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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (前編)
168/411

168、お爺様の試験 8(怒涛に不運)



(あああああああああ……お嬢様!! 豪快!! ……素敵!!!)

 数人の頭越しに見えたアルベラの姿に、エリーはゾクゾクと身を震わせ興奮していた。

「うっわー。魔力どうのの話でもねーな……」

 ウォーフが呆れてぼやく。

『銃型の魔術具……。随分完成度が高い品ですな。レミリアス様は娘さんにあんなものまで仕込んでいらっしゃるんですか』

 シリアダルの持つ通信機から、ザリアスの神妙な声が漏れる。

 谷に落ちていたのがラツィラスだと知った直後、シリアダルがザリアスに連絡を入れ、何かあったら直ぐに助けられるよう待機を頼んだのだ。なので彼は今、アルベラやラツィラスの近くで身を潜めてあの様子を間近で見ていた。

 ブルガリー伯爵は「違うだろうな」と呟き、あきれた様子で片手を額に当てる。

「我が家は銃器類に頼らん。幾つか揃えはあるがな……あんなもの、兵士の数揃えてたら金が幾らあっても足らん。なにより魔法や魔術さえ熟練させてしまえば必要のない類だ。……まあ、一応騎士にも兵士にも、基礎基本を叩き込む機会は設けているが……。なによりも……」

 ―――『お父様。わたくし、この武器は怖いのであまり使いたくありませんわ』

 今のアルベラと同じ年の頃のレミリアスは、そう言って、銃の基礎基本を学んでからというもの、あれらに触れようとはしなかった。もちろんあれらを集めているという話も聞いていない。

 であれば、きっと今アルベラが手にしている武器は、母から得たものではないはずだ。

(物の好みは変わってくることもあるが……レミリアスに変わりないとすれば、あの男(ラーゼン)の仕業か? だが、親バカのあれが娘にあんなものを与えるとも思えんな。……親バカゆえに容易く使える道具を持たせるという事もあるか?)

「エリー殿」

 声をかけられ、エリーは「はい」と平静な返答を返す。

「孫があれをどこから入手したかご存じか?」

「はい。お嬢様に頼まれて私が準備いたしました。私が頼れる筋に頼み、その方が準備してくださったので、その方がどこから入手したかは存じませんが」

 真実は「八郎にお任せしたらあれが届いた」だったが、今はそういうことにしておく。

「なるほど。だがあれ(アルベラ)が頼んで、とは。慎重さからか軽率さからか、判断に苦しむな……」



 立て続けに起きた爆発音に、ジーンは顔を上げる。

 辺りのコユキンボたちは一斉に逃げ去っていった。

 かなり近かった。救援灯が上ったのを見て、その近くまで駆け付けていたのでそのせいだ。すぐにシリアダルからの連絡があったので向かわずにいたが。

(あそこ、あいつの狩場の近くだよな)

 ふらりと、ジーンの足がそちらへ向かう。

(……?)

 向かう間際、地面の奥深くから「ずずっ」と小さな振動を感じたような気がした。



「あの、伯爵。よろしいでしょうか」

 シリアダルが不安げに声を上げる。

 伯爵は「なんでしょう?」と映像から顔を上げた。

「先ほどの爆発。不安だったので一応あちら側にいる騎士たちに指示を出したのですが、伯爵といらっしゃった騎士や兵士にも警告が必要かと。あと、殿下たちにも……」


 

「なんだろう……『圧倒的武力!』って感じだったね」

「武力だろうと思考放棄の脳死だろうと、ちゃんと撃退しましたしいいじゃないですか。どうです? 考えなしで前に出たわけじゃないですよ?」

 ドヤ顔でアルベラは微笑む。

「そうだね。どうであれ感謝してるよ」

 ラツィラスはようやく抜けた脚を払い立ち上がる。

 外傷はない。捻ってもいないのでこの後の歩行には問題なさそうだ。

「殿下、そっちの手袋は?」

「ああ、無くしちゃってね」

 彼は手をぐーぱーして見せる。その掌は傷だらけだ。すっかり忘れていたのか、彼は「ああ、そっか。治癒薬かけておこう」と言ってコートの中から薬を取り出す。

「手袋無くしてさ。探さず狩りして、躓いて転んだ先に棘だらけの魔獣がいたんだ。手をついたら動けなくなって、魔法も使えないしで気付いたらああなってたんだよね。昨日からついてないな……」

「昨日?」

 ざくりと雪を踏む音と、「お前ら何やってるんだ?」と木々の中から投げかけられる第三者の声。

 ジーンだ。

 彼の姿にアルベラは安心感を抱き、無意識に「ほぅ」と息を着いていた。

 ラツィラスといる時には大体彼がいる、という慣れもあるだろうが、なにより今は貴重な戦力だ。

 弱ってるだろう王子様と、方やか弱いご令嬢。「とりあえず強い」と知れてる騎士様の存在は純粋に頼もしかった。

「やあジーン。コユキンボ何匹狩れた?」

 ラツィラスがへらっとした笑みを浮かべ尋ねる。

「三百五十」

「え、なんで」

 三百狩って、誰よりも早くベースに戻るというゲームなのに、三百を越えても狩り続けているとは如何に。と、ラツィラスは疑問符を浮かべる。

「途中で怪我人拾って一時休戦して山降りた。三百近いから麓で狩りしてたら救援灯上って、爆発音聞こえて、気になって帰れずじまいで三百五十」

「へ、へー」

(負け確定かぁ……)

 ラツィラスは色々と落ち込む。

「で、ラツ。お前通信機はどうした」

 彼は言いにくそうに「……谷底にね」と答える。

「は? なくしたのか?」

「そう。お恥ずかしいことに」

「ったく。それでか。まあいい。……じゃあ二人とも俺と来てくれ。ここを離れる」

「え、なんで?」とアルベラ。

「今さっき副団長から全体に連絡が来たんだ。ここで爆発が起きたから、雪崩に警戒しろって。だから今すぐ……」

 「あ、これそういうフリだな」という言葉がアルベラの脳裏に過る。

 ラツィラスも同じような予感を感じたのか苦い顔をしていた。

 肌に伝わる空気の振動と、生き物の気配の感じられない、張りつめたような感覚。三人ははっとしたように顔を上げる。

 すぐにはっきりと聞こえ始めた、雪の崩れる不穏な音と振動。 

 アルベラとラツィラスは「あー……」とあきらめの声を漏らす。



 一瞬で目の前が真っ白になった。比喩やなんかではない。目の前に大量の雪と煙が迫り、本当に真っ白なのだ。まるで津波。白の合間にたまに茶色や緑をのぞかせながら、それは既に目の前に迫っていた。

 雪崩だ。

 耳から喉、腹の底へと、又は足の裏から、空気から、大地から、低い振動が伝わる。

「……っ!」

 アルベアは咄嗟に、頭を守るように両腕を構える。前世で聞いたことのある、嘘か本当か定かではない対処法が頭を過ったのだ。

 ―――雪崩に巻き込まれたら、ひたすら手を搔け。埋まった時に救助まで耐えられるよう、呼吸できるスペースを作れ。

 あれをどこまで信用していいかは知れないが、今はただそれに縋って腕の前に風の渦を作る。

(……!!)

 来た。押しつぶされる。―――そう感じたアルベラは、雪に潰されて息絶える自分の姿を想像してしまう。

 遅れてやって来た「恐怖心」が彼女の思考に覆いかぶさる。



 木陰に潜んでいた騎士たちは山を見上げて驚愕する。

(まずい!)

(俺の魔術じゃあの量は……)

 二人はアルベラを挟んで正反対の場所にいた。三人の居場所と自身らの距離を目測し、生じた迷いに動きが遅れる。



 アルベラの視界が眩い赤に染まった。

 目の前に迫っていた白が一瞬で消え去り、代わりに辺りは炎で包まれた。雪と炎両方の轟音が耳を打つ。

 温度が一気に上昇し、呼吸と共に喉に熱い空気が流れ込んだ。

「……」

 アルベラは目の前の背中を呆然と眺める。強張った体からゆっくりと力が抜けていった。

 二人の前に立ち、ジーンが炎を放っていた。体重をかけて踏ん張るように両手を前に出している。

 次から次へと襲い来る雪が炎に阻まれ溶けて消え行く。炎を逃れた雪が、視界の両端へ荒々しく流れていく。

 アルベラはぼんやりと他人事のように「うわぁ……大迫力……」と呟いた。魂が抜けたような声だ。

「おい! お前も手伝え!!」

 ジーンが声を荒げてラツィラスを振り向く。

 そのタイミングでアルベラは「……は!」と我に返る。

「ごめん! 僕今魔法使えないんだ!」

「は?!」

「この人、今魔獣の毒で魔力の流れが止まっちゃってるの!」

 アルベラが言葉を付け足す。

 「でもほら、」とラツィラスが言い、その掌に小さく火を灯す。

「……だから何だよ」

「少し回復してきたんだ」

 彼の誇らしげな顔に、ジーンはイラっと目を据わらせた。

「……私以下じゃないですか」

 アルベラがぼそりと呟き「えぇ」とラツィラスが情けなく笑う。

「もういい」

 ジーンはじとりとラツィラスを睨む。

「大人しくしててくれ、ポンコツ」

 ラツィラスはしゅんと膝を抱えてしゃがみ込んだ。

(ポンコツ……また言われた……)

 火力が一気に上がる。

 雪崩が収まると三人のいる部分とその後ろにかけて、雪にぽっかりと深い穴が開いていた。



「西側で雪崩が起きた。全員安否を報告しろ」

 シリアダルは参加者の名前が書かれたリストを手に、通信機へ呼びかける。

 リストに描かれた名前がぽつりぽつりと光はじめ、すぐに全員分の名前に光がともった。

「あなたは見れば分かるので良いですよ」

 シリアダルは苦笑しウォーフに顔を向ける。

「全部光った方が綺麗だろ? おーおー。全員無事だな。流石は城の騎士団様だ。伯爵の方はどうだ?」

「うむ。こちらも……皆生きてはいるようですな」

 ブルガリーも同じようにリストを見る。

 映像を見る限り、アルベラもその周囲の者達も無事なのはわかった。

「シリアダル殿、騎士長の手を煩わせてしまい申し訳ない。救出の方、感謝いたします」

「いえいえ。人命救助は基本です。お気にせず」

 伯爵は疲れたように息をつく。

「殿下の引き上げに、アイスベアー、雪崩……この短時間で随分と盛りだくさんだったな……」



 ガルカは木の上、胡坐をかいたまま辺りを見ていた。

 今視線の先では、雪崩の前に訪れて待機していた騎士団の長が、アルベラを張っていた二人の騎士を地面に降ろすところだった。彼らも自分たちだけの身なら、ザリアスに助けられなくとも十分に守れた。

 だが、こうして彼に抱えられるに至ったのは、アルベラ達を助けようと飛び出しかけたからだ。

 彼らはジーンの実力を知らない。だから、間に合うか間に合わないかの距離を賭けて走った。

 ザリアスはと言えば、ジーンが彼らに合流したのを見て任せていいと判断した。

 そして飛び出した二人の騎士に反応し、彼らより先に動き彼らを回収した。雪崩の影響のない範囲まで、二人を拾い上げて移動したのだ。

 抱えられた二人の騎士は、一瞬自分たちが瞬間移動でもしたのかと目を瞬いていた。

 地面に卸され、ザリアスに「悪いな」と笑いかけられ、ようやく状況を理解した。

「あ、の……アルベラ様に、殿下に、あの赤髪の騎士は……」

 女性の方の騎士が呆然と尋ねる。

「おう。安心しな。皆無事だ」

(むしろ遠慮なく魔法ぶっ放せて、ジーンの奴スッキリしてるんじゃないか)

 騎士長が浮かべる余裕のある笑みに、二人の騎士はほっと胸をなでおろす。



 ガルカは騎士長と視線が合い、口の端を吊り上げる。

(俺が助けるとでも思ったか?)

 助けるとは、飛び出した二人の騎士の事だ。

(貴様が出ると分かってて手を貸すわけないだろう。……まあ、誰も助けなかったとしても俺は動かんがな。流されたら流された奴が悪い)

 主人以外の人間など興味はない。そう示すように彼は視線を逸らす。



 木々の中、ザリアスは「連れねぇなぁ」とぼやいた。

「さて。俺はベースに戻る。後はあんた方に任せて大丈夫かい?」

「はい。騎士長様。お手数をおかけしました」

「ありがとうございます。後はしかと、お任せください」

 二人の騎士はびしりと頭を下げる。

 ザリアスは「躾けられてるなぁ」と感心しながらその場を立ち去った。



 雪の流れる音と炎の燃え盛る音が止む。

 辺りが急に静まり返り、自分の鼓動の音が耳の裏でトクトクと鳴っているように感じた。

 アルベラはぽかんとした顔で、白い壁の先に空いた穴と雪に縁どられた空を見つめる。

 冷たい風がふわりと頬を撫で髪を揺らした。

 穏やかな天候の元、綿毛雲が視界の中ゆっくりと左へと流れていく。

 アルベラの中で、雪崩が起きるまでの怒涛の記憶が何十倍もの速で再生されていた。

 コユキンボを待っているときの静けさ、寒さに悴む手の痛み、アイスベアーの雄叫び、機関銃を撃った時の振動、爆発後に流れた煙と火薬の匂い、雪崩の前の張りつめた空気、辺りを覆う炎の壁、熱、未だ耳に残る轟音、静寂と冬の冷気―――。

 呆然と立ち尽くす彼女に、ジーンが「大丈夫か?」と口を開きかける。

 彼女の瞳が空を映し、その透明度がいつもより増して見えた。

 ジーンの視線の先で、澄んだ緑がくるりと光を反射し、嬉しそうに細められる。

 自分が何か言葉を発しようとしていた事を忘れていた。

 冷たい風に頬を撫でられ、彼ははっとし、困ったように静かに息をつく。

「アルベラ、どうかした?」

 空を眺め続ける彼女にラツィラスが声をかける。

「なんか、生きてるって感じがします」

 頬を撫でる風も、生きてるからこその冷たさと思うと今は不快ではない。

 肌に感じる物、目に映る物、全てが新鮮に感じた。

 ラツィラスは「そう?」と首を傾げ、同じように穴を見上げる。色々と重なっていた不運を忘れてしまいそうな穏やかな天候。……と、滑稽な周囲の真っ白な雪の壁。

「まあ、そうだね」

 ラツィラスは頷き苦笑した。

 雪に切り取られた空を見上げ、アルベラは「前にもこんなのあったな」と思う。

(『死と直面して改めて生を感じる』ってやつ…………ああ、首を斬られた時か…………九死に一生……)

 アルベラはゆっくりと息を吸い、そして吐く。

(……生きてるって最高!!!)

 ガシッっと片手を胸の前で握る。周りに誰もいなければ万歳をして叫んでいたかもしれない。

 喜びをかみしめている様子の彼女へ、ラツィラスはニコニコと軽い調子で水を差した。

「一安心してるとこ悪いけど、まだ気は抜けないよ?」

「……デスネ」

 アルベラは目を据わらせ、まだどこか興奮状態な頭を落ち着かせるため息をつく。

 魔獣に雪崩。もう何も起きないとは限らない。

「さて……」

 辺りを見回し、同じように穴の中の様子を見て軽く思考している様子のジーンと目が合う。

「ありがとう。ここはもう十分。……出ますか」

「ああ」

 アルベラは小さく「にっ」と笑い、ジーンもそれに小さく笑い返した。



(中腹から崩れたか。まあ、あの爆発ならそんな遠くでは崩れまい。なかなか気持ちの良い崩れようだったな。……さて、)

 ガルカは腰を上げ、軽く枝を蹴って飛び立つ。

 雪崩の現場上空から見下ろすと、穴の中に三人の姿を捉える。

 どうやってそこから出るか考えているようだ。



 三人はペタペタと周囲の雪を触り、掴んでみたり、試しに手をかけてみたりとしてみる。

(崩れやすいし登るのは無理か)

 彼女はふうっと息をつき、頭上へ声をあげる。

「ガルカ!」

 ガルカは高度を落とし、穴の淵に立つように浮いて上から三人を見下ろす。彼が意地悪い笑みを浮かべているのを見て、アルベアの中で「ガルカに助けを求める」という手は早々に消え去った。頼みの言葉を口にするのも、言葉の無駄遣いに思えて勿体ない気がしてしまう。

「なんだ? 助けか?」

 ニヤニヤと笑うガルカを無視し、アルベラは壁の向こうを指さす。

「この先って誰かいる?」

 真っすぐ山の方を指さす彼女に、「うむ」とガルカは顔を上げてそちらを見た。

「山の中腹に数人。様子を見に来たのがいるな」

(そんなすぐ近くにいる感じじゃなさそう)

「そう。……じゃあジーン、火炎放射!」

 アルベラは先ほどガルカに示した方向を、再度びしりと指さす。

「なんかその言い方腹立つな。実際そうした方が楽だけど」 

 ジーンは片手を上た。

「ついでにあれも燃やしてちょうだい。助けもせずにどっかで眺めて楽しんでたんだもの」

「使用人の躾けは家でやってくれ」

 「ゴウッ……」と低く唸り、一筋の火炎は一瞬で目の前の雪の壁を焼き払って蒸発させる。

 炎に抉られた一本の道を見て、アルベラは「エグ……」と呟いた。

「お前がやれって言ったんだろ。ほら、出るぞ」

 「流石に疲れたな」とぼやき、彼は手首をほぐすように片手を振る。

 「はーい」とラツィラスがジーンの後に続き、さらにアルベラがその後ろに続く。

 二人の背中を眺めるアルベラの視界、先頭でジーンが通信機を取り出すのが見えた。副団長の声が漏れ聞こえる。状況報告をするように言われているらしい。

 アルベアは空を見た。

(ガルカの奴、また気付いたら居なくなってるし……)

 空の端が、わずかに紫色に染まり始めていた。この訓練は日が暮れたら終わりだ。自分の課題の制限時間もそれと同じ。

「アルベラ」

「はい!」

 気を抜いていた中名を呼ばれ、驚いてジーンへ顔を向ける。

「伯爵が、念のためお前ももう戻って来いって」

「……はい」

(『もう』か)

 少し残念そうにアルベラは頷く。

(……タイムアップかな)



 雪崩現場から立ち去る道中、ラツィラスは気遣うようにアルベラを振り返る。

「ごめんね、巻き込んじゃって」

「はあ。……巻き込んだと言われましても、アイスベアーや雪崩は殿下が起こしたものではないですし。あ、殿下。荷物もういいですよ」

 アルベラのバックパックを背負い、ラツィラスは「これくらいいいよ」と笑う。

「おい、アイスベアーってなんだ」

 「氷の鎧をまとった魔獣でね?」とラツィラスが話し始める。

「そういう事じゃない。分かってんだろ」

 ジーンはため息をついた。

「お前、また会ったのか? 昨日も終わり掛けに遭遇してたよな」

「え……」

 アルベラは言葉を失う。

 あながち「巻き込まれた」も間違えてはないのかもと思えた。「何か良くないものでも憑いてるんじゃ……?」と思い、今朝のガルカとコントンの言葉が記憶に過る。

(……そういえば、あの二人が美味しそうって)

「転んでここまで転がり落ちて通信機無くして熊に襲われて雪崩? どういうことだよ」

 ジーンが呆れたように首を振る。

「何だろう。僕もこんなに色々良くないことが重なるの初めてだなぁ……。もしかして、何か変な物でも持ってるのかな。呪具じゅぐみたいな」

「そういうの……も、無くはないか。変な物……」

 ジーンは呟き、考えるように腕を組み顎に片手を当てる。

「昨日の朝は持ってなくて、アイスベアーと会った時には持っていたもの。心当たりあるんですか?」

 アルベラが尋ねる。

 ラツィラスが「うーん」と軽く唸り、ジーンは「採取した素材」と零す。

「素材?」

 アルベラは眉をひそめた。

「だよね。僕もそれしか心当たり無いかな」

 ラツィラスは上着の中を探りゆっくりと足を止めた。他の二人も止まる。

(ふーん。あるのか)

「あの。戻る際にまた足はまって動けなくなるとかごめんなので、それっぽい物あるならここに置いていきませんか?」

「おい、『足はまって動けなくなる』ってなんだ」

 雪崩までの一連を知らないジーンが不穏な言葉に反応する。

 ラツィラスは少し困ったような笑みを浮かべる。

「置いていくか……うーん、そうだなぁ……」

「おい、『足はまって動けなくなる』って?」

「あ、こっちだったかな……」

 訝しがるジーンの視線に、ラツィラスは自分の腰の鞄の中を漁りながら聞こえないふりをする。




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