107、玉の行方 10(シズンムの村)
***
この国には、領主達を取りまとめる「統領主」というものがある。
領地は勿論、その領主たちの所有物であり財産の一つであるが、国の所有物であることが前提だ。領主同士の領地の売買が可能なくらい、領地の扱いは領主たちの手に委ねられている。だが国はそれ以上の権利を持つ。基本的な所有権は領主の手の内にあるが、その所有権は王や、城の、土地を取り締まる官僚の一言で全くの無になることもあるのだ。
統領主は、その官僚たちへ領主が問題なく土地を治めている事を伝える役目を持っている。また、領主が自身の土地で問題を抱え、自身で解決できなかった際に一番に相談を請け負う役でもある。つまりは城と領主達との繋ぎ役であり、「何かあった時は、まずご近所で助け合おう」という精神の元作られたのが「統領主」なのだ。
統領主も、他の領主達同様、一介の貴族であり領主だ。
この国には騎士、男爵、伯爵、公爵、国王、という階級があり、更に伯爵には、辺境伯と他三つの格付けがされている。準伯爵、中伯爵、大伯爵と言い、それぞれ準伯、中伯、大伯と略されて呼ばれる。辺境伯と大伯は、地位としては同じに扱われる。
統領主となるのは、ほとんどが公爵と大伯だ。国境沿いを守る辺境伯は、その守りに徹してもらうため統領主という役割が振られることはない。
「統領主は大伯以上」という決まりはなく、大伯以下の爵位の者が担う例外もあるのだが、「統領伯は大伯以上」というのが一般的な認識となっていた。
統領主らの治める領地というのは、国の中でも賑わいのある都市であることが多い。彼らが自身の広大な領地の傍ら、まとめ上げなくてならないのは、五つから多くて八つの領地だ。国からの信頼があってこその役目なのだが、完璧を目指せばそれなりに負担も大きい。
なので、基本的な統治、その土地の在り様やルールは、領主の手に委ねられ、統領主が口を出すことは滅多にない。統領主は、その在り様やルールを把握し、各領地の様子を定期的に城に報告すれば良いのだ。勿論、領主たちにとって後ろめたいことがあれば、統領主に隠し、城に報告されないようにする事は良くある。
統領主に対し、差別化を図るため、統領主に取り締まられる側の領主たちは、いつからか自身を「平領主」と呼ぶようになり、一般的にもその呼び名が浸透している。
その平領主が、あまりにも非人道的なことを行っていたり、平領主自ら助けを求めてきた場合、統領主は手や口を出す。それが彼らに課せられた仕事だ。
ウソミズシの地、シランカッタの町の領主であり、ウソミズシの地の統領主であるマグイ・マイスは、統領主として自身が担っている、ある村の平領主と連絡が取れない件で城に緊急の連絡を入れていた。
その件というのが、村の領主と連絡が取れないだけでなく、村自体にも遠目から視認できる問題を抱えていた。
連絡を受け城から訪れた年配の官僚は、自分達を招くために準備された会議室の室内、集められた顔を見渡す。
今部屋にいるのは、自身を含めた城の官僚三名と、護衛の兵が六名。シランカッタの領主であり、この地域の統領主マグイ・マイスと、マイスに呼ばれた平領主二名だ。彼らは、領地がシズンムの村に最も近いという事で呼ばれていた。
「マイス様、お久しぶりですね」
年配の城官僚は、年に数回顔を合わせるマイスに、親しみと同情を込めた笑顔を浮かべる。「土地を所有しない貴族」と言うのも存在し、彼もまたその一人だ。城勤めをし、王都に豪邸を構える彼は、自身では土地の統治をしたことはないが、その例を外側から幾つも見て携わってきたエキスパートだ。そんな彼でも今回の件は、過去にも例をみないほど異質なものだった。
「シズンムの村、先ほど見てきましたよ。………お送りいただいてた内容そのままでしたね。あれは一体………。さて、………………………………………………………………………どうしますかねぇ」
官僚は深く息をつき、誰を呼び何を調べてもらうべきか、窓の外に目をやり考えを巡らす。
***
「おい」
ガルカは窓枠に腰かけ、テーブルに伏せって転寝をしているアルベラに声をかける。
外は夕暮れだ。午後の授業を終えたアルベラは、夕食の時間まで自室で休息をとっていた。
丸テーブルには水の入ったガラスボウルで、スーがクルクルと泳いでいた。その横に、寝るのに邪魔だと言わんばかりに、冷めたハーブティーと、付け合わせの赤い渋皮を纏った木の実が添えられている。
呼びかけられ、アルベラはもそりと頭を動かす。自身の髪の毛の隙間からそれらを見て、寝落ち前の事を思い出す。
ハーブティーと付け合わせを下げようとしたエリーに、寝ぼけ眼で自分が置いといてくれと頼んだのだ。すぐに起きるつもりだから、と。
アルベラがそれらをぼーっと見つめていると、魔力の回復にいいという木の実が、血色の悪い手に摘まみ上げられた。
「おい」
声が、次は真上から投げかけられた。
アルベラはまだ眠気の残る頭をゆっくりと持ち上げた。
丸テーブルに腰かけているガルカの、テーブルについた手と腰が視界に入った。
「ああ、ガルカ。………なに?」
まだ眠いのに、と言いたげな低いトーンで返すと、アルベラはゆっくりと首を後ろに、前にと動かした。そろそろ起きなければ、という気持ちが本人にもあるようで、少しずつ動かす部位を変えては伸ばしている。
その様子を眺めながら、ガルカはまた何粒か木の実を手のひらに乗せて頬張った。
「玉の在り処が分かったぞ。今コントンが更に詳しい場所を探してる。まあ、今夜の内にも戻ってくるだろうがな」
脚を伸ばし終え、脚首をぐるぐると回していたアルベラは、視線を真正面にむけたまま、ぼうっとしていた。
「は………たま」
「ああ。あの分だと人間もすぐに集まりだすだろうな。玉の元には簡単にたどり着けないとは思うが」
「は。たま。………たま………玉?」
半分閉じていたアルベラの瞼が、徐々に持ち上がっていく。
「え? 見つけたの?」
「ああ。そう言ってる。後はコントンだけで十分だろう」
「どこにあった? 誰が持ってた?」
「大滝の地と王都との間だ。大滝からだと平原と林道を挟んだ場所にあるな。王都からだと、平原と村と町があった。誰が持ってたかまでは知らん。俺はアスタッテの気の強い村を見つけて戻ってきたからな。その時にはもうコントンが中にいて嗅ぎまわっていたから、あとは奴に任せた」
「そう。村か。名前分かる? 地名とか」
「は? 俺が貴様らの使う名称に詳しいと思うか?」
「はいはい。じゃあ、地図は? 見たら分かる?」
「ああ。多分な」
言葉を聞いて、アルベラは立ち上がる。
(ああ、まだねむ………)
のそのそと机へ地図を取りにいくアルベラを見ながら、ガルカは考える様に目を細める。
「へえ。シズンムの村」
学園の寮。ラツィラスから話を聞いていたジーンは、聞き覚えがあるようなないような、曖昧な記憶の村の名を繰り返す。
ラツィラスは自分のベッドに腰かけ、ぶらぶらと脚を振り、手元のスクロールを見つめていた。ギャッジからの報告書だ。誕生祭の翌々日、魔術の施されたその用紙には、大体の必要な情報が集まっていた。
転写の魔術が施された用紙であるそれは、そのまま「転写のスクロール」と呼ばれている。
今ラツィラスの見ている転写のスクロールには、ギャッジが別の用紙に書き加えていった内容が、そのままリアルタイムで転写されていた。いつ誰に覗き見られてもおかしくない品なので、機密事項などには適さない道具だが、ちょっとした連絡には重宝されている。しかし、魔術印には複雑な魔術用の文字と、それらの的確な整列が必要となるため、質のいい品は少しお高い。安価なものに手を出せば、うまく作動しないという事も多々ある。ただ作動せず、誰にも転写されないならまだいいが、本来届くはずの相手の元に文字が届かず、全く知らない誰かの用紙に転写されてしまう事も珍しくないので困りものである。あえて、誰とも知らない相手とのやり取りを楽しむため、安価なものに手を出すものも多いが、今はそれの出番ではない。
ラツィラスはギャッジとの連絡用に使用している、質の確かなスクロールから目を離し顔を上げる。
「流石ギャッジ。仕事が早いな」
「で? そのシズンムの村にホークが移ってたって?」
「うん。みたいだよ。書面上は」
ジーンの目に、ラツィラスの笑みと、その内心が比例していないように映る。
「どういうことだ?」
尋ねた声は自然と硬くなった。
「それが、村に行って確認したかったみたいなんだけど、それどころじゃないみたい」
ジーンの視線が説明を求める。
ラツィラスは肩をすくめて、「びっくりするよ」と困り眉で笑った。
「今、シズンムの村沈んでるんだって」
***
数日、または十数日前から。シズンムの村に、どこかから切り抜いて持ってきたかのような、水の塊が現れた。そう伝えられ、城の抱える五つの騎士団の、長と副長が呼び出された。集まったのは全員ではない。騎士長や副長の都合が合わなかった団は、代理を立てて参加していた。
騎士たちが招集された部屋の中、壁にその様子を映し出しながら、「シズンムの村対策班」の副班長が説明する。
「連絡が来て、南を担当する情報官が事情を聞きに行った後、動物の目を使える者に中を探索させました。まず、それで分かったことを報告します。村を覆う水のようなものだが、あれは厳密には、『水』ではないようです。魔力が作り出した水のような何か。水を再現した魔力。陸地の生き物はあの中で普段通り行動できるますが、水中の生き物も、水中と同じように行動できます。動物や魔獣学者の見解では、水中性の生き物が自身の生活のために作り出した『巣』ではないかと言っていたそうです」
強い生き物が、自身の暮らしやすい様に環境を変えてしまう事というのはごくたまに起きる。
神獣、神の使い、と呼ばれるような生き物たちは、歴史上にもそういった逸話を、幾つか残していた。
雷獣と呼ばれる虎のような魔獣が棲みついた谷が、雷の谷となった、という話や、花うさぎと呼ばれる魔獣が棲みついた平原に、花が咲き誇った、という話は有名だ。
だが、今回のように陸地に水を作り出してしまう生き物の話は聞いたことがなかった。
「中は………外からも確認できますが、魔獣や魔族が棲みついています。大人は全滅。全く、生存者の姿がなかったそうです。ほとんどの亡骸は、魔獣や魔族に食い荒らされていたそうですが、どうやらそれが死因ではないとのこと。動物の目で確かではないと言っていましたが、あれは人間同士が争ったものだろうと。これは視界共有をした魔術師の言葉です」
会議室の中に、それぞれが思索するような沈黙が流れる。皆、己の過去から思い当たる出来事や似た例がなかったかを探しているのだろう。
対策班副長は話を進める。
「大人は全滅、と言いましたが、あの中には子供が残ってます」
その言葉に、参加者たちの視線が集まる。
「動物の脚で回った限りでは、村の中を徘徊して居る者と、衰弱してよこたわっている者がいると。そのまま息絶えた様子の者もいるという事。中を見る際、守りの術を施し、兵を数名投入してみて分かったのですが―――――――――あの中には呪いが充満している」
「呪い?」
一人の騎士長が声を上げる。
「まさか、大人だけを殺す呪いだと?」
「その………まさかです」
自分でもよく分からないが、という風に、対策班副長は頷く。
「しかも、神の力には特に顕著な反応を示しました。属性反応を調査したところ、神聖な守りを施した札に強い反応がありました。その結果、神聖な力は効くものの、それ以上に強い反発が起きるとが分かりました。あの中の魔獣や魔族も、教会の力に敏感に反応したと。———守りを施していた兵士たちは、あの水の中で、比較的早い段階で錯乱しました。すぐに引っ張り出して難を逃れましたが。その後、身体的な強化だけをした兵が入ってみると、前者の者達ほど急激な反応は見られませんでした。しかし、水から出た後も呪いの進行は続くようで、城に戻るまでに錯乱し、今は清めの聖女の下で呪いを払って頂いてます」
「ほう。引っ張り出すとはどうやって?」
騎士長として徴集され、参加していたザリアスが尋ねる。
「腰に紐を巻きました。水に入ると言っても数歩。とても原始的ですが、確実な方法でした」
「なるほど」
「同じ方法で、更に分かったことが。………その呪い、子供には効果がありません。錯乱の様子もなく、急激な衰弱も見られませんでした。………………そこで我々は、まず中にいる子供たちを救出すべきだと判断しました。ちなみに、この件に関して、今は道徳性や倫理性については言及しないで頂きたい。よろしくお願いします」
集められた騎士たちは、自分たちが今回呼び出された意味を理解する。そして、その想像通りの言葉が告げられた。
「魔族や魔獣の徘徊する中です。それなりに訓練された人材が必要でしょう。なので、皆さんが鍛え上げた見習い兵士、または訓練兵、騎士見習の力をお借りしたいのです。兵士から百人。各騎士団からは二十人ずつ。計二百人を募ります。既に王からの許可は頂いています。期日は三日。この間我々は、彼等の安全を確保するための準備を整えます。各騎士団には、人員の準備をお頼みしたい」
「質問をよろしいか?」
一人の副長が声を上げる。
「はい、一の団副長殿」
「『急激な衰弱が無い』とは、多少なりとも何かあるという事か?」
「はい。魔力の減少と、体力的な疲労感が。個人により差は出ますが、長時間の滞在は難しいでしょう。多分なのですが、村の中の子供たちが衰弱したのも、魔力の枯渇からかと。ですので、魔力回復剤の準備は十分にしておく次第です」
「………なるほど」
一の団の副長は口を閉じた。対策班副長は、今後の流れの説明を始める。
(子供を助けるために、子供を募るか)
ザリアスは口元をゆがめた。
(歯がゆい話だな)





