120、玉の回収 5(目的の場所)1/2
どこかの民家の、リビング兼ダイニングだろう。
夫婦と思われる中年の男女と、そのどちらかの父母と思われる初老の男女。四人で争い、息絶えたような現場だった。その遺体を、小さな魚型の魔獣が食い荒らしている。生きてる物には興味を持たないのか、魔獣はジーンの動きに一瞬警戒し、遺体から離れる。だが、また数秒後に戻り、死体の一部に噛り付いた。
(転移魔法? ………トラップ? 嫌な場所に放り出されたな)
食い荒らされた遺体の一つを観察する。村の中は外よりだいぶ涼しく感じた。そのせいなのか、それとも、この水の様な現象を引き起こしてる魔力のせいなのか、遺体に腐敗の様子はなかった。死んだときの状態と、その後の食い荒らされた状態が、新鮮に保たれている。
ジーンの視線が、遺体の指先にとまった。
体の端々が溶けてる。
(なんで)
その場だけを見ていても、その理由は分かりそうになかった。
事前に知らされていた状況を思い出しながら、それを確認するように、キッチンから見える一通りの扉の中を見て回る。
(窓の外にも死体と魔獣か。外の方が酷そうだな。あと、は………魔力のこもった道具類が浮いてる? ………………これって)
ジーンは自分の足元を見た。
「………まずは人命救助だ」
この家に、生きてる人間がいないか確認しないと、と階段を上る。二階に行くと、子供部屋らしき扉があった。
ドアノブを捻ると、小さく開いたのち、内側から何かに塞がれているように、扉が重たくなった。
行けるか? と、力いっぱい押してみる。少しずつ、内側の重荷が押されていくのが分かった。下の大人たちは、この部屋には興味も持たずに殺し合っていたという事だろうか。
自分の体が入り込めるまで戸を押し、部屋に入ると、ベッドの上から、窓に頭を乗せて外を覗く、子供の姿があった。自分と同年代の少女だ。横に、弟らしき少年が横たわっている。
「おい、あんた………」
少女の元へ行き、言葉を切る。彼女の首元に触れ、僅かに目を伏せた。息をつき、彼女を少年の隣に横たえる。
見た限り外傷はない。衰弱するほど痩せこけてもいない。体から、魔力と魂だけが抜き取られてしまったような遺体。精巧な人形にも見える。
どんな気持ちで閉じこもり、どんな気持ちで外を眺めていたのか。 恐怖や不安、空腹なんかも感じたりもしていたのだろうか。
「………………………ごめんな」
薄く開いたままの少女の瞼を、ジーンの手が優しく閉じる。
「ヴォオオン!」と叫び声をあげて、頭上から襲ってきた魔獣が地に落ちた。それは完全に絶命すると、水のようになり、原型を無くし、崩れるように消えた。
魔獣とはそういうものだ。
自然現象、または偶然の産物。増殖に雌雄が必要ない。発生の原理が解明されている物もあれば、どうやって生まれたのか分からないような化け物もいる。
彼等は、産まれ方は違えど、生きている限り、人やその他の動物同様生命をもって活動する。それらが絶命しすると、体は、彼らを生むに至った現象や、物質、魔力となって散り、世界の一部に溶けて戻るのだ。血肉を持って動く動物のように、遺体が残る事は無い。
ジーンは、初めの民家を抜け、北を目指し駆けていた。その姿を、魔獣や魔族の視線が追う。
本来なら、配属された班から離れ、北の養護施設に向かう予定だった。事情を話し、班長からも了承を得ていた。
『この班だけ一人多いし、良いぞ。その代わり一人はダメだ。お前の腕は分かってるけど、念のため二人で行ってくれ。用事が済んだらすぐ合流な』
(皆。多分、自分の担当地域に向かってるはずだ。地図は持ってるし、大丈夫だろう)
「皆なら大丈夫」というのが、都合のいい思い込みなのは重々承知だ。だが、訓練を共にする先輩を、心配するのも失礼な話だ。こうなってしまったのなら、鍛え抜かれたチームメイトより、一般人である友人を優先するのが先決だろう。
(もろ私情だな………まあ、私情があって乗った船だ)
後悔する事だけはあってはいけない。
「——————っぶな」
通り過ぎようとした生垣から、突然目の前に大きな手が突き出される。見て分かる魔族のそれに、遠慮なく剣を振るい切り落とす。逆上した魔族が襲い掛かってきて、ジーンはそれを迎え撃つ。
魔力を剣に込め、炎をまとわせた。すると、剣が若干軽くなり、水の揺らめきに影響されたかのように、切っ先が目標からそれた。自分の体も踏ん張りが弱まり、動きが鈍る。
「ちっ、やっぱだめか」
魔法は使わずに、ジーンは剣のみで魔属を切り捨てる。
「はぁ、やりづらいな」
(魔法を使うと、水の影響を受ける。動きが鈍くなる上、魔力の消費も激しい………………………。更にこの、気性の荒らさ、か)
ジーンは、さっきからずっと自分について回る、頭上の魔獣達を見上げる。
空中で旋回する魔獣は、やたらとこちらを気にしているようだった。隙を見て、弱ったところを突いて来ようとしているのか。頭部にたくさんの目玉をつけた魔獣が、全ての瞳を自分に向けさせていた。
(空中で泳げて面白そうかも……………………とか思ったけど。これは無理だな。泳いでる間に一呑みにされそうだ)
少し残念そうに剣を払い、鞘に納める。
辺りからはちらほらと、他の兵士たちの声が聞こえていた。その声も、若干だが、水の中に居るような音質で始めは気持ち悪かったが、今は随分慣れてきていた。合流を試みている者もいるらしく、自分の班号や、名前を呼んでる声もする。その中に、自分の班員たちの物はない。
(大丈夫だ)
自分に言い聞かせ、先を急ぐ。
「たすけて!」
足早に道を駆けていると、子供の高い声がした。
(近い)
声のした方の道に入り、声のままに進むと、小さな雑木林に阻まれた袋小路へとたどり着いた。
「たすけて! たすけて! ………へへ、へ、………たすけて! ………へへへへへ」
小さい子供の声と、低い獣のような声が入り交ざる。
水中のような視界で、塀の上から鮮血がぼたぼたと地面に落ちているのが見えた。
「へへへ、またきた。また、ガキ。うまそうなガキ、たくさん。へへへ、へへ………たすけて! たすけてー!」
鳥のような頭に猿のような体の魔族が、別の班の、名も知らない兵士の頭を貪っている。ジーンに目を向けたまま、兵士の心臓をえぐり取ると、それを口に放り込み、他の部分を投げ捨てた。それを、宙を漂っていた、通り掛けの魔獣が咥えて持ち去る。
「たすけて! たすけて! へへ、肉! 肉!」
魔族は、塀から飛び降り、血に染まった猿のような手を振り上げる。
魔族を静かに見つめていたジーンは、素早くその手を交わす。赤い瞳は、冷静に魔族の動きを観察していた。
二つの腕をきれいにかわし、真正面から懐に入り込む。魔族が兵士を食っている時から、既に抜いていた剣を、目の前の分厚い胸に突き刺す。「ギャア!」と魔族は声を上げる。すぐに剣を抜くと、足元に絡まりつこうとしていた魔族の尾を交わし、蹴り飛ばされないように気を付けながら、魔族の横を抜け、その背に回り込む。虫のハネの生えた背を踏み台に駆けあがると、もう一度、魔族の心臓の位置へと剣を突き立てた。魔族はまた、「ギャア!」と声を上げた。
両腕をぶんぶん振り回し、爬虫類のような尾で地面を叩く。
ジーンは、背から素早く抜いていた剣を、今度は魔族の肩口から、心臓めがけて深く突き刺す。赤い髪や瞳が、煌々と輝いた。
(よし、これなら)
「燃えろ!!」
髪が小さな火の粉をまとい揺れる。肩から腕にかけて火が走り、剣の周りをぐるりと回りながら魔族の体を包み込む。二メートルあろうかという魔族の体は、一瞬で炎に包まれた。炎の勢いに、ジーンの体が水中かのように上へと持ち上がる。
水が蒸発する音と、気泡が上えと登っていくゴボゴボという音。ジーンは剣を鞘に納め、両手で水を掻く動作をしながら魔族の上を通りぬけ、地面へと戻る。魔力をひっこめると、足がしっかりと地面を掴んだ。
(魔法は最後の止めだな。相手の動きが鈍ってからじゃないと危ない)
「ジーン!」
「ジャック、ヨデ」
ジーンが振り返ると、二人の少年が袋小路へとやってきたところだった。
どちらも同じ訓練所に所属で、別班のジャックと、同じ班のヨデだ。





