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13、怪しいお薬 1(彼は父であり領主であり男)



「あああああああのですね、別に何もしてなかったわけじゃないんですよ!? 始めは探し回ってたんですけど全然お嬢様の目撃者もおらず、とりあえず時計塔の広場で戻ってくるのを待ったり、警備兵の人たちにも声はかけてみたりとしたんですが、騎士の方たちの捜索もありますし、彼らを待った方が良いかなと、あのお店にはほんのちょっと休憩しようと思って、本当についさっき入ったばかりだったんです! だったんですがタイミング悪くそこにお嬢様が見えた次第でしてぇぇぇ」

 馬車の中、ルミアのしどろもどろな言い訳を聞きながら、アルベラは「人の目ってこんなに泳げるんだ。」と呆れながらも感心していた。

 彼女の気持ちは分からなくはなかった。

 きっと始めは焦っただろう。

 本気で探し回ったのだろう。

 そしてこの事の次第を両親にどう説明したらいいのかと絶望したはずだ。

 しかもそれが領主の娘である。場合によってはとんでもなく恐ろしい罰を課せられる可能性もある。きっと「投獄」「死刑」という言葉も頭をよぎったはずだ。あの幸せそうにパフェを食していた時間は最後の晩餐のつもりだったのか、一時の現実逃避だったのか……。

(と、いう事にしておいてあげる)

「――うん。パフェはない」

「お嬢様ぁぁぁぁ!」

 はぁ、とアルベラは息をついた。

 そして慈悲深く寛大なお嬢様の表情を作る。

「そうね……、ルミアも大変だったよね。私もまさか人攫いに会うなんて思っていなかったの。はぐれそうになった時、一生懸命あなたの名を呼んだのよ。けどまさか全然気づいてもらえないなんて思わなかった……。それはもうできる限りの抵抗をして暴れて、『ルミア! 気づいて! 助けて! ルミア! ルミアー!!』って何度も叫んだんだけど……そうよね。あんなに沢山人がいたら気づけるはずもないわよね」

 多少大げさに話をさせてもらいつつ、「うかつだったわ……」とアルベラは悩まし気に息をつく。

 人攫いの話をここで初めて出したので、馬車の中の空気は「さー……」という音が聞こえてくるように凍り付いた。

 馬車の御者も、窓の隙間から話が漏れ聞こえていたのか青い顔で車の中を振り返った。

 ルミアの頭の上の小窓、アルベラの席からその窓越しに御者の顔が見え、彼女はニコリと笑った。

「秘密よ?」

 御者は悩んだ末、「ね?」と首を傾ぐお嬢様にこくこくと頷き返した。

「ひ、と……攫、い……?」

 ルミアは顔を青くし言葉を失っている。

「でね、そんな時助けてくれたのがこちらのエリーさんです!」

 じゃーんとアルベラは隣に座らせたエリーを両手で示す。

「どうも~。お嬢様の命の恩人になっちゃいました~。エリーでぇーす」

 語尾にハートマークを付け、陽気な挨拶をするエリーにルミアの冷めた視線が向けられる。その顔には「なんだこのうさん臭い派手な女」と書かれていた。

「でね、ルミア。お互いのためになるお願いがあるんだけど、」

 アルベラは身を乗り出した。

「処刑されたくなかったら、私と口裏を合わせて欲しいの? ね?」

 くすりと優しく笑むお嬢様。そしてその口が吐く物騒な言葉。

 ルミアは真っ青な顔でコクコクと首を縦に振った。



 屋敷へ着くと馬車の音を聞きつけたのか、玄関から慌ただしく人が出てくる。

「アルベラ!!」

 公爵でありこの地の領主でありアルベラの父であるラーゼン・ディオールが、顔面蒼白で馬車から降りていた娘の元へ駆けつけた。

「おお、無事で良かった。丁度捜索隊を向かわせたところだったんだ」

 アルベラの後ろ、空になった馬車と、帰り際に合流した十頭以上の馬とその乗り手達がぞろぞろと馬小屋や馬車置き場へと向かっていた。

 父に指示された捜索に出ていた彼等とアルベラは運よく道中に合流していた。

「そうか、途中で合流したんだな。本当に何もなくて良かった。町の役所の方にも無事に帰った事を連絡しておかないとな……」

 彼はつい先ほど、約束の時間を過ぎても帰ってこない娘に痺れを切らし「捜索」の命を町に点在する役所の全てに送っていたのだった。

 命の取り消しをしておくよう連れていた使用人に指示する父の姿を見て、アルベラは「大ごとになる前に間に合って良かった」と胸をなでおろした。

 娘の顔や服、靴などを確認し終えるとラーゼンは優しくアルベラを抱きしめた。

「お父様、ごめんなさい。帰りが遅くなってしまって」

 アルベラは父の背を抱き返す。

「ちょっと我儘を言ってしまっただけなの。町の端まで行こうとして北側まで行ってみたら予想以上に遠くて……。途中であきらめて引き返してきたんだけど、こんな時間になってしまって」

「旦那様、申し訳ありません」

 ルミアが一歩前に出て頭を下げる。

 その横に並び、護衛の騎士達も頭を下げた。

「ごめんなさい。ルミアや彼らの言う事を聞いていれば、ちゃんと時間通り戻ってこれたのに」

「そうだったか……。いいや、無事ならいいんだ。だがちゃんと時間は守らないとな」

「はい」

「君達にもしっかり反省をしてもらわないと。何のために城から呼び出したのか……今後のためにも自分の役目をよく理解してもらわないと困るよ」

 ラーゼンは使用人と護衛の騎士達へ視線を移した。

 公爵の視線にルミアはぞくりと身震いした。騎士達は何か恐ろしい罰を覚悟するような面持ちで「勿論です」と敬礼する。

 父はいつもの穏やかな口調や空気だ。きっと口頭だけの厳重注意だけで済むだろうに、何をそんなに怯えているのか。と、アルベラは疑問に思う。

「――……ところで、そこのご婦人はどなたかな」

「どおも~」

 場違いなトーンで挨拶をするエリーを、アルベラに抱き着いたままの父はぽかんと見上げてた。

(忘れてた)

 という顔で自分を見ているお嬢様へ、エリーは「ふふふ」と笑みを溢す。

「とりあえず、皆さん中に入ってからにしてはどうかしら?」

 玄関の前に佇んで様子を見守っていた母、レミリアスが言葉をかけると、後ろに控えていた使用人が扉を開き中へと促した。



 屋敷へ入り、一同は玄関入ってすぐにある広間のソファーに腰掛けた。

 アルベラとルミアが横並びに座り、テーブルを挟みんで正面の席に右から母、父、エリーという順で腰掛けている。

 正面のエリーにアルベラは目を据わらせた。

(おい。なんでお前がそこに座る)

 エリーは父の右隣りで父の腕に絡まっていた。わざとらしくドレスのスリットから美脚を覗かせ艶っぽい声を出す。

「やだ~。公爵様ったら素敵なおひげねぇ。町の人たちの間で評判のいい領主様だから、どんなお方か気になってたのぉ~。まさかこんなお若くしてあんな素敵な奥様とお嬢さまを持っていただなんて。こんなに素敵な殿方だったなんて想像もしていなかったわぁ~。私、さっきとぉーーーっても感動しましたわ~。真っ先にお嬢様へ駆け寄って、捜索隊を構えて向かわせる素早い判断に、役所への指示……家族愛ってすてき~」

「い、いやぁ……あははははは……。そ、そうか。良い家族に見えたなら何よりだ。しかし私はそんなに若くもないものでね」

「あらあら~? お顔が良いから若々しく見えるのね。フフフ」

 エリーは猫なで声でラーゼンへ擦り寄る。

 「家族愛」とやらを口にした本人が、まさに今家族を台無しにしようとしているのだが。わざとだろうか。

 アルベラはじとりと彼女を睨み、本題を進めるとした。

「という事で拾ってきたエリーですが、使用人として雇ってもらえないでしょうか? 私のお世話係にしたいんですが」

 オカマを無視し、アルベラは単刀直入に用件を切り出す。

 エリーに絡みつかれ、父は満更でもないのか鼻の下を伸ばしデレデレしている。

「え? エリー君を雇う? 私は構わないが……」

「あんらぁ、ご主人様ったら懐が深いのねぇ。益々いい男~。私、ご主人様のもっと色んな一面を見てみたくなっちゃった~」

(お前の主人はワ タ シ ! あぁ……このオカマ、早速解雇してやろうか……)

 アルベラは膝の上で拳を握る。

 父の言葉に身を乗り出すエリー。正面に美しい谷間が距離を詰め、ラーゼンの視線はその谷間に釘付けとなった。

 その瞬間、アルベラから見て父の右隣りに座る母の笑顔はこれ以上ないほどに深まった。

 口許に開いた扇子の隙間から、冷気の煙が漏れ出る様子が見えてきそうだ。

(あぁ……今までで最高に怖いです、お母様……)

 アルベラはこのままではいけないと、母の元へ行くとそっとある事実を耳打ちした。

「お母様、エリーは……」

 娘の言葉を聞いた母は「まぁ」と零し、表情がほんの少し和らいた。

 彼女は「ほぅ」と音にならない吐息を零す。一瞬で「誤解」という氷は解けた。

 レミリアスの笑みに込められた感情は怒りや嫉妬から興味や好奇心への類へと変わる。

 アルベラが母へ伝えたのはエリーの性別についてだ。

(いくらエリーの恋愛対象が男とは言え、相手もそうじゃなきゃ噛み合わないでしょ。まさか妻子持ちの男を、しかも公爵を襲うだなんて……そんな愚かな事するほど馬鹿じゃない……――よね……? そうよね、エリーさん)

 そうよね、そうだと言って、エリーさん。とアルベラが見つめるが、エリーはその視線に気づかない。

「は、ははは……。よろしく頼む。暫くは慣れないとは思うが、頑張ってくれ。君の素性はある程度調べさせては貰うが、アルベラとさえ仲良くしてくれれば悪いようには……、――!? ……くさっ! え? なんだ? これは私か?? 臭い、臭いぞ? 私が匂っているのか? え、くさっ! え? ええ……??」

 加齢臭の存在に気づいたのだろう。

 匂いの出どころが分からず混乱し、ラーゼンは自分の体臭を疑いだした。

 まさかこんな美女から加齢臭がするはずないと、エリーの事は端から疑う対象にもしていないらしい。

 混乱してきょろきょろ辺りを見渡したり、自分の体の匂いを嗅ぎだす我が旦那と、それに絡みつき戯れる美女オカマ。レミリアスの紫の瞳は心底楽しそうだ。

(お母様……良い娯楽になったようで良かったです)

 何はともかく家族の危機は脱したようだ。

「お母様もいいでしょうか? 彼女、結構腕もたつし護衛役にもなって『一石二羽』よ」

「そうですか。えぇ、そうですね……」

 すうっと目を細める母の横顔。

 人生経験の年数的にはアルベラの方が上のはずだが、アルベラには我が母が何を考えているのか全く読めない。

(家に置いて良い人物かどうか、判断しているのかな……)

 正直エリーが信用できるかどうかはアルベラ自身もある程度時間を置かねば判断のしようのないと思っている。

 アルベラは自分の審美眼にも先見性にも自信が無かった。

 だから父や母にも意見を聞けるこの場を今は有難いとも思った。

 レミリアスはエリーと視線を絡め、ニコリと微笑む。

「いいですよ。あとでちゃんと屋敷での振る舞いを学んでいただけさえすれば」

「ありがとうございます、お母様、お父様!」

 人の父で遊びつつ、こちらのやり取りを聞いていたエリーも「ありがとうございます~」と礼を述べる。

「ですがアルベラ、ルミア」

「はひ!」

 急に自分の名前が呼ばれてルミアは声を裏返す。

「今回帰りが遅くなり、皆に心配をかけたことはしっかり反省してください。あとで細かく事情を聞きなおします」

 レミリアスの穏やかでいて厳格さを含んだ声に、アルベラとルミアは「はい、ごめんなさい」「はい、申し訳ございませんでした」と頭を下げた。



 その後エリーはアルベラの希望通り、ルミアに続き側付きの二人目という事で正式に雇われた。

 翌日、メイド服を纏ったエリーがルミアに連れられアルベラの元へ挨拶へきた。

 「お嬢様、不束者ですがよろしくお願いいたします」

 その姿はかなり様になっていた。

(お色気兼戦闘要員ゲット!)

 アルベラは心の中で喜びのガッツポーズをきめたのだった。



***



 エリーが屋敷に来た翌日。

 アルベラが部屋でくつろぎ紅茶を飲んでいる時の事だ。

 ルミアがこそりとエリーのことで口を開いた。

「お嬢様、彼女エリーはこの町の人間ではないそうですね」

「ええ」

 彼女(彼)が根無し草だというのは、屋敷に来る前にアルベラも聞いていた。

 街に来て一年も経ってないとかで、ずっと昼は料亭、夜は酒屋になる店で働いていたそうだ。たまに日本で言うガールズバーの様な所へも出入りしていたそうだが意外にも体を売るような仕事には手を出していないのだという。本人曰く「初心うぶ」だそうだが、客とは気軽に恋愛を楽しんでいたそうなので、その話をしている時アルベラは「初心ってなんだっけ」と内心突っ込んだのだ。

 紅茶を口にしながらその時のやり取りを思い出していたアルベラへ、ルミアはこそりと告げる。

「旦那様も奥様も、ただただ甘くはありません。怪しい所があれば、きっと彼女は処分されます。何も知らされず彼女が消えたならそういう時です」

 アルベラはルミアを見上げる。

 彼女のグレーの瞳はいつになく真剣だった。

(ルミア、私と真面目に話なんてしたことないのに。――……それだけ今まで、私が餓鬼だと思われてたってことか?)

 一瞬「こいつ……」と思ったが、年相応に子供であったことは否めない。

 アルベラは突発的な怒りの感情を抑えてほほ笑んだ。

「そう、分かったわ。悪人だった場合は仕方ないものね」

(でなくても気分屋っぽいところはありそうだし、追い出されなくても肌に合わなければ自分から辞めそうだよな。そうなった時は仕方ないけど……私の悪役業の時まで、仲良くやれてたら良いな)

 聞き分けのいいお嬢様の様子に、ルミアは眉をひそめていた。

 彼女は小さく「お嬢様、やはり……」と呟く。

「ん? なに?」

「……成長されました」

「ふふん。でしょう?」

「――……成長されて、厄介になれられました。とても」

「――」

「……?」

「パフェの件……」

「無駄口を叩き申し訳ありませんでした。失礼いたします」



 アルベラが部屋でお茶を嗜んでいた同時刻。

 町の警備団の本部の一室では大人たちが顔を合わせ町での出来事について話し合っていた。

 白地にくすんだ金色で描かれた唐草模様の壁紙。厚手の深紅のカーテンと絨毯。部屋の中央には楕円型のテーブルと二十人分の椅子が設置されていた。

 現在その椅子に腰かけているのは五名だ。

 警備団の取締役と、領主のラーゼン・ディオール、城からの使いで来た官僚三名。ここにいるのは計五名だ。

「今回は人売りの集団。どこからか薬を手に入れ街のそとで売りさばく予定だったもよう。通報では男が女性に絡んでいたという事でしたが、兵が駆けつけたときには女性はおらず、男が気を失って倒れておりました。現場には薬が落ちていた他、男の所有している小舟にも瓶詰めの物が木箱にまとめられ積まれておりました。今までは小袋が中心で、瓶はあっても数個などの単位での発見だったため、今回は前回までよりも多く、薬の製造過程に何らかの変化があったものと思われます。現在、男にはいろいろと話を聞いている最中です。薬をばらまいている首謀者との直接の関りはあまり期待できそうにないですが、売人の居場所は幾つか突き止められそうです」

 楕円の卓の誕生日席ともいえる位置に立ち、警備団取締がつらつらと昨晩の街の出来事を伝えていく。

 ラーゼンと城の使いの官僚が、卓を挟んで正面に向き合って報告を聞いていた。

 国の治安を任されている大臣。その使いである官僚三人は、一人がテーブル沿いに座り、二人はその少し後ろへ椅子を引いて座って控えている。

 後ろの二人は補佐官だ。今回の話をまとめ、判断するのが先頭の男の仕事。他の二人は話の内容をすり合わせる相手や記録係といった感じだ。その後、先頭の彼がまとめた内容を大臣と王へ伝える仕組みとなっている。

「昨日か……。人売りに薬……安心して我が子を遊びに行かせられる町にしたいものだ」

 この土地の領主として一人の父として、ラーゼンは厄介な問題にため息を漏らした。

「あ、あの、ディオール公爵」

 説明を終えた警備団取締が様子を見るように口を開く。

「その、公爵のお嬢様についてなんですが、昨日数件それらしい目撃情報がありまして」

「ああ。娘なら昨日街へ出かけていたからな」

「それは……そうでしたか……。いえ、あの……お嬢様は無事お帰りにはなってるんですよね。特に変わった様子もなく?」

「ああ。そうだな。無事帰ってきている。……なんだね?」

 「帰りは予定より少し遅れたが」という言葉を余計と思いラーゼンは省く。

「いえ。それが……昨日駆けこんできた子供たちの証言の中に、公爵のご令嬢に似た特徴の子供がいまして……」

 ラーゼンは顔をこわばらせる。急に胃が圧迫されたように感じた。

「それは……攫われた子たちの中に娘がいたかもしれないという事か? ……いや、まさか。昨日は護衛がずっとそばにいたと言っていた」

「それなら他人のそら似の可能性も。何しろ花祭りの時期ですし、普段より人の出入りも多いので似たような子がいてもおかしくありませんし」

「そう、だな。今日本人にも確認はしてみるが………まさか、いやいや、まさか………………………………………………………………」

 手を組みそこに額を乗せ、とても真面目な顔で静止する公爵の姿に、一同の視線が自然と集まる。

 やがてラーゼンはがたりと椅子を引くと、真面目な顔でこういった。

「ちょっと急用を思い出した。いったん家へ帰る」

 その言葉に警備団取締は「え!?」と声を上げる。

 官僚は「だめです」とにこやかに即答した。

「これからが本題です。お嬢様への確認はその後にしてください。要件が終わるまでは在席していただきますよ、公爵」

「……はい」

 ラーゼンは残念そうに椅子に座りなおした。



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