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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (前編)
152/411

152、ヒロインに水をかけよう! 1(二人の王子)

 人気のない、日の出前の薄暗い時間帯。一人の少年が学園の厩にて、明かりを灯し両手に息を吹きかける。

「……やっぱ寒いな」

 吐いた息が白く染まる。

 ジーンは昨日荒らした訓練所の整地をに向かうべく、馬の準備をしていた。

(ったく。一人で片すの癪だな……けどあいつ連れてけば、整ってすぐまた荒らされかねないし……。逆に一人の方が早く終わるか……)

 馬に防寒の鞍を付け、馴れた準備を手早く済ませる。

 あのぼこぼこになった地面。朝からどれだけの体力と魔力を消費するだろう。

 想像して息をついた。

(式の後に聖女様の祝福があるだけましだな)

 馬に跨ると、彼は正門へと向かう。



(あら?)

 日が昇ってすぐ。ルームメイトのリドを起こさないように部屋を抜け出し、聖堂を訪れたユリは先客に目を丸くする。

 一番前の席に、シルバーグリーンの頭が見えた。その周囲では小さな光の粒達が、穏やかな動きで一定のテンポを守り、輪を作ったり、ふわりと舞い上がったりしている。

 見えた! と思うも、その光達は直に見えなくなってしまう。きっとお祈りをすれば、またしばらくの間見えるようになるだろう。

(グラーネさん早い。……流石聖女様の、娘、……娘様? 娘さん、って言い方はおかしいのかな?)

 そんなことを考えながら、彼女の祈りの邪魔をしないようにと、ユリは入ってすぐの席に腰掛ける。

 ユリは律歌を知らない。だが、父との十年近くの旅の中で学んだ、簡易的な祈りの言葉なら知っていた。それを頭の中に思い浮かべ、願いを乗せて繰り返す。

(我らが偉大なる神よ、暖かなる神よ。どうか慈しみを我らに。愛を我らに……)

 ―――今日も皆が、平穏に過ごせますように。

 ―――特別でなくても良い。ただ、どうか、悲しむ人が一人でも少ない一日でありますように。

 それが彼女が祈りの言葉と共に神へ捧げる願いだ。父と旅をし色んな地を見ていく中で、いつからか自然と定着していた彼女の心からの願い。



 アルベラは通常通りの時間に目覚め、ぼんやりとした頭で窓を眺めた。

 そこには日に照らされて、輪郭を青く輝かせたスーがぶら下がっており、身をゆすって「外出」のおねだりをしていた。

 アルベラは眠たげにあくびをし、体を伸ばし、ベッドの縁に座って数分ぼんやりし。そしてようやくスーの希望に応えてやる。

 窓を開け放つと、彼女はご機嫌に鱗を輝かせながら飛び立っていった。

「さぶっ」

 身震いし、窓を開け放った何もない宙に、指揮をするような動きで手慣れた印を描く。

 防寒の魔術だ。窓のサイズくらいなら、一日、外気が入り込むのを防いでくれる。一晩のうちに解けてしまうため、冬はこうして毎朝施すのが習慣となっていた。

 窓の左上には、青く長細い貝で作ったウィンドウチャイムみたいなものがぶら下がっていた。貝殻の所々には、幾つか穴があけられている。

 ウィンドウチャイム程ではないが、ぶつかり合えばカツカツと音はする。だが、その音を楽しむのが目的ではない。

 スーへの目印だ。

 この貝を通る風の音は、動物たちには水の流れる音に聞こえるようだ。特に、魚や両生類、水辺で暮らす生き物達はこの音を好むらしく、水コウモリもそれに同じだった。

 生き物であるため当然だが、全く同じ貝は存在せず、その音も貝の個体によって異なる。個体によって僅かに異なる音の質が、動物たちには聞き分けられるらしく、それ故に目印にうってつけなのだ。

 本来は水コウモリ用ではなく、漁師や大工、冒険者たちが水中の魔獣や海獣を従える際に使用する道具なのだが、スーにも丁度良く使う事が出来たのでこうして使用している。

 これを使用するようになってから、スーの帰りが遅くなる事が殆どなくなった。

(今まで散歩先で迷子になってたって事かな……。キリエに感謝しなきゃ)

 アルベラは部屋に常備している水を飲むと、エリーが来ないうちに学園の制服へと着替えておく。



「おはようございます」

 扉がノックされ、エリーが開いて客人を確認する。「あら、」と溢した彼女はアルベラを振り返り、部屋の外に居る訪問客を示した。

「あら。ルーラ……に、ラビィ? おはよう」

 ルーラの陰に隠れるように立っているラビィに、アルベラは首を傾ぐ。

「なに朝から怯えてんの?」

「あの、それが、」

 ルーラは困り顔で笑った。



「おばけ?」

 二人と共に食堂に向かう中、アルベラが不思議そうに返す。エリーは部屋の整理や洗濯など、使用人の仕事があるので別行動だ。

「昨夜、あなたの部屋から、地の底から響くような恐ろしい声が聞こえたの。地面が震えるような、恐ろしいうなり声も。しかも0時ぴったし……ディオール、あんた呪われてるんじゃない? どうせ心当たりなんて幾らでもあるんでしょ」

「と、ラビィは言うんですが、私は反対側のベッドだったので全く分からなくて」

「……あ、え、……へえー」

 他人事で朗らかに微笑むルーラの反対隣りでは、ラビィが目の下に隈を作って眠たげにしていた。

(……コントン)

 哀れな彼女の姿に、アルベラは「よ、良く分らないけどごめんなさいねー」とやや苦い顔で、棒読みの謝罪をしておく。

(各部屋、防音の魔術がかかってるって聞いてたんだけど……。コントンの魔力量の問題か? 寮に申請して頼むこともできるけど、防音の魔術って色々と印象が良くないんだよな……。できれば個人的にこっそり済ませておきたい。……ガルカに強力な奴掛け直させるか)

「アルベラ様、何か心当たりでもありまして?」

 ルーラは鋭い。まあ、深くは追ってこないタイプのようなので、アルベラは適当に頷く。

「部屋の隅に御札っぽいのを見た気がしたの。……もしあったら見せてあげるわ、ラビィ」

「あら、良かったわね、ラビィ」

 分かりやすく意地悪な笑みを浮かべるアルベラと、「100%善意」に見えるような笑顔でほほ笑むルーラ。

 そんな彼女の顔を、アルベラはちらりと見る。

彼女ルーラは適当にも適当で返してくれるから楽ね)

 これも、領地を持たない男爵家の末っ子に生まれた彼女ルーラの生きる知恵なのだそうだ。

 ラビィはがばりと顔をあげ、涙目をカッと見開く。

「見ないし、見つかってもあった事絶対言わないで!!」



 ―――♪ タラララララーン、タララララン

(……え、何?! ファミマの入店音?!)

 食堂に着いた時。前世で聞き慣れたあのコンビニの音が流れ、アルベラはきょろきょろと辺りを見回す。

 食堂に入ったタイミングで聞こえたこともあり、ここの入場音のようにも取れなくもない。

(偶然フレーズが被ったの? それとも原作開発者のいたずら心?)

「アルベラ様?」とルーラが不思議そうに振り向く。

 「何? ディオール、朝からご令息荒らし?」というラビィの言葉に、とりあえず秒で「あなたと一緒にしないでくださる?」と返しておく。

 二人の後に続きながら、今の音の正体を考え、先ほどの感覚を思い出してみる。 

(そういえば耳で聞いたっていうより、頭の中で響いたって感覚の方が正しい気が……まさか)

 アルベラは適当に自分の役割について思い出してみる。

 ルーラとラビィが選んだ席に座り、手は無意識に、食堂のスタッフが差し出す水を受け取っていた。

 『 ヒロインに水をかける 』―――この項目をクリアしなければ。

 そう感じた。別に文字が見えたり、声が聞こえたりするわけではない。ただ、元から知っているという感じで、そうするべきなのだと「分かる」「知っている」のだ。

(……なるほど。『その時になれば分かる』か。……脳内に直接、『入店音』……八郎の姿や口調といい、ユリの見た目と言い、この音と言い。賢者様のツボが分からん)

 どうやら 『 ヒロインに水を掛ける 』は、今日中での指定のようだ。今すぐ処理する必要はないらしい。

 ―――♪ タラララララーン、タララララン

(また?!)

 『 ヒロインをビンタする 』

 こちらの期限は今週中。この国では二日の休息日は週末だ。一週間は平日から始まり休息日で終わる。つまり、今日合わせれば丸々七日ある。

 アルベラは手に持ったコップを見つめる。

 水をかける方のクエストは、こっそり隠れて本人が気づかないほどの少量をかけるでも、真正面から大量の水を派手にぶっかけるでも、どちらでもいいようだ。

 ビンタの方も、力加減については指定されていない。

(……腕試しって事?)

 アルベラは「ふっふっふ」と悪い笑みを浮かべる。

(馬鹿にしないでよ。やるなら悪役として、正々堂々と正面から。……決まってるじゃない)

 ラビィは食堂のメニュー越しに、こっそりと斜め前のアルベラを覗き見る。

(え、何、こわ)

 水を眺めながら一人怪しく笑うアルベラに、目の下に隈をうかべたラビィがげっそりとした表情を浮かべる。



「あの、ご一緒に良いでしょうか?」

「ええどうぞ」

 席を離れていたルーラと、食堂に入ってきたばかりのスカートンが鉢合わせる。

「グラーネ様は朝のお祈りですか?」

「ええ。他にも、皆さん思っていたよりお祈りにいらしててびっくりしました」

「あら、何人くらいいらしたんですか?」

「えーと、多分二十人前後でしょうか」

「あら……」

「思ったより少なかったですか?」

 スカートンはくすくす笑う。

「……はい。私はもう少しいるのかと思っていたので、ある意味安心しました」

「お祈りしなくても罰は当たりませんし、気になさらなくていいと思いますよ」

(ルーラ! 何のんびり歩いてんのよ!)

 この二人きりの空間から早く脱却したい。和やかに歩く二人へ、ラビィは熱い視線を送っていた。



 ***



 ―――ぐぅぅぅ

(―――?!)

 ユリは自分の腹の虫に驚き、顔を上げた。

 いつの間にか聖堂内の顔ぶれが変わっている。入ってきたときに見たシルバーグリーンの頭は無くなっていて、離れた席に点々と、先ほどまでいなかった生徒たちの姿があった。

(私ったらまた、お祈りしてたんだか居眠りしてたんだか分からないような時間を……)

 ユリは反省するように両手で顔を覆う。

 聖堂内の時計を見て、今が八時前の事を知る。

(二時間も溶かしてしまった……。はぁ、……朝食、食べに行こう)



「やあ」

「……え、あ」

 聖堂から出たユリは、突然の声掛けに驚いて目を丸くする。

 咄嗟に視界に入った赤い瞳と、最近聞いたばかりのような柔らかい声。

 一瞬昨日の王子様かと思ったが、よく見たら違う。

 目の前に居たのは二人の人物だった。

 片方は昨日出会ったラツィラス王子と同じような背丈の、焦げ茶の瞳の少年。もう一人は、隣りの彼より少し背の高い、赤茶色の瞳の青年だ。

 今の挨拶は自分に向けられたもので会っているだろうか。と、ユリは不安げに二人を見上げる。

 少年の方がニコリと尋ねる。

「君、平民の特待生でしょ?」

「は、はぁ」

 柔らかい声は、彼のものらしい。では一瞬目に入った赤い瞳は……、とユリは青年を見上げる。

「おい、てめぇ王族にその態度か?」

 青年の方は、苛立たし気に赤茶の瞳を赤く光らせていた。

「あ、すみません! 王族の方に挨拶していただけるとは、思っていなかったもので!」

 ユリは慌てて頭を下げる。

「ちっ。平民で入れた実力者っていうから……。あんま使えるとは思えねぇな」

「兄さん……」

 青年の言葉に、少年の方が困ったように苦笑する。

「ごめんね。僕らも興味本位で声かけちゃったもんだから怖がらせちゃって」

「いえ。寧ろ王族の方が平民相手に……ありがとうございます」

 ユリの言葉を聞き、少年の目がゆるりと優しく細められる。

「僕はルーディン・ワーウォルド。こっちは兄のスチュート・ワーウォルド。兄さんは三学年だからあんまり関わらないだろうけど、僕は同学年だから結構お世話になるかも。よろしくね」

 ニコリとほほ笑むルーディン王子の姿は、ラツィラス王子とそっくりだった。髪色が同じような金髪というのもあるだろうが、纏ってる空気自体が同じ類に感じた。

(確か、ルーディン様は第四王子で、ラツィラス様とは腹違いのはず。……それでもこんなに似るのね)

 ユリは感心する。

「おい、何ルーディンに見とれてやがる?」

 スチュートが不機嫌を露わに威圧的な声を上げた。

 ユリは慌てて首を振った。

「い、いえ! 見とれていたわけでは……。不快にさせてしまったなら申し訳ありません」

 ルーディンは「良いよ、気にしないで」とクスクス笑った。

「兄さん、あんまり後輩をいじめないでね。じゃないとまたダーミアス兄さんに報告しなきゃいけなくなっちゃう」

「……あ?! チッ」

 明らかに、更に気分を害したであろうスチュートは、八つ当たり気味にユリを睨みつけた。だが、それ以上口は開こうとはせず、「ふん」と鼻を鳴らすと先にその場を去っていく。

 その背を見て、ルーディンは「相変わらずだなぁ」と苦笑した。

「ごめんね。実は僕、短気な兄さんの見張り役みたいな感じでさ。じゃ、授業ではよろしくね」

 ひらひらと手を振り去っていく彼へ、ユリは呆然と手を振り返す。

 そしてふと我に返る。

(手振っちゃった!)

 王族になんて非礼を、と心臓が飛び跳ねる。

 暫し疲れたように呆然とし、「そうだ、朝ご飯……」と魂が抜けた足取りで食堂へと向かっていった。



 ***



(うわぁ。何あれ。ヒロインの出会いイベント? ……けどあの二人、ヒーローじゃないよな。確か。……出会いイベントっていうなら、昨日の火の玉事件の方がまさにそれか。ヒーローが二人も鉢合わせてたんだし。……本当、一瞬とはいえ慌て損だったわ)

「ふーん。で、貴様のターゲットとやらがあれだと。……強烈に臭い。鼻がもげそうだ」

 朝食を急いで終わらせ、アルベラは寮の屋上へ来ていた。というのも、朝食で一緒になったスカートンに、ユリはまだお祈りしていたという情報を聞いたためだ。

(水は今日中。できれば日中に、悪役っぽく小馬鹿にする感じでかけたいな。あと、出来ればミーヴァがいる時がベストか。あいつなら乾燥の魔術ぐらいそらで描いて使えるだろうし。……何かがあって日中が出来なかった場合は寝てる間に。最悪な場合の最終手段だな)

 屋上の扉は魔術で開かないようにしていた。魔術印を描くところから発動まで、全て自力だ。流石に印を暗記はしてないので、メモを見ながらだったが。

 ガルカに確認したところ「一年のガキども相手なら十分だろう」という事で、ひとまずあの「化け物達」が来ない事だけ祈って、屋上を独占していた。

「そ。ユリね。覚えといて」

「ふん。できればあれはオカマ男に任せたいな。俺には苦行だ」

「まーそこはエリーと話し合ってよー」

(紫がかった青いツンツン髪が第三王子。殿下とそっくりなあれが第四者王子。……どちらも他国へ留学してたのになんで急に? ……隠しキャラ……なんているのか?)

「貴様から話せ。俺の言葉をあのオカマ男が聞くと思うか? ……所で」

 ガルカがニヤリと笑う。

「面白い話がある。聞きたいか?」

 「何?」というアルベラの問いと、「やあ、先客さん」という扉からの声が、丁度のタイミングで被った。

「ちっ……もう来たか」

 ガルカは顔をしかめて鼻を覆うと、見えなくした翼をばさりと羽ばたかせ、近くの木の枝へと移った。

「あら、殿下に騎士様。ごきげんよう」

 アルベラはわざとらしく微笑んでスカートをつまんだ。

「で、その扉魔術が施されてたはずなんですが?」

 にこにこと問うアルベラに、ラツィラスがにこにこと返す。

「弱い魔力は強い魔力に負けるものなんだよ。ご存じかい?」

「弱っ……」

 言葉を失ってカチンと来ているアルベラの後ろ、ガルカがわざとらしく「ぷっ」と吹き出した。



「あぁ……スチュートにルーディン」

 アルベラが眺めている方を見てラツィラスが呟く。表情が読めない笑みを浮かべていた。

 こっちの方が分かり易そうだと、アルベラはジーンの顔を見る。だが、ジーンの表情からも特にと言った感情が読み取れない。

 彼らは仲が良いのだろうか。悪いのだろうか。

 アルベラの頭に引っかかるのは、先日のルーの言葉だ。

(殿下が王様になれたなら、か)

「殿下のお兄様方。留学されていましたよね。お誕生日も、ご本人方のご希望で、そちらの国で開催されて」

「うん。ウォルド家は招待して、他三家の公爵家は招待せずでね。ディオール家的には不服だったかい?」

「いえ。ただ急な編入だなと思いまして。第四王子様は、高等学園入学のタイミングでまだ分かりますが、第三王子は三学年に上がるタイミングで」

「けど、それはルーもだよね。あ、ルーはウォルドの方のルーね」

「え? ええ。……あ、」

 アルベラが見る先、二人の王子とユリが分かれる。アルベラの視線につられ、ラツィラスとジーンも彼らを眺めていた。それはどちらも、何ともない物を眺めるような視線だ。

「そのルーから気になる話を聞いたんですが。殿下の御兄弟関係、よろしくて?」

「率直だな」

 ジーンがくつっと笑った。

「もう。僕も拍子抜けだよ。もっといろいろ駆け引きみたいなあると思った」

 ラツィラスが肩をすくめる。

「あら。そう思うって事は、駆け引きをするほどの何かがおありで?」

「どうかな」

 ラツィラスはただ微笑む。

「じゃあさ、僕の兄弟については、今話しても式前で慌ただしくなりそうだし、今度でもいいかな?」

「ええ。お話が伺えるならいつでも」

 その話より、今日は「ユリに水をかける」ことのほうが重要だ。王子達の情報なら、エリーやガルカに集めさせる事も出来る。あと、賢者様のあの話を聞いた以上、八郎も酷使してやらねばならない。

「でさ、僕らの要件なんだけど、今日の夕食は空いてるかい?」

「……?」

「酒の実で、カザリットとワズナ―がご馳走してくれるって」

「あら、素敵ですね」

(水、かけ終わってるかなぁ……)

「で、……まさかそれを言いに、わざわざ私を探してここに辿り着いたんですか?」

「いいや、まさか。君の部屋を訪ねたのは確かだけど、屋上に立ち寄ったのは偶然だよ。気分でふらっと来てみたら、誰かが扉に『鎖し固めの魔術』なんてかけてるから。どんな悪さしてるのかと気になってさ。……それに」

 ラツィラスは、さも楽しそうにニコリと笑った。

「例えばさ、折ったら良い音しそうな棒とか枝とかって、つい折って見たくなっちゃうじゃない? 『ポキンッ』て」

「は?」

「なんか、程よく捻じ伏せたくなるような魔力だったからつい」

 アルベラは目を据わらせた。視線をラツィラスの隣の騎士様へずらし「この人何言ッテンノ?」と、視線で尋ねる。「俺ハ知ラン」とジーンは呆れたように首を振った。

 後ろの枝から「何となく分からなくもない」と頷くガルカの気配を感じた。


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