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109、ジーンの徴集 2(騎士長の命)



 急いで馬を飛ばし城の中を足早でやって来たジーンは息を整える。

 見習い兵と騎士見習いの印を眺めながら「全部で二百人前後か」と列の数から大雑把な計算をしていた。

(訓練のオリエンテーションか何かだといいけど)

 と辺りを見回していると「ジーン」と静かに呼びかける声があった。

「シリアダル副長。お疲れ様です」

 見知った副団長の姿にジーンは頭を下げた。色々と尋ねたいこともあったが、同時に既に説明の時間になりつつあるのにも気づき、自分から言葉を発していいものか躊躇う。どこか急いでいる様子も見て取れたのでなおさらだった。

「ジーン、なぜ来た」

 一瞬尋ねられた意味が分からなかったがジーンは急いで答えた。

「徴集の手紙が届いてましたので」

 周囲の騎士見習達の訝し気な視線が集まる。

「君に? なぜ」

「なぜ……?」

 なぜとはどいういう事か。よくわからないが持ってきた手紙を差し出した。ジーンからそれを受け取ったシリアダルは手紙に目を走らせると「なるほど」と呟き直ぐに顔をあげた。

「すまない……。これは何かの手違いだ。来てもらって悪いが君は帰っていいよ」

 ジーンは何を言われたのかと固まるが、副団長に帰れと言われたのだから、そうした方が良いのだろうと頷いた。

 まるで自分では力不足だと言われた様にも感じたが、今はその心情を気にする場ではない。

「……分かりました。では……すみません、失礼いたします」

「いや。こちらこそすまなかった」

「―――シリアダル殿。なぜ勝手をなされる」

 ジーンが列を離れようとした時、窓際に座って様子を見ていた男が声を上げる。軍人の服を着、右肩に佐官のバッチを付けていた。色は中を示す緑だ。彼が座っていた椅子の隣には、大を示す青のバッチを付けた男も座っていた。

(………佐官? 連隊でも関わるのか?)

 どちらも名前と顔は一致しないがジーンは城で何度か彼らを見たことがあった。

「デザグリー様」

「なぜ彼を帰す。見ていたところ、彼には徴集の手紙が届いていたようではないか。しかも……彼は確か、貴殿の団の騎士長殿のご令息ではなかったか?」

 シリアダルは答えず黙ってデザグリーを見つめる。

「実力もきっとその眼の色に違わないのでしょう。ならシズンムの件では、とても頼もしい人員ではないか」

(———シズンム)

 その村の名にジーンの目が丸くなる。

「ですが我が団は既に二十名を選出して」

「参加します」

 躊躇いのない少年の言葉が飛んできてシリアダルは「何を」と漏らした。

「副長申し訳ございません。ぜひ、参加させてください」

「君、なぜ………」

「ほほう。勇ましいではないか。本人もそう言っているんだ。実践は騎士にとって何よりの宝だろう。頼んだぞ、ジェイシ殿」

「はい」

 「頼もしや頼もしや」と下賤な笑みを浮かべ椅子へと戻って行く中佐を、シリアダルは信じられないという顔で見つめた。

 見つめるというよりは、半ば睨みつけている副長の視線。その様子からジーンは自分が呼ばれるべきでない場に呼ばれたのを感じ取った。

 あの中佐は自分か又はザリアスに良くない感情を抱いている。

(この手紙を俺に送った誰かもそういうやつかな……)

 だがそのお陰でホークに関わるチャンスを得た気がした。

「―――さて、そちらの話も落ち着いたようですし始めましょうか」

 部屋の奥から淡々とした対策班長の声が上がる。

「申し訳ございません」

 シリアダルとジーンは頭を下げ、対策班長から今回の徴収についての詳しい説明がはじめられた。



 話を聞く中、「シズンムの村」の中の様子が早々に壁に映し出され、幾人かの見習い兵や訓練兵が小さく肩を揺らす。

 対策班長はいかに安全面を考慮しているか。どんな魔術具が配布されるかを説明し、中にいる魔獣や魔族とは必要以上の衝突をしなくていいと命じた。

 するべきは人命救助。その間に何か気がかりがあれば報告せよ。その内容を繰り返す。

 だが、幾ら「戦わなくてもいい、実力不足をカバーする魔術具も配布する」と言われても『猛獣のいる狭い檻に入れ』と言われている事は変わらない―――。



「中を徘徊する魔族たちに聖歌が効くことは確認された。君たちが中にいる間、外から清めの教会の者達が援助してくれる。村は連隊で包囲し治療班を四方にひとつづつ配置。救助した子供はそこに運び込め。どこをどのように探すかは君たち次第だ。とにかく一人でも多く生存者をあの中から連れ出してくれ」

 説明が続く静かな室内、大きな窓から夕刻に飛ぶ鳥の影が幾つかかかって過ぎていった。

 集められた少年達は背筋を伸ばしたまま上の者の言葉を静かに受け入れる。皆未熟なりにも戦士の端くれだ。いついかなる時も自分に危険な命が降りる覚悟はできていた。―――少なくとも表面的にはそう見えた。

 ジーンもその一人だ。

 淡々と落ち着いて話を聞くもその心情は揺れていた。

(ホーク……)

 淡々と話を聞き入れる少年たちの最後尾。窓とは反対側の壁側に並ぶジーンは、足元に差し込んだ真っ赤な夕明かりを見下ろす。瞳にはわずかに赤い光が灯っていた。

「———すでに数十人は衰弱死している。人口、千数百人の村。千数百人の大人は、おそらく全滅。内、子供の人数は二百人前後———」

 生き残った子供は百数十人。

 その百数十に、彼は入っているだろうか。

 頭の中に不安が過るが、嫌な想像から力ずくで離れる。

 いや、きっとまだ生きている。そうであって欲しい。

 ジーンは拳を握り締めた。



「以上! 速やかに退室せよ!」

 説明が終わり対策班長の声が響き渡る。

 見習い達が敬礼をし列を崩さないまま退室していく。部屋には例の佐官や、今回様子を見に来ていた騎士団副長数名と、団員数名、対策班長とが残った。

 シリアダルは速やかに扉の前に行くと、「私もこれにて失礼いたします」と敬礼し部屋を後にする。

 見習い兵士たちは城の敷地外にある自分の所属する隊の寮へ列をなしたまま去っていた。

 ジーン達騎士見習いも、自分たちの所属する団の訓練所へと列をなしたまま向かう。訓練所の敷地内に入りようやく列を崩し解散できるのだ。

「ジーン、どうした?」

 訓練所に戻り、息をつくように列を崩すと、同じ団の見習い数人がジーンへ話し掛ける。

「副長と何かあったのか? ていうかなんでお前来てたんだ?」

 あっけらかんと緑の髪の少年がそう言った。

 また「何で来た」だった。

 だが、先ほどの説明を聞いた後だ。ジーンはその言葉を不思議に思わなかった。なぜなら話の中で、「未成年が必要」という言葉と共に、「十五歳以上、十七歳以下の者達を中心に徴集した」と聞いたからである。

「俺にも徴集の手紙が来てたんだ。副長は何かの間違いだからって俺に帰るように言いに来てくれた」

「は? なのにお前残ったのか? 折角あんな作戦から降りられそうだったのに?」

 黄色に赤茶の髪毛先の少年が呆れる。「自分なら是非にでも帰っただろう」という口ぶりだ。

「俺が行きたいって言ったんだ。中佐にも止められたし、手紙が来たならって」

「はぁ!? 物好きな奴だな。中佐にたてつくわけにはいかねーのは分かるけど。……はぁ……ザリアス騎士長への嫌がらせか? 同情するぜ」

 緑頭の少年が「可哀そうに」と軽いノリで言って頭を振る。

「―――よお、お前ら。集会終わったか。悪いな、厄介な仕事を頼んじまって」

 訓練所の中から汗をぬぐいながらザリアスが現れる。

 まだ残っていた見習いと、帰り際に気が付いた騎士たちが足を止め敬礼した。その中に交じる赤髪褐色肌の少年の姿にザリアスは「ん?」と疑問符を浮かべた。

 敬礼を解き立ち去る者達に「お疲れさん」と声を掛け、ザリアスはいつもなら主人ラツィラスと共に剣の稽古に行っているはずのジーンの元へ歩み寄る。

 ザリアスの表情が少しずつ険悪になっていくのを見て、緑の髪の少年が半歩後ずさった。彼から「話し込みそうか?」と小声で尋ねられ、ジーンは「多分」と頷いた。

 「俺腹減ったんだよ」と緑髪の少年がのんきに溢す。

 巻き込まれたくない様子の赤茶の毛先の少年は「よし、またな!」と耳打ちし、ジーンの肩を軽くたたいた。

「ザリアス団長、お疲れ様です! お先に失礼いたします!」

「おう。お疲れさん」

 二人は改めて敬礼しそそくさと訓練所を去っていった。

「ジーン、稽古はどうした?」

 事を察している様子のザリアスにジーンは持っていた手紙を差し出す。

 残っていた見習い達がぞろぞろと帰路につく中、「ジーンは居るか!」と先ほどにも聞いた声が訓練所の入り口の方から上がる。簡易的な門をくぐり、ガチャガチャと鎧の音を立ててシリアダルが大股に歩いていた。

 ジーンの姿をとらえた彼は、同時にその前で手紙に目を通しているザリアスにも気づく。

「団長」

 ザリアスは読み終えた手紙をジーンへ返した。

「カルム。お疲れさん」

 明らかに不機嫌な上司はいつもより低めの声音でそう発す。

「………お疲れ様です。事情は……呑み込まれたようですね」

「ああ」

「では、この命を撤回しましょう。騎士長にはその権限があるはずです」

 ザリアスはそれに頷かず、ただ不快げにごちる。

「―――話と違う。俺からはしっかり二十人選別したんだ。なのになぜ俺の団だけ、一人多く出さんとならん」

「そうですね。ですから撤回を」

「行きます」

 シリアダルの言葉とジーンの拒否とが重なる。

 二人の大人に見降ろされジーンは真っすぐに視線を返した。

「俺は行きたいんです。お願いします騎士団長。行かせてください。人員が事前の話より一人多くなるなら人数合わせで一人減らしてください。俺は今回のこの件、ぜひ参加したいです」

「どういうことだ?」

 強い剣幕でジーンを見て、ザリアスはその視線をシリアダルへと向ける。シリアダルは上司の剣幕に臆することなく「駄目です」と冷静な様子で首を振った。

「一人取り下げるってのは出来るが……するわけにはいかんな。その一人をどう選ぶ? 選ばれなかった者はどう思う? その目を受けて選ばれたものはどう感じる?」

「……はい」

「それで。行きたい訳を説明しろ」

 ザリアスは威圧的に自分の胸程の高さの頭を見下ろした。

「シズンムの村に、友達がいるかもしれない」

「ほう、『友のため』。何とも美しい理由だな。———で、かもしれないって?」

 まるで吐き捨てるかの様にそういう。ザリアスの突き放す空気に、ここで引けばそこまでだとジーンも負けじと見上げ返した。

「そいつラツィラスとも友達なんです。最近、そいつが訳合って移住したかもっていう話を聞いたから、ラツィラスがギャッジさんに調べさせました。それでその友人がシズンムの村に行ったって所まで調べがついたんです。ギャッジさんから『記録の確認は取れたけど、直接見て確認する事は出来なかった』って連絡がきて…………村が水に沈んでて、立ち入るこができないって。俺もラツもよく分からなかったけど気になってたんです。……それが今日の集会で詳しく分かりました」

 ザリアスは鼻で大きく息を吐いた。同時に自分を落ち着かせるようにゆっくりと肩が下がる。

「ほぉう……なるほど。なら徴収がなくてもそのうち事情は届いていたってことか」

 低い声にジーンは空気の振動を肌で感じたような気がした。

 言葉を発しない上司を仰ぎ、シリアダルは「私は反対です」と呟くように言う。

 反対ではあるが、反対しきれない気持ちも分かる。そのうえで反対させてもらう。

 彼の青みがかった銀色の目が、突き刺すようにザリアスに向けられた。

 険しい表情のままザリアスは自分の息子を見降ろしていた。

 何を考えているのか、数分そうしていたかと思うと大きく息を吸い音を立てて深く吐いた。

 「ああ、くそ!」と小さくこぼし、荒々しく頭を掻く。

 息子の身は確かに心配だ。

 だがザリアスは彼の実力を良く知っている。数個年が離れる他の二十人とも、実力で言えば彼らに勝っているのだ。

 なら、余計に心配なのは平民という括りで強制的に送り出さなければならない二十人の方だ。

 それに、真に気に入らないのは年齢の目安や人数を指定しておきながらそれを無視した対策班側であり、長である自分に知らせず、誰かが勝手に自分の団の人員を徴集したことだ。

 ジーンがこの作戦に参加の意思を持つ事が不服なのではない。

 ザリアスは自分を見上げる燃えるような赤い瞳を見る。

「ジーン」

「はい」

「行きたいんだな」

「はい」

「―――……そうか。まあ……だろうな……」

(こいつの友達か……)

 赤い瞳である事で人との距離の掴み方に随分苦労していた幼少期を思い出す。人を警戒し、無難な対応を学び、そんな中で何の疑いもなく彼が「友人」と呼んだのはあの王子様と従兄のカザリットくらいだった。

 ザリアスは目を細め、静かに息を吸った。

「ジーン・ジェイシ」

 「騎士団長」に名を呼ばれ、ジーンは背筋を伸ばす。

「騎士長からの命だ。シズンムの村の住民の救出に参加せよ。仲間と協力しあえ。五体満足で帰ってこい」

「はい!」

 ジーンはピシリと敬礼し「ありがとうございます」と頭を下げた。そして眉を寄せるしかないシリアダルにも体を向け「副長。ご心配をおかけし申し訳ございません」と頭を下げた。

「仲間たちと共に、無事帰るとお約束します」

 シリアダルはため息をつく。

「……ああ、頼む。―――……まったく、嫌な奴が居たもんだよ」

 その言葉にジーンは苦笑する。

「全くです」

 「けど今回は正直有難いです」という言葉を飲み込んだ。

 脳裏に自分と似た赤い瞳の友人の姿が浮かぶ。

 今回はこういう形であの村のことを今日知ることになった。だがこうならなかったとしても、きっとラツィラスを通して明日にでもシズンムの村の事情を知る事になっただろう。なにしろあの執事は優秀だ。彼の知らべと知ったからザリアスも、「友人があの村にいるかも」という話には納得してくれた。

 もしこの作戦に参加できなかったなら、とジーンは想像した。

 なんとかして個人的に村の中に立ち入ろうとしたかもしれない。ラツィラスが真っ先に計画しだすのも想像できる。一国の王子を連れて得体のしれない場所に行く。それを愚行と分かっていても、きっと自分はラツィラスを止めることもせず、共に行く方法をと探ったはずだ。―――そうせずに済んだのは幸いといえるだろう。堂々と、自分はあの中に入っていける許可を得たのだ。

(ラツの奴、悔しがるだろうな)

 あの中にホークがいないならそれでいい。

 代わりに誰かが救ってくれるならそれでいい。

 だが、事情を知ったうえで何もできないのは辛すぎる。

 二人とも様子を見に行けないよりはその片方でも行けるとなればもう一人の赤い眼の友も納得してくれるはずだ。

(大丈夫だ。絶対見つけて帰ってくる)

 ジーンの決意に応えるように、周囲で精霊が舞い熱風のような風を起こし草木を揺らした。



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