126、玉の回収 10(解散と足止め) ◆
玉は、以前の不透明の緑色の石ではなく、透明な緑の石に変わっていた。中を覗くと、たまに、空気の泡が昇っては消えている。液体で満たされてるのだろうか? と思って揺らしてみるが、水音はなかった。
(詮索は後か)
アルベラはそれを鞄に入れようとしたが、予想していたより、鞄のサイズが石に対してぎりぎりだった。入らなくもないが、丸い輪郭が浮き彫りになり不格好だ。
部屋を見ると、大きめのバックパックが壁に吊るされていた。
(拝借)
鞄を逆さまにして中身を出す。
ナイフや非常食、タオルやライト等が落ちるなか、足元に転がった小さなきんちゃく袋が目に付いた。それの中からは、紫の花のブローチが半分零れ出ている。
「へぇ。あなたにあげた覚えはないんだけど」
アルベラは赤髪だった白骨へ目をやる。
ブローチのみ、バックパックのポケットにしまい直す。玉を入れても十分な余裕があったので、自分の持ってた肩掛け鞄もその中に入れ、荷物をまとめた。
「よし」
部屋を出て、右手を見る。キッチンの奥、あの部屋の扉が見えた。そして今いる部屋の正面にも。六人の子供の亡骸がある。自分にできる事はない。遺体の回収は他の者達が行うはずだ。
アルベラは憂い気な目を向け、すぐに玄関の外へと歩き出した。
「ただいまー。もう。………何なの、あの光。少し死にかけたんだけど」
「外の聖職者たちの力だろう。多分聖女がいたんだ。力づくに封じ込めようとしたんじゃないか?」
「聖女様か………。よく分からないけど、早く止まってくれて良かった。ガルカも苦しかった?」
「まあまあな。もう少し長引くようなら、貴様らを置いて出ていた所だ」
「薄情者」
「我が身は誰だって可愛いだろ」
「はいはい。………………ジーン、まだ起きてないのね」
「そろそろ起きるだろう。水が消えたんだ。大分楽にはなってるはずだ。だが、これがこの国の騎士様とは。随分体たらくな物だな」
「自分も随分苦しんでたくせに、よく言うわ」
(こえ………)
やけにはっきりと伝わる音に違和感を感じた。
そうだ。今までずっとあった、あの耳障りな水中のノイズがない。おまけに瞼を通して、ちらちらと揺れる、温かい光を感じた。
(………これは)
ジーンは記憶をたどり、今まで自分が何をしていたのかを思いだす。
どこにいて、誰といて、自分がどうなったのか。
(まずい!!)
勢いよく上半身を起こす。
「———………?!」
「———………!!」
ごんっと、鈍い音と痛みが額に響いた。
自分の横で、誰かが蹲っているのが見えた。アルベラだ。彼女も同じように額を抑えていた。
どうやら、彼女の頭にぶつけてしまったようだ。
「わ、わるい、」
「いいえ。どうも」
二人は暫し、額を抑え、涙目で蹲まる。
「随分よくなってるみたいね」
「もう、」と言い、アルベラは自分のおでこに手を当て、たんこぶの輪郭をなぞっていた。
「あ、ああ。皆はどうした? 水は? ホーク達を出してから、どれくらいたった」
ジーンは辺りを見まわす。
頭の下に敷かれていたコートが眼に入る。どうやら、道の端の木陰で横たわっていたらしい。瞼の裏に感じた揺れる光は、風に揺れる木漏れ日だったようだ。
「子供たちなら、ちゃんと外に送り届けたって。水は、よくわからないけど、無くなったみたい。さっき凄い光が辺りを照らして、ガルカが聖女様でも居るんだろうって」
「無くなった………。そうか。聖女様なら、確かに今日同行していただいてる。生存者を救出したら、封じの魔術を試すとも言ってた」
「なるほど」とアルベラが呟く。
(戻りの遅い兵士は、切り捨てられたって事か。………命拾いしたな。………風)
ジーンは空を見上げる。
こんなに明るかったのか、と思うくらい、空は青く穏やかだ。あんなにいた魔獣の姿もない。
久々に青空を見た気がした。この村に入って、まだ半日も経ってないはずなのに。
あのトウバク畑が目の前に広がっている。黄金色の波が目に眩しかった。その間に続く、一本の白い道。その先に、高い木々に囲まれ、あの家があった。
(屋根が無くなってるな)
何があったんだか。と、それを眺める。
「お前がここに運んでくれたのか?」
「そ。重かったんだから。びっくりした。水のおかげで何とかなったけど」
「悪かったな」
ジーンは眉を寄せ小さく笑う。
「探し物、見つかったみたいなの。だから私たちはもう行くけど、ジーンは? 村の外まで送りをつけましょうか? こいつでよければ」
アルベラは軽く顎を動かし、ガルカを示した。ガルカは隠しもせず、不服そうな顔をする。
「いや。大丈夫だ。自分で歩ける。………外に出て、隊と合流しないとな。班の通信機も、もうつながるだろうし。指示があればそれに従う」
ジーンは立ち上がり、体の具合を確認する。何ともなさそうだ。消費した魔力は回復しきってないが、水が無くなり、ずいぶん楽になっていた。
「そう。じゃあこれは餞別」
回復薬を差し出され、驚いたようにそれを見る。
「全部使いきったんでしょ? 自分の分位ちゃんと残しておきなさい」
「悪い」
ジーンは遠慮せずにそれを受け取り、ポーチにしまう。
「あと、これ。ホークって子に渡しといて。ジーンが、救助の際に見つけたって事にして」
アルベラが渡したのは、花のブローチだ。宝石でできた花びらが、木漏れ日を反射しキラキラと輝いていた。
———グルル………
耳元に獣のうめき声が聞こえた。
コントンが戻ってきたのだと、アルベラは自分の足元や木陰に目をやった。
「———アルベラ」
名前を呼ばれ、慌てて影から視線を離し顔を上げる。
「色々と助かった。有難う」
だが、なんとも真っ直ぐなジーンの目と合い、耐えきれずに逸らしてしまう。
(何だろう。自分は感謝を込めて、真っ直ぐに見られるのが苦手なんだろうか………)
「………そ、そう。こちらこそ、色々と………ありがと」
照れくささを隠しながら、アルベラはなんとか返す。
その様子を眺めていたガルカは、つまらなそうに目を細めた。
「そうだ。私がここに居たことは、絶対に人に言わないで。お父様にばれたくないの。お母さまにも」
「だろうな」と、ジーンはくつくつ笑う。
「分かった。居た事は漏らさないよ」
「あら、お優しい。じゃあ、お互い大事な用も済んだみたいだし、今回はこれで解散ね」
「そうだな」
「ほら、ガルカ———」
「———けど、」
腕を引かれ、アルベラの体が後ろへ傾ぐ。
驚いて振りむくと、ジーンが真顔でこちらを見下ろしていた。
「この件、ちゃんと今度説明しろ」
少し威圧的にも感じるが、単純に心配してくれているような気配もある。
(うっ………)
「………………………ま、前向きに検討する形で」
アルベラは視線を逸らす。
「そうしてくれ。お前が必要なら、こっちの話も出来る範囲でするから。………あ、そうだ。お前がいた事、多分ラツには話す」
(素直か………)
「………それは分かった。せめて二人の間でだけにしといてくださいませ。それじゃあ、また」
「ああ。またな」
『———おい! ジーン、無事か?!』
ジーンが持つ通信機から声が上がる。
今回の作戦では、この件の対策班から、戦闘員一人ひとりへの通信機の配布はしていない。上からは、小隊長と、中を探索する班長達のみへの配布となっていた。
これはザリアスの団の中で全員に配布された、各班員同士に繋がる通信機だ。他の騎士団も、自身の団に所属する見習いに、各々の判断で通信機や、必要な道具を配布していた。
「大丈夫だ。今例の家の近くにいる。用が済んで、外に行こうとしてたところだ」
『———生きてたか! ヨデから、中で会ったとは聞いてたんだ! 俺ら今、お前の騎獣もつれてその家の方に———』
アルベラは、ガルカに掴み上げられその場を後にする。
一瞬がくんと体が揺れたが、変わらずそのまま空へと飛びあがった。地上に降ろそうとしたかのように感じたが、ガルカを見上げると、変りない表情で行く先を見据えていた。
『ガルカ』と、コントンの低い唸りが聞こえた。
「………ああ、頼んだ」
「何を?」
「面倒な輩がついて来ようとしてる。コントンが適当に払っといてくれるだろう」
「あら、頼もしい」
(………危なかったな。一瞬、本気でこいつを投げ捨てるところだった)
玉は魔力を発動させてないとはいえ、やはり触るには躊躇われる代物だった。バッグの生地越しに掴んでいても、やはりいい気はしない。甘美な匂いを纏っているというのに、近づけば恐怖心や、警戒心を掻き立たせる。
(千人分の魔力と、恨みや悲しみ、怒りに染め上げられた魂の凝縮………。普通なら美味そうだと思ってもいい物を………随分と萎えさせてくれる。………普通の人間なら、毛先が触れただけで余裕で発狂だな)
飛び発つこと数分。
進行方向。地上に、騎獣に乗った兵士たちが見えた。
(あの家に向かう道。さっき通信してた、ジーンのお仲間の騎士?)
正式には訓練兵なので、まだ兵士でも騎士でもないが、アルベラはそれを見分ける方法を知らない。
武装した馬の騎獣に乗ってくる彼等は、ぐんぐんとその足元へと距離を縮めてきている。
「おい、魔族だぞ!!」
「………あれ人じゃないか?!」
「生存者か?!」
アルベラは急いでフードを被った。
念のため、自分の姿形を隠すつもりで、顔の周囲に精一杯の霧を作ってみる。
「………? あ、あれ?」
「———おい、貴様何をした?」
ガルカが困惑の声を上げる。
思惑通り、アルベラの周囲に霧が生まれた。だがそれは、予想に反して足元の大地にも立ち込めてるようだった。
まるで以前、王子から魔力の補助を受けた時のような効果だ。———いや、範囲的にはそれ以上かもしれない。
背中から、力が供給されているような、どんどん魔力がみなぎってくるような感覚がある。アルベラは咄嗟に魔法の発動を止め、出てきた霧も引っ込められないかと力んでみる。が、出てしまった物はどうしようもなさそうだ。
(………………玉から魔力が。しかも、ほんの少しに感じたけど、こんなに)
体の中に、残留している玉の魔力を感じた。それは自分の魔力に溶けてまじりあい、すぐに感じ取れなくなってしまった。
急に立ち込めてきた霧に、地上からは困惑する声が上がっていた。
「皆、距離を詰めろ! 少しずつ速度を落とせ! 隣と前が見える距離を保てよ」
「あの人、助けないとまずくないか?」
「深追いはするな。空の班に連絡は入れた。先輩方に任せよう」
「この霧は、魔族か魔獣かな?」
「誰かの魔法の可能性もあるよな。………『あいつら』の噂流れてたし」
「かもな。せいぜい気を付けるしかない」
「霧かぁ。ミクレーの仕業だったりしてな」
以外に余裕もあるようで、ふざけて笑う声もあった。
(———ミクレーか。そういえば)
ガルカは脚に掴んだ少女に視線を落とす。
以前、どこかのごろつき達が、彼女をそう呼んでいたのを思い出す。
(ふむ)
その口元に、小さな笑みを浮かべる。
霧の中をある程度飛び進み、適当なところで止まり振り返る。
「気を付けろ!! ミクレーだ!!! ぐわああああ!!!!」
迫真の演技…………だろうか?
人間よりも遥かに視力のいい目が、霧の向こうに、身を強ばらす少年たちの姿を見た。
「可愛げのあるやつらだ。そのまま怯えながら進むと良い」
ケラケラと笑うガルカを、アルベラは呆れた目で見上げていた。
「なるほどな。貴様がああ呼ばれていた理由が分かった」
「………ええ。ご明察」
(そうか。私、こいつの前で霧の魔法使った事ないんだ)
香水の方もまだなはずだ。
(手の内を全て明かすのは気が引けるな。もう少しそちらについては隠しておこう………いつまで持つか分からないけど、)
「中々良いタイミングだ。お陰で楽に空からの目も防げる」
「そっか。空にも兵士がいたんだっけ………」
私グッジョブ、とアルベラは胸の内で自身を誉める。
ガルカはご機嫌で翼を羽ばたかせ、誰にも見つかることなく、霧の中を抜けていく。
水が無くなり、外では村を囲んでいた小隊たちに動きがあった。
負傷していない者は、再度村の捜査へと向かわされた。そして、今まで入れなかった大人たちも、各小隊から十にずつ。五人一班に分かれ中を探索することとなった。
『———中佐、聖女様から、聖職者の半数を治療班に回したいと伝達です』
「ああ頼んだ。………これが聖女様の御業か。一体何が起きたんだか」
水の消滅時、空の隊から、渦が見えるとの連絡があった。それはどんどん水を吸収していき、水の減少と共に、水中に生息していた魔獣も消滅していったという。
魔族は水が消えても消滅することなく、村から少しずつ出てくるようになっていた。
『———中佐、中の様子ですが、亡骸が全て白骨となっているとの事です』
「白骨?」
『子供の遺体はそのままなんですが、大人の物だけ。先ほどまで中にいた見習兵たちの証言では、水があった際は、白骨ではなかったと』
「そうか。それについてはあとで調べよう。今日は生存者の保護と中の情報収集に徹する。いいな」
少しして、村を見ていた中佐は舌を打つ。
「ちっ………霧か。面倒な。各班に伝達! 風の魔法に特化した者を連れてけ!」
『バウ!!!』
木々の合間から突然飛び出してきたコントンに、ラーノウィーが飛び退く。
「こ、いつ………容赦なく殺りに来たな」
ラビッタと向き合っている犬の横を、ダタが気配を潜めて抜けようとする。
『バウ!!!』
コントンが眼も向けずに吠えると、辺りの影から黒い霧上の触手が伸びる。それがダタの、少年の足を掴む。
「ちっ」
ダタがポケットから小さな果物ナイフを出し、その触手を斬りつけた。触手は霧となって散る。
『ウサギ コダマ ヒト ———————ゼンブ タベル』
ニタリ、とコントンの赤い口元が笑う。
額の眼が縦に開き、ぎょろりと目玉を動かした。
———ワオーーーーーン
大きな遠吠えが、辺りの空気をビリビリと振動させる。
黒い霧が立ち込め、辺りが赤暗くなる。
「影か。面倒だな」
ダタがコントンの背後から石を投げる。
コントンの尾に払わせたかったが、霧状の影が地面から生えてきて、その石を受け止めた。
影がぴしりと音を立て、石のような質感に変わり、砂となって消滅した。その場所に、ダタの投げた石だけが転がり落ちる。
他にも何個か、ダタがコントンへと石を投げるも全て同じだった。
『ウサギ、ウマイ。スキ』
コントンは、背後の人間の子供には目もくれず、目の前の真っ白なウサギの獣人へと眼を輝かせる。
「こ、こりゃあ、薬の効果切れないと、ちょっときついんじゃないか?」
『俺は薬とか関係ないゾ』
「じゃあお前さんが相手してくれって!」
『ウーン。俺一人じゃ直にはナァ』
グルルルルル………
涎を垂らしたコントンと、動くタイミングを見計らうラーノウィーが見つめ合う。一触即発の空気だ。
「マンセン、お前の魔法でどうにかならないのか?」
ダタがミノムシのような生き物へと問う。
『今準備中ダ。二人共死なないように頑張ってくレ』
そこに、白い霧が立ち込み始める。
「これただの霧か?」
ダタが尋ねる。
『みたいだナ………ん? いや。少し、あの水と同じ気配もするナ。呪いは感じないゾ』
ダタは舌を打つ。
(玉の魔力が残ったのか? ………後遺症………………だが、あの禍々しさは感じない。………………………まさか、あの子供が、あの玉を使った? ………………いや、それこそあり得ない)
先を鋭くした影が、音もなく背後から突き出てくる。それを躱し、ダタは片手でパシリと叩く。杭型の影は、砂となり弾けて散った。
(視界は四~五メートル先まで。相手は鼻の利く犬。影の攻撃は犬の意思だけに頼ったものじゃなさそうだな………人間の自分が一番分が悪いか。………色々半減してる状態では叶いそうにないか)
足を飲み込もうとした影に、ナイフを突き立てる。
「俺は自分の身を守る事だけに集中させてもらう! マンセン、準備が出来次第頼む!」
『アーイ』
「おおーい! 俺も結構辛いんだけどぉ!」
ダタの視界が届かない霧の中、コントンとウサギのにらめっこは終わり、おいかけっこへと転じていたようだ。
霧と影の中から迫りくるコントンの牙に、ラーノウィーが情けない声を上げた。





