11、人攫いと美女 5(オネエ)
「ん~? どうかしらぁ?」
と色っぽい声を出し、美女は大きな動作で脚を組んだ。
アルベラの視界の端、通り過ぎる男性陣が見事な脚線美に目を奪われるのが映る。
それを楽しむかのようにエリーはわざとらしく足を組み替えた。
(うん……強い……。いっそ清々しい……)
「貴女、恋愛対象は男なの?」
「あらぁ、そうよ? お嬢ちゃんもかしら?」
「え、ええ……まあ……」
「そう、じゃあ一緒ね♡」
(そういう意味では襲われる心配ないか……良かった)
「じゃあ使用人になったらガールズトークし放題ねぇ。それとも貴族って言ってたし、もうフィアンセもいらっしゃるのかしらぁ」
「そういうのはいないけど……って、今はそういう話どうでも良いいから」
アルベラは目の前の相手を観察する。
ふくよかな谷間、美しい曲線を描く脚、滑らかな白い肌。手入れの行き届いた艶やかな美しい金髪。
どれも最上級の出来だ。
あんな野太い声を聞かない限りこの性別は疑えないだろう。
「どうりで、フォルゴートがあんなに警戒していたわけか……」
アルベラは少年が子ウサギにでもなったかのような怯えようを思い出す。あれはきっと被食者の勘と言う奴なのだろう。
じろじろと自分の体を観察する少女に、エリーは頬に指を当て「ん~?」と考えるように声を漏らす。
「とっても気になってるみたいねぇ。じゃあ触って確認してみる? 口で言うより確かなんじゃない?」
「は?」
美女の両手が優しくアルベラの片手を包み込み持ち上げた。
「その代わり、確認したら私にもご褒美くださる? 全部答えたらハグって約束だったじゃない」
「は? そんなにハグしたい? ていうか口で言ってくれれば良い――」
「はい、じゃあ決定! さぁ……思う存分、好きにして♡」
ぽっ、と美女が頬を染め、アルベラの手をグイっと引っ張った。それは豊満な胸……雄っぱいへと向けられる。
(え、本当に……良いの?)
だが手の軌道は突然に逸れ、胸ではなくエリーの下腹部の方へと引かれていった。
「え、そっちは違……!」
アルベラは反射的に身を引く。が、エリーの腕はびくともしない。
順調に自分の手が引かれていく。その先はどう見ても――
(――コカン?!!!!)
しかもそこには、女性には無いはずのふくらみがあるように見える。先ほどまでそんなものなかったはずなのだが、手を引かれる今は確かにあった。
「え? あ……は!? オネエさん!? お姉さんんん?!!!!」
時計の音がやけにカチカチと聞こえた。
アルベラは半ばパニックを起こしながらエリーへ呼びかけた。
だがエリーは赤らんだ頬に片手を当て、恥ずかしがる乙女のようなポーズをしながら順調にアルベラの手を引っ張り続ける。
――カチ、カチ、カチ
まるで処刑前のカウントダウンだ。
アルベラはベンチの上膝立ちになり、掴まれた片手を引っこ抜こうと一生懸命に身を引いた。
(ちょお! え!? 何で全然動かないの!!! 何でこの人こんな恥ずかしそうなの!!!!)
頬を染め微笑むエリー。その口端が、豪快に笑いたいのをこらえるようにぴくぴくと動いているのが目に入った。
(コ、コイツ…………!!!)
やばい、このままでは私の手が汚される。
阻止したい一心でアルベラは片手を振り上げる。
――カチ、カチ……
赤い布地がアルベラの指先に触れる。
女の口端がこらえきれなくなったように、喜びにぐにゃりと形を崩す。
(ひぃぃぃぃぃいやぁぁぁぁぁぁ!)
「……ふぇ、ふぇ、ふぇ――ふぇぇぇぇぇんたぁぁぁぁぁい!!!!」
「カチ、カチ、カチ」と等間隔で鳴っていた音が、「カチリ!」ときりのいい時間を示し大きな音を立てた。
アルベラの平手打ちの音と時計台の鐘の音が重なる。
――ゴォォォォォォォォン……――ゴォォォォォォォォン……――ゴォォォォォォォォン……
エリーは「アァン!」という色っぽい声を上げて身をよろけさせた。
打たれた左頬へ左手を添え、ベンチに右手をつき体を支える。
はんなりとした体勢の美女の鼻からは、不似合いにも一筋の鼻血が垂れていた。
(クソが! そんな姿もセクシーか!)
頭に血が上り興奮冷めやらぬな状態のアルベラは、拳を握り「フー……フー……」と荒い呼吸を繰り返す。
隣の広場にある時計台を見上げる人たち。
そして時間を告げる鐘と共に普段と違う動きで舞う噴水の水。
広場を行き交う人々は中央の噴水よりもアルベラとエリーの方が気になっているようだった。
アルベラはエリーの胸倉をつかみながら「見せもんじゃないわよ」と一番近くで見ていた通行人へ低く告げる。
少女の剣幕に、通行人はそそくさとその場を去っていった。
「はぁ……残念ねぇ。あとちょっとだったのにぃ」
エリーはアルベラの手を解き、いじけるように指先でベンチに渦マークを描く。その指先の動きが色っぽいのはわざとだろう。
「信じらんない……未成年にこんなセクハラ……――あ……」
「……?」
アルベラは広場を抜けようとしていた巡回中の警備兵を見つけた。。
「通報しなきゃ」と立ち上がろうとする彼女をエリーは慌てて阻止する。
「冗談よ、冗談よ」
「もう二度とあんなことしないで」
「わかったわ、驚かせてごめんね♡」
(こいつ、本当にわかってるのか……?)
訝しがりながらもアルベラはベンチに座りなおした。
「大丈夫。私は女の子に手を出したりしないから。ね? ほら、落ち着いて」
「はぁ……、じゃあほぼ女ってことでいいのね」
つまりは微量の男成分はあるという事だが、そこは精神がそうであればもうそうという事なのだろう。
エリーは鼻血をふき取り「そういうことよ」とほほ笑んだ。
「ハッキリ言ってあげると体の性別上は男なの。けどさっきも言った通り、恋愛対象は男性。異性として、恋愛対象として私が見られるのは男だけ。だからあなたがいくら可愛くても無理やり襲って変なトラウマ植え付けたりしないから大丈夫よ。ね、あーんしん♡」
「はぁー……」
今さっきのあれは見事に襲っているしトラウマだった。
「さてと……ほら、仲直りのハグ」
美女は満面の笑顔で両手を広げる。
「メンタルおかしいんじゃないの」
アルベラは冷めた顔で言い放った。
「あらぁ……約束、でしょ?」
「え」
アルベラの上にエリーの影がかった。
その後広場には少女の苦悶の声が上がり、また人目を引くこととなったのだった。
***
「うふふ。まさか公爵様のお家で働けるだなんてねぇ。男爵や伯爵様の愛人になった事ならあるんだけど、出世だわぁ~」
エリーは楽しそうに微笑む。
(私の選択は正しかったのだろうか)
エリーの隣ではよれよれになったアルベラが遠い目をしていた。
先ほど、二人は噴水の広場にて和解してきたところだった。
エリーの本名が「エリオット・ジェイクス」というばりばりの男性名であったことを教えてもらい、今後「エリー」という名で呼んで欲しいという話を聞いた。
アルベラも改めて自己紹介をし、エリーはその少女が公爵家のご令嬢だという事を知って驚いた。
今は、人攫いたちのせいではぐれてしまったルミアや騎士達と合流すべく、時計塔の広場へと向かっているところだった。
「そういえばアルベラお嬢様。貴女あの地下覗いてた時私の名前呼んだでしょ? あれは何だったのかしら?」
「ああ……あれはあそこに咲いてた赤い花がエリーって略称を持つ花で――」
アルベラは話半分に、先ほどの彼女との和解 (半ば押し売り、又は脅し)を思い出していた。
先ほどの力づくでのハグの事だ―――
「はい、仲直り~!」
とエリーは強引にアルベラを抱きしめた。
(―――……? ……?? ……!!??)
ぎゅーーーーーっと抱きしめた美女の腕力がアルベラの予想以上に強い。
「あの、ちょ……苦 し……、………………………………!?」
エリーはアルベラの苦しそうな様子を無視して頬ずりをし始めた。
ただの頬ずりではない。
じょりじょりとやすられたような摩擦があるのだ。
(ひ、ひげー!!)
「い、痛っ! え、エリーさん、伸びてる! 夕方だから伸びてる!! 痛い! てか臭い!! 何この匂い!? 加齢臭!?? ねえ聞いてる!!??」
「あぁ……すべすべ、いい匂い……ずっとこうしてられるわぁ………………抱き枕にして毎晩一緒に寝たいくらい……」
「あのお! こっちの話も聞いてくれる?! ねえ、痛いの! すっごい苦し、い、……!?」
突然エリーの抱きしめる力が増し、アルベラの口からは「ひゅっ」と短い息が漏れた。
苦しさに声が出せないでいる少女の耳元、エリーは色っぽく囁く。
「……そういえばお嬢ちゃん…………いえ、アルベラお嬢様。さっきの使用人の話だけど、」
「……?」
「名前も聞いて、素性も明かしてくれちゃって……これだけ期待させておいて『やっぱりやめた』なんて言わないわよね……? お じょ う さ ま ♡」
エリーの言葉と空気にアルベラの背筋は凍りついた。
「は、……はぃ……」
(ひ、捻り殺される……)
有無を言わせぬ空気というのはこういう物か。できれば知りたくなかった。とアルベラは目に涙を浮かべていた。
「アアン、良かったぁ! よろしくね、お嬢様ぁ~。ちなみに暫くは今働いているバーと掛け持ちさせていただくから、そこの所よろしく。まあ、バーのお仕事は夜遅いからお屋敷でのお仕事と時間は被らないと思うけど」
その後アルベラは、エリーが満足するまでじょりじょりと頬ずりされたのだった。
(何あれ? 魔法? 変身? 幻術?)
アルベラは思い出し、未だにヒリつく頬を撫でながら疑問符を浮かべる。
(あんなに見た目はスベスベなのに? 髭の一本も見当たらないのに……? しかもこの若さで加齢臭って……え? 種族? 特性? エリーって何??)
時計塔の広場もあと少しだ。
アルベラはこれから使用人となり、多分自分の世話係となる事は確定であろう新人への疑問や不安を募らせていた。
***
大通りでは所々で店仕舞いが始まっていた。
日が落ち始めて明かりが行き届かなくなった細い路地、一人の大柄な男が木箱を抱え歩いていた。
彼が苛立っているのは明らかで、何度も舌を打ち、たまに暴力的な言葉を挟んでは壁を殴っていた。
チッ、チッ、という舌打ちの音が壁にぶつかって狭い道に反響する。
(どうしてばれた。何があった。あのクソ野郎どもは何してた。戻って見りゃあ兵士共が取り締まってて近づけなくなってるわ、皆捕まってるわで訳が分からねぇ……。ああ、腹が立つ!! おまけになんであの女〈エリー〉の私物が置いてあったんだ!? あいつ、自力であそこ見つけて押しかけてきやがったのか!? ……あいつが俺らを売ったんじゃ……――)
「……くそっ!! 訳が分かれねぇ!!! ああ! くそっくそっくそっ!!!」
***





