表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/411

118、玉の回収 3(村の外、村の中) ◆

挿絵(By みてみん)

『——————第三小隊、配置完了———第四小隊、配置完了———第五小隊、配置完了』

「ついたな」

 この村は南側が森林と隣接している。それ以外の方位は、平原だ。シズンムの村へ、生存者救出と、原因と状況の調査に遣わされてきた大体は、森林地帯である南側を除いた各方面を包囲し終えていた。

「よし! 進め!」

 その声と共に、五人一組となった兵士達が、村の中へと入っていく。 

 若い戦士達が大隊から離れると共に、それを祝福するかのように、聖職者たちの歌声が上がった。だがそれは、兵士たちに向けての物ではない。中の魔族や魔獣の、戦力を削ぐための歌だ。

 その時、司令官が待機する北の小隊から見て左。東に配置した小隊がどよめき、叫び声が響き渡る。どう聞いても断末魔の声。後ろの方から、前の方へと、蜘蛛の子が散る様に列が乱れていった。

 「なんだ?」「どうした」と兵士たちから声が上がる。

「魔族だー!」

「隊列を組みなおせ! 頭を低くして応戦しろ!」

 その上空を、鳥の翼をもった魔族が、一人の人間をぶら下げて旋回していた。

 飛行中の魔族は「結構早く気づかれたな」と呟く。地上の兵士たちから放たれる魔法攻撃を難なくかわす。

「おい!」

「ひぁ、は、はいぃ?!」

 魔族の足に掴まれていた兵士は、裏返った声を上げた。

「お前、全部持ったな? いいか、しっかり握っていろ。絶対に離すな」

「は、はい!」

 兵士は、その小隊の最も後ろの列に並んでいた。仲間の頭の合間から、若い兵士たちが村へ侵入していく姿を眺めていた。自分の隣の奴が急に、物音もなく倒れたので、視界をそちらに向けた。すると、同じ列にいた者達が皆、喉を切られ、音もなく地面に伏していた。

 驚きで声も出せないでいると、後ろから口を塞がれ、こう言われたのだ。

『お前は殺さないでおいてやる。お前ら、魔族封じの札を持ってるな? あれらから全部回収しろ。無くさないよう、甲冑の腹の所に入れておけ。けど良いか? 少しでも怪しい動きをすれば、お前の体を二つに千切るからな。―――お前は俺の指示に従って、できるだけ札を回収しろ』

(なんで、俺………)

 歯向かおうにも、全くそんなスキはなかった。剣を向ければ、真っ先にあの翼で払い飛ばされ、鋭い鉤爪のついたあの足で、頭が握り潰されてしまうのではと、恐怖がよぎった。

 兵士はガタガタと震え、仲間の亡骸からかき集めた、対魔族用の札を胸の前で握りしめる。

 魔族はその人間を掴んだまま、水の壁の中へと突っ込んでいった。



 水の中に入っていった、魔族と兵士を見届け、外に残された人々は呆然としていた。

「中佐、どういたしましょう」

「生きてる者の手当てを。他は変わらず、配置について、水から出てきた魔族や魔獣を討伐せよ。外からの侵入者の警戒も怠るな。………………………ったく、役立たずめ」

 通信機から、各小隊長の返事が返る。

『———中佐』

「なんだ? 第二小隊長」

『今回、ドクマラについての噂も流れております。まだ噂の域ではありますが、この不可思議な現象は、彼らが全く関わっていないとも言い切れません―――』

「それで」

『———はっ! もし彼らと遭遇した場合、どういたしますか?』

「怪しければ拘束だ。従わなければ殺れ」

『———はい!』

 中佐は通信機を切り、目の前の水の塊を見上げた。

「ドグマラか………くだらん」

 指揮官である中佐の命を受け、北西に待機する、第二小隊の隊長はため息をつく。

(もしもの時は応戦、か。………撤退を愚考と思うのは当然だな)

 隣の副長が前を見たまま、「駄目でしたね」と言った。

「ああ。だがドグラマとの関りも、何の根拠もない噂だしな。考えることではない」

「はい。しかし、そんなに手ごわいのですか? 確かに、他種族が相手だとやり辛いものはありますが………百対一ともなれば、捉えることもできるのでは?」

「そうだな。俺も昔、そう思ってた」

 小隊長は、過去に自分の属した小隊が、何の抵抗もできずに壊滅させられた事を思い出す。

(トラウマというのは拭いきれない物だ)

 あの時自分は、地面に腰をつき、震えながら「敵」に剣を向けた。「死にたくない」その一心しかなく、剣を向けたのも習慣的なものだった。そして、戦意を失った小隊の残りカスに、彼は興味を示さず立ち去った。

 彼らに出会ってしまったことも、生き延びたことも、全てはただの運でしかない。

「結局のところ、神頼みが一番効くのかもな」

「は?」

「気にするな。ここには聖女様も控えてらっしゃる。気を張って、守ることに徹しろ」



 ***



「あなた、この村の子?」

 アルベラの問いに答えず、少年は大きな黒い犬を見上げた。そしてまた、アルベラへと視線を戻す。

(ひと)………人間?」

 アルベラは尋ねられ、関りを持っていいものかと思考する。

(玉を優先して、この子を放置するのも手なんだけど………。魔族から助けておいて今更なんだよなぁ。無意味な殺生………………ないない)

「………ええ。人間」

 子供の視線に合わせしゃがみ込み、いまだ呆然としている様子の彼の顔を覗き込む。

 五歳前後の幼い少年。やけにクマだらけな暗い目。ただれた顔の皮膚。タンクトップ、手足に巻いた包帯。

(にしても寒い恰好ね。この傷は………最近の物じゃなさそう)

「効果あるか分からないけど、一応、はい」

 アルベラは子供の様子を見ると、さっきコントンが持ってきたコートを彼に被せ、回復薬の小瓶を一つ飲ませた。

(大した変化は無いか)

 回復薬を飲むも、少年の焼けただれた皮膚も、目の下の隈も変わらずだ。

「あなた、なんとも無い? 怪我とか病気とか」

「なんとも」

「そう。………ねえ、試しに『こんにちは』って言ってみて」

「試し?」

「そ。なんでもいいから言ってみなさい」

「………じゃあ、『こんにちは』」

「はい。こんにちは。気にしないで」

 少年の話し方や声から、ひどく気だるげな印象は受けるが、単にそういう子なのかもしれない。そう思い、アルベラは「元気ならいいか」と呟いた。

「よし。じゃ、ここから出られる?」

「え、」

「出方分かる?」

「お姉さんは?」

「いいえ」

 アルベラは「当然」とでも言いたげな表情を浮かべた。

 「あ………うん」と、少年は困ったように頷く。

 頭上に、遊泳している大きな魔獣の影がかかり、アルベラは少年を引っ張りコントンの足元に寄る。

(入った時は、村の適当な場所に飛ばされたけど、出るのはどうなの? 普通に村を出れば出られる?)

「コントン、村からって普通に出られそう?」

『………? ウン』

 何を当たり前なことを、というように、コントンは首をかしげて頷いた。

(返答があっさり過ぎて、疑わしい………けど、信じて行ってみるしかないか。ずっと連れてらんないし)

 「そう」と立ち上がり、アルベラは少年を見下ろす。

「じゃあ、」

『タベル?』

「違う!」 

 なぜ食べる。アルベラは息をつく。

「ここで一番ちかい出口まで運んでくれる?」

『イイ ケド タマハ?』

「ちゃんと行くから大丈夫。あなたの足ならすぐなんでしょ?」

『ウン。 ケド、ヒト タクサンキタ。 ソト タクサンイルヨ』

「嘘。………でも、」

 どうせ飛ばされるんだし、入ってきても鉢合わせることは無いか。と、自分が水の中に入った時の事を思い出す。

「その人たち、まだ入ってきてない?」

『ウン』

「じゃあ、入ってくるまでに村の境目まで行けそう?」

『ウン』

「よし、じゃあ行きましょう」

『ハーイ』

 コントンが返事と共に、「ワオーン」と鳴く。



「よし。後はそこから出るだけ。大丈夫?」

 「うん」と少年は頷いた。

 コントンが道を駆け、民家の屋根を飛び越え、ショートカットをするにして、十分もかからずに「境」まで来ることが出来た。外には森林が見えている。村の中から見た感じでは、そちらに人がいる様子はない。

(森林………そうか。ここ、南側か南寄りの方か)

 ここに来るまでに散々眺めた、チヌマズシ周辺の地図を思い出す。

「コントン、人ってどっちから来てるの?」

『アッチ』

 コントンの鼻先が、右手を示す。

『アト アッチカラ アッチ』

 コントンは、右手側から背後までを、ぐるりと鼻先でなぞって見せた。

 アルベラが境目を良く眺めてみると、ここが森林地帯の入り口辺りであることが見て取れた。

(なるほど)

「外に出て、あっち側に行けば平原に出るから。獣や魔族に気を付けなさい」

 表情の読み取れない顔で、少年は「うん」と頷く。

「よしよし。気を付けて行ってらっしゃい」

 それを見下ろし、アルベラは少年の暗い鼠色の髪をくしゃくしゃと撫でた。ついでに、少年の額を軽くつつき、気になってた火傷のような跡を指先で触れてみる。固くて引っ掛かるところと、ツルツルして指触りの良い箇所があった。見た通り、ずいぶん古い傷のようだ。

(この年で? 産まれて直ぐに、火事にでもあったの?)

 少年はされるがまま、アルベラを見上げた。

「気持ち悪い?」

 少年が表情を変えず尋ねる。アルベラは首を降った。

「物珍しかっただけ。触られるの嫌だった? ごめんなさい」

「そう。………これ」

「ん?」

「これ、返す。外出たら寒くないだろうから」

「そう」

 アルベラはコートを受け取る。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 見上げてくるまま、動かない少年の視線。二人の間に沈黙が流れる。ずっと見られてては去り辛いだろうか、とアルベラから視線を反らす。

「じゃあ、これで」

 コントンの背によじ登り、水の壁に触れる少年を見下ろし「じゃあね」と手を振る。

「まって」

 少年は声をあげた。

「お姉さん、名前 は………………ええ?!」

 名前を聞かれた途端、彼女は振り向きもせず、大きな犬を走らせ去ってしまった。少年は不思議そうに、一気に遠のいたその背を眺める。

(うっかり漏らして、父母の耳にでも届いたりしたら!)

 ―――出禁。

 アルベラは今、ストーレムの町を回っている事になっている。以前人攫いの問題に巻き込まれた時は、自分の特徴や名前が漏れてしまっていたことがあり、父にしつこく言及された事もあった。他人の空似で済んだは良いが、また同じように父にチクチクネチネチ探られるのはうんざりだ。

 アルベラは振り向きもせず、我が身第一でコントンの背中にしがみつく。



「さて」

 巨大な犬が去っていくと同時に、少年は水の外に踏み出した足を引き戻した。

「たく。勝手に移動しやがって」

 短い白い体毛。長い耳。ラビッタ族の少年が、近くの民家の屋根から飛び降りる。十五歳前後の外見をした彼は、ニヤリと笑い冗談めかす。

「にしても、『お姉さん、名前は』か。お前が女を口説こうとする所を拝めるとはな。随分と年下だったじゃないか。ああいうのがタイプなのか?」

 人間の少年は、ラビッタの彼を言葉もなく見上げる。睨み上げるでもなく、見上げるだけの視線に、ラビッタは「通じない奴だなー」と頭を掻く。

「ダタ、何であの子供に付き合ったタ?」

 ラビッタの少年の耳の間、しがみ付いていた小枝と葉っぱの塊のような、ミノムシのような生き物が尋ねる。

「たしか、ズーネが『魔族を連れた子供を見た』って言ってたよな。『紫頭のガキ』。あいつかと思って」

「ちょっと気になったってわけか。はいはい」

 ラビッタの少年が呆れた風に片手を振る。

 ダタと呼ばれた人の少年は、少女の、幼い子供に対するにしては、やや淡白な口調を思いだす。子供に媚びた様子の無い目。かといって、彼女からは突き放すような、冷たい雰囲気も感じなかった。嫌々助けたわけでもなく、だからといって義務感や正義感に突き動かされた様子でもない。「なんとなく」その一言が一番しっくり来た。

 ダタは自分の顔の傷跡を、指でなぞる。

(少し浮世離れしたような、価値観………物事への無頓着さ。………大人………だとしたら、魔力が幼すぎる………。単なる変わり者の類いか……?)

 無表情な口元に、小さな笑みがこぼれる。

「人の傷に気安く触って『珍しかっただけ』か。………可愛げの無い子供だ」

「子供なんてそんなもんだろ。突然可愛いって触りだしたり、かと思えば怖いって泣き出したり。手触りとか匂いとか。本能と感覚の中で生きてる生き物だ。まだまだ動物、人未満ってな。それより、魔族とつるんでるって話じゃなかったか? 魔獣といたぞ。しかもコントン。あのワンコロ、俺らが来た時にもずっと、玉の周りを嗅ぎまわってたのだよな」

「玉か。そういえばあの子供、玉が目的みたいだったな」

「はぁ?!」

「なあなあ、所でオマエラ気づいたカ?」

 ミノムシがぴょんぴょんと跳ねた。

「アイツ、最近一回死んでるゾ。あの世の残り香があル。アイツの首、特に匂っタ。なのに生きてル。あれ、何かのクグツじゃないカ?」

「傀儡ねえ。話した感じも近くにいた感じも、ただの人間だったけどな。ラーノウィーお前からはどう見えた?」

 ウサギの少年は、顎の毛を撫でながら「別になー」と返す。

「普通の人間に見えたけど。コントンは他の誰かの使役か? あの子供に、コントンを使役するだけの力は感じないし。玉を目的って聞いても、見た感じ特別な装備も、寵愛があるわけでもなさそうだしなー」

 「だよな」とダダという少年が頷く。

「なーなー、アノ玉どうすル? 惜しいよナ」

「そりゃ惜しいけどよ、あんな物、どうやって持ってきゃいいんだよ。この国の聖女様でさえ、手の届く範囲に入っただけで発狂しちまうって。様子を見て考えよう」

 ラーノウィーの意見に、ダタが「そうだな」と頷く。

「残念だったな、ダタ。お前の気になったあの子も、あの玉に近づきゃ、『憎悪製造機』になって『はい、おしまい』だ」

「『憎悪製造機』か、面白いな」

 ダタはクスリと笑う。

「あの子供には、なるようになってもらえばいいさ。俺らは俺らで考えるぞ。言い出しっぺの誰かさんには、特に頭をひねって欲しいな」

 二人分の視線を感じ、ラーノウィーがぎくりと肩を揺らした。「へーへー、分かってますよ」とやけくそ気味に返す。

『おい、いるな?』

 足元から声が聞こえ、三人が視線を落とす。地面には、人の腕程の穴が開いていた。その中に向けてラーノウィーが話しかける。

「ズーネか。どうした」

『この国の軍隊さんがいらっしゃった。空に二百、地上に七百。内二百が、今村に向かってる。生存者の救出だと』

「ふーん。人来たか。人手が増えるなら助かるな。適当に身を隠して、どうなるか見させてもらおう。運が良ければ、漁夫の利にありつけるかもだしな」

『………ああ、おい。なんか変なのがそっち行ったぞ。人をぶら下げた魔族が、村に突っ込んでった』

「ん? また人と魔族か」

「流行ってんのかナー」

『知るか。一応報せたからな』

 穴は内側から閉じられる。

 ———「わあ! どこだよここ!!」

 ———「はあ? 話しと違うぞ」

 ところどころから、転送された兵士達の困惑する声が聞こえ始めていた。

「玉に触れられないって分かった今、入ってきた奴皆、玉の近くに呼び出すのに変えてもいいんじゃないか?」

 ラーノウィーがぼやく。 

「それは無理って言ったロ! この水のせいで、大雑把なのしかできないんだってノ!」

「もうどうでもいいさ。あの辺りは十分見れた」と、ダタが返す。

「じゃあコレ、もうきるカ?」

 ミノムシのような生き物が、「これ」と、村一帯に張り巡らせた、ランダム転送の魔法を示す。

「いや、このままにしよう!」

 ラーノウィーは楽し気に拳を振り上げた。

 それを見上げ、ダタもどことなく笑んだような表情を浮かべる。

「そうだな。折角だ」

「ああ! 俺はこの国の兵士が、翻弄される姿でも見て憂さ晴らししたいしな! 何よりもまず憂さ晴らしだ!」

 ラーノウィーが、小脇にダタを持ち上げる。その様子に、頭の上のミノムシは、察したように耳にしがみ付いた。ラーノウィーはラビッタ族では珍しくもない、赤い瞳を上空に向ける。浮遊する魔獣の中から、目ぼしい一体へと跳躍し、その背に飛び乗った。魔獣の背を何度か跳び移り、大きめの一体の背に乗ったところでダタを落とすように降ろす。

「この辺でいいだろ。そら、高見の見物だ」

 村の中からは、少年、青年たちの叫び声と、新鮮な血の匂いが漂い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
a95g1rhgg3vd6hsv35vcf83f2xtz_7c8_b4_b4_2script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ