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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (前編)
164/411

164、お爺様の試験 4(お爺様と再会)

「お嬢様、お帰りなさいませ」

(総動員か……)

 自分を待ちわびていた、とあからさまにエントランスに勢揃いの使用人たち。アルベラは心の中で息をつく。

「ただいま。……この様子だと、夕食の準備は万端って感じね」

「ええ」

 使用人最古参のリリネリが微笑む。

「お爺様がお待ちですよ」

(リリネリ……私が5歳の頃にはいたから、お爺様と私の関係はよく分かってるはず。随分楽しそうに笑ってくれるじゃない……)

 そろった使用人たちから感じる空気と心音に、エリーの後ろに控えるガルカは耳を揺らす。

(随分楽しそうな空気だな。緊張と期待……。リリネリって奴は特にワクワクしてるな。辺境伯とやらはそんなに面白いのか?)

 アルベラの様子から、あまり仲が良くないのだろうと察してはいたが、一体どんなやり取りがなされるのかとガルカの胸に期待が募る。



 粛々と夕食の時間が過ぎる。

 ラーゼンとレミリアスの心音は至って普通だった。多少の乱れがあるのは二人。ブルガリー伯爵とアルベラだ。

 その度合いはアルベラの方が大きく、「あの王子様以上だな」と、ラーゼンの後ろに控えるガルカは耳を澄ます。

(……過去のトラウマというやつか。あの爺は至ってただの爺だというのに。おかしなものだ)

 もっとおかしな人物が出てくるのかと期待したが、ただの汗臭い老人ではないかとガルカは内心拍子抜けだった。



「アルベラ、学園の方はどうだ」

 先に食事を終えたブルガリー伯爵が、静かに口を開いた。

 その前にいくつか父や母と言葉を交わしていたのだが、食事中の会話を嫌う彼は手短なやり取りをすますと、すぐに食事に集中し始めてしまっていたのだ。

 このまま当分静かな時間が続くのかな、と思っていたアルベラは、突然声をかけられ少し驚いていた。

(お爺様食べるの早……)

「まだ一週間ですが、何事もなく。寮生活を楽しんでおります」

 アルベラは出されたメインディッシュをナイフで切り分け口に運び、ちらりと祖父を見る。ちょうどワインを口に含んでいるところで、視線が合うことはなかった。

「そうか……」

(ん? それだけか……)

 大して話題を広げる気はないのだろうか。と、アルベラが視線を上げると、次は丁度のタイミングで視線が合った。

 祖父の眼光は鋭く、つい気おされて視線を皿へと落としてしまう。

「アルベラ」

「はい」

「レミリアスから話を聞いた。遠出がしたいとな」

「はい……え……は?」

「年相応の護身術や魔法や魔術は会得済みだと報告は受けている。お前もレミリアスから聞いているな。冒険者と共に長旅ができる度量かどうか、私がしかと見定めてやる。少しでも不足があるなら旅は却下だ。わかったな?」

「あ、の……」

 アルベラは「さっ」とレミリアスへ視線を向ける。

 同じく、わが父も慌てて妻へと視線を向けているのが見えた。

 二人の視線の先、レミリアスは「まあ……」と口に手を添えて優美な笑みを浮かべる。

わたくしとしたことが、二人にお伝えするのを忘れていましたわ。ごめんなさいね。うっかり」

 「なんだ。では初耳か……」と伯爵がぼやいた。

 アルベラは心の中で「嘘だ!」と声を上げる。

(わざと言わなかったんだ! 私知ってる! お母様そういう所ある!)

 ラーゼンは顔を青くして、わなわなと手を震わせていた。

「レ、レレレレミリアス……義父様がアルベラを量る……とは……」

「さあ。詳しくはお父様しかご存じではありませんので」

(お母様……笑顔……)

 困り果てた夫を見て大層満たされている様子の母にアルベラは目を据わらせる。

 ラーゼンは顔を青くし、クスクスと笑う妻から義理の父へと縋るような顔を向ける。

「お、義父様……、一体どんな手で見定めるおつもりか、お聞きしてよろしいでしょうか? あまりアルベラに危ないことは」

 ガシャン! とテーブルが大きく揺れた。

「貴様にオトウサマと呼ばれる筋合いはない!!」

 それはここにいる皆が、先ほどにも見た光景だった。

 ブルガリー伯爵がテーブルに両手の拳を叩きつけて怒りの声を上げたのだ。勢いのまま立ち上がり、椅子を後ろへ吹っ飛ばしたのも先ほどと同じだ。

「筋合いあるでしょうが! 私はあなたの娘の旦那です!!」

 ラーゼンは反射的に即答する。そして同じく立ち上がる。

「知るかあ!! どんな理由があろうとも、どんなに筋が通っていようとも貴様にオトウサマと呼ばれたくないイカレ頭めが!!」

「まあまあ、お父様ったら恥ずかしがって……。それで、アルベラのお話に戻っていただいていいかしら?」

 レミリアスが微笑みながら片手を振って座るよう促す。ブルガリー伯爵は「うむ。そうだったな」と静かに息をつき、使用人が起こした椅子に座り直す。

「全く義父様ときたら。頑ななんですから」

 ラーゼンが困ったような笑みを浮かべ、やれやれと首を振った。どこか余裕のある空気がイラつく相手の気を逆撫でする。本人にその気はないのだが、受け取る相手が相手なら煽っているようにしか見えないのだ。

 ガタン!! と椅子が倒れ、テーブルが揺れた。

「だから貴様に―――!!」

 ―――そしてこのルファム・ブルガリーは、ラーゼンの言動全てが煽ってるようにしか見えない正にその人なのである。

(話が進まんのよ……)

 アルベラは繰り返されるやり取りを横目に息をつき、食事を再開する。

 アルベラが食べ終わるまで、祖父と父のやり取りは続いていた。祖父は荒々しく父への拒否の言葉を口にし、父は平然と「ですから、」「だから、」と納得させるべく言葉を返す。

「アルベラ」

 母に呼ばれてアルベラは視線を向ける。母は涼やかな笑みを浮かべていた。

「二人が落ち着いてからお話を伺いましょう。寝る支度をしてらっしゃい。髪が乾くころには冷静なお爺様からちゃんとした説明がお聞きできるはずです」

「はい……」

 二人のやり取りの流れを分かり切ったような母の言葉にアルベラはやや困ったように頷く。

「お母様、楽しそうですね……」

「ええ、二人とも子供みたいで。可愛いでしょう?」

「かわ、いい……」

(わからん)

 アルベラは席を立ち、言われた通り祖父が落ち着くまで就寝の準備をして時間を潰す事にする。

 


「明日、昼食後西門に来い。動きやすい恰好でな」

「はい」

(……腕力? 腕力試すの?)

 頷きはするが、アルベラの心の中では絶えず疑問符が浮かんでいた。

 祖父が寝泊まりする客人用の一室。

 エリーとガルカも同席するように言われていたので、彼らもアルベラの背に待機して話を聞く。

「馬は乗れるのだろう。ハイパーホースの扱いは十分だと先ほど聞いた。それに乗ってきなさい。後は何もいらない。身なりを気にするなら帰り用の着替えを携えてこい。私からは以上だ。後ろの二人も同様にな」

「はい。……あの」

「なんだ?」

 ぎらり、と鋭い眼光を向けられ、アルベラは口を閉じる。

(私語厳禁? 質問禁止か?)

「……いえ。何でもないです。失礼しました」 

「そうか……」

 祖父はそのまま、いかつい顔をアルベラに向けたまま口を閉じる。

 祖父に睨みつけられ、アルベラは困惑した。

(お爺様、落ち着いていても言葉が足りてないんだよな……。まさかだけど)

 アルベラはチラリと、祖父の護衛役であろう壁際の二人の騎士へ目をやった。護衛など必要もないはずの人物に二人もついているのだ。それも熟練者でなく、明らかに今年から団に入ったかのような若さと新調したばかりのような綺麗な鎧。食事中にも控えていた、自分と歳の近い男女の騎士。

 あの二人の紹介は未だ受けていない。

(まさか、騎士様と戦えとか……はぁ、言いそう……)

 後ろの騎士たちはアルベラと目が合うも、きりりとしたまま微動だにもしない。流石祖父のもとで鍛えられているだけある。王都にいる同年代の騎士達とは、また異なる緊張感があった。

 やがて祖父から「もういい。明日に備えて寝なさい」と言われ、アルベラは彼の部屋から退出した。



 翌日。

 アルベラは言われた時間、西門の外の平原にて、祖父に言われるまま馬に乗って見せ、そのまま祖父を追いかけるように走らされ、予想通り騎士様と魔法の打ち合いや体術での手合わせをさせられ、その後にこう言われた。

「成る程。もういい。帰りなさい」

「は……」

 言葉を失う孫の前、祖父は何も気に止めず、自身の連れてきた馬を護衛の一人に預け、鳥の騎獣に乗り変える。

「私は合同訓練に行った新米達の様子を見に行く。また夕食でな」

「はい。あの、」

 「それで結果は……?!」と早口で叫んだのだが、言い終わる頃に祖父は遥か上空だった。

 エリーは呑気に「良い体されたお爺様ですよねぇ。私結構アリですよ」と笑う。

 ガルカは欠伸をし、とてもつまらなそうな様子だ。

 二人もお爺様に言われるがまま男女其々の騎士と手合わせしたのだが、見るまでもない。圧勝だった。服も乱れてなければ靴も汚れていない。何もしてないも同然な佇まい。

 祖父の馬を預かった騎士は「私も馬を置いたら直ぐに合流する予定ですので、お先に失礼いたしますね」と指示最優先でてきぱきと立ち去っていった。

(何がなんだか……)

 アルベラは気持ちを置き去りにされ、呆然と雪の積もった平原を眺める。実際物理的にも置き去りであるわけだが。

 雪の上には、たくさんの足跡と、少し離れた場所に先ほど何度か騎士様に投げ飛ばされた際の自身の体の跡が残ていた。

 家で教えられた護身術と魔法を駆使して応戦したアルベラは、あの女性の騎士と同じくらいの技量だった。

(騎士見習い歴三年、今年で騎士二年目のご令嬢と魔法は同じくらい。……筋力で負けてたな)

 自分も毎日エリー監督の下、幾らかの筋トレや体力づくりはしているのだが……。と、日々のトレーニングの差を実感し、アルベラは手を閉じたり開いたりして見つめる。

(ま、戦闘力最強目指してるわけじゃないし……程々でいっか)



 夕食。

「明日は魔獣狩りだ。準備しておけ」

「は……」

 ぽんと用件を言いつける祖父に、アルベラは笑顔のままかたまる。

「魔獣狩りだって?!!!」

 父が「ガタン」と大きくテーブルを揺らした。

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