104、玉の行方 7(踊りと仕返し)
***
例年同様、一人でやってきた舞踏会は、相変わらず煌びやかで目に痛い。
ミーヴァは辺りを見回し、「あの女」がいないことを確認する。「女」というべきか、「女のような何か」というべきか分からないが、とにかくミーヴァは彼女の事が苦手だった。
(なんで皆、あんなのに鼻の下伸ばしてんのか訳わからない)
人混みが苦手な祖父は、相も変わらず。初めの挨拶だけして先に帰ってしまった。歳的に無理はさせたくないので理解はできるが、わざわざ祝いの言葉を告げるためだけに行列に並び、仲の良い貴族と軽い挨拶を交わして帰るぐらいなら参加しなければいいのではと思う。昨日か明日か、日をずらして訪ねたり、手紙で祝うというのではだめなのか、と以前尋ねたことがあったが。祖父には「王様、王子様相手に、ただの魔術研究家ごときが、そんな我儘は良くないんだよ」と諭すように返されてしまった。
(仲がいいんだし、王様もきっと良いって言ってくれると思うのに)
ニーヴァは手持無沙汰に、壁際に空いた席を見つけ腰かける。
ホールの中央では、貴族たちがくるくると回っていた。
(ったく、何が楽しいのやら)
「———あら、あの方。アート・フォルゴート様の」
どこかで少女の声が自分を呼んでいた。誰かと会話していたらしく、その相手が答える。
「やめときなさい。―――が、誘ったけどダメだったって。昨日―——様も声かけたみたいだけど、『断る』って―――」
ミーヴァは昨日、クラスのご令嬢に「ダンスに誘ってやってもいい」という物言いをされたのを思い出す。
(俺が貴族と………? 馬鹿らしい)
もともと貴族は嫌いだが、学園に通うようになり、余計に嫌いになった。自分を試そうとする輩や、生まれの優劣で悦に浸りたい輩が目に付くのだ。
入学当初、上級生にに絡まれて、魔術で手厚く返り討ちにしてやった一件がある。そのおかげで自分に手を出す輩はいない。だが、自分同様、数少ない平民からの入学者を見るに、皆何かしら、身分の面で嫌な思いをしているようだ。
(キリエはいい奴なのに、人の好みだけが合わないんだよな。なんであの女………なんでディオール家………)
人様のダンスを眺めていたが、それにも飽き、豪勢な食事を摘みに行くことにした。
「まあ、見て!」
ひそひそと近くの少女たちが話していた。
「え? ………あら?!」
「———まあ、あそこであんな動きを?」
見たことある顔だ。同じ学園の生徒かもしれない。なんの話だろう。ミーヴァは興味を惹かれ耳を向ける。動き―――話題にしているのは、多分ダンスだ。
「あの方、一体どちらの?」
「ほら、ディオール様のご令嬢の」
———ぶっ!
ミーヴァは出てきた名前につい吹き出してしまう。近くにいた貴族が驚き、距離を取る。
(どいつもこいつも嫌な名前を)
「あの方があの?」
「———あ、ほら、また」
ミーヴァが周りを見てみる。貴族たちの様子はバラバラで、ダンスなんかに目もくれず挨拶に暮れる者も多い。どうやら、今自分の近くであの女の話で沸き立っているのは、今声の聞こえる主たちだけらしい。
(ったく。ばかばかしい)
そう思いながら、暇を持て余していたミーヴァは、壁際から離れホールの中央へと向かう。
ダンスが見えやすい位置へ行き、目的の者を探してみた。
(いた。———一緒に踊ってるのはジーン様か)
あの赤い髪は遠目でも分かった。赤髪自体は幾らでもいるが、あそこまで鮮やかなのは珍しい。
(ジーン様も大変だな。あんな奴と踊らされるなんて………………………ん?)
ミーヴァは自然に踊っている様子の二人を目で追う。
(あ、また)
「また!」
「本当? 全然わからなかったわ」
同じタイミングで聞こえた声に、ミーヴァは辺りを見る。
先ほどとは別の、見覚えのある少女たちだ。
(あの二人、確かジーン様にダンスの約束を申し込んでいたな)
ミーヴァは昨日の放課後、廊下での彼女らとジーンとのやり取りを見かけたのだ。
「凄いわね………全然躓かない」
(躓く。やっぱりか)
ミーヴァは、先ほどジーンの足元に僅かに見えた歪みが、魔法だったのだと確信する。
(あれは多分、風の系統………………………………あ、今度は火。それと水)
アルベラの足元に、一瞬火の輪が現れる。だが、アルベラはそれを片足を上げて避け、ジーンがその輪を踏みつぶした。
(あんな火じゃジーン様の相手じゃないか。けどまさか、王族のお付きにまでちょっかい出す奴がいるとはな。それともあの女への嫌がらせか?)
ミーヴァは無意識に、二人の様子がもっとじっくりと見れる場所を探して歩いていた。目では二人を追い、感覚は二人に向けられた魔力へ集中する。
ミーヴァがホールをぐるりと回っている中、音楽が止みダンスが終わる。魔法を放っている者の居場所が辿れず、ミーヴァは不服そうに息をついた。
(——————ちっ。質のいい魔術具でも使用してるのか? 金持ちめ)
犯人を見つけられはしなかったが、回っている間気になることがあった。三度ほど少年の悲鳴を聞いたのだ。大小それぞれだったかが、そのうちの一つの近くを偶然通りかかったのだ。
(あの時、足元に黒犬を見たような………)
「あ! ミーヴァ! おーい」
前方から声がする。
(キリエ。—————————は?! キリエ?!)
という事は、と嫌な予感にミーヴァは視線を走らせる。キリエの後方、壁際。ミーヴァは視界に、あの派手な金髪を捉えた。
「おい。あのガキ、今貴様を見て逃げたぞ。いい勘をしてるな」
エリーの隣。ガルカは紺色の髪の少年が、自分たちの方を見て苦い顔をするのを見ていた。
「可愛いでしょ? 将来有望なの、あの子」
エリーはフフフと笑い、ダンスから戻ってきた主へと視線を戻す。
「———あら、お嬢様。御髪を直して差し上げないと!」
嬉しそうな声を上げ、エリーはアルベラの下へ駆け寄った。
***
「はい。次はアルベラ」
「嫌です」
ニコニコとほほ笑むラツィラスに、アルベラは真顔で即答する。
ご令嬢達との約束を果たしたジーンは、従者としての務めを果たすべく、ラツィラスの下へ戻っていた。
「なんで躓づくの分かってて踊らないといけないんですか?」
「なら、僕もさっきから気になってるんだけど―――」
『………公爵家の高飛車女じゃない………………』
『振ったくせに馴れ馴れしい………………』
本人に聞かすような小声。ちらりとラツィラスは視線を動かす。
「きゃっ!」
「どうし―――きゃあ!」
少女たちの驚きの声と、グラスの割れる音が上がった。
アルベラは「なにかしら?」とそちらを眺める。
「———君の周りでも面白いくらいに人が転んでるね。なんでかな、アルベラ」
(私への悪意を感じたら、足元にじゃれついてやれとは言ったけど。何でもっと上手くやらないの。距離が近いのよ)
コントンは暗闇と悪意を好む。善人を拒み、悪人へすり寄る。そういう魔獣だ。神のお気に入りのラツィラスは、コントンにとって猛毒のような存在であり、聖女を目指すスカートンも、あまり好ましいものではないらしい。
ラツィラスと合流し、アルベラの下を離れる際、コントンが「ココイヤ アソブ」と言って離れていった。
(暇な時は『こうしろ』とは言ったけど。なんでこんな分かりやすい。私ちゃんと離れるよう言ったよな………………………まさか、アイツの嫌がらせ………?)
ガルカを見ると、わざとらしい笑みとセットで手を振られた。
(くそ! あいつか!)
「ジーンへのあれは、魔力的に人間の物って分かるんだけどさ。さっきから感じるアレは、なんか人じゃない気がするんだよね。———ねえ、アルベラ。ダンスを切り上げて獣狩りでも、僕は楽しめるけど………どうする?」
「ジーン様、ダンス、私と踊ってくださる?」
「おい、ラツ!」
ぴしりと姿勢を正し、アルベラはダンスへ誘う。
ジーンは単に遊ばれているように感じ、主へ非難の声を上げた。
「いいじゃない。僕思うんだけど、ジーンと踊ってアルベラが転べば、きっとラーゼンが犯人を見つけてくれるよ。血眼で。一族ごと根絶やしにする勢いで」
「物騒なこと言うな。しかも冗談になってないんだよ」
先ほどからアルべラがどこかの御令息と踊るたびに、父ラーゼンは物凄い形相になっていた。何となくだが、あの父なら、子供のいざこざ一つで、その一族を根絶やしにしかねないと思えてしまう。
ついでに自分も、転ばせた罪に問われそうだ。でなくてもザリアスの「勝手」があったのだから、評価は厳しくなってるはずだ。
「ハハハ。ごめん。ちゃんと冗談だよ。———けどさ、さっきから、ジーンも感じてるでしょ? だんだんエスカレートしてきてるって。彼等、躍起になってるんだよ」
「………それは………ああ」
「このままだと、周りからの目を引きかねない。今のところ、あの妨害に気づいてるのは君と踊ったご令嬢くらいじゃない? もしかしたら、君の踊りを見て偶然不信を抱いた人もいるかもしれない。でさ、これが最悪、どうなるかわかる?」
アルベラは聞いていて息をついた。
(ジーンと踊った子がやたら転んでいるのを知る差別派は、ジーンを非難するいい餌を得る、か。『わざとご令嬢を転ばせてるんじゃないか』って。………目が赤いってだけで面倒な事ね)
「嫌がらせがエスカレートして、ジーンが怪我するならまだいいよ。もし相手のご令嬢が怪我したら?」
そうなったらきっと、ニセモノを差別して楽しいお貴族様は、喜び勇んで、更にジーンへ厳しい目を向けるだろう。
ラツィラスの言いたいことは、ジーンにも十分わかった。ジーンは口を閉じ黙りこむ。
「ねえ、そろそろ彼らをのさばらせておくのやめない?」
首をかしげ問いかけるラツィラスの視線に、ジーンはむすりと視線を落とした。
(………横着しすぎたか)
だがアルベラは、その話に納得できず、口を挟む。
「で、それでなんで私が躍るんです?」
「ああ、確かに」
それなら、今日はもう踊らなきゃよくない? と二人はラツィラスを見つめる。ダンス以外で嫌がらせを受けたら、その時そこで、反撃を食らわせてやれば良いのだ。今、わざわざ餌を撒く理由とは。
ラツィラスはにっこりと笑い、胸を張る。
「僕がそうしたいから。王子様の命令」
「地位の無駄遣いだ」
「権力頼みとは情けないですよ」
イラつく二人を前に「二人とも冗談が通じないなー」とラツィラスがへらへらと笑った。
「ただ面白そうっていうのもあるんだけどさ」
(あるんかい)
(こいつ………)
「アルベラのあれ、中々いいんじゃない? 見逃してあげるから利用させてよ」
———「きゃあ!」と、またどこかで少女の声が上がる。
(嫌味言ってるやつどんだけいるんだ)
アルベラはあきれつつ、「あれをですか………」と考えた。
「ちょっと待っててください」
そういうと、ラツィラス達のもとを離れて、壁際の使用人二人のもとへ行く。
(あの二人といたらコントンが嫌がる。取り合えず距離を取らなきゃ)
アルベラを見送るラツィラスは、嬉しそうに溢す。
「素直に認めてくれて話が早いな~。違うって突っぱねられなくて良かったね」
「そうだな」
ジーンは残念そうに頷いた。
「どうしました、お嬢様? 私に会いたくて我慢できませんでしたか?」
「ガルカ煩い! 私は『彼』に話があるの。良いから呼んで」
「まったく、つれないな」
ガルカが足元の影に呼びかける。そう遠くにいないはずなので、コントンは直に来るだろう。
「そうだ。ねえエリー」
「はい」
「ジーンの嫌がらせ、見てて気づいた?」
「ええ。子供の悪戯みたいなやつですよね」
「そう。それ誰がやってるかみつけられそう?」
「それが、うまく隠れてるようでして………」
「相当陰湿な奴なのね。で? ガルカは?」
「私は、先ほどお嬢様に『煩い』と言われたばかりですので。余計な口を挟まないでおきましょう。—————————それに、でなくても貴様のお守を任されているというのに、なぜあれのお守までしてやらねばならない。手伝って欲しければ、あれをここに連れてきて地べたに這いつくばって懇願させろ」
「………ああ、そう」
(こいつに期待するのは辞めよう)
(………魔族の奴隷)
ラツィラスは話に聞いていた使用人を観察する。大滝に行った際、ジーンがアルベラと彼に会ったのは聞いている。父からも、「魔族を従える魔術」の、最終確認をディオール家がしていると聞いていた。
本人と会うのは今日が初めてだったが、思っていた以上に、彼がディオール家に懐いているようでびっくりした。今も見ている限り、彼女は彼とうまくやっているようだ。
「あいつ、人に化ける」
ジーンはラツィラスに耳打ちする。
「それはそうでしょ。魔族だもの。今だって人の形じゃない」
「違う。変身するんだよ。他の人間の外見になれるんだ」
「………本当に? けどそれは、」
他人に化ける魔法、魔術は存在する。適正が無ければ習得できない類の技術だ。そして、魔獣でもそういった、形を変えたり、幻をまとったりして他の形へ化けるものが居る。だが、暗くないとダメ、霧が無いとダメなど、決まった条件の元でないと発動できないモノが大半だ。容易く出来ることではない。
「やっかいだよな」
「………確かに。厄介だね。ディオール家と一緒っていうのは特に」
ラツィラスはくすくすと笑った。
「だろ。………で、あいつの周りで人コケてるの、あの魔族の仕業か? 俺にはよくわからない」
「どうだろう。感じは似てるけど………。大滝でコントンと会った時とも似てるんだよね。あの時、彼もいたんでしょ? 魔族とコントン………変身の件。色々気になるね。今度調べてみようか」
「調べるとは?」
「わあ!」
戻ってきていたアルベラに、ラツィラスは素で驚き声を上げる。
(あ、なんか仕返しできた気分)
「う、嬉しそうだね、アルベラ」
「え? ああ、はい。今のはとても気分が良かったです」
満面の笑みで可愛らしく頷く彼女に、キリエとスカートンが複雑な表情を浮かべる。
(アルベラ………こんなにラツィラス様への当たり強かったかな)
(本音を隠さないアルベラ、素敵よ。………けど王子をいじめて欲しくないわ)
「話はついたのか?」
「ええ。ついた。良いわよ、ジーン。『彼』が魔力を辿ってみてくれるって」
アルベラはガルカの足元に身を潜めるコントンを示す。ジーンは、アルベラの視線の先にあの魔族がいたので、とりあえず彼を見ておく。
(『彼』か。誰のことやら)
ジーンと目があい、ガルカは目を細めて笑う。アルベラの姿でくっつかれた件と、今アルベラと踊ることとでからかわれているのだろう。
(気にしたら負けだ)
「アルベラ様、どうぞ私と一曲」
ジーンは膝をつき、アルベラへ片手を差し出す。
「ええ。やってやりましょう」
アルベラは不敵に笑ってその手を取る。
曲が始まり、ゆっくりと輪が回り始めた。
アルベラは姿勢を正したまま、声を潜めて尋ねる。
「ジーンはどうやって妨害を避けてるの?」
「魔力だ。魔法が形になるまで、狙いの場所にわだかまる。それを避けてる」
熟練者であれば、こんな小さな魔法に、こうもわだかまりは出来たりしない。一定の場所に、準備するように魔力が溜まるのは、大きな魔法を発動させるときなどに起きる現象だ。こうしてわだかまりが出来てるあたり、大人の仕業でない事を裏付けていた。
「何それ。私に分かるわけないじゃない」
アルベラは不満を漏らす。
「転んでもちゃんと助けてやる。ほら、右だ」
ジーンが片足を持ち上げたのを見て、アルベラも真似る。
「何言ってるの」
「は?」
「言ったでしょ。やってやるの。こんなちんけな悪戯に誰がはまってやるもんですか。一度も転ばずに、完璧に踊り切ってやる。今回転ぶのはあいつ等の方よ。―――良い、ジーン。私が転ばないよう、ちゃんと指示しなさい」
「———次で大きく左に動く」
二人同時に大きく左に踏み出す。先ほど二人がいた場所を、別のペアが通過する。するとその二人は、何かに押された様に軽くよろめいた。
「ふん。楽勝」
アルベラが満足気に頷く。その様子にジーンは「それならそれで」と頭の中呟く。
(………やるだけやってみるか)
「承知いたしました。お嬢様」
二人は周りに気取られないよう、姿勢を正し、視線を真っすぐ前に向け優雅な音楽に動きを合わせる。
***
先ほどジーンと踊ったご令嬢は拳を握り見守る。
(おお!)
別のご令嬢も、ご令息との挨拶中だったのも忘れダンスに目が釘付けとなっていた。
(おおお!)
そしてまた別のご令嬢も。
(まあ! そんな動きまで。あ、危な………………………おお!)
驚きで口元に手を当てる。
彼女は舞踏会が始まって、早めの内にジーンと踊っていた。妨害を感じてからずっと、彼と、彼と踊るご令嬢とを見ていた。自分も踊った身なので分かる。気づける魔法もあれば、気づけない魔法もあった。あえて躓いたりもしたが、本当に気づけない物もあったのだ。
だから、他のご令嬢がジーンと踊り、転んだ時、「今のはわざとね」「今のは本当ね」などと判断しながら眺めていた。もちろん、見ていた目的は魔法の出所を知るためだったのだが。今に至るまで、そのしっぽは全くつかめていない。まだまだ未熟なのだから仕方がないか、とダメもとで見続けていたわけだった。
(あの子。初め見た時は、嫌がらせが終わったのかと思ったけど、違う。全部避けてる。ジーン様の動きについていってる)
(なるほど。何となくタイミングとか、癖とかは分かってきたかも。風の奴が二人。火が一人。水が一人。少なくとも四人? けど風は一人減ったような―――)
「右足、大きく前」
ジーンが大きめに後ろに下がり、その分アルベラが前に踏み出す。
「右脚―――跳ねろ」
(はあ?! はね?!)
腕を強く引かれ、ダンスのステップを無視して左足で踏み出し両足を地面から離す。
ざぁ―――、と、足元を風が凪いでくのを感じた。ジーンが着地すると、その足元から「ジュッ」と水が蒸発する音が聞こえる。足元に放たれた水の魔法を、ジーンが踏みつぶしたのだ。
ジーンへ直接魔法を放っても、こうして消滅させられてしまう。それを思い知り、ジーンへの妨害は無駄と割り切ったのか。魔法は殆どアルベラに向けられるようになっていた。
「左、———左、———左」
(はぁ?! 片足で踊れっての?!)
コツ、コツ、コツ、とアルベラのみ周りと異なるステップを踏むが、ドレスの傘が足元を隠し、それほど目立たない。
(よし―――ん? なんでこんなところに)
アルベラとジーンの間。アルベラの胸の高さに小さく火が灯った。足周りに意識を向けていたジーンは、それに事前に気づけなかったらしい。
「左」と言い、アルベラのと自分との間に灯された小さな火を見つける。片手をアルベラから離し、その火を軽く払って消滅させた。
アルベラは左足を上げ、足元にあるのであろう魔法を避ける。
同時に右足の後ろから、拳大の何かに足払いされよろめく。風だ。真っすぐ直進するだけのそれは、ジーンの足元に来て踏みつぶされ消滅させられた。
片手で火を払い、そのタイミングにかぶさる様に、すぐ後に足元の風。ジーンの意識がアルベラから削がれる。
(これは、まずっ)
一瞬アルベラは、自分とジーンとの姿を、第三者の視点で想像する。
(片手を払うジーン、後ろに倒れ込む私。これじゃあ、まるで―――)
―――まるで、ジーンが自分を突き倒したように見えるではないか。
アルベラは、自分の体が傾ぐのをスローモーションで感じだ。
(くそ! 持ちこたえろ)
本人には抵抗しようもなく、崩れたバランスは修正不可能だ。
ジーンが繋いだ片腕に力を入れて引いてくれているのは感じる。だが、このままでは「後ろに倒れる」が「その腕にぶら下がるような形で尻もちをつく」に代わるだけだ。どちらもみっともないのは変わらない。
(駄目。———?!)
「———おっと、失礼」
丁度いいタイミングで後ろから人に押され、アルベラは重心を前に戻す。
(助かったぁ)
ほっと息をつく。
顔を上げると、ジーンが「悪い」と小さく言った。
「良い」
「前に大きく一歩」
「もう!」
アルベラは小さくふくれっ面になり、前に踏み出す。
ジーンの肩越しに、見覚えのある仮面が見えた。年上であろう、美人なご令嬢の手を取ったルーが、口元に笑みを湛え、踊っていた。
(さっきの声はルーか。感謝するわ)
どこかで「わあ!」と少年の声が上がった。ホールの中央近くだ。同時にガシャン、とテーブルの揺れるような音もしていた。
(コントン)
これで一人減ったか? とアルベラは安心する。
「右、左、―――左」
「は? は?! み、右! 左! 左!」
焦って小声で言われた言葉を繰り返す。
(もう! 昔のゲームコマンドじゃないんだから!)
明らかに今までの物より妨害が多い。全然転ばないジーンにも、ご令嬢にも、妨害者がイラついて躍起にでもなっているのだろうか。
(あと少しだ)
ジーンはアルベラを見下ろし、クスリと笑う。
(大丈夫そうだな)
またどこかで悲鳴が聞こえた気がして、アルベラは気丈に前を見た。
(あと少し!)
そう心の中で自分を励ます。





