147、寮入り 3(続々と出会い 2/2)
(何あれ、流石にやり過ぎでしょ。程度ってものが分からないわけ? ………えーと、人に危害を与える魔法禁止。即寮のスタッフに報告、だっけ。他に誰か報告してるかもしれないけど、一応伝えておくか。………出会って早速死亡なんてシャレにならないっての。………しっかりしてよね、ヒロイン)
アルベラは食堂の中に入ると、スタッフたちの控室に向かう。そこに行けば常に誰かしらが待機しているので、困った時は彼らに報告してくれと言われていた。
扉をノックし、中から出てきたスタッフへ、アルベラは先ほどの件の報告を済ます。
現場を確認しに出て行ったスタッフを見送ると、アルベラはどうしようかと考える。
(どうなったか気になるけど………)
「アルベラ!」
良く知る声からの呼びかけに、アルベラは廊下の先を見る。そこには数人のシスターを連れたスカートンがいた。一人のシスターが大きめの旅行鞄を持っているのを見るに、彼女は今から寮入りなのだろう。
「今から私の部屋に行くの。あの、良かったら一緒に来ない? みんなでお茶をするんだけど」
「あら、シスター様達のお茶会にお邪魔していいの?」
「ええ、もちろん」
「ありがとう。なら喜ん、で」
アルベラは三人のシスターを眺め、その中の一人ので目を止めた。
「ゼンジャーさん」
カリアテンラ・ゼンジャー。各教会に数人ずつしかいない、「次期聖女」と期待される「白光」。彼女はその一握りの白光である、恵みの教会のシスターだ。
「お久しぶりです」と、アルベラは恭しく頭を下げる。
「アルベラ様、お久しぶりです」と、ゼンジャーは親し気にほほ笑んだ。
「どうしてゼンジャーさんが。………スカートンの手伝い?」
視線を向けられ、スカートンはあたふたしつつ、最後には認めるように頷く。
「………あの、私はお断りしたのよ。私の御付きなんて、白光の方のするようなお仕事じゃないし。けどカリアさんが、学園を見てみたいって。それでこんな荷物持ちみたいなこと………」
「気にしなくていいのに、スカートンたら凄い勢いで遠慮するんです。だから半ば白光の権威を使ってついてこさせてもらいました」
「権威………こんなことに使われるんですね」
どうせ明日も来るだろうに。とアルベラは苦笑する。
明日の入学式では、三人の聖女とシスター達が集まり、祝福してくれる予定となっている。
(何はともあれ、上手くやってるようで良かったじゃない。仲のいい姉妹みたい。………お付きも、今回の人たちはまともそうね)
カリアの前回の付き人に殺されかけたアルベラは、後任であろう銀光の首飾りを下げたシスター二人をみる。
(うんうん、まとも………まと、も?)
二人共、カリアを見る視線には熱がこもっている………ように見えなくもない。片方は頬をうっすらと染め、息が荒くなっているような気さえする。―――熱狂的なファンか信者、なのだろうか。ふと見せるだらしない表情が、若干変態に見えなくもない。
(あの人、ああいう人たちを引き寄せる体質なの………)
付き人二人よりも、ゼンジャー本人に怖さを覚えてしまう。
(だけど、スカートンに対しても、ゼンジャーさんが慕ってるおかげか対応が恭しいし、………心配ない、のかな。………うん。犯罪に手を染めてくれなければそれでいいか)
ゼンジャーに「大丈夫? 荷物重くない?」と尋ねられた銀光の一人が、「全くです! 滅相も無いです! ありがとうございます!」とものすごい勢いで首を振る。なんて嬉しそうな顔だろう。
それを目にしたもう一人の銀光が羨ましそうにし、何かを思いついたように腰を折り、スカートンへ囁いた。
『………お嬢様、よろしければ私がお部屋までお運びいたします』
『え? けど荷物はあれしか』
『いえ、お嬢様の事を。抱っこが良いでしょうか? それともおんぶ。………あ、肩車でも』
『………い、いいですよ。私は大丈夫ですから』
『私が大丈夫じゃなさそうなんです』
(必死か)
アルベラは せわしない四人の様子を後ろから黙って眺める。
(異常だけど見てて飽きないかも)
その光景を、半ば楽しみかけていた。
***
(え? ………え?! 何?!!!)
ユリは突然の出来事に硬直する。
目の前に炎。かと思えば水。そして眩しくなって消失。
何がどうなったのか理解が追い付かい。
「おい、大丈夫か?」
庭先から聞き覚えのある声に問いかけられる。そちらを見ると赤髪の少年。あの火か水は彼の物だろうか、とユリは考える。
「えと、ジェイシ、様?」
「よし。………少々お待ちください」
ジーンは彼女に外傷が無いかを手早く確認すると、すぐさま生垣の奥へと駆けて行った。
(え? 待つ? 戻ってくるって事………かな? すぐどこか行かないといけないわけでもないから大丈夫だけど)
「ったく、ガキか」
「………はあ」
ユリはぽかんと、いつの間にかいるもう一人を見上げる。
(お、大きい人。先生じゃなさそうだし先輩かな。………いや待てよ。この人さっきの説明会にもいたような)
獅子の鬣のような長髪。自分より黄色みのあるオレンジの髪には、赤いメッシュが混ざっている。茶色から青へグラデーションした瞳が、やや派手にも思える髪型や顔つきと相反して、随分落ち着いた印象だった。
「………年上だったらお礼にお茶でもって流れも良いかと思ったんだけどな。俺年下は好みじゃないんだわ。茶とか勘弁な」
「は? ………は?」
「ん? ってかここに居るって事は高等部か? じゃあ歳は同じか? ………いや。ちんちくりんだが先輩という可能性も………なんだ、やっぱ同期か」
ウォーフはユリが持っていた、入学の冊子を見て納得する。
「同級生って微妙なラインだよなー。………うーん?」
彼は顎に手を当て、品定めをするようにユリをしたから上へ眺める。
「お前はアウトだ。悪いな」
「はあ?!」
この人はさっきから好き勝手に何を言ってるのだろう。
ユリは失礼な物言いに返す言葉も見つからず、だが怒りだけは漠然と感じて、冊子を握る手に力が入った。
「いるな」
ユリが右手に目を向けると、ジーンが足早に戻って来たところだった。その後ろの方で、二人の生徒が寮のスタッフに連れて行かれるのが見えた。
ジーンは、ユリを見下ろしてる男子学生に目をやる。
(………ベルルッティ。あの魔法も納得だよな)
「お久しぶりです。ベルルッティ様」
ジーンは恭しく頭を下げる。
「よう、相変わらずの仏頂面か、ニセモノ。遂に騎士になったんだってな。流石じゃねーか」
(ニセモノ………)
ユリは記憶の中のジーンの瞳を思い出した。そして、今前にする彼の目を見る。それはラツィラスの物とはまた異なる質感の、金が散りばめられた鮮やかな赤。
「ベルルッティ様も、随分魔力が強くなられてましたね。コントロールの方も、以前より上達されているようで」
「おいニセモノ。まさか前の手合わせで俺と良いせん行ったからって上から目線か? そのお上品を被った面、次はもっと容易くはぎ取ってやるよ」
「また手合わせして頂けるという事でしたら喜んで」
落ち着き払った態度を保ってはいるが、ジーンの瞳の奥には赤い光が灯り始めていた。好戦的なのはお互い様だ。
「ハハッ。てめぇその目、煽ってんのかニセモノ?」
ウォーフの瞳は、既に交戦状態で遠目から見ても分かるぐらいにぎらついていた。
「面白いじゃねーか。次こそ本気で来てみろ。何なら今からその澄ました生意気な顔を秒殺で」
(―――次こそ………?)とジーンの眉が動く。
「―――あの!!!!」
忘れていた人物の介入。
ジーンの胸倉を掴みかけてたウォーフが動きを止める。視線がつーっとベンチへと降りた。
ジーンも胸倉を掴まれたままユリを見下ろす。
(………あ、)
なぜ自分が彼女の元に戻って来たのか、ジーンは思い出す。それは先ほど起きた大まかな流れを説明するためだった。「忘れてた」という思いと、ばつの悪さに表情を小さくゆがめる。
ギラついた青茶の目と、どこかむっとした赤い目に見降ろされ、ユリは一瞬おじけづく。………も、勇気を振り絞った。
「あ、あの! あなた、さっきから失礼じゃないですか?!」
「は?」と二人から疑問符が浮かぶ。どちらだろう、とお互いがお互いの失礼な部分を思い浮かべた。
「『ニセモノニセモノ』って、それ蔑称ですよね。………あの、そういうの、………なんていったらいいか良く分らないんですが、止めてください。体の特徴を馬鹿にするの、良くないです」
「………」
「………」
二人は黙ったままユリを見下ろす。
「………あの、えーと。です。ですよね。そのはず…………です。………そう、思う次第、でして」
ユリは顔を真っ赤にして伏せた。
(………つい、言ってしまった)
先に反応を示したのはジーンだった。彼は自分の胸倉を掴むウォーフの手を退ける。
首元を直しながら「ありがとうございます、ユリ嬢」と小さく微笑んだ。
「あ、えーと」
顔をあげたユリに、ウォーフは「ふん」と鼻を鳴らす。
「ニセモノ」
「………え?」
「ニセモノ、ニセモノニセモノニセモノニセモノ!」
「あの、ですからそういうのは」
「知るか」
ウォーフがぴしゃりと返す。
「何でお前の指図を受けなきゃならない。癪だな。大体そんな道徳精神、他人に説かれなくとも知ってらあ」
「じゃあなんで」
「知ってるが、俺は俺のやりたいようにする。言いたいように言う。それだけだ。道徳様は協調性のある平和主義者同士で守りあってろ」
「………い、言い分がものすごく嫌な人ですよ」
「そういうお前はまるっきしの『良い人』だな。足元掬われないように気を付けな。これは俺からの僅かながらの情けだ。ここがどこだか忘れるな。お前にとって敵だらけの場所だ。お前を見下す口実のある奴らの巣窟。さっきの火の玉みたいなことが、この先まだまだあるぜ。覚悟しとけ」
(もう、何から返したらいいのか………)
ユリは言葉を失う。
二人の様子に、ジーンは静かにため息をついた。
(この人は相変わらずだな………)
「ユリ譲、ベルルッティ様の言葉も確かです。貴族の中には、平民を極端に蔑視する者達がいます。先ほどの火も、そういう輩の者でした。だから注意はするに越したことはないでしょう」
「あの火………そう、でしたか」
「けど、そうじゃない者達もいます。地位に拘らず、能力や性格で人を見る者達です。だから先の学園生活、あまり怯えすぎたり、必要以上に考えすぎたりしないでください」
ジーンの言葉に、傍らのベルルッティは馬鹿らしいと言いたげに頭を掻く。
(お前のメンタルだから言える事だって分かんねぇの―――)
「―――そう、ですね!」
ユリはぐっと拳を握り、瞳をキラキラと輝かせた。ジーンの言葉に深く共感している様だ。
「ありがとうございます、ジェイシ様。私、そう信じて入学を決意したんです。だから、そう言って頂けるととても心強いというか………えーと、学園生活楽しめるよう頑張ります! あと、あの。お二人共、先ほどは守っていただきありがとうございました!」と、勢いよく立ち上がり、頭を下げる。
(あーあー。こっちは単純馬鹿か)
「………くだらねえ。おいこらニセモノ。今から訓練だろ、俺も連れてけ」
ウォーフはジーンの背中の服を手荒くつかみ歩き始める。
「おい、………ベルルッティ様、離していただけますか」
「てめぇ今『おい』っていったか? 言ったなぁ? 口の利き方から叩き直してやろう」
「いいから離していただけますか。歩きづらいんですよ」
「知るか。厩までそのまま歩け………あ? てめぇ今舌打ちしたか? したなぁ?」
言い合いながら去っていく二人を見届け、ユリは「ほう」と息をついた。
「ユリ! ごめん、お待たせ」
ようやく来た待ち人に、ユリは安堵の表情を浮かべる。
「ミーヴァ、………もう。大変だったんだよ」
「え? ………あ、ちょっと待って。なんだこの魔力の形跡。魔術と魔法………三~四人も。ユリ、何があった?! っていうか大丈夫か? まさか巻き込まれてないよな?!!」
詰め寄るミーヴァの顔をみて、「これ以上彼を興奮させてしまわないだろうか?」と、今しがたの出来事を話すべきかユリは苦笑いを浮かべた。





