらに興じていという話は出会った頃に聞いた。それから少しして普通の神からは嫌われている代りに、魔族の信仰する怪しげな神からの加護を受けているという話を聞いた。

 アルベラの興じているゲームとやらの相手は教えてもらえず、そのゲームの内容や報酬も謎だ。

 だが、彼女が随分前に零した言葉から、それが命に係わる事だというのは知っている。もう確認する事は叶わないようだが。

(本当、いじらしいものね)

 エリーには、自分が彼女に必要とされているという自覚があった。

 彼女にとって、自分は貴重な駒なのだ。彼女が自分なりに考え、自身の至らない部分を補うために押さえた人材。

 本当は離れて欲しくはないのだろうが、傍に居る事を強制するわけではなく屋敷に仕えること自体はエリーの意思に任されている。

(傍にいて欲しい。けど無理にとは言えない……ああ! もう! 本当可愛い子!!)

 エリーは自分の体を両手で抱きしめ、うねうねと悶えた。

(あの子は、あくまでも自分のゲームは自分でやるべきと考えて行動している節がある。私達にさせるのはその補佐や準備。私があの子のゲームに関わっているのは確実。けど、その本筋は教えてもらえない。……なら、私は私で、そのサイドでゲームをして楽しんでやろうって思ったけど……)

 「あの子」を補佐し、育て上げ、勝利に導く。

 そんなゲームに興じてやろうと決めたのは「気味が悪い玉」の件の頃だ。

 彼女のゲームを邪魔する輩は、問答無用で排除する。相手のやり方によっては命を奪う事も厭わない。そう思っていた。

 今もそう思っている事は変わらないが、自分の予想を大きく裏切ったのはあの魔族だ。

 あの頃、エリーは絶対にガルカが裏切ると思っていた。

 魔族ならきっと、人の邪魔を喜んでするはずだ。信頼を得ようと擦り寄り、自分好みの具合になった頃、手のひらを返してどん底に突き落とし、人間の絶望の顔をあざ笑う。そうすると思っていたのだ。

 エリーの知る魔族も、世間一般の魔族のイメージと言うのもそういうものだ。

 だが、ガルカは一向に裏切りの気配を見せない。

 それどころかアルベラは最近、すっかりガルカ順応してしまっている。初めの頃にあった警戒心が殆ど薄れてしまっていた。

 そしてそれは自分も同じく……。

 エリーが傍見てきた彼の姿は、ただの素直になれない悪戯好きな子供大人だった。気まぐれで狡猾でもあるが、些細な程度である。縛りの魔術で殺人を制限させられているとは聞くが、本当にそれだけのせいだろうかと疑問に思う。

(邪魔してくれたら喜んで排除してやるのに。邪魔しなさいよクソ魔族。何お嬢様に懐いてんのよ、目障りね。私の方が先なのよ!!)

 エリーは「はぁー……」と深いため息をつく。

(故郷を離れて、一年以上も長く一つの土地に居て、ひと月以上も人に仕えてるってだけでも過去最高記録達成中だっていうのに……その上魔族とこんなに長く一緒にいる事になるなんてね……)

 目的もなく、ただ気が向くままに町や村を転々とし、その土地に慣れてしまうと飽きが来てまた他へ移った。

 穏やかな生活は素晴らしい。だがそれ以上に、自分は刺激を求めていた。

 ディオール家に行き着いてからというもの、エリーの移住癖は全く顔を出さなくなっていた。使用人兼護衛にスカウトされ、「面白そう」という軽はずみな気持ちで了承して、気づけばもう五年が経っていた。 

(本当、自分でも意外だっていうのに。全然何も苦じゃないんだもの……。良い男に出会えて、面白い友達もできて……そこらの貴族でも入り込めないような場所にも行けて……。本当、あのクソ魔族がいるって事以外最高なのに……)

 コツコツと人気のない廊下を歩き、エリーは男子棟の目的の部屋の扉を見つける。

(まあいいわ。あれはあれ。私は私。共にした時間なんて、いざという時の手加減になりはしないもの。笑いながら真っ二つに引き千切ってやるわ)

 淡い光が漏れる隣り合った扉の下、渡されたメモ用紙を滑り込ませた。

 用を済ませたエリーは、学生寮の近くに構えられた使用人用の棟へと向かう。

 明かりの灯った窓がまばらにある中、二階の一室で丁度一人の女性が窓の外に目をやり、エリーの姿を見つけた。

 彼女は手を振り、出来るだけ小声でエリーへ言葉を投げかける。

『今皆とカードやってるんです。姐さんもいかがです?』

 夜更かし好きはどこにでもいる物だ。まだ出て日の浅い屋敷の記憶を思い出し、エリーは笑みを零す。片手で丸を作り参加の意思表示をした。

 屋敷に居た頃の使用同士での夜の和やかな時間。その記憶から連鎖して、使用人になった頃にレミリアスと二人きりで話した時の事を思い出す。

(……そういえば、私の不正入国、奥様がチャラにしてくれたっていう微々たる恩もあったわね。ふふ。その分も頑張ってあげないと)

 向かった部屋の扉をノックすると、中にはここに来てから親しくなった護衛と使用人二人と騎士がいた。皆女性だ。

「姐さんお疲れ~。お嬢様方、殿下と城に行ったんだって?」

 傭兵であり護衛である彼女は片手をあげて笑いかける。

「あらあら、話がお早いわね」

「ねえねえ、皆でぞろぞろと何をしに行って?」

「聞かせて欲しいわね」

「私『数人』て事しか聞いてないのだけど、どちらのご令嬢やご令息がご一緒したのかしら?」

 エリーは騎士に渡されたグラスを受け取りほほ笑む。

「あら。そういうのは勝った人の特権でしょう?」

「のった」

「もう……。勝った人ちゃんと回してよ?」

「私は嫌よ。負けた人には秘密」

「私も。話ちゃったら勝った意味ないじゃない」

「ええー……」

 四人は今までのゲームを切り上げる。一番若い使用人の女性が五人分の手札を配り、山札を置く。

「はい。じゃあエリーの姐さんは今日のお話。他は?」

 二人は情報、二人は物を提示し、勝者への報酬が決まったことでゲームは開始された。



 ***



 扉の下、白い影が静かに現れた。

「エリーさんですね」

 ギャッジが紙を拾い上げ、それを置いていったであろう人物を言い当てる。

 淡い明かりの下、睡眠導入用の魔術書に目を通していたラツィラスは紙を受け取りクスリと笑った。

「アルベラといいベルルッティといい、行動が早いなぁ」

「どういたします?」

「伺うって言ってるし待つよ。ジーンの方にも連絡いってるのかな?」

「ええ。同じ紙を受け取っているようです」

「そう。……僕の部屋の方が良いね。……あ、そういえば」

「なにか?」

「授業と訓練とジーン以外で、三日連続で誰かと会うの初めてかも」

 クスクスと笑う主に、ギャジは優しげに目を細める。

「ご友人が増えて、とても喜ばしい事ですね」

「うん。今日も楽しかったよ。まあ知ってるだろうけど」

「ええ、陰ながら見守らせて頂いてますから」

 当然と答える執事に、ラツィラスは「頼もしいよ」と笑う。

 


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