表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/411

124、玉の回収 8(救出完了)

 一階の最奥の扉に、ジーンが手を掛ける。

 ガチャン、とぶつかる音を立てて、ドアノブが回り切らずに止まる。

「鍵?」

 アルベラが後ろから覗き込んだ。

「だな」

 ジーンは扉を見上げる。

(開ける前から嫌な感じだ)

 扉に耳を当ててみる。

 中から小さく声が聞こえる気がした。

(………ホーク?)

 ジーンは両手でドアノブを掴む。ジーンの手の周りから、ドアノブにかけてを炎が包んだ。

 アルベラが見ると、ドアノブの辺りにぽっかりと、人の頭ほどの穴が開いていた。

(力ずく………)

 なりふり構わずの様子で、ジーンは扉を開き、中に入る。

「………ホーク」

 ジーンは呆然とする。

 その目の前には、二つの少年の姿があった。一人は横たわり、もう息絶えている様だ。もう一人は、その息絶えた少年を前に座り込んでいた。頬に、殴られたような大きな痣。よくみれば、体のあちこちにも傷や痣があった。目の周りには泣きはらしたような跡がある。

 なんて痛々しい姿だろう。アルベラは、少年の姿に表情を陰らせる。

(奴隷の時より酷い姿………)

 ホークの奥に、少女の姿が見えた。

 彼女にも息があるようだ。小さく口が開き、声は出てないが「シネ、シネ」と言っているような気がした。

 アルベラは少女を覗き込む。

(生きてる)

 彼女も酷い様子だった。顔が腫れ、膿んでいる様だ。

 他にも数人子供たちの姿があったが、彼等は明らかに他の部屋の子達よりもやせ細っていた。そのせいでこの現象に耐える体力も残っていなかったのか、もう息絶えている様だった。

 寝具もない部屋。隅に置かれた簡易トイレのような箱。外からかけられていた鍵。

 酷い場所だ。

 アルベラの眉が無意識に寄せられたのはこの場所を満たす悪臭のせいか、それとも絵に描いたような保護施設の「裏」の光景によるものか。

 彼女は少女をおぶろうと手を伸ばす。

 


「殺シテヤル、殺シテヤル、殺シテヤル、殺シテヤル」

 目の前の友人が吐く力強い呪いの言葉。ジーンは唇を噛む。

 酷い気分だった。この部屋も、目の前の彼の姿も。全てが頭を締め付けるようだった。

「ホーク」

 手を伸ばすと、ホークがわずかに顔を上げた。

 自分の赤い髪が、その瞳に映り込んだ気がした。

「オマ、エ、………」

 ホークが、ジーンを見上げたまま目を見開く。ジーンが彼を抱えようと、手を伸ばした。

「………オマエガ、コロシタ!!!」

 ホークのあげた大きな声に、アルベラは驚いて、少女に伸ばした手を止める。ジーンも、突然の事に動きを失っていた。

 ホークの瞳が真っ赤に輝く。

 それを前に、ジーンは動くことが出来なかった。

 強い怒り、悲しみ、憎しみ。それらが流れ込んでくるようで、視界がぐらりと揺らめく。平衡感覚が分からなくなる。息の詰まるような、胸を締め付けられるような感情の波が押し寄せる。

「オマエノセイデ! オマエラノセイデ!! 殺シタ! 殺シタ! 殺シタ! 殺シタ! 殺シタ!  オマエガ殺シタンダ! オマエラガ死ネバヨカッタンダ!!! 死ネ! 死ネ! 死ネ!———」

 ホークの頬に、涙が伝う。

 赤い瞳に、燃えるような赤い髪が映り込む。

「殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ殺シタ、オマエガ! コイツヲ———」

 ふらり、とホークの体が前に傾いだ。

 その後ろに、アルベラの姿が現れる。髪が水色に輝き揺らめいていた。緑の瞳に、長い睫毛が痛まし気に伏せられている。

 ホークが眠りについたのを認め、彼女は持っていた紫の香水を、鞄へと仕舞った。

「行きましょう」

 アルベラは呆然としているジーンへそう言い、少女を背負い始める。 



「これ飲んで」

 アルベラから回復薬を渡され、ジーンはそれを素直に受け取った。

 ホークを背負ったジーンの顔色は、やけに悪い。

「変な味だな」

 薬を飲むと、ジーンはアルベラに瓶を返す。

「でしょ。知り合いのお手製なの。気分悪いの? 辛そうだけど」

「………何とも言えない」

 ジーンは部屋を出て歩き出す。

(嘘でも『平気』とは言えない位には辛いのか)

 今回は担いでいるのが一人だからか、ジーンは魔力を使わず、歩いて門へと向かっていた。アルベラも、それに習い歩いて続く。少女の体は軽く、もしかしたらさっきも、自分の場合は歩いてでも良かったんじゃないかと思えた。

(まあ、面白い経験になったし良いか………にしても)

 前を歩くジーンを見る。そして、その背に居る少年。

 目がうっすらと空いていた。寝言なのか、シネヨ、シネヨと呟いている。

(ここ、やっぱり魔法の効果が強くなってる)

 あくまで、アルベラ個人の問題でだ。

 ホークを眠らせたのは、ラベンの香水だ。人をリラックスさせたり、快眠のアロマにも使われる花の香水。アルベラが魔力を込めて使用すると、眠りの効果が強まる。

 だが、赤い瞳の彼に、こうもあっさり効くとは思わなかった。

 以前、ジーンが自分の霧の魔法の中にいた時、赤い瞳の恩恵とやらで、その効力の進行が遅いのを見て知っていた。だから本来なら、同じ赤い瞳の彼も、その恩恵であんなにあっさり眠りにつくものではないのだろう。

(単純に弱ってた、ってのはあるかもしれない。けどそれにしては、って感じ。………私とは相性のいい水。あの玉が、アスタッテ様とやらの、あの子の物だから………?)

 それに対し、ジーンの顔色は悪い。

 多分この水と、特に相性が悪いのだろう。さらには、あの少年、ホークと出会ってからは更に辛そうだ。

(神の力を嫌う水。神様自体を嫌うような言動をしていたあの子(アスタッテ様)。教会と相性が悪い私自身。………何となく自分の立ち位置が分かった気がする)



 会話をすることもなく、二人は外に出て、門の前へと戻ってきた。

 ジーンはホークを降ろし、膝に手をついて息をつく。

「大丈夫?」

 アルベラが覗き込むと、ジーンの額に脂汗が滲み出ていた。

「俺はいい。これ。皆に飲ませてくれ」

 ジーンはポーチから回復薬を五つ取り出す。

 アルベラは、それを受け取ると「分かった」と家から運び出した子供たちへと向かった。

「久しぶりね」

 ぐっすりと眠っている、ホークという少年へ声をかける。

 反応はない。ちゃんと飲んでくれるだろうか、と頭を持ちあげ、薬を少量流し込む。「吐き出されたらどうしよう」と思ったが、口に薬を含ませると、ゆっくりと喉が動き、それを飲み込んでくれた。

 ゆっくりと、同じ作業を繰り返す。

 飲ませ終わり、顔色を確認する。傷や憔悴した様子はまだ残っていた。だが、きっと飲ませないよりはマシなのだろう。

「あなたはやけに元気だったけど。これも赤い瞳の恩恵なの?」

 返答はない。

 「そりゃね」と少年の頬の涙を拭きとり、アルベラは他の子供達にも同じように薬を飲ませた。



 ジーンは、膝に手を付き息苦しさに目を瞑る。

 奥の部屋に入り、ホークと出会ってから、何かがおかしくなっていた。

 元からこの水の中は居心地のいいものではなかった。特にあの家は格別だった。だが、ホークに出会い、敵意を受けた途端、今までの負担が更に倍増した。

 耳にホークの呪いの言葉が残り、今も頭の中反響していた。頭痛がし、思うように呼吸もしずらい。今まで普通に呼吸をしていたはずなのに、急に水中にいるかのように、喉や肺の中に水が溜まっていくような気配を感じた。

(………まずい)

 視界にノイズが走り始め、気が遠くなり始める。

 なぜか大人を殺さないと、と思い。いないのなら、自分の命を絶たなければとも思う。

 自分の意識が混濁していく。それを払うように、ジーンは頭を振った。

(だめだ、まだ駄目だ。意識を保て。こいつらを早く外に出さないと)

 たくさんの子供たちの声の中、紛れる様にそれとは異なる声もある。

 低く、体の底に響くような声だ。

 ———カミノニオイ、ケガラワシイニンゲン、キサマハイラヌ、イマスグメッセヨ、キエロ、キエロ………



(やっと終わった)

 アルベラは息をつき、ジーンの姿を探す。

(ちゃんと休めているのかな。この中だし、結局………)

「ジーン!?」

 ジーンは道の端で、苦し気に蹲っていた。頭痛がするのか、頭を抱え込んでいる。呼び掛けたアルベラへ、瞳が揺れながら向けられる。

(ガルカと同じ症状?)

「今すぐ外に、」

「い、い、」

「は?」

「い、から、……………………………みんなを、外に………………………………たすけ、ない、と」

 ふわりと、ジーンは自分の周囲に、花の香りが散ったのを感じた。同時に、瞼が急に重くなり、強烈な睡魔が襲ってきた。

 ゆっくりと、ジーンの目が閉じられる。その体から力が抜け、どさりと地面に横たわった。

 眠りについた少年を見下ろし、アルベラは息をつく。

「………良いわけないでしょ」

(ラベンの香水、大活躍ね)

 ジーンを仰向けにし、その額に手を当てる。

 こちらは常温だ。普通の人の温度。年相応で、少し高いかもしれない。

(てっきり低くなってるかと思った。アレは魔族の通常の体温なのか?)

 ジーンのポーチを確認させてもらうが、回復薬らしきものは入ってなかった。先ほど、子供たちに使ったのが全てらしい。

(自分の分も残さず………)

 アルベラは呆れる。自分の鞄から魔力回復薬と、普通の回復薬を出し、残りを確認する。

(八郎のはこれで最後か。これであと二本、と。こっちもそろそろ気を付けないと)

 頭を持ち上げ、ジーンへ薬を飲ませる。

 口の端にこぼれてしまったのを袖で拭い、鞄に詰めていたコートを、枕代わりにジーンの頭の下へ入れる。

 医者ではないが、症状が軽くなっているのは見て分かった。

「この考えなし、お人好し、真面目、社畜」

 と、言葉と共にジーンの額を軽く叩く。

「コントン」

 ガサガサと木が揺れる。

 「もうそれはいいの」とアルベラは小さく笑う。

「こっち来て、出てきてくれる?」

 アルベラの影から大きな黒い塊が生え、それが犬の姿となった。

「この子達全員、背中に乗せられる?」

 子供は全員で五人。ジーンを含めれば六人だが———

『ウン。ケド ソレイヤ』

「だよね」

 コントンはジーンを示し、運ぶのを拒否する。

「じゃあ、この子達だけでもお願い」

『ウン』

 他の子供達に鼻を寄せ、クンクンとならし匂いを嗅ぐ。ホークの目の前で鼻を止めると、コントンの真っ黒な額に縦に亀裂が入り、黄色の光彩に赤い瞳孔の眼が現れた。

『コレ、ニオイツヨイ。玉ノニオイ、ケハイ、コレノマワリ オオイ』

 『テイウカ ノロワレテル?』と首を傾ぐ。

(ノロワレテルとはいかに)

『ウーン。コレモ?』

 と、ホークと連れてきた少女を示す。他の三人ではなく、あの部屋に居たこの二人だけ。

「どういうこと?」

 『サア』と、コントンは首を傾いだ。

『ミンナ、ノロワレテル』

「うん? 他の子達も?」

『ウン。ミンナ ユックリ クワレテル』

「食われてる。子供たちは、ゆっくり食われてってるの?」

『ウン』

 コントンは少女を見る。

『コレ、玉ノ ニオイ ツヨイ。———ケド、コレガイチバン ツヨイ』

 と、ホークへ視線を移す。

『コイツ キット ナニカシタ。ココ、コウナッタ。ノロイノ ダイショウ?』

「この村をこうして、大人たちを呪って、その代償で、この子も呪われてるって事?」

『ウン!』

 言いたいことが通じ、コントンは嬉し気に頷く。

「呪われてたらどうなるの?」

『ココカラデテモ シヌ。玉、ソイツラ クイツクス』

 なのに出すの? と言いたげに、コントンはアルベラを見つめる。

「なるほど」

 傷だらけで、頬には殴られたような痣。部屋に閉じ込められてて、死んだ少年の前に居て、水の中でよく聞く「シネ」「コロセ」という言葉の類。おまけに大人を標的とした呪い。

(ものすごいアバウトだけど、何かがつながった気がする)

 そもそも、彼がこの村に行き着いた理由を思い出す。元の町でミミズの被害さえなければ、この子はここに居なかったのだ。

 まさか、自分の関わった人間が、ここまで理不尽に不幸な目にあうとは。と、いたたまれない気分になる。

「ねえ、それって取れるの? 呪い」

『サッキ、チョットトレタ』

「え? ちょっと」

『アルベラ、クスリノマセタ。サワッタカラ、スコシトレタ』

「薬飲ませたら取れるの? 私が触ったら取れるの?」

『サワッタラ スコシダケ?』

「触って全部とれる?」

『ムリジャナイ?』

「無理なんかい」

 アルベラは目を座らせる。

『デモ、玉ニ ノロイ、カイシュウ サセレバイイ』

「へえ。そんな事できるの」

『アスタッテ様ノ 玉。アスタッテ様ノ アルベラ』

 コントンが玉のある家と、アルベラとを交互に見る。

『イウコト キクカモ?』

「私の言う事、聞くの?」

(ていうか、玉に言葉通じるの?)

『ウン。タブン』

「多分かぁ………うーん。まあ、やってみましょう」

『カイケツ?』

「うん。少しだけ」

 コントンが嬉し気に口を持ち上げ、はっはっと息を吐く。アルベラはその鼻先をポンポンと撫でた。

(とりあえず、私の仕事は玉の『窃盗』か『破壊』なわけだし)

「じゃあ、この子達乗せるから伏せ………え」

 アルベラの目の前、巨大な犬は、その大きな口に五人を咥え込んでいた。閉じた口の端から、数人の手足が飛び出している。

『セナカ オトス コレ ラク』

 もごもごと口が動く。

「わ、分かった。喋らないでいいから。絶対間違えて噛んだり呑んだりしないでよ?」

『ハキダセルヨ?』

 呑んでも平気だよ? とコントンが首を傾げる。

「いいからそういうの!」

 アルベラは、ちゃんと子供達を兵士に保護してもらえるよう念を押し、コントンを見送った。

 残るはジーンだ。

 彼が寝ている間に、玉を取りに行こうかとも思ったが。どれだけ時間が掛かるのか、その間に何が起こるか予想が出来ない。

(仕方ない。ガルカに任せるか)

 アルベラはガルカの元まで、ジーンを運ぶことにした。



「………お、おんも。何?! 装備?! 筋肉?!」

 痩せた少女たちを背負った後なだけに、その体重の差が歴然だった。

(これが健康的な同年代の体重。プラス、武器防具の類か………仕方ない)

 アルベラは、初めに少女を背負った時のように魔力を纏う。

 水中を進むような体力を使うが、普通に運ぶよりは大分楽だった。

 跳ねながら畑の間の一本道を進むと、道の先にガルカの姿が見えてきた。

 ガルカは、アルベラの姿を認め、空からゆっくりと降りてくる。

(あの魔獣の群れにも合流したらどうしよう、とか思ってたけど。あっちはもっと手前で止まってたか。良かった)

「面白い方法で来たな。くく………やはりそいつはそうなったか」

「やはりって、………やっぱりか」

「こんなに神の匂いを漂わせてるんだ。あの場所に立ち入って、辛くないはずもない。思っていたより持ち堪えていたようで驚いたがな」

(分っててここを通したわけね)

 「はいはい、」とアルベラは道の端にジーンを降ろす。頭の下に、持ってきたコートを先ほどと同じように差し込み、枕代わりにする。

「ねえ、おかげで玉の回収がまだなの」

「こいつを捨て置けばよかっただろう」

「それは出来ないの。優しさとか道徳とか以前の問題で」

「よくわからんが不便なことだな」

「でしょ? じゃあそういう事だから、行ってくる。お願いだから、ちゃんと見ててね」

 ガルカは足元のジーンへと目をやった。アルベラは、軽く駆けてあの家へと向かう。

(優しさや道徳以前の問題?)

 金色の瞳が、水の中に入ってからの事を思い出し、細められる。

「………そんな問題がなくとも、どうせこれを持ってきたんだろう? ———()()()はそういう生き物だ。ほとほと呆れる……」

 ふん、と鼻を鳴らし、ガルカは道の先へと小さくなっていく、少女の背を見届けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
a95g1rhgg3vd6hsv35vcf83f2xtz_7c8_b4_b4_2script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ