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102、玉の行方 5 4/4(騒がしい誕生日)

「いやああああ! キリエがぁ! キリエがぁぁ!!! 筋肉に食べられたぁぁぁぁ!!! ムキムキの肉塊に頭から下をやられたあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 キリエに背を向け、頭を抱え、目をぐるぐるさせ、アルベラは錯乱する。その姿を前に、キリエは困ったように自身の頭を撫でた。

(ア、アルベラが混乱してる………。筋肉に食われる………?)

 どうしたものかと迷うキリエの体を、パチパチと静電気が走り始めた。

(あ、丁度時間切れみたい)

 これは、キリエがお世話になっている「先生」の下で見つけた「筋肉操作の魔法」だ。動物研究と筋トレの中で、自分の得意な電気系の魔法について色々やってたら何かよくわからないうちにできた自分でもよく分からない技だった。

 筋肉を電気で刺激した結果、一時的にあり得ないほどのパンプアップが叶うという、自分にも他人にも有効な魔法だ。今のキリエの魔力持久率では五~十分が限界であり、丁度今、その限界の時間が来ていた。

 パシッ、と電気の弾ける音を最後に、キリエの体がいつもの細身の少年の物へと戻る。

「あ、っと、」

 きょろきょろと辺りを見回し、魔法を使う前に脱いでいた上着を拾い上げ、埃を払い着直す。流石にズボンは、女性の前で脱ぐわけにいかないと思いダメ元で履いていたに過ぎないが、奇跡的に無傷だった。

(このズボン、耐久性すごい奴だったんだ。もしかして上着も脱がないでいけたのかな)

 服を整えたキリエは、地面に両手をついて絶望している幼馴染を見つけた。極度の絶望からか、両手は地面の草をつかんでいた。

「あー、えーと。アルベラ?」

 名前を呼ばれたアルベラは、ぐずりながら顔をあげた。

「………あの、ぼ、俺の事分かる? ごめん。変化が急すぎて、混乱させちゃったみたいで」

「………きり え」

 呆然と口を開き、アルベラはふらふらと立ち上がった。

「あなた、きりえね、ちゃんと。大丈夫? 噛み傷とかない? あいつは? おっぱらった?」

「え? あ、あの、あいつ? えっと、アルベラ?」

 未だ頭の中が真っ白な様子のアルベラは、確認するように、キリエの体をペタペタと触る。その間、キリエはあたふたとしながら照れて顔を赤らめていた。最後に、アルベラは彼の周りをぐるりと一周すると、ようやく落ち着きを取り戻した様子でキリエの正面に立った。

 幼馴染の少年の手を、生き延びた戦士と再会したような顔で強く握りしめた。

「………キリエ!! 無事で良かった!!!」

 目の端に涙が光る。

 アルベラの中で、キリエが筋肉質に変異したという事実は消され、首から下を筋肉質な何かに襲われたという記憶に改ざんされていた。

「なんだあれは」

 ガルカは考えるのも面倒くさそうに再度尋ねる。

『アルベラ トモダチ。キョウリョクナ サクランマホウ』

「惜しいが多分違うと思うぞ」

「………キリエ様。凄いわ。きっと想像も出来ないような努力をしたのね」

「貴様はその成りを選んどいて、あれを良しとするのか」

 いつぞやの深夜に、悪戯でエリーの部屋に忍び込んだことがあるガルカは彼女のスッピンを知っていた。先ほどの少年の姿のような体を持っていながら、今のような細身の姿を選んで普段過ごしているというのに。彼女の中ではあの大柄な筋肉はありなようだ。

(どいつもこいつも理解できん)

 人が魔族に正常性を疑われるという、奇妙な現象が起きていたが、その場の人間は誰も気づくことはなかった。



 ***



 アルベラがキリエの魔法に我を失っている間。ホールでは国王と王子から短い挨拶が述べられ、誕生祭も正式に幕開けされていた。

 壁や天井、床に施された装飾品が煌びやかに金や銀の光を反射する。招待された貴族たちの衣装も、負けず劣らずだ。上流階級の者たちに好まれる「芸術」と分類される曲が生演奏され、それにあわせ、ホール中央に開けられた空間では思い思いのペアを作っていた。

 挨拶の後、いつになっても消えそうにない列を解散させ、ラツィラスは一息つく。

(さて、次の責務を果たさないと)

 ダンスの約束をしているご令嬢を探し会場を見渡すと、一番近くに四人のクラスメイトを見つける。そのうちの一人は確か、ラツィラスの婚約者候補だった。

(休み休みで、踊れる人数としか約束はしてないつもりだけど、大丈夫かな)

 今夜の舞踏会は、過去二年の物より二時間長い。昼の会がなくなった分、夜が少し伸びているのだ。今夜は深夜1時まで開催される。舞踏会としては平均的な幕引き時間だが、12時を超えての社交界はラツィラスは初めてだった。来場者がいつ引き上げるかは自由だが、主役の自分はなんとか最後まで頑張らないと、と柄にもなく若干気を張っていた。

 「こんばんは」とラツィラスが四人のご令嬢に声を掛けると、彼女達から「まあ、王子」と嬉しそうな声が上がる。クラスメイトの四人中、ラツィラスとダンスの約束をしているのは二人だ。

 皆祝いの言葉を口にし、頬を赤く染めていた。

「皆とっても綺麗だね。制服姿に見慣れちゃってたから、一瞬誰か分からなかったよ。それで早速なんだけど」

 ラツィラスのこの言葉に、空気を察した二人のご令嬢が背筋を正す。ラツィラスは二人へ向けほほ笑むと、恭しく片手を差し出した。

「ラン様、サリーナ様、僕と一曲踊って頂けますか?」

「ええ」

「こちらがお願いしたんですもの」

 ランとサリーナは気恥ずかしそうに笑い返す。

「あの」

 右から二番目にいる少女が、申し訳なさそうに声を上げる。

「ジェイシ様は今日はいらっしゃらないのでしょうか? ルトシャが、ダンスのお約束をしていただいたのですが」

 四人の一番右で、ルトシャは悲しげな顔をしていた。

 舞踏会が始まっても姿を現さないジーンに、「もしかしたらすっぽかされたのだろうか」という不安をずっと抱いていたのだろう。

 アプルの言葉に、ランとサリーナも心配そうな目をルトシャに向ける。

(………ジーン)

 ラツィラスは従者の名前を心の中で呼びかけた。 小さな苛立ちを隠し、笑顔を保つ。

(もう、早く来てよね)

「大丈夫。彼ならもうすぐ戻るはずだから、少し待ってやってくれるかな? もしあと二曲終わっても来ないようなら、城の兵を使って呼び出させるから」

「え、いや、そこまでは」

 慌てるルトシャに、ラツィラスはクスクス笑う。

「冗談だよ。けど、本当にすぐ戻るから。心配しないで」

 ルトシャの表情が和らぐ。「はい!」と明るくなった声が彼女から返り、ラツィラスは「良かった」と表情を切り替えた。ランへと向き合い、優しく微笑みかける。気を抜いていたランは、ドキリと胸を高鳴らせる。

「それでは、———ランお嬢様、僕と一曲踊って頂けますか?」

「は、はい! あ、え………ええ、喜んで」

 手を取り合い、ホールの中央へと向かっていく二人。そこに「王子!」と呼びかける声が上がった。ジーンだ。

 ラツィラスは、ほっとした表情を浮かべるランをリードしながら、ようやく戻った従者を振り返る。

「ずいぶん遅かったね。お先に」

 まだ始まったばかりの音楽を耳にし、ジーンはルトシャへと膝をつく。内心慌てていたが、目の前のご令嬢を不安にさせてはいけないと、堂々とふるまう。

「お待たせしてしまい申し訳ございません。ルトシャ様、よろしければ、私と一曲踊って頂けませんか?」

 暫し、ルトシャは顔を真っ赤にし、片手を差し出すジーンを呆然と見つめていた。アプルとサリーナに脇や背中を小突かれて、思い出したように急いで返答する。

「よ、よろしくお願いします!」



「あのガキ、もう戻っていたか。………ふん。つまらん」

 キリエの魔法のお披露目からホールへと戻ると、ガルカは中央で踊る人々の中にジーンを見つけ不服そうに呟いた。

「あら、ジーン戻ったのね。良かったじゃない」

(つまらない………?)

 ガルカの言葉が引っかかるも、アルベラはまず両親たちの元へ行き、庭から戻ったことを伝える。互いの両親はまだ共にテーブルにおり、他の顔なじみの貴族と挨拶を交わしていた。

 アルベラとキリエは、其々(それぞれ)親から紹介されたご令嬢やご令息と挨拶し、ダンスを踊り、それらを繰り返して一時間程してようやくスカートンと合流することができた。

「あ、………ああああああ、アルベラ。久しぶり」

 スカートンは長い前髪を三つ編みにし、横へと流し、白い花飾りをつけていた。儚げな印象は変わらないが、両目がはっきり出ている彼女は珍しい。本人もそれを自覚してか、落ち着かない様子だった。

「キリエは、さっきぶり。こんばんわ。………あ、あの、あのね、二人共。私、変じゃない? その、ドレスもだけど、髪型………とか、特に………」

 下を向いて顔を赤らめるスカートンに、アルベラは「大丈夫。ちゃんと似合ってるわよ」と笑いかけた。

 キリエは、スカートンへ「とっても似合ってるよ」と笑いかけると、「あの事、アルベラに話しといたから」と彼女へと伝えた。あの事とは、王子の婚約者候補になったことで気後れし、この舞踏会に遅れてくるという話だ。スカートンは「似合ってる」という二人の言葉に、更に顔を赤らめたが、キリエの言葉にはちゃんとこくりと頷いた。



 三人は両親から幾つか離れたテーブルが空いたのを見つけ、そこで軽食を摘まみつつホールを眺めていた。残念ながら椅子はなかったので立食にて楽しむ。

 エリーはともかく、ガルカも父にそう指示されているのか。アルベラにつき、壁際に待機していた。

「ねえ。あの、気のせいじゃなかったらだけど、ジーン君。踊りじゃない動きしてる?」

 気になっていたのはアルベラだけではなかったらしい。キリエがこそりと指さす。スカートンは王子でも探しているのか、落ち着きなく周囲をきょろきょろと見回していた。

 キリエと共に、アルベラはホールのジーンを眺める。普通に踊っているように見えるが、たまに他の者たちと違う動きをしている。今も、小さく片足を持ち上げ、直ぐに戻した。そのすぐあと、一緒に踊っているご令嬢がよろけ、ジーンがそれを支える。声は聞こえないが、ご令嬢が申し訳なさそうに謝っているのが分かった。

『イイニオイ ワルダクミ』

 アルベラにしか聞こえない声で、足元のコントンが囁く。

(悪だくみ………)

「ジーン、嫌がらせでもうけてるの?」

「えっ? そんなまさか」

「正解!」

 アルベラはびくりと肩を揺らす。

「———?!!!」

 スカートンは声もなくその場から飛び退き、キリエは「わあ!!」と分かりやすく驚いた。

「………おう、じ………………………またですか」

 この王子は一昨年も、去年もこんな登場だった。

 普通に平穏な挨拶で現れられないものか。

「で、正解とは?」

「ジーンだよ。………ほら、また」

 曲も終わりに差し掛かり、ジーンはふらりと姿勢を低くする。そして左足を持ち上げた。同時にご令嬢がふらつき、ジーンが彼女を支える。

「はぁ。呆れた輩がいるものですね」

「止めなくていいんですか?」

 キリエが尋ねる。

「うーん。そうなんだけど。どれも今のところ逆効果だし」

 「逆効果?」とキリエは首を傾げる。

(ほう………)

 アルベラは、転びかけたところをジーンに支えられるご令嬢の表情を見て納得する。顔を赤くし、嬉しそうにも見える。

「株爆上がりじゃないですか。ヘッポコですか? ………………じれったい。犯人どこです?」

「アルベラ、それは何目線かな」

 犯人を見つけて嫌がらせの手ほどきでもしそうな言いように、ラツィラスは「余計なことはしないでね」と釘をさす。

「あと、スカートンなんだけど、どこに消えたのかな?」

「見ればわかるじゃないですか。庭の木の陰です」

(見ればわかる………)

(庭………)

 どこに行ったかまったく分からなかったキリエも、コテージと室内とを仕切るガラス張りを振り返った。そこでは、先ほどまでくつろいでいたのだろう男女が、驚いた顔でベンチに座っていた。彼等の視線の先には木がある。僅かに、スカートンが着ていた薄黄緑のドレスの裾が見えた気がした。

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