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116、玉の回収 1(下見と約束)

 ***



「ん?」

 心当たりのある気配を感じる。

 とある世界の「魔族」と呼ばれる種族から、「アスタッテ様」と敬愛される彼。彼は、自分の周囲にちりばめた世界から、一つを引き寄せ、手のひらに乗せる。

 最近は誰と会うこともなく、「形」も必要ないので、彼は真っ白なシルエットとなっていた。

 彼はその世界を覗き込み「あーあ」と笑う。

「孵っちゃったか。まあ、彼女まだ生きてるし、問題ないか」

 白い影のそれは、無邪気な少年の声でくすくすと笑う。

「どうするかな。『その時』まで放置してても大丈夫だろうけど、今ならまだ簡単だ」

 彼はその世界を覗き込み、自分の送り届けた魂を探す。

 魂は二つ。一つはもう役目を終え、新しい人生を満喫している。一つはまだ、その役目の時さえ迎えておらず、制約に縛られた中で、自身のあり方を模索している。

「まだまだこれからだっていうのに、可哀そう」

 彼はちっとも憐れむ様子もなく、彼女の様子を楽し気に確認する。そして、「ん?」と首をひねると、慌てたように「あーあー、だめだめ。ヌルゲー禁止だよ」とぼやきながら、慌ててその世界を軽く小突いた。

 そこで一つ、「彼女」の役に新たなルールが加えられる。

「今まで散々ぬるく生きてきたんだから。………今回は変えるって、決めたんでしょ?」

 彼は見えない相手へ微笑みかけると、その世界から手を放した。世界は「すー」と滑り、適当な場所でゆっくり止まる。

 「さて。こっちはどうかな―――」と呟き、別の世界を引き寄せて、そちらの様子を覗き込む。



 ***



「水の底とは聞いてたけど、これはあまりに予想外じゃなくて? お嬢様」

「その気持ちはすっごい分かる」

 アルベラ、エリー、ガルカは、深夜に屋敷を抜け出し、シズンムの村へと来ていた。風に乱された髪を整えながら、エリーは考えるようにその水の塊を見上げた。ここに来る前、意外な程に協力的なガルカから、アルベラと共にここの報告は受けていた。大人が発狂する呪いの事も、子供は生き延びていることも。生き延びている子供も、じわじわと命が削られて行ってることも。

 今、こうしてここを訪れたのは、下準備のためだ。聞いた話だけでは不安だったので、念のため実物を見に来たのだが。余計に不安が増すこととなった。

(お嬢様何したいの? 意味わからないわ)

 エリーもこの現象を目にするのは初だ。ガルカとコントンが居なければ、中の様子など知りようもなかった。

「どうしましょうね~。うーん………あ! とりあえず、水着でも用意しておきます」

「却下」

 「この中で海水浴しろって?」とぼやきながら、アルベラは不用心に水に手を突っ込む。ヒヤリとしたが、引いた手には濡れている様子はない。

(聞いてた通り。案外、動きやすさ重視の、普通の服だけで十分かも。後は念のための、回復薬をたっぷりと。魔族や魔獣の相手はガルカとコントンに任せて、エリーは水の外に待機………ん? 今回エリー必要か?)

 アルベラが水を見て考えていると、「おい」とガルカが声を掛けた。

「貴様、俺を使う気なんだろ? 良いぞ。縛りの魔術など関係なく使われてやる。その代わり条件だ」

「条件?」

「そうだ。『説明』だ。俺は貴様とアスタッテの関係に興味がある。あと、あの玉のアスタッテの匂いの意味も。今回の件、俺が納得できるように説明しろ」

 アルベラは頷いて良いものかと考える。

(正直、事情を話した方が手っ取り早いと思う事もあるんだよな。けど、話して『地雷』と思われて、離れられたら損だし。聞く側の性格次第な気が………。『面白い』と思って手伝うもの好きもいるだろうし)

 特に目の前の魔族は、その典型な気がする。と、アルベラはガルカをじっと見つめる。

(例えば、今後の関係を断たれる以外に、困る事って何だろう。転生の事を話したとして、人に言いふらされたら? 正直『だからなに?』って感じだし。転生したといっても、ただの記憶持ちなだけで、何に使えるわけでもない………うーん。悩ましい。八郎に相談したい)

 アルベラが悩まし気に首をひねっている横で、エリーは「あらぁ」と吐息のような声を漏らす。

「流石魔族ね。ただじゃ動かないって事。………………………………………いいわねそれ。私も今回そうさせて頂きましょう」

「………は?」

「お嬢様、手伝う代わりに、クスリの件とか含めた色々、聞かせてくださる?」

 エリーから、やけに圧迫感のある笑顔を向けられ、アルベラは「うーん」とうなる。

(試しに話すのも、アリ寄りの………アリ)

「うわっ、と、と、」

 急に何かに背中を押された様に、アルベラが前へとつんのめる。

「え、何」

 頭の中に一つ、自分の意思とは無関係の言葉が浮かび上がっていた。

 ———追加ルール。「転生の話もろもろ、人に話すの禁止」「自分の役割の意味、行動の目的、話すの禁止」※尚、役目を果たした後は良しとする。

「『目的』も『意味』も知らないっつーの!!!! ならここでそのルールと一緒に記述しておきなさいよ!!!!」

 勝手に一人で喚き始めたアルベラに、エリーが若干引いていた。

「あの水、大人だけ発狂するって本当でしょうね?」と、アルベラのおかしな様子が、水のせいではと疑い始める。

「あれは違うな。貴様入ってみろ。数分もすれば発狂の仕方の違いが分かる」

 エリーは舌打ちし、ガルカが鼻で笑う。

 喚き散らして落ち着いたのか、アルベラが疲れた様子でため息をついた。

「話せることは話す。けど、いろいろ縛りがあって説明できないの。それでもいい?」

(といっても、この言葉が殆どな気がするんだけど………)

 アルベラの様子と言葉に、ガルカは満足げに笑った。

「いいだろう。貴様は俺の質問に適当に応えればいい。嘘かどうか、見抜くのは簡単だ」

 アルベラの今の言葉にも、ガルカには嘘が無いのが分かった。それだけで、「アスタッテとの間で、言葉の制限の契約が成されているのだろう」という予想がついた。

 エリーも、今の言葉で何かしらを納得したように頷く。でなくてもエリーは、出会って、使用人になりたての頃に、今回と似たような話をしていた。その際、「やらないと死ぬ」とか何とか、幾つかのやり取りを交わしたのを覚えている。

(できれば、その相手が誰かとか聞きたかったんだけど………今の様子だと望み薄かしら? 残念)

 そう言えばあの時、「ゲーム」という言葉も聞いていた気がする。

(失敗したら死ぬゲーム)

 エリーが関わってきた内容は、今のところ、宝探しのようなものばかりだ。

(失敗したら死ぬ。それを逆手にとれば、邪魔することで、お嬢様に死を招く事もできてしまう、って事よねぇ)

 そんな内容、あの魔族に知られて良いのだろうか? と、エリーはガルカの存在を憂慮する。あれが、今回の気まぐれで手を貸すのと同様に、どんな気まぐれで反旗を翻すともしれない。そんな時「ゲーム」とやらを邪魔されたら。または、「ゲーム」を邪魔しようとする事に、楽しみを見出してしまったら?

(………まあ、いいわ。それならそれで、私も一つ、ゲームをしましょう。暇しないし、生活も安定するし、今のところ楽しめてるし? ついでで気にくわない魔族を一匹仕留められるなら、満足感としては十分)

 エリーの顔に、楽し気で、それでいてどこか企んでいるような笑みが浮かぶ。

(うんわぁ。なんかニタニタしてる………。とりあえず、納得してくれたならいいか)

 アルベラは、強力な人手を二つ失わずに済み、ひとまず安堵する。



 ***



「あああああああああああああああんああああああああああああ! 良いわねえ! これはこれでいいわねぇええええ! なんで私今まで気づかなかったのかしらあああああああんんんんん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛」

「い、いた、くるし、………くさ、………………………いた、いった……………………いっ………い……………………………………………………………………………………

痛いって言ってんの!!!!!」

「イヤン!」

 しがみつくエリーに、アルベラはビンタを食らわす。大きな音を立てて叩き倒され、エリーは満足げだ。

 もろもろの準備を済ませ、迎えた「後の休息日」。

 少し早起きして家を発ち、シズンムの村に行く途中で、身なりを整えるべく適当な木陰に降り立っていた。母には、丸一日街をぶらつきたいと言って出てきた。護衛として、父からガルカの貸し出しも許された。

 アルベラはエリーの調達してきた衣装に着替え、今まで着ていた、どう見ても「良い家柄のお嬢様のお洋服」をエリーに預け、鞄に詰めさせていた。

 隠れたり、逃げ回ったりを念頭にし、動きやすいようにパンツ姿。男用ではなく、ちゃんと一般的に出回っている女物だ。村や町で、女性がパンツを着用することは珍しくない。貴族のご令嬢にも、私生活の中でパンツを好む者はもちろんいるし、乗馬やその他のスポーツといった趣味等で、専用コスチュームとしてパンツをオーダーメイドする事も珍しくない。

 今回、高貴な場所でお披露目する物でもないので、アルベラは市販の物を買ってくるように、エリーに頼んでいた。

 エリーの買い物は完璧だった。サイズもデザインも丁度いい。特に、サイズに関しては、着心地が良すぎて気持ち悪いくらいだ。

(私、サイズ図られたりとかしてないはずなんだけど………っていうか、寸法とるか聞いたとき、必要ないとか言ってたよね。………え? え? 見るだけで分かるとか? 怖!)

「どうしました? お顔が青いですね」

「こっち見るな測定器!」

「ぶっふ」

 アルベラはエリーの頬を、手の平でぐいぐい押した。エリーはやはり嬉しそうだ。

 ガルカは、飛び立ってまだ近い、ストーレムの町を暇そうに眺めていた。二人の奇妙なやり取りに、目を座らせ不服そうに問いかける。

「おい、もういいか?」

「ちょっと待って。髪を結んでから、」

「待ちなさい。荷をまとめてるのが見て分からないのかしら、クソ魔族」

「………知らん。行くぞ」

 ガルカは翼を広げると、大きな鳥の脚で二人を掴み上げる。心の準備ができていなかったアルベラや、荷をまとめてる途中だったエリーからは大ブーイングだ。

 ガルカは意地悪な笑みを浮かべると、翼を大きく打つ。スピードを上げ、二人の文句を風でかき消した。ストーレムの町はあっという間に見えなくなる。

 二人から怒りの矛先を向けられる魔族は、心底楽しそうな笑顔を浮かべていた。

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