103、玉の行方 6(ライラギの知らせ)
「きゃっ!」
躓いて声をあげるご令嬢を、ジーンが支える。
「———すみません。私が下手なばかりに、上手くリードできず」
「いえ、そんな事。私もダンスはそんなに得意ではないんです。ありがとうございます」
(くそ。どこだ? ………いい加減邪魔くさくなってきたな)
ジーンは踊りを続けながら辺りへ視線を走らす。
(良くわからないけど、邪魔してる奴グッジョブ!!)
ジーンに支えられながら、ご令嬢は、心の中の拳をぐっと握った。
普段の訓練もあり、ジーンは体を動かす事に慣れている。だから、今回のように貴族様が躍る、優雅なダンスは容易いものだ。気恥ずかしささえ捨ててしまえば、単純な動きの繰り返しでしかない。過去、王子の付き添いとして経験したことのある舞踏会では、暇と感じてしまうことも良くある程だった。だが、こうして誰かから妨害を受け、スムーズに踊れないとなると、それはそれで不快なものだ。
辺りを見ても犯人らしき者達は見つからない。多方向から足を狙った魔法を受けており、その精度や魔力的にも、「大人ではない多数」なのだろうと予想立てていた。
踊りながら、誰か一人でも魔力が手繰れないかと思案する。
(俺の実力じゃ動きを止めて集中しないと無理だな。———けどこの感じ。学校の奴らと同一人物か。———ラツィラスの奴に手伝わせる? 癪だな。まだいいか。今夜どうにかしないといけない事でもないし)
つらつらと考えながら、ジーンはご令嬢の腕を引き、足元に感じた魔法をご令嬢と共に「くるり」と回避する。
「あ、失礼」
ジーンの腕に体重がかかり、ご令嬢は恥ずかしそうに声を上げる。
今、ジーンと共に踊っているご令嬢も、妨害を受けているのは感じていた。彼女だけではない。ジーンと共に踊った者たちが皆、それを身をもって体感していた。だが彼女らは、その妨害者を疎むどころか、今この一時だけは寧ろ感謝していた。
なんだかよく分からないが、「転ぶ、助けられる」という流れはお嬢様的にアリなのだ。「か弱い女性」を自然に演出できて気分が良い。まるでお姫様ごっこをしているような気分だ。
ジーンをダンスに誘っている時点で彼女等は、その騎士見習い様が根は優しいのだという事を知っていた。目の色のことも承知の上だ。「ニセモノ」と呼ばれる身でありながら、王族に仕え、騎士を目指しているという事を、疎む者たちがいるのも知っていた。
だから今回のこれは、そう言った人間の嫌がらせなのだろうと、すぐ理解した。
(今は感謝はするけど、誠実でお優しいジーン様に嫌がらせをするなんて。………見つけたらただじゃおかないわ)
恭しくお辞儀をし、ジーンと別れると、ご令嬢は怒りの炎を燃やし辺りをキョロキョロ見渡す。
そこまでを目で追って、ラツィラスはニコニコとアルベラとキリエ、そして怯えていてそれどころではないスカートンを振り向く。
「ね。心配ない!」
(まぁ、あくまでも『今は』だけど)
「楽しんでますね。またジーンに逃げられても知りませんよ」
アルベラは冷たくあしらい、隣のスカートンの背を撫でる。アルベラの指示でエリーに連れ戻されたスカートンは、世界の終りのような顔で神への祈りを口にしていた。こんな様子の彼女を、無理やりここに留めさせていいものかとも思うが、ラツィラスの希望だったのでいてもらっている。
宥めるキリエとアルベラの間で、スカートンは背を丸め、両手を固く結んでぶつぶつと祈る。今の彼女が口にすると、神への祈りも、呪いの言葉のように聞こえるから不思議だ。
(今呪いの呪文とか読ませたら凄い効果を発揮するんじゃ………)
アルベラの中に変な興味がわき、どことなくわくわくしてきた。
スカートンとは反対側の隣りでは、ラツィラスが残念そうにクスリと笑う。
「ジーン、自分で戻ってきちゃったからな。戻ってきてくれたのは嬉しいけど、ゲームができなかったのは残念」
(………ああ。なんでも聞くっていうあれか。ジーン、そのゲームの話聞いたのかな)
アルベラは何となく察したが、その通り、当の本人はそんなゲームの話など一切聞いていなかった。
「そうそう。ホークなんだけどさ。少し前に手紙が来てたんだ。元気にやってるって」
急な話題の転換に、アルベラは反応が遅れる。
「———ああ。あの奴隷の」
「そう。ライラギの町の施設に居て、まあまあやってけそうって書いてあったよ」
「あら、そうなんですね。それは、良かった………」
(ライラギ………)
アルベラの記憶の中、いくつかの声が再生される。
『結構広範囲で荒れてしまいまして。飼育禁止魔獣のブリーダーが、魔獣に逃げられてしまったようなんです』
『………ライラギって町知ってるかい? 王都の南側にある平和ボケした町なんだが、そこで最近事件があったらしくてね。友人の家がそれに巻き込まれて半壊しちまったらしいんだよ。丁度良く近くを通るし、それの手伝いに早く行ってやりたくてね。』
『いやー。結構な被害でござって。暫くあの一帯は人の暮らせたものじゃないでござるよ。拙者は暫くそこの浄化に時間を割くつもりでござるから、アルベラ氏の急ぎの用に応えられるかどうか―――も~、何でござるかその顔~。もしかして寂しいとか思ってるでござる? そんな目で見られたら拙者照れてしまうでござ――――――そ、その刺すような鋭い目。それはそれで、ご褒美という。え? もう帰るでござるか? 久々の再開、もう少しお兄ちゃんに最近の近状を話してくれても良いんでござるよ? あ、ちょっと、アルベラ氏?! 本当に帰るでござるか?! アルベラ氏! 聞こえてるでござるよな!? アルベラ氏! アルベ―――』
(なんかウザい記憶まで出てきた)
「あの、王子」
「ん?」
「『ホーク』とは、最近連絡を取られてるのでしょうか?」
「最近? いや、手紙をもらったのはその時が今のところ最新かな。そのうち落ち着いたらまた手紙を出す。その時合う日時でも合わせようって―――」
「その手紙、いつですか?」
「たしか、彼が施設に入ったばかりの頃で、………3か月前かな」
(3か月前。エリーの害虫退治は大体2か月前。まさか………いやいや、まさかまさか)
アルベラはしばし考え、口を開く。
「あの」
アルベラは出来るだけ普段のトーンで尋ねるつもりだった。だが、どこか不安げな空気を、ラツィラスは敏感に感じ取る。笑顔を保ちつつ、おふざけなしで彼女の言葉に耳を傾けた。
「その施設って、ライラギのどこら辺でしょうか?」
「どこら辺?」
「大雑把に、東西南北で教えて頂けますか?」
「………南、だった気がするけど………自信はないかな。アルベラ、この話、何に繋がるのかな?」
そうか。南だったか。
アルベラはゆっくりと息を吐いた。
もしかしたら、折角手に入れた彼の家も、例のミミズとやらに壊されてしまってるかもしれない。
アルベラはそんな想像をし、自身が直接関わったわけではないが、何となく喉の奥に苦いものを感じた。
(けど南だからと言って、全ての家に被害が出たわけではないのでは………いや、そればかりは見てもいないし、詳しい話も聞いてない………。家が無事でも、土地が汚れたんだもの。避難してる可能性が高いんじゃ………。それに、今の感じだと、南っていうのが王子の記憶違いの可能性もある)
アルベラの頭の中で、言うべきか言わないべきか、葛藤が行われる。今更「何でもない」では、きっと通じないだろう。適当な話でごまかすのはそれなりに行ける気がする。が、そもそも、この話自体、隠す必要があるだろうか。
アルベラはため息をついた。
(ミミズをあそこに放ったのも、家を壊したのも、土壌を汚染したのも、私じゃないんだから。何も気にすることないじゃない。あーヤダヤダ。———知ってる事を話す。王子が彼の居所を確認する。めでたしめでたし………。それでいいか)
黙り込み、考えている様子のアルベラを、ラツィラスはダンスホールに目を向け待っていた。
「ジュオセの二の月に、」と彼女が口を開くと、赤い瞳が静かにアルベラへと戻された。
「ライラギの一部が災害にあったってお話し、ご存知ですか?」
「え?」
「あ、死人とかはいないそうですよ。怪我人も軽傷みたいで。幾つか家が半壊して、土壌が色々あって汚染されてしまったみたいで、住人が避難してる様なんです。ライラギの南側らしいんですが」
ラツィラスは、口元に弧を描いたまま暫し沈黙する。
(目が笑ってない………)
隣のスカートンとキリエは、何やら真面目な話になっているのを察し、口を閉じて様子を見てくれているようだ。
「———ギャッジ」
「はい」
(———どこから出た?!)
アルベラだけでなく、あえて外野でいるキリエとスカートンも、突然現れた執事にぎょっとする。
「今の話だけど」
「はい。伺っておりました」
「それで」
「はい」
執事はラツィラスの耳に手を寄せる。
ラツィラスに伝えられたのは、ホークが入った施設が、まさにライラギの南側にあるということだった。
「そう」とラツィラスは長いまつげを伏せる。
「ギャッジ」
「はい、畏まりました」
二人の間でどんなやり取りがなされたのか、周囲からはさっぱりだった。ギャッジはラツィラスに名を呼ばれただけだが、その意を間違いなく汲み取ったらしい。恭しくお辞儀をすると、迷いのない足取りでホールの奥へと消えていった。
「はぁ。なんていい男かしら」
ギャッジの背を見つめ、エリーはうっとりと呟く。その隣で、ガルカは三人の貴婦人と和気あいあいと話し込んでいた。
(ああ。なんでこうも違うのかしら。………誑し込むように言ったの私だけど)
完璧な執事を前にしたアルベラは、つい自分の使用人に目をやってしまい、それを後悔する。
「いい話を聞けたよ。ありがとう、アルベラ。さて―――」
ラツィラスは腰を折り、悪戯っぽくアルベラの隣を覗き込む。気を抜いていたスカートンが、「ひっ!」と小さく声を上げた。
「スカートン、一曲踊ろうか!」
「次はアルベラだから、逃げたり隠れたりしないでよ」と笑いながら言い置いて、ラツィラスは怯えるスカートンの手を引いていく。真っ青になるスカートンの全身から「ひぃぃぃぃぃぃぃ!」という悲鳴が漏れ出しているようだった。ラツィラスはどうやら、そんな彼女を面白がっているようだ。
(頑張れ、スカートン………)
アルベラは、リアルタイムで寿命を削っているであろう友人へ、哀れな目を向け送り出す。
「アルベラ」
「ん?」
「えと………。俺と、一曲踊ってくれる?」
はにかみながら手を差し出し、目を逸らさないように頑張るキリエに、アルベラはクスリとほほ笑む。臆病だった幼馴染の成長を、間近で感じて嬉しかった。
「もちろんですわ。キリエ様。………ふふふ。ずいぶん大きくなられましたわね」
「や、やめてよ。おばあちゃんみたいじゃない」
恥ずかしがるキリエだったが、少し前まで見上げていたはずの少女の目を、僅かな差だが、自分が今見降ろしている事に気づいて小さく驚く。
(そっか。ぼく、いつの間にかアルベラより大きくなってたんだ。もっと頑張って、エリーさんみたいな大人な男性に――――――――――――――――――ん? エリーさんを男性って言っていいのかな? 女性というべき………? けどアルベラは『本当は男』って………。エリーさん自身は女性として生活してるみたいだし、トイレも普段女性用を使ってるみたいだし。やっぱ女性として捉えるべきなのかな。………………エリーさんみたいな大人な男性………エリーさんみたいな大人な女性みたいな男性………………………………大人な………………………大人な………………………)
―――ナンダロウ?
思考の袋小路に迷い込み、キリエは考えるのをやめる。
(………よし! 筋トレ頑張ろう!)





