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アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~  作者: 物太郎
第3章 エイヴィの翼 (前編)
131/411

131、講習と訪問者

「嬢ちゃん、今度私の仕事手伝いに来るかい?」

「え?」

 休息日の夕暮れ時。

 「ツーファミリー」の構成員、ティーチにそう言われ、アルベラは疑問の視線を向ける。

 アルベラ・ディオール。

 水色の毛先の、緩いウェーブのかかったラベンダー色の髪の毛。ややつり上がった、きつい印象を与える緑の目。今年十五歳となった彼女は、ここストーレムの町の領主、ラーゼン・ディオール公爵の娘だ。そして、運良くも(?)「悪役令嬢」という役目を与えられてこの世に生を受けた転生者でもある。

「あら、大丈夫なんですか?」

 アルベラの髪を整え直していた、金髪碧眼の「まさに美女」な使用人が尋ねる。

 エリーだ。

 彼女は実はとんでもなく腕っぷしが強く、そして実は「彼」でもある。その外見と腕力とのギャップに惚れ込んでアルベラが雇った、頼もしくも、変態ゆえに時に危うい人員だ。

 アルベラは去年ティーチと出会って以来、彼女から魔法と格闘術の講習を受けていた。

 いつもの、町の南に位置する、木々に囲われた人気のない池の畔。今はその講習終了後の帰宅のための身支度兼反省会の時間だ。

 アルベラが魔法で、結い跡の付いた、汗で湿った自身の髪の毛を水で覆う。最近ではもう、水を集めて宙に留めるくらいはお手の物だ。エリーがその水に手を突っ込み、髪を軽くゆすぐと、水を離れた場所に放り投げ、次はエリーが風の魔法でアルベラの髪を乾かす。そして今、櫛で髪を梳かすという、いつもの段階を辿っていた。

 この町には、「ダン・ツー」という頭が率いるマフィアが存在する。それがツーファミリーだ。

 過去にとある騒動で関わってからというもの、アルベラとは約五年の付き合いになる。

 アルベラはたまに、その拠点の一つへ、用があったりなかったりで顔を出しているのだが、ティーチとは去年、そんな時に偶然出会った。褐色の肌に黄色の瞳。目の細かいパーマのマゼンタの髪は、大きなボールを乗せたような一つ結びになっており、所々にベージュのメッシュが入っている。カラフルなヘアバンドで前髪をかき上げた彼女は、見た目通りの陽キャだ。そしてコミュ力もかなり高い。

 噂の「ミクレーのお嬢様」を、出会って早々にいじり倒し、自ら「私が鍛え直してやる」と言い出したのだ。アルベラにとってはまたとない申し出だったので、即お願いして今に至る。

 もちろんこの町の領主であり、アルベラの父であるディオール公爵はこのことを知らない。だが、ツーと父は顔見知りではあるらしい。仲が良いとは言えない関係のようだが、ダン・ツーはアルベラを煙たがるどころか、極たまに会う際には、おやつとコーヒーで歓迎してくれていた。そんな頭の様子もあり、ツーファミリーはアルベラに対して友好的にしてくれている。———若頭のリュージ以外、だが。

 エリーの問いに、「いーのいーの」とティーチはひらひらと手を振った。

「実戦で腕試ししないと、いざという時役に立たないじゃん? 嬢ちゃんも、もう少しで王都に行っちゃうわけだし、私もそのうち、ふらっと遠出しそうだし? お遊びとはいえ、可愛い弟子の成長をちゃんと実感しておきたいなーって」

「ね、姐さん………!!」

 アルベラは感動し、胸の前に手を組んで尊敬の眼差しをティーチに向ける。

「はっはっはー! くるしゅうない、敬いたまえ! ―――で、北側の方なんだけど、そこに生体屋があるの分るかい?」

「ちょ、ちょっとちょっと! 何言ってんすかティーチの姉御! 駄目に決まってるじゃないですか!」

 近くの木陰で、暇つぶしに(エリーを)眺めに来ていた青年が、進み始めた話に声を上げる。ティーチと同じツーファミリー構成員のテッソだ。

「その仕事って『ファミリーの方の』ですよね?」

「いいや。パーティー側だ。他の奴に頼んで組合の方に依頼を出させたんだよ。それを私が即引き受けたっていうね。―――つっても取り越し苦労だったけど。リューの若さんに言ったらあっさりOKもらえたから、必要ない前準備だったなー。『へまさえしなきゃ過程は何でもいい』ってさ」

「へ、へえー。………じゃあそれ、単純に金勿体ないっすね」

 何が悔しいのか、テッソは少し嫌そうに、責めるような視線をティーチへ向ける。

 ティーチは、ファミリーの構成員であり、組合での登録を済ませた正規の冒険者だ。

 今の話はつまり、「ファミリーの仕事を、他人名義で冒険者組合に依頼した」という事だろう。それを、冒険者のティーチが請け負ったという事だ。

 クエストを完遂すると、依頼主の支払った依頼金の六割が、組合から冒険者へ報奨金として支払われる。つまり、自分の依頼を自分で受けるとは、依頼金の四割を失うだけの赤字行為だろう、とテッソは言っているのだ。

「そんなもん、現地で元が取れるさ」と、ティーチは余裕の笑みを浮かべる。

「はぁ………。組合にばれたら叱責ものですね。………大丈夫なんすか、姐さんのチーム。色々目の敵にされてません?」

「大丈夫だって、上手くやってるよ。他の冒険者パーティーからの評判は、自慢したいくらいだね」

「………ちぇー。ティーチの姐さんはこんなのびのびやってるってのに。なんで皆、俺にはOK出してくれないかなー」

「そりゃお前の仕事が雑だからだよ。コーニオの旦那の『丁寧なお片付け』を見習いな。誰もあんたに、ケジメ付けさせたくないんだよ」

 テッソは「丁寧なお片付け」という言葉に、何を思い出したのか気持ち悪そうに口元を抑える。

「ていうかなんで、俺がケジメ付ける事になる事前提………」

 不満の途切れた青年から目を離し、ティーチはアルベラへ問い直す。

「な? っていう事で誰にも損はない。どうだい、嬢ちゃん?」



 密輸、密造、殺人、麻薬の販売、占用料の搾取。それらがファミリーの主な活動だが、ずっとそれらに従事している必要はない。町から離れてふらふらしている輩もおり、そういった者達の中には、ティーチのように冒険者組合に登録している者も少なくない。

 基本的に活動名も、その姿も自由。変装しようがしまいが、名を変えようが変えまいが、ファミリーとしては迷惑さえ被らなければ何でもいいのだ。だが、少しでも顔に泥を塗るような事があれば、それなりのけじめは払わされる。過去には、ファミリーの構成員が所属していたパーティー全員の命と、本人の命でもって、そのケジメをつけるという例もあったらしい。

(冒険者か。それっぽいものは見たことあるけど、接触したことはないな。なにかの良い勉強になるかも)

 しかも、わざわざ赤字になるかもしれない手を打って、自分のために準備をしてくれたのだ。断るなんて失礼極まりない。

「行く! 行かせてください!」

 アルベラは嬉しそうに瞳を輝かせる。ティーチも期待通りの返答に、嬉しそうに「ニッ」と笑って返した。

「よし。じゃあ詳しい日程は後日ネズミを送るよ。嬢ちゃんの方は………今日みたいな動きやすい服ならそれでいいか。ああ、あと、髪も纏めた方が良いね。ポニーは実戦だと危険だね。実力に自信があるならいいけど、経験がないうちは避けた方が良い。………あ、そうそう。私の冒険者の時の名前と特徴も伝えておかないとか」

「あら、姐さんは冒険者の時違うカッコしてるの?」

「ああ。折角だしね。けどパーティーの奴らは私がファミリーの一員だってこと知ってるから、変に気を使う必要はないよ」

「へえ。本当に気楽にやってるのね」

「そりゃあね。楽しみたくてやってるんだ。堅苦しいのはごめんだ。………面白いよ。今とあのカッコで、男どもの反応が全然違うんだ」

「え? それってどっち? いい方に? 悪い方に?」

「良い方、なんだろうね、ありゃあ。知らない奴から優しくされることが多い。………ったく、どいつもこいつも、この姿の良さが分からないんだね。ガッカリするよ。センスがないったらありゃしない」

 ティーチは呆れたようにため息をつき、自身が今着てる真っ黄色のタンクトップを摘まむ。その手首にはジャラジャラと多彩な腕輪がはめられていた。

(ティーチの姐さん、個性派だもんな。凄い似合ってるからカッコいいけど。………って事は、冒険者の時は、男受けする系統の恰好なんだ。どんな何だろう。楽しみ)

 彼女たちはファッションの話に花を咲かせる。その流れで、帰り際に動きやすい服、冒険者愛用の服屋、というのを一緒に覗いていくこととなった。



 ***



「——————なあ」

 気だるそうな男の声が、静まった室内にポツリと落とされた。

 アルベラがティーチ等と共に、南の街外れの池に行っている間。ファミリーの東南の拠点に、一人の訪問者があった。

 訪問者は、日に焼けて色の褪せた黒いローブを纏い、顔は逆光で陰っていた。ひょろりとした体系と、ぼさぼさ頭のシルエットが、静かに入り口に佇む。

「なんだい兄ちゃん。依頼かい? 買い物かい? それとも喧嘩かい?」

 敷居を挟んで訪問者と向かい合い、小柄でいかつい顔をした、小鬼のような男が親し気に笑いかける。彼が座っていた椅子の横には、血で錆びつき、切れ味の悪くなったのこぎりが立てかけられていた。

「ここはツーファミリーとやらであってるか?」と、訪問者は気だるげに、抑揚なく淡々と尋ねる。

「まあ、その一部だな」

 ファミリーの構成員、小鬼のような小男、コーニオは朗らかに答えた。一見優しそうなこの小男は、ファミリーの拷問係でもある。役目の通り、拷問大好きの狂人の訳だが、根が拗れに拗れ、一週回って善意の塊のような人間になってしまった。「可哀そうにな、可哀そうにな」と言いながら容赦なく目標を痛めつける彼の姿に、トラウマを植え付けられた仲間も少なくない。

「そうか。じゃあ、ここでミクレーを飼ってるってのは本当か?」

 客人の問いに、コーニオはケラケラと笑う。

「ミクレーなんざ見た事ねぇな。けど、ウチの若いもんに似た名前の奴がいんだよ。ミクウレっていうな。妖精なんて言えねえようなむさ苦しい面した奴さ。町の奴ら、ソイツの話をミクレーの事と勘違いしてやがるんだ」

「………そうだったか。すまない。勘違いだったようだ」

 客人はこめかみのあたりを指先で撫で付ける。そこに古い傷跡でもあるような手つきだ。

「そうかい? 済まねえな、期待に添えられなくて」

「—————————じゃあ別の質問なんだが、ここに、十代半ばの子供が出入りしてないか? 淡い紫色の髪だ。毛先が水色で、瞳は緑。………あ、女だ」

 コーニオは訝し気に腕を組む。

「子供………? ………………すまねぇ。知らねえな」

「そうか」

 客人は少し間を置き、「じゃあ」と呟く。コーニオから視線を逸らし、その後ろ、部屋の中へ目をやった。

「お前、何か知ってるな」

 視線の先は、部屋の中央で椅子に座り、テーブルに足を乗せた男だ。

「はぁ?」

 男はイラついたように客人を睨みつけた。

「一瞬顔に出てたぞ。こっちの男が折角上手くやったってのに台無しだな」

 「上手くって兄ちゃん………」とコーニオが苦笑する。

「何言ってんだ。俺もミクウレなら知ってるが、ガキなんて知らねぇよ」

 訪問者の脚が室内へと踏み出される。

「済まねえな。立ち入りの許可はしてねぇんだ」

 それを、コーニオがノコギリで塞ぐ。へばりつけた様なにこやかな笑顔。

 訪問者も、口元だけで小さく笑った。

「そうか。悪いな。勝手に入らせてくれ。話を聞かせて貰ったらすぐ帰る」

 「おいおい兄さん、そりゃないぜ」と、椅子に座っていた男が立ち上がった。普通に説得するような表情を浮かべていた彼は、眉をピクリとも動かさず、その顔のまま瞬時に、隠し持っていたナイフを突き出す。

 ———ひゅっ、と小さな銀色が空気を切り、高い音を上げた。

 客はふらりと後退して仰け反る。ナイフはその鼻先を追う。

 客人の暗い瞳が、ぎょろりとナイフの向こうの男を見据える。

 細長い腕がローブの下から伸びて、ナイフ男の腕を掴んだ。それは後ろに倒れないよう、掴まっているだけのようにも見える。

 感情の見えない不気味な瞳に、ナイフ男は「気色わりぃ!」と声を荒げる。声と共に、ナイフ男の右腕が赤く輝き、炎で包まれた。客人の腕も、その炎に巻き込まれる。

 炎に照らしだされた、無表情な客人の顔。コーニオは首を傾ぐ。

(見覚えのねぇ顔だ)

 痩せこけた頬。顔に火傷。首から下に続く包帯。濃い隈と、生気のない目。——————訪問客について、もっとじっくりと観察したかったが、そうもいかない。コーニオはのこぎりを握り締める。

「頭と一緒に感覚も鈍ってんのか? クソ野郎」

 ナイフ男が火力を上げるが、火傷頭の客人はつまらなそうに口を小さく動かした。

「単純に弱すぎる」

 その言葉の後、ナイフ男は、自分の腕に小さく亀裂の入るような音を聞いた。

「——————な、にが」

 ナイフ男の火力が弱まる。

 その火が消えるのを見届けることなく、火傷頭の客人はお辞儀をするように頭を下げた。背後に「ヒュン」と空を切る高い音。

 訪問者の細い首を狙い、コーニオがノコギリを横に振ったのだ。再度、のこぎりの刃が、胴を狙って大きく振られる。客人はのこぎりの振られた方向と、同じ方へ飛び退く。コーニオは男を誘導するように、分かりやすく数回、大きくのこぎりを連続して振るった。その動きに付き合ってやるかのように、訪問者は足を動かす。

「旦那ぁ! そいつに触るな!」

「ああ?」

 痛みに震えるようなナイフ男からの助言に、コーニオが頷きとも疑問とも取れる声を返す。やがて手を止め、ノコギリの刃の部分でトントンと自身の肩を叩き、息をついた。

「はやいねぇ、兄ちゃん」

 感心の声を上げ、コーニオは敷居の外へ追い出し終えた客人へ笑いかけた。

 扉の外、客人はやはり顔色一つ変えず佇んでいた。

「安心しろよ。そんなに怖がらなくても、聞いたら帰る」

 足音もなく、彼はコーニオの前へ歩み寄る。背の低い彼へ、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「へぇ。俺は怖がってるのかい?」

「違うのか?」

 コーニオの、コケ色の瞳に男の顔が映りこむ。

 動きの少ない表情。人の心の裏側を見据えてるかのような、光の無い目。

「………ここまで気味わりい相手は始めてかもなぁ」

「そうなのか? この町も大したことないな」

 つまらなそうにそう言うと、男は、コーニオの持っていたのこぎりに手を伸ばした。

 のこぎりを振り上げようとしたコーニオの手の中、握っていた柄の感触が一瞬で消える。サラサラと、粒子がこすれ合うような音と、何かが流れ落ちる音が聞こえた。

 コーニオは急いでそれを目で追い、自身の横に「流れ落ちた」のこぎりを見つける。

「砂………地系の………?」

「………?!」

 息をのんだのは客人の方だった。

 呆然とするコーニオの左腕が、意思を別にしているかのように、反射的に鉈を振り下ろしていた。コーニオが腰に常備しているものだ。

 空を切る高い音。客人のぼさぼさな髪が風に揺れる。

「………凄いフェイントだな」

 生気のない目が、関心に小さく見開かれる。

 鉈は客人の腕に触れるとともに、傷一つつけることなく、砂となって散ってしまった。コーニオが予想した通りだ。

「ち………やっぱダメかい」

(魔法はもともと出来がよくねぇしな………どうすっかなぁ)

 コーニオの表情から笑みが剥がれ落ち始めていた。その額には冷や汗が伝う。

 しゃがんだまま向かい合う客人は、暫しコーニオと向かい合ったのち「面白かったよ」と頷く。

「けど、そうだな。………一人で待つ事にしよう」

 男の手のひらが、コーニオの頭を掴もうと迫る。

 コーニオには、ただそれを見つめ覚悟するしかできなかった。

「———————何を待つって?」

 第三者の低い声。

「リューさん………」

 コーニオの体から緊張が解ける。

 訪問者は不思議そうに小男の背後を見上げた。そこにはいつの間にか、自分と同じくらいの背丈の男が立っていた。威圧的な鋭い眼光。毛先の赤い黒髪。

 彼は煙草を咥え、見知らぬ客人とコーニオを見下ろす。

「随分と血の気の多いのが出てきたな」

 訪問者がぼそぼそと呟くが、「リューさん」とやらは元から会話をする気がない様に、煙草を彼へ放り投げた。

 煙草は放物線を描いて落ちる。その後を追って、黒い炎が宙にアーチを描く。そこまではまるでスローモーションだった。

 だが、煙草が地面に着くか着かないかの前に燃え尽きると、黒い炎は瞬時に火力を上げ、男の体にまとわりついて駆け上がり火柱となった。周囲の屋根より高く上がったその柱は、ごうごうと轟き、地面を黒く焼き付ける。

 炎の中心で、黒く染まった人影は立ち上がり、「く」の字に体を折り曲げた。こんな状況だというのに、悠長に自分の体を見下ろしているような動作だ。

「チッ………気持ちわりぃ野郎だ。オラ、テメェ等さっさと行け」



 訪問者の彼の視界は、黒と赤の二色で染め上げられる。

 彼が片手を大きく払うと、炎は若干払われ、合間に先ほどまでの景色が見えた。すぐにまた炎が視界を覆おうとするので、もう一度大きく腕を払う。

 炎の合間に、後から現れた黒髪の男が、奥の部屋へと入り、扉を閉めようとしているのが見えた。扉が閉じられる一瞬、自分を睨みつけるその口元が、「二度と来るな、クソ野郎」と動いた。

 扉が閉じたのと同時に、客人の体を覆っていた炎の勢いが弱まった。炎は、彼の防御魔法を破り、服や皮膚を焦げ付かせていた。

(………チンピラ舐めてたな)

 訪問者が手で払うが、残った炎はしぶとく、素直に消え去ろうとはしなかった。

 「やるな」と呟き、彼は魔法を発動させる。砂っぽいつむじ風が彼を中心に巻き起こり、少し勢いを上げたかと思うとすぐに消えた。風に囲われた彼の体からは、全ての炎が消え去っていた。

『おい、ファミリーのやつら喧嘩か?』

『いやだわ…………………誰か通報したのかしら?』

 周囲の家々の窓が細く開き、幾つか声が漏れ聞こえていた。何の騒ぎかと、警戒しつつ伺うような視線を感じた。

 彼は、焦げ付いたぼさぼさ頭を手で払い、先ほどまでチンピラ達がいた室内に立ち入る。

 入ってすぐの部屋は先ほど通りだ。だが、奥の扉を開くと、それは先ほど垣間見た室内と全く違っていた。何もない、閑散とした部屋。

 炎に包まれていた時に見えたのは、黒いソファーや壁紙の貼られた室内だったのだが。今いる室内はグレーの「コンクリ壁」が剥き出しだった。

 チンピラ達の拠点の一つだった場所を出て、南側に目をやる。そこには、町の家の家の合間から、丘の上にあるという、この地の領主の屋敷が見えた。

「なるほど。聞いてた通りか………」

 彼はゆっくり歩きだす。

(なら、今じゃなくていい。………入学。本当に子供だったとは)

 人々の不安の視線を受けながら、彼は静かにその路上を立ち去った。



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