127、玉の回収 11(それぞれの帰宅)
「お嬢様ーーーーーぁん!!!! ご無事?! なんともなぁい?! イヤン汗臭~い!!!」
「臭いなら離れなさい!! 嗅ぐなー!! 気色悪い!!!」
「え?! 何?! この血!!! 誰の血よ?!!!」
「安心しろ。正真正銘お嬢様の血だ」
「ちょっとどういう——-!!!」
エリーとの再会。アルベラが激しい歓迎を受ける中、早くその場を離れたいガルカは、無理やりに二人を掴んで飛び発つ。
「オラァクソ魔族!! どういうつもりだああああん?!!」
エリーの低温ボイスが怒鳴りつける。
「良いから黙って運ばれろ。でないとお嬢様の所在がばれてストーカーされるぞ」
「ストーカーですって?!」
エリーはアルベラに視線を向けるが、アルベラは「自分は良く分からない」と首を傾げる。
ぶっ続けで三時間近くを飛び、来た時と同じく、ストーレムの町の近くで着替えをし。帰ってみれば、夕食まで少しだけ余裕がある時間だった。
「ただいま~。スーゥ、いい子にしてたー?」
アルベラはどさりと椅子に座り、ボウルを横から覗く。
いつもなら顔くらいは出してくれるスーは、アルベラに一瞥を向けたのみで、直ぐに泳ぎに戻ってしまった。
「あれ?」
「スーさん。へへへ。また来ちゃいました。このフルーツ食べま………………………あ」
笑顔のまま固まり、ニーニャは少しずつ後退していく。
アルベラには無関心だったスーが、ニーニャに反応し、水から頭を出して「キキキキキキキ…………」と、物をねだるような声をあげる。
「あら、ニーニャ」
アルベラは冷え冷えとした笑みを浮かべる。
「今日はスーのお世話ありがとう」
「は、はひ」
「ところで…………この時間におやつはお願いしてないんだけど、」
「は、はひ! ごめんなひゃい!!!」
ニーニャは自分の罪を認め、直ぐ様涙目で頭を下げる。
「………立ち入り禁止」
「はひ?!」
「暫く立ち入り禁止!!」
「は、はいぃぃぃ! 承知いたしました!!! すすすすみませんでしたぁぁぁぁぁ!」
扉がぱたんと閉じる。
ニーニャが去ると、ぽちゃん、という見ず音をたててスーは遊泳を再開した。
「現金な奴め………」
アルベラがボウルの表面をコツコツとつつくが、スーは視線を向けるのみだった。
「ちぇ。ご主人様は私なんだからね」
(……………………さて、食事の前に汗流さないと)
アルベラはのろのろと立ち上がる。
『タダイマ』
屋敷の屋根の上に胡座をかいていたガルカの隣。水溜まりのような黒い固まりが出現する。
「ククク、結構やられたようだな」
『ウン。ケド タノシカッタ』
「そうか。良かったな。それで、その目は直るのか?」
コントンは思い出したように唸り、クーンと悲しげな声を上げた。
『ナオル。クライモノ タクサンタベル タクサンネル』
「そうか。じゃあたっぷり寝るといい。またな」
『ウン オヤスミー』
「お嬢様。夕食のご用意が………あら」
扉を細く開け、室内を覗いたエリーは微笑む。
お嬢様はベッドに倒れ込んだまま、ぐっすりと眠りについていた。
「あらあら、」
ベットに横から倒れ込んだままの体勢を直そうと、エリーは更に扉を開き、中に入ろうとした。開けた視界の端、黒い人影が入り込む。
「凄いな。こいつ寝ながら歩いてたぞ」
「———………」
エリーは微笑んだまま固まる。
部屋の丸机に、脚を組んで腰かけているガルカの姿があった。その後ろで、開いた窓から入り込む風に、カーテンが揺らめいている。
エリーはスタスタと歩き、ガルカの前で止まる。ガルカはそれをすました顔で見上げた。
「あらあら。虫が入り込んで………」
ヒュン、と風を切る音。
エリーが虫を叩き潰す動作で、平手打ちをかました。ガルカは片手でそれを受け止める。
「お嬢様がご就寝だぞ? いいのか?」
「大丈夫。あんたを殺すのに音なんて必要ないの」
ヒュン、パシッ、ヒュン、パシッ、という無言のやり取りが数回繰り返された。
「あのぉー、ご夕食ですが、」と様子を見に来たニーニャの介入により、一時休戦となった。
ニーニャはアルベラの言いつけを守り、部屋には入らず扉の外から顔を覗かせ、必死に休戦の説得と注意を促した。
***
「一人も欠けずに、よくやった。明日はゆっくり休みなさい。時間の使い方は自由だが、くれぐれも無理をしないように。明後日は変わらず、いつも通りだ。以上。解散」
副団長、シリアダルの言葉に、「は!」と訓練兵達の敬礼が返る。
テーブルに置いたスタンドだけが灯る室内、ガチャリと扉が開く。
「戻った」
「おかえりー。遅かったね。どうだった?」
友人の帰宅。ソファーに横たわっていたラツィラスは、読んでいた本から顔をあげる。
外はもう暗く、学園内は殆ど寝静まっていた。
大雑把に頭から水でも被って来たのか、ジーンは生乾きの髪にタオルを乗せていた。部屋に来るまでに外し、脇に抱えていた胸当て等の軽装備を、ベッドの横の壁際に立て掛ける。武器や防具の類は、騎士団の敷地に保管所があるのだが。持ってきたという事は、明日にでも手入れをするつもりなのだろう。
「ホークいたぞ。生きてた。………けど、村の人達は、殆ど亡くなってた。魔獣も魔族もうじゃうじゃいて、聞いてた通りそいつらが食い荒らしてて、なんでかアルベラがいて、聖女様が水を消してくれて、」
ラツィラスの耳に、どさり、と寝具に倒れ込む音と「結構、きつかった………」という呟きが聞こえた。
「お疲れさま。君が音を上げるなんて珍しい………………………て、え? 今なんて?」
返事はない。
やがて、静かな部屋に寝息が聞こえ始める。ラツィラスがベッドを見ると、ジーンはうつぶせに倒れ込んで、そのまま眠りについていた。
「珍しい」
とても気になることを言っていた気がするが、どうやら今日はお預けのようだ。
(憎いことしてくれるなぁ)
ラツィラスはクスクスと笑う。ライトを消し、自分も大人しく、就寝につく事にする。
***
「お嬢様、随分やんちゃされたみたいね………」
エリーは昨日の服を深めの樽に入れ、洗剤を入れ、洗濯用の拳ほどのボールを入れる。ボールには魔術が施されており、魔力を注ぎ込むと、桶の中が洗濯機さながらに回転し始めた。
「———おい豚。この薬はなんだ?」
「企業秘密でござる」
「ふん」
「あ、ガルカ殿!?」
ガルカはクスリをスポイトで吸い上げ、すぐ近くにあったネズミの入ったケージに、その雫を投げつけた。偶然その雫を口に受けたネズミが、みるみる小さくなり、毛が抜け落ち、ピンクなマウスへと変わっていく。
「ほう。若返りの薬か?」
「………き、企業秘密でござる」
八郎眼鏡をくいっと持ち上げる。その顔には、だらだらと尋常じゃない汗が流れていた。
「ふん」
「ああ! ガルカ殿ぉぉぉぉ!!!」
ガルカはビーカーに入っていた液体を全て、ネズミのいるケージ内へ流し込む。
(———のどかか)
アルベラはベランダに置いてある椅子に座り。空の明るさに目を閉じていた。
ここは八郎の家だ。
昨日の「事」の共有、玉をどうするか、「例の約束」について話すため、「落ち着いて話せる場所」という事でここを選んだ。
それにしても、今日はぽかぽかとした陽気が気持ちい。日向ぼっこ日和だ。
(こうしてると、昨日がずいぶん昔みたい。死体を沢山見たり。息が出来る水の中に居たり。死ねとか殺すとかたくさん聞いたり………)
「お嬢様」
エリーに呼ばれ振り向く。
「ありがとうございます。あらかた済みましたので、私の方は大丈夫ですよ」
「はーい」
アルベラは室内へと戻り食卓の椅子を引く。
隣りの部屋を見ると、機材を見るのに飽きたであろうガルカが、八郎の鞄の中を漁って、銃器類を構えたりしていた。八郎はピンクマウスたちを水浸しのケージから掬い上げ、別の入れ物へと移していた。
(いい玩具になってるな………)
八郎の背中を見て、少し哀れになってしまうアルベラだった。
村に入ってからのあらかたの流れをエリーと八郎に話し、終えたアルベラは「玉」の話へと移る。
「はい、これ」
鞄から取り出し、ごとり、とテーブルの上に乗せると、エリーは若干表情を引きつらせて身を引いた。
「それがその玉ですか。あの、随分禍々しく見えるんですが………本当に触って大丈夫なんですか?」
「え? 禍々しい?」
アルベラは八郎を見る。
八郎は不思議そうに首を傾げた。
ガルカはと言えば、にやにやと笑っている。
「気のせいだろ。そのお嬢さまも普通に触ってるんだ。不安なら指先でつついてみろ」
「ガルカ、後ろ」
「ん?」
アルベラに後ろを示され、ガルカはついそれを目で追ってしまった。そのすぐ後に、「気配」を感じ、とっさに身をかわす。
ごとん、と重い音を立てて、テーブルの上にあったはずの玉が、自分のいた場所を通過し、床に転がったのが見えた。
「ちっ」
玉を投げつけたアルベラが、手を払いながら舌打つ。
「………き、貴様な」
抗議の声を上げようとしたガルカの頭から、頭蓋が軋む音が上がる。
「あんたね」
エリーが、リンゴを握りつぶす勢いで、ガルカの頭部を掴み上げていた。怒りのあまり髪や服が逆立って見えるのは幻覚だ。
場所を移し、いつもの池の畔。
人払いの魔術を施して、四人は玉を囲んでいた。玉の周囲の地面は、衝撃波でも受けたように抉れていた。
「———そうか。分かった。感謝する」
ガルカは他の者達には聞こえない誰かと会話をしていた。会話相手は雷炎の魔徒だ。
「いいそうだ。人も魔族も触れないよう、厳重に保管しておいてくれるとさ…………ふん。勿体ない。直ぐに使えるよう、手元に置いとけば良いものを」
「いいの。なにか起きて、ストーレムがあの村みたいになったら困るし。屋敷だと『部屋への立ち入り禁止』もできるけど、本当に誰も来ない保証はないし」
玉の方は、以前と変わらず保管で話がまとまった。
破壊自体は、ただ命じればいいらしい。なぜわかったかというと、玉自体が教えてくれたのだ。
先程。玉の強度について、幾つか試していた時のことだ。
エリーが、そこら辺の木の棒や石、魔法を使い衝撃を与えるも、傷一つつかなかった。
その後、八郎が玉に向かって素手でチョップをすると、玉の周囲が打撃のショックに耐え切れず陥没したというのに、当の玉自体は無傷だった。
さらりと見せる八郎の意外な馬鹿力に、周囲が若干引いたのは置いておいて、———その際だ。玉が八郎へ「———主ヨ」と話しかけた。
———破壊ヲ望ムナラ、命ジラレタシ。破壊ヲゴ希望カ?
問われ、アルベラは「いいえ」と答える。
「アルベラ氏、拙者から一つ、いいでござるか?」
「どうぞ?」
「玉殿。拙者たちが良いというまで、暫く眠っているでござる。その際、他の誰かの一切の使用を禁じるでござる。よろしいでござるか?」
———承知シタ
と、いう事だ。
所有自体は、ガルカや八郎のすすめでもあった。
アルベラ自身は、もともと「破壊をした方が楽」と思っていた。だが、霧を作った際の出来事もあり「意外に使える」と、惜しくなってしまったのだ。
エリーは中立と言った感じで、「破壊しても構わないのでは」という意見と、「自分に扱える物であれば所有も考えるだろう」という意見を持っていた。八郎と玉のやり取りを見ていたので、「なら所有も手」と納得したのだ。そもそもが、アルベラが玉を欲しがっていたということしか知らないので、「破壊」と聞いて疑問の表情を浮かべていたわけだが。
「後は神父様に、玉が破壊されてたってお知らせしておけば安心してくれるかな。もしずっと探してたら可哀そうだものね………さて。後は例の約束か」
まずは、「アスタッテ様」という存在をエリーに説明する必要があるだろう。
「あの話だけど、私が把握してて話せることを話すから、それをうまく繋げてもらえる?」
「俺はもう大まかに把握できている。察しの悪いそのオカマ男の事だけ気遣ってやれ」
ガルカの言葉にイラつきつつ、エリーは話を進めたいので無視する。
「分かりました。おねがいします」
八郎宅へと場所を戻し、アルベラは魔族の里での出来事から話始める。
今日来た際、先に八郎と話し合った内容を思いしながら———。
(『転生のもろもろ』………アスタッテとやらに転生させられたことアウト。託された役割、それらの放棄で死ぬこともアウト。前世については全面的にアウト。『自分の役割の意味、行動の目的』は知らないっと………この世界で起きたこと、経験した事を話す、と)
「———そのアスタッテの墓で『贄の拒否』をされたの。これは、普通魔族にしか起きない現象なんですって。あと、あの玉と村。アスタッテの匂いが強いって、ガルカとコントンが言ってた。村の中は、魔力や体力、生気とかがじわじわと減っていくものらしかったんだけど、私はその対象外だったみたい。魔族は、私や八郎に対して、アスタッテ様とやらと似た匂いを感じる、と………」
「つまり、お嬢様と八郎ちゃんは、その魔族の神の加護を受けてるって事ですか?」
「そうか。そういう感じにも取れるかも。『免疫がある』って感じで言えばいいかと思ってたけど。その変わりなのか、普通の神様からは嫌われてるみたい」
「それは違うでござるよアルベラ氏。嫌われているんじゃなく、その抗体に引っかかってしまうという方が正しいでござる。アスタッテ氏の匂いとやらのせいで、神側の抗体の対象になってるんでござる」
「そうか。なるほど………という事らしいです」
「なるほど。それでそういったモノと惹きつけられる、と」
「………かなり大雑把だけど、はい。そんな感じです。だから玉が欲しくなったみたい。何処かでこぼれ聞いた話がずっと頭にのこってて、蓋を開けてみたら滝の裏にあって、意外に危険なものだった、っていうね。…………薬の一件も、八郎が関わってたのをどこかで感じてて、それで猛烈に気になったのかもしれない」
勿論嘘だが。
八郎は最後の仕事が「アルベラに会うこと」だっただけであり、自分は便利なドーピング薬が欲しかったのだ。「役割」を全うするのに、使えると思ったから。
だから、アルベラ自身には、アスタッテの気配など一切分からなかったし、八郎に会っても、その奇抜なファッションと口調以外で、何かを感じることはなかった。
「———現に拙者も、気になるカフェに行ったらアルベラ氏と出会えたわけでござるし。それにこうして、しっかり意気投合でござる! はっはっはっ!」と、八郎は胸を張る。
八郎の腕が肩に回され、アルベラも合わせて「はっはっはっ」と言う。顔は笑ってなく、声も棒読みだ。
「そういう事ですか。………………それで、出会った頃にお話ししていた、『ゲーム』とやらはそれと関係があると?」
以前に、エリーに言ってしまった言葉。
『———ちょっとやりたいことがあってね。知り合いにもらったゲームみたいなものなんだけど、それに備えて準備してるの』
「ちょっとやりたいこと」とは、悪役としての務めだ。もらったゲームは「第二の人生」。今だと、この言葉全般がアウトだろう。
アルベラは考え込み、暫し黙る。
「——————………肯定も否定もできないの。ごめん」
「………なるほど。分かりました」
わかりやすくぷんぷんしているエリーの様子に、アルベラは大目に見て貰えたのを察し、苦笑する。
***
村から水が引いて数日。
午後の授業の前。ラツィラスは適当な空いていた席に腰かけ、ノートやペンの類を机に広げる。
「さっきギャッジが、ライラギの施設に書類送ったって」
「村の施設についてか」
「そ。施設長さんには、色々知っておいてもらった方がいいだろうからって」
「流石だな」
「あと、ホーク。そろそろ目が覚めてもいい頃だってさ。そのうちお見舞いに行こう」
「そうか………」
「普通に元気だと良いね」
「ああ」
子供達の体に残ってた暴行の跡、残っていた施設の環境。それらから虐待は確実だった。子供達の行き先の捏造や、不正な取引の形跡も残っていた。施設側になくとも、取引相手側に決定的な証拠があった。そして、施設の在り方とは関係なく、施設長のサトゥールに、盗み癖があったことも発覚した。記録というのは、どこかしらに残っているものだ。
ラツィラス専属の優秀な執事は、「いつ、どこにサトゥールが出かけたか」そして「どこに立ち寄ったのか」まで洗い出し、見事に彼の悪行を暴いてしまった。
勿論、施設の他の大人たちの出生や人柄、施設で行ったであろう行いまで。
「疑わしい人ってのは、色々と重ねるね」
ラツィラスはクスリと笑う。
「嫌な話だ」
「だね。罰する相手がいないのは残念だけど、同じような人達を洗い出せる、いい機会になったって。組合の上層部の入れ替えとか、今度色々とやることになったらしいよ。上でのさばってた人達は、色々言い訳してるみたいだけど。城からの命令状ももう届いてるだろうし、何も言えずに席を空けるんじゃないかな」
「そうか。良かったよ」
(正直、不幸が起きる前に、未然に防いでほしかった)
そう思うも、無理な時は無理だということも、分かっているから歯がゆい。
「あ、後ね、」
ラツィラスの表情が、含みの無い楽し気な笑顔に変わる。
「アルベラにもお礼の手紙出しといたよ。『うちの御付きが世話になった。この落とし前はきっちりつけさせてもらう。今度お茶でも』って」
「それ胸倉掴みながら言う奴だろ」
「そのまま送ってないだろうな」と、ジーンはため息をつく。





