110、彼の生活 1(シズンムの村へ)
「あちゃー」
「あちゃー」
ホークの言葉を、隣りに並んで立っていた三~四歳の少年が真似る。ホークに赤い瞳を向けられ、少年は「にかっ」と笑って返した。
半分土の中に落ちた家を前に、子供たちとその養護施設の大人たちが呆然と立ち尽くしていた。皆、今しがたわが家へと戻って来たところだ。
ホークの目の前、二階建ての家が、丁度一階建ての高さになっていた。
そのシュールな光景に、じわじわと子供たちのテンションがあがり始める。幸いけが人はいない。皆、建物からは出ていた。唯一施設に残っていた施設長も、庭で花壇の手入れをしていたらしく無傷だ。突然の災害は、奇麗に家だけを、陥没した大地に飲み込んでいた。
何があったのか。事態の原因や経緯等は、ホークの周囲の大人たちも掴めていないようだった。
みんなでピクニックをしてきた帰り、突然、立っていられないような地震が起きたかと思うと、視界が高くなっており、足元が小さな丘のような高さに盛り上がっていた。近くに生えていた木々は傾ぎ、根が浮き出ていた。
盛り上がった大地から降りると、一見変哲がない様に見えた地面がゆっくりと陥没しはじめ、木や家がそれに巻き込まれて下へ沈んだ。
盛り上がった地面や沈んだ地面の後を見ると、何かが走り去ったようなラインを描いていたが、それの正体が分からない。ホークは、モグラが地面を掘り進むさまを想像したが、こんな大きなモグラなど聞いたことがなかった。
レーンは大はしゃぎで「きっとジュエルドラゴンよ! 前にいたソップって子が話してたの! ジュエルドラゴンはトンネルを作って暮らすんですって! いい土が大好きで、とっても大きくて、背中や尾に奇麗な宝石を沢山生やしてるんですって!」などと喚いている。
ヴィオンは「ソップの話だからなぁ」と苦笑いだ。
自分たちの住む家が半分土の下という、そうそうお目に掛かれない光景を前に、子供たちはあわやお祭り騒ぎだ。燥ぎたいのを堪えて大人の言葉を守る子がいる傍ら、屋根によじ登ろうとする悪餓鬼も出てきていた。
「ほら! 大人しくしてなさい!」
施設の従業員である、六十歳のガミッサさんが、強面を更に厳しくして悪ガキどもの首根っこを掴み上げる。
その年齢と威圧感のある振る舞から、ガミッサさんは普段から子供たちに恐れられていた。彼自身はとても静かであり、あまり声を荒げることもない。だが、声を荒げなくとも、彼は普段から子供たちへの注意が多い。低くざらついた声で「行儀良くしなさい。そんなんじゃ施設を出た後に舐められるぞ」と注意するのだ。
そんな、いつもなら低く静かに注意する彼が、大きな声で怒鳴ったのは久々だった。掴まった子供も、その周囲の子供たちも驚いて硬直する。
「ママミとナーシャは私と一緒にここで子供たちを見ている。ブールは役所にこの施設が沈んだことを報告しに行ってくれ。クドは辺りを見てきてくれ。必要なら手を貸してやってこい」
ガミッサがテキパキと指示を出していく。
首根っこを掴まれた子供は、恐ろしさから半分魂が抜けてしまっているかのように静かになっていた。目にはわずかに涙が溜まっている。
その日は、被災者達から連絡を受けた役所が、食事やテントを配給したため、そこで夜を越すことになった。夕刻になって、荷物を持った兵士たちがやってきて、地面がしっかりしている場所に次々とテントを張っていったのだ。
子供たちは五人で一つのテントに詰め込まれ、キャンプをしているかのような楽しい気分で眠りについた。
『おーい、そっちはどうだった?』
『だめだ。やっぱし変だな。どいつもこいつもしなびてやがる』
『お前んとこもそうか。うちのも全滅だな。池の様子もおかしいってよ』
翌日の午後。
昼食を済ませたホークはヴィオンとレーンと半壊した町を見て回っていた。宝石の一欠けらでも落ちていないかと辺りを見回すレーンの横、ヴィオンは足元の様子を伺いながら、歩く場所を選別してくれていた。
ホークは歩く中で聞こえる大人たちの会話へ耳を傾ける。
『そうか。昨日井戸水に手を付けてたもんはいるか? さすがにあの色じゃ飲む前に気づくだろうが。落とし水を飲んだもんはどうだ』
落とし水とは、魔法で集めて生み出す、飲み水の事だ。
『井戸水を飲んだもんは聞いてねえな。落とし水は、口にできるほどのもん集められるのがどれほどいたか。お前んとこの息子、水の扱い得意だったろ?』
『あいつのは飲めたもんじゃない。砂利が混ざる。水撒きならおてのもんだが』
「あ、クド兄だ」
レーンが目の上に片手を当て、わかりやすく一点を注目するポーズをとる。
その視線の先で、色黒の細身の青年が、片手を大きく振っていた。十五時になったら集まるように言われており、ホークたちはその場所に戻る最中だった。
三人がみる青年の後ろには、荷物をどこに下ろすか考えている様子の、他の従業員たちの姿も見える。
施設では従業員の大人たちを、「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」「おばちゃん」「おじちゃん」と呼ぶように言われている。施設長は「施設長」または「お婆ちゃん」と呼んで、とホークが来た時に説明を受けた。
クドはそれでいう所の、「お兄ちゃん」なのだ。
「なんか、クド達も今来たって感じだな」というホークの言葉に、ヴィオンが「少し早かったかもな」と返す。
「ねえ、じゃあもう少し周り見てようよ」
レーンはどうしても宝石探しをしたいようだ。この災害は、ジュエルドラゴンが起こしたものだと信じたいらしい。
「お前も諦めないなぁ」
「ふーん。すぐ諦めるホークには、宝石見つけても分けて上げなーい」
「はあ? じゃあ俺も、もし見つけた時は見せてやんねー」
「いいもん! その代わりお兄ちゃんが見つけた分もホークには見せてあげない!」
「なんでヴィオンの分までお前が仕切るんだよ!」
「そうだぞレーン! 公平に一対一対一で勝負しろ! 宝石は一番多く集めた奴が独り占めだ!」
ヴィオンが新たなルールを呈し、レーンは「なにそれ! 意地悪!」と先に道を駆けていく。途中で二人を振り返ると、「絶対私が一番多く見つけるんだから!」と拳を振り上げて見せた。
ヴィオンは負けず嫌いな妹の姿に「ハハハ」と笑う。
それを見ながら、ホークは少し羨ましい気持ちになった。なぜそんな気持ちになったのか考え、そういえば自分にも姉がいたのだなと思い出す。それほどに今が楽しくて、あの頃の記憶が遠い昔の物のように思えた。
「おい、どうした?」
「あ? ああ。何でも」
ぼかすホークに、ヴィオンは口に手を当ててニタニタと笑った。
「お前………今凄い羨ましそうな顔してたぞ。なんだ? 妹でも欲しかったのか?」
ホークは咄嗟に「てめぇ、人を変態みたいな目で見るな!」と声を上げる。このまま変態のレッテルを貼られるのも嫌なので、「仲いい兄妹ってのが、羨ましかったんだよ」と素直に告げておく。
「あー。そういや姉ちゃんがいたとは言ってたもんな。お前だけ売られたって」
「ああ。もうそれはどうでもいいんだけどさ………」
もうあそこへ戻ることはない。だから、あの姉とどうというのは、考えるだけ無駄だと分かっていた。だが、時折、つい考えてしまうのだ。自分があの時何が出来たのか。どうするのが正解だったのか。それが女々しくて、どうしようもなく虚しいのだ。
遠い目をするホークをみて、ヴィオンは苦笑を浮かべる。
「おい」
「ん?」
「お前、今『大家族』なの自覚あるか?」
「は?」
「家族だよ、家族。お前、俺とレーンを仲いい兄妹って言ってっけど、ここに来た以上、お前と俺も兄弟みたいなもんなんだからな」
「うげ?! 俺とお前が兄弟?!」
「そうだ。兄弟。家族。俺もレーンも、あの施設の大人も子供も、皆お前の『か ぞ く』! 始めに説明されなかったのか?」
「………そりゃ、されたけどよ。そんなの、こういう施設を作る時の建前か何かくらいにしか思わないだろ。そんな言葉聞いてすぐ、『よっしゃあ! 皆俺の家族!』だなんてならねえよ」
「ははは! まあそうだよな。俺もレーンもそうだったし。けど、それって一人でそう思ってるからなんだよ。周りで誰かが『お前は俺の家族だ』って言ってくれれば、『そうなんだ。俺らって家族だったんだ』ってなるんだって」
「お前と俺が家族………」
「ああ、家族だ!」
ホークは自分の生まれた場所を思い出す。あれを、自分の家族と信じて疑わなかったし、そんな家族を酷く憎んでいた。そして今、自分に新たに家族が出来たなら、あれは何なのだろう。答えは簡単だった。あれも家族だ。まごうことなき、血の繋がりが保証する家族だ。
では、目の前のこの少年、ヴィオンはなんだろうか。
彼が家族と言ってくれる。彼がそれを許してくれる。ならば、それもいいのではないかと思えてしまう。
「そう、か………。俺、家族だったのか」
呆然とするホークに、ヴィオンが悪戯気に笑う。
「おい! レーン! ちょっと来い!」
「何ー? 宝石あったー?」
くすくすと笑うヴィオンに、やってきたレーンが首を傾げる。
「レーン。ホークは俺らの家族か?」
「え? ここに来たんだから家族でしょ?」
「ホークの事、お前の兄貴だと思ってるか?」
「はあ? お兄ちゃんはお兄ちゃんだけで、ホークはホークでしょ。年上だから、クド兄と同じ『お兄ちゃん』ではあるけど………あれ? けど家族で年上の人は皆お兄ちゃんとお姉ちゃんだよね。けどヴィオン兄はそういう『お兄ちゃん』ではなくて、けどちびの皆からしたら『お兄ちゃん』なわけで、それは私の言う『お兄ちゃん』とは違くて………………ああ、もう! 良く分からない! ホークはホーク! ヴィオン兄みたいにお兄ちゃんではないけど、私の家族! はい、おわり!」
怒っているように、恥ずかしがっているように頬を膨らませ、レーンはみんなの元へ走って戻っていった。
「なあ、俺今、お前らの兄妹愛を見せつけられた?」
「はあ?! やめろよ兄弟愛とか気持ち悪い! レーンもお前を家族だと思ってるって、教えてやりたかったんだよ! な? ちゃんとわかっただろ?」
若干慌てながら返すヴィオンに、ホークは「ぶっ」と噴き出した。
笑っていると、目に涙が浮かんだ。
「分かった、分かったよ」と感謝の言葉を告げ、その際冗談交じりで「ありがとよ、兄弟」というと、ヴィオンはなんら気にした風もなく「おう、兄弟!」と言って、ホークの背中を叩き返した。
林を目の前にした空き地、施設従業員のクドが、体の前で片手を軽く凪ぐ。
するとホークの腰辺りまで生えていた雑草が、風の刃によって、四~五数メートル先まで一気に刈られた。テンポよく、クドの隣の、同じく施設従業員のナーシャが刈られた草をおおざっぱに、風で、邪魔にならないところへ吹き飛ばす。
クドは風の魔法が得意で、草刈りくらいはお手の物だ。ナーシャは水の魔法の方が得意だが、適当に風を起こすくらいなら出来るので、気持ち程度に手伝っている様だ。
ホークは二人の作業を見て「おお~」と感嘆の声を上げた。
(魔法か)
自分の手を見る。
(少しは使わないと、上達しないよな)
ホークは、少なくともここ二年近く、魔法を使っていなかった。首に触れると、数カ月前までついていた、奴隷の枷の質感を思い出す。
(もう、魔法の練習をしたって誰にも怒られない。気にしなくていいんだ)
「なんだ。お前、魔法はもう使えるのか?」
「え、」
渋い声に顔を上げると、ガミッサが自分を見下ろしていた。
射貫くような鋭い視線が「怒っているのだろうか」とホークを不安にさせる。
「いや、俺………」
「ふん。なんだ、まだか。まあいい。お前らはむやみやたらに魔法を使わんほうがいい。暴走したら厄介だからな」
「………はい」
「ほら! 準備出来たぞ! 皆ここに座りなさい」
クドがレジャーシートの上に既に胡坐をかいていた。そしてタンタンとシートを叩き皆を呼んだ。
空気を裏に含んで若干浮いているシートを、子共たちは楽しそうに踏みつける。
「終わったか」と言ってクドたちの方へと、ガミッサが歩いていく。何を考えているのかよく分からない、その初老の大きな背を見つめ、ホークは「あの人も、家族なのかな」と頭の中疑問に思う。
(ていうかあの人、俺が来た時に『ニセモノか』ってぼやいてたよな。………俺の事どう思ってんだろ。嫌々世話見てる感じかな。うわー、きまずー………)
「さて。じゃあまず、ありがたい事に役所から皆におやつが届いた!」
クドの知らせに、集まった子供たちは「ワー」「キャー」と嬉しそうな声を上げる。
「けどいいか! その前に施設長から大事な話だ! みんな大人しくして、話をよく聞くんだぞ? ほら、返事!」
ばらばらに返ってくる返事を聞いて、クドは満足げに「よーし!」と頷くと、シートの外で折り畳み式の椅子に腰かけていた施設長に顔を向ける。
施設長はにこやかに頷くと、椅子を降りて子供たちの集まるシートの前にやってきた。
「私も皆と一緒に座りたかったのだけど。これ位の歳になると椅子の方が楽なのよ。ごめんなさいね」
八十歳手前の彼女は上品に笑い、子供にもわかる言葉を選びながら、今回の災害についての説明を始めた。
天気のいいなか、雲がゆっくりと町の上を通り過ぎていく。程よい風がそよぎ、草花を揺らす。施設長の穏やかな声と小鳥のさえずりと、青空と。この場面だけ見たら、ピクニック先で物語の読み聞かせでもしてるかのような平和な光景だ。
「———私たちのお家と、ここの水がきれいになったらまた会えるから。だから皆、心配しないで。ちょっと長いお泊りをしてくる感じで楽しんでらっしゃい。お手紙のやり取りはいつでもできるわ。何かあったら気軽に連絡してちょうだい。………はい、私からは以上よ。皆分かったかしら?」
優しい面差しで、施設長は子供たちに確認を込め見渡す。施設の子供たちからは一拍遅れで返事が返る。その声には元気がなさそうな、気弱な声が混ざっていた。
(そうか。皆、暫くバラバラか)
ホークは胡坐をかいた自分の足を見下ろす。
施設長の説明では、長くても半年くらい。ライラギの養護施設の子供たちは数人ごとに分けられ、周囲の町の養護施設へと預けられることになった。
昨日事が起きて早々、施設長は組合へ連絡を取りに行っていたのだ。そこで施設の子供たちの人数を報せ、周辺の受け入れ可能な施設の確認を頼んでいた。近くで仮住まいの出来る物件を探しても良かったのだが、むしろ、施設長的にはそれを望んだのだが。組合の上の者達が話し合いたいという事で返事を待ったところ、今朝になって届いたのが、「五歳以下の六名は、施設長と他一名のスタッフと共にライラギにて、生活を続けよ。西か東に空き家を準備する。他二十一名は周囲の施設へ一時委託となる。他四名の従業員も、子供たちの受け入れ先へ分散する。受け入れ先は後日改めて連絡する」というものだった。
仲間との暫しの別れを悲しがる子を見て、施設従業員、皆の「お姉ちゃん」であるナーシャは忌々し気に今朝の事を思い出す。
ナーシャは組合からの手紙を、施設長が目を通している傍らで見ていたのだ。覗き見たその内容に、つい「あいつらケチりやがった!」という言葉がついて出てしまい、施設長を苦笑させた。
(確かにここらへんじゃ、二十七人の子供と六人の大人が住めるくらい大きな空き家なんて無いだろうけど。多少離れてもいいから近場で数件とか、空き家が密集しているような場所とか、アネスハウス借りるとか、みんなで暮らせる場所を探せば一つや二つ………一つや二つ………)
「はあ………そんな都合のいい場所無いか」
被災者は私たちだけではないのだ。災害を受けたこの地域の人間が、同じように皆仮の住居を探している。
(はあ………皆、受け入れ先で上手くやってくれるかしら。………それは私も同じか)
施設の大人たちも皆其々、不安を感じる中その日はやってきた。
***
災害から一週間。
ライラギの養護施設の子供たちの行き先が決まった。
当初、町に残るのは「子供六人、大人二人」という話だったが、町の西側に古い空き家が二件見つかったため、更にあと六人住めることになった。追加の六人とは子供五人、大人一人だ。
残る十六人の子供たちと、三人のスタッフは、他の町の六か所の施設が受け入れるてくれることになった。
移動の当日、組合からライラギへ、子供達を運ぶための荷馬車が四台手配された。
ホークは、ライラギから更に南の地へ向かう馬車に乗り込み、まだ外で別れを惜しんでいる子供たちの姿を眺める。
「引っ越し先、いいとこだと良いな」
同じ馬車に乗り込んでいたヴィオンがぼやく。
ヴィオンとレーンは、ホークと同じ施設に預けられることになった。皆他の子達も、一緒にいて安心という組み合わせで大人たちは割り振ってくれたらしい。
「よう、お前ら!」
「クド」
「クド?」
「クド兄!」
「一時とはいえ、ちゃんといい子にしてるんだぞ。じゃないと次の行き先は『悪い子収容所』だ」
ケッケッケと笑うクドに、「私は大丈夫よ! お兄ちゃんとホークは分からないけど!」とレーんが声を上げる。
「あら。じゃあレーンがしっかり二人の面倒見てあげてね」
ナーシャがクドの横から馬車の中を覗き込む。
「あ、ナーシャ姉! 任せて!」
レーンが胸を叩いて笑った。
どうやら従業員の大人たちがあいさつに回っている様だ。
二人との挨拶を終えると、続いて五十四歳のブールさんと、三十八歳のママミさんがやってきた。二人ともお母さんのような人たちで、「おばちゃん」と呼ばれたり「さん」づけで呼ばれたりして子供達から親しまれている。二人は荷台に乗った子供たちへ「また元気な姿を見せてちょうだい」と、一人一人にハグをして告げる。
ホークの番になり、ママミは皆と変わらずハグをする。どぎまぎするホークの頭上から、「あなたはその瞳の色で苦労するかもしれないけど、しっかり胸を張ってなさい。明るく、いい子にしてるのよ、ホーク」と優しい声が投げ掛けられた。
「は、………はい。ありがとう、ママミさん」
「なあに、うちの子達は皆いい子だ! あの人の躾もあるしね! ちょっと悪戯が過ぎるのもいるが、大丈夫。心配いらないよ。なあ、ホーク!」
ブールがあかぎれした大きく分厚い手で、わしゃわしゃとホークの頭を撫で付ける。
「も、もう二人ともいいだろ! 俺ちゃんと行儀よくしてるから!」
明らかに恥ずかしがりながら二人から離れるホークを、ヴィオンとレーンはすかさず揶揄う。
最後にガミッサが回ってきた。
荷台の中をぐるりと見回し、「皆、言った先でも行儀よくなさい」と告げる。子供たちの固い返事を聞くと、彼は大きく頷いた。そしてちらりとホークに目をやる。彼の厳しさのある目を受けて、ホークは無意識に背筋を伸ばす。
「うまくやれよ」
「は、はい」
彼が去っていくと、馬車の中に気の抜けた空気が流れる。ホーク、ヴィオン、レーンの他に、同じ方角で別の施設に行く四人の子供たちも同じだ。その四人の中には、ホークよりも二つ年上の子が二人いたのだが、彼女らもガミッサには無意識に緊張してしまうようだった。
「では、皆さん。何かあったらちゃんと連絡してくださいね。また、すぐに会えることを楽しみにしています」
施設長の言葉を合図に、荷馬車が出発した。
***
南へ向かう馬車は、他の四人を先に降ろし、ホーク達三人となっていた。
その後一~二時間走ると、馬車はゆっくりと止まる。ホークは頻繁に小窓から外を覗いていたが、村に入った辺りから見えたのは、良くあるレンガ造りの家が点々と並んだ田舎風景だった。村の北側に位置するその施設までは、村に入ってすぐに着いた。村から北に位置する町から来たので当然の話だ。
その間通りすぎた民家は二軒ほど。村の奥へと向かう道には、更にもう少し民家が並んでいるのが見えた。
(村の中央も、雰囲気は対して変わんないか。ライラギより家の距離が遠いな。買い物とか大変そう)
「ここが…………」
ホークの横から外を除くレーンが呟く。その声は少し寂しそうだ。
青々と繁った生け垣に、広くこざっぱりとした印象の庭。その中心にぽつんと、少し大きな一軒家があった。
(確かに寂しくもなるよな。なんか離れ小島って感じ)
外の様子を伺う二人を見て、ヴィオンが「先いくからな」と軽く笑いながら荷台から降りる。
垂れ下がる大きく分厚い布を捲り、身軽に荷台から飛び降りたヴィオンは、二つの人影を視界の端に捕らえ顔を上げる。
「こんにちは、いらっしゃい」
「待ってたよ。お疲れ様」
柔らかい、優し気な言葉だ。
大人の頭より幾分か高い、アーチ型の門の前。出迎えてくれたは二人の男女だ。
どちらも三十代半ばから後半。夫婦だろうか。
小ぎれいな服を着た二人は、にこやかに新たな家族を歓迎した。





