101、玉の行方 5 3/4(騒がしい誕生日)
「今年の衣装良いじゃん。大人っぽい感じ似合ってるぞ。どうだ? 今夜も踊るだろ、俺と」
「あらあら。ルー様は変わらずのようね。本当その図太さ、見習わせて頂きたいですわ」
ルーはダンスの構えをして見せた。アルベラはそれを見上げる。
(また伸びてる。二つ上だから今年十五か。成長期なんだな。私も高い方なんだけど)
相変わらずの仮面で顔の細部までは分からないが、顎の輪郭に以前よりも角張が出てきているように思う。なんとなく親戚の子供の成長を見届けているような気分になる。感慨深いものだ。
「ははは。なんだよそのつまんねー話し方。ババ臭いからやめろって。なあ、ところで聞いたぞ。お前、あいつの婚約者候補の話断ったんだってな。なんだって、あんな恒例行事に馬鹿正直な返事なんて返したんだ?」
ルーは周囲の視線を気にせず、普通の声音で例の話題を持ち出した。
「ババ臭くて申し訳ありませんわね。ルー様。で、その言い方だと、私が、殿下が嫌で断ったみたいでなくて?」
更に馬鹿丁寧な言葉遣いで返すアルベラに、ルーは口元を「うげー」という形でゆがめて見せる。
「なんだ? 違うのか?」
「ええ。その件については、私も最近知りましたの。父と国王様との間でのやり取りでしたのよ」
「へえ。なんだ。てっきりお前の意志かと思った。わざわざ答えを聞きに行った王子に、お前が拒絶のあまり絶叫したって噂を聞いたぞ」
「は? なにその話」
つい素の言葉に戻る。
「俺はよく知らねーよ? けど、王子様の学校に通うやつが、絶叫したお前の話を王子と御付きが笑いながらしてたのを漏れ聞いたんだと」
どこの誰だか知らないが、そいつはもしや、フライの件を勘違いして聞いたのでは。と、アルベラは笑みを凍り付かせた。
(ていうかあの二人、人を笑い話にしてたのか)
「おい。凄い顔してるぞ」
ルーの指摘に、アルベラは不自然な笑い方と言葉づかいで「ほほほほほ。失礼いたしますわね」と返しておく。
「で、その話から私が王子を嫌っていると。そんな噂が流れていらっしゃるわけね」
「そう噂してる奴がいるのも事実だな。どっちかっつうと少数派だけど」
「へえ。じゃあ大数はどう思ってるのかしら?」
「『国の恒例行事を勘違いした、図に乗った高飛車な女』だな。っていっても、それも大数ではないか。残りの半分くらいの意見だ。言うのはディオール公爵嫌いの貴族中心。その他はまあ、色々だ。本当に何か訳があったんじゃないか、って信じるお人好しもいるみたいだし」
「まあ、なんて素敵な方々かしら。是非その方達と仲良くなっておきたいわ」
「そうか? 人間ある程度疑り深い方がいいと思うけどな。平和主義は過ぎれば面倒だ。あいつらは受け入れがたいことがあるとすぐ現実逃避しだす」
(平和主義者に何か恨みでもあるのか?)
アルベラのあきれた空気に気づいたのか、ルーはおどけた口調で「俺の学校にそういう奴がいるんだよ」と笑った。
「ま、あいつを嫌う奴なんてめったにいやしないだろ」
今もにこやかに、客人への挨拶に励むラツィラスの姿を遠めに眺め「確かにねぇ」とアルベラはこぼす。
「だから、お前が婚約者候補を断ったって聞いても、『断り自体は本心じゃない』と思ってる奴が大半だ。そこに並ぶ意味合いが良くも悪くも。………けどさ、」
アルベラの視界に突然黒いものが降って入り込む。
驚いて身を揺らし、合わないピントを数秒遅れで合わすと、それがルーの頭であることが分かった。白地に金の装飾が施された仮面。この国では目元のみを覆うそれを「ベネチアイマスク」と呼ぶらしいが、そのベネチアイが目の前にあった。
「お前はあいつの事苦手だよな。なんでだ?」
何のおふざけかと思っていたアルベラは、少し真面目な声音に驚く。
ルーの仮面は、目の部分にも布が張られて中が見えない。だが、その中からはしっかりと布越しの世界は見えているらしい。見えない彼の目から、観察されてるような視線を感じた。
(ど、どうじない。どうじない………)
アルベラは姿勢を整え、その布の張った窪みを見つめ返す。
「苦手に見える?」
「なんか、距離を取ろうとしてる様には見える。嫌いかどうかは、正直分かんねーけど」
アルベラの耳に、近くの少女らが「なにあれ」とひそひそ話しているのが聞こえた。
(ほんとナニコレ)
角度によってはキスしてると勘違いされかねない。アルベラは一歩退き、頭ひとつ分の幅をとる。
ルーは腕を組んでアルベラの目をじっと見つめると、満足したのか姿勢を戻し、首をかしぐ。
「お前さ、その眼本物だよな」
「は?」
「その緑の目ん玉、本物だよな」
「………? ええ」
「王族とどっかで血が繋がってる………わけないもんな。お前のお父様もお母様も、ある程度なら知れてるし」
「変わり者と評判の両親でいらっしゃるみたいね。私の自慢よ」
「ははは。逞しいやつ」
腕を組み、暫し考えるようにダンスホールの列を眺めているルーに「この子もこうやって口を閉じて考える事があるのか」とアルベラは意外に思った。
そして、ずっと感じていた一つの強烈な視線へと目を向ける。
ルー越しに、怒り狂ったドラゴンのような目をした父が見えた。体の周りに炎をまとい、髪の毛が逆立っていた。もちろん幻覚だが。
「あんた、よく平気ね」
「おう。俺もそろそろ辛くなってきた」
「お嬢様」
にこやかに手を振って、ホールの中央からエリーが歩いてくる。
ガルカが見つかったにしてはお行儀のいい顔での登場だ、と思えば、その背に見知った顔を三つ見つけた。
「あら、バスチャラン様。お久しぶりです」とドレスを持ち上げてお辞儀をするアルベラに、「なんだ。知り合いと合流か」とルーがぼやいた。
「なら俺はここで失礼するわ。他にもご挨拶したいご令嬢がいるんでな。また後でな。———エリーさんもまた」
去年、ルーはエリーを口説いており、二人は結構仲良くなっていた。ルーに口説かれて、振るも振らぬもなく、エリーは終始楽しそうに話していた。エリー曰く、ルーは「女遊びの範囲をよくわかっている子」という好評価なようだ。「まだまだ幼いので、可愛い弟と戯れてる感は捨てきれませんけどね」とも言っていたので、真面目に口説き文句を受け取ってはいないようだが、きっと今年も、時間があるなら二人で談笑するのだろう。アルベラはその様子を、「狩りごっこをする肉食獣ども」と名付けていた。
「あらルー様。今年も嬉しいですわね」とエリーは去っていくルーに手を振り見送る。そしてスタスタと足早にアルベラの元に来ると、顔を寄せ、手を添え、小声で尋ねる。
「あの子、随分大きくなりましたね。いい感じに育ってきてるんですが、どうしましょう?!」
「知らん」
「アルベラ、久しぶり!」
駆け寄りたいのを耐えるように、キリエが笑顔を浮かべ歩いてくる。
「キリエ。お久しぶり。………あら、髪切ったのね。似合ってるじゃない」
「う、うん。ありがとう」
キリエは恥ずかしそうに微笑む。そして、殺気のようなものを感じ、びくりと肩を揺らした。
「あのね、アルベラ。色々話したいことがあるんだけど………まず、公爵様どうしたの?」
「気にしないで。さっき居た仮面男の被害が飛び火してるだけだから」
「ようよう、お久しぶりではないか、公爵殿」
バスチャラン伯爵は快活な挨拶と共に、怖い顔のラーゼンの肩を叩く。
「どうした? 目の前で娘が口説かれてご立腹か?」
「あなた、公爵様に失礼なさらないで。———レミリアス様、お久しぶりです」
「お久しぶりです、ジューコ様」
キリエの母ジューコは、夫ムロゴーツの背中をぱしりと叩き、通り過ぎる。レミリアスは扇子を閉じると、微笑んジューコを歓迎する。
相変わらず仲の良い両親等に、キリエはほっと息をついていた。ムロゴーツに絡まれたことで、ラーゼンの鋭い目つきが多少でも緩和され、安心したのだろう。
「キリエ、スカートンとは会った?」
「あ、そうだ。伝言を頼まれてたんだ。スカートン、少し遅れてくるみたい」
「あら? 居残りでもしてるの? こんな日に」
「………それが、覚悟を決めるのに時間が欲しいって」
「覚悟?」
訳が分からない様子のアルベラに、キリエは未だ続く挨拶の列の先にいる王子を見やる。
(多分、ラツィラス様と顔を合わす覚悟だと思うんだけど)
苦笑し、この分だとアルベラはスカートンの婚約者候補の話を聞いていないのだろうと察する。
「絶対に来るとは言ってたから大丈夫、かな。でさ、アルベラ」
「ん?」
アルベラに見上げられ、キリエは恥ずかしそうに視線を逸らし、頬を掻いた。
「お、俺。今、休日は動物研究をしてる先生のところでお世話になってて。そこで凄い魔法が使えるようになったから、ぜひ見て欲しいんだ。良いかな?」
「いいけど、それ室内で大丈夫?」
「それが、ちょっと人目を引くというか。できれば庭に出たいんだ。………あ、あの、二人きりとかがじゃないよ! むしろエリーさんにも見て欲しいんだ! ついでで申し訳ないんだけど、スカートンの事もちょっと説明しておきたいし」
「はあ」
庭につき、生垣を幾つか抜けた先に丁度いいスペースを見つけたキリエは「よし」と足を止める。
鳥かごのような休憩スペースに上着を置いて、地面にまだまだ出来が弱いながらも人払いの魔術印を施す。スカートンの婚約者候補の話をしながら、今から披露しようとしている魔法を、スカートンに見てもらった時のことを思い出す。
スカートンは、顔を真っ青にし口に手を当てていた。
『あ、あのね、キリエ。私、これはアルベラに見せるべきじゃないと思うわ』
『え?! そ、そうかな。凄い上手くできたんだけど』
『凄かった。凄かったわ。でもここだけにしておきましょう? ね? ね?』
とても驚いているというのは伝わったが、キリエにはスカートンがどのように驚いているかまでは伝わっていなかった。なによりも、ちゃんとできたという喜びや、「エリー」に似せられたという感動が大きかった。
だからやはり、この日になるまで希望を捨てきれなかったのだ。
(決めたんだ。ちゃんとやろう!)
キリエは気合いを入れ、拳を握りしめる。
「アルベラ、あの。今からぼ、おれ。タンクトップになるけど良いかな?」
「は?! あ、ええと、まあいいけど。やめてね。下は脱がないよね」
(脱いだらエリーがまたアホなおふざけをしださないとも限らない)
「大丈夫!」
キリエは自信満々に答える。
「下は脱がないし、タンクトップも特別な素材だから絶対破けないよ!」
「ん? 破け?」
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